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減圧症等を含めたドクターヘリの 緊急出動とその運用




鬼塚 味佳

順天堂大学医学部附属静岡病院 救命救急センター フライトナース









  Ⅰ.はじめに  

      日本でドクターヘリが配備され正式運航と なった200年4月から、2018年3月現在までに、全国42道府県、52機のドクターヘリ
     が配備され た1)。ドクターヘリは、救急専用の医療機器を 装備し、救急医療の専門医師と看護師を迅速に 現場に到達させ、
     速やかに適切な救急処置が開 始されるようにするために用いられる救急医療 専用ヘリコプター2)である。

      患者と医師・看護 師が早期に接触することで、発生現場からの早 期医療介入が可能となり、患者の病態や居住地 など背景
     を考え、適材適所の病院へ搬送する。 ドクターヘリは、救急患者に対する早期の治療 開始と搬送時間の短縮によって、
     その目的である救命率の向上と後遺障害の軽減に効果をあげている3)。

      病院外である救急現場では、画像 検査などで診断を決定づけることができないた め、発症状況や受傷機転、患者の
     主訴・身体観 察から緊急性の高い病態を予測し、初期診療に あたる。さらに、刻々と変化する患者の病態を 継続観察し、
     急変を予測した対応が求められて いる。日本航空医療学会が示すドクターヘリ要 請基準では、重症外傷、重症熱傷、溺水、
     窒息、 急性中毒、アナフィラキシー、環境異常(減圧症、 偶発性低体温、熱中症など)、脳卒中、心筋梗塞、大動脈解離、
     呼吸困難、心肺停止など4)がある。  

      静岡県東部ドクターヘリは順天堂大学医学部 附属静岡病院(以下、当院)を基地病院として おり、静岡市以東を出動範囲と
     している。伊豆 地域は沖縄に次ぐ有数のダイビングスポットがあり、首都圏に近い立地条件により多くのレジャーダイバーが
     通年訪れている。

      これらの背景から、ダイビング中の事故に対応するケース があり、その事故は主に溺水と減圧症を認めて いる。減圧症は
     現場での確定診断は困難ではあ るが、事故状況と臨床所見により判断し、再圧 治療可能な病院を選定した搬送を行っている。

       そのため、伊豆地域では早期に専門的治療開始 につなげることを重視したドクターヘリを活用 した搬送システム5)が確立
     されてきた。そこで、 我々は運航当初より、ダイビング事故チェック リスト(以下チェックリスト)の活用や関係機関 との合同
     勉強会の開催により、現場活動におけ る連携の強化とドクターヘリの有効活用を目的 とした活動を続けてきた。

      さらに搬送先病院へのアンケート調査を実施し、これまでの活動の 成果と今後の課題を見出した。本稿では、これ までに
     取り組んだ活動内容とその成果、今後の課題について報告する。



  Ⅱ.静岡県東部ドクターヘリにおける運航実績とその特徴

     1. 運航実績  
 
         当院は、2004年3月からドクターヘリの運航 開始をしている。2016年度の運航実績は、年間 1018 件であった(Figure 1)。
        当院は、伊豆半島 に位置している三次医療救急施設であり、伊豆 半島では当院より南側には三次救急医療施設は存在
        しない。

         ドクターヘリの出動範囲は、静岡市以東、片道20分の範囲が出動範囲となっており、そのうち賀茂医療圏へは322件と
        多く、救 急車の搬送では時間30分搬送時間が必要であるが、ドクターヘリでは片道15分で到着するこ とができるため
        ドクターヘリの需要が高い。年 度別出動件数はFigure 2に示す。


               

                    



     2.ドクターヘリにおけるダイビング事故患者の対応  

         伊豆半島をカバーする当院は、地域の特徴と して、水難事故やダイビング中の事故への対応 が求められる。そこで
        ダイビング中の事故発生 時には消防覚知の段階からドクターヘリの要請 を考慮する必要性を呼び掛けている。

         過去のダ イビング中の事故の要請件数は毎年10件前後で あった。ダイビングスポットを有する消防は、 減圧障害搬送
        システムを周知しており、覚知の段階からドクターヘリを要請している。

         ダイビ ング中の事故による、発症病態は主に溺水・減 圧症であり、受傷機転やバイタルサイン、症状・ 兆候を確認し、
        フィジカルアセスメントを行い ながら病態を予測している。

         出動現場では、簡 易心臓超音波検査を施行し、下大静脈内の気泡の流入の確認を行うが確実な画像検査には至らず、
        確定診断は困難である。さらに減圧障害の 診断基準はなく画像診断の有用性は低く、心エ コーにて右心系に気泡を認め
        ても発症に至らな い、いわゆるサイレントバブルの存在もあり診断に決定的なものはない6)7)といわれているため、
        潜水と発症のタイミング、症状など総合的 なアセスメントが重要となる。

         そこでダイビング事故は発生事故現場から事故状況をアセスメ ントし、医師と看護師が患者の診察を行いオーバートリ
        アージであっても、減圧症を疑う症例 には再圧治療可能な病院を選定し搬送する必要 がある。

         当院は第二種装置を有していないため ドクターヘリを活用した搬送システムが確立さ れ、事故発生ポイントを東伊豆町
        稲取から東西にわけ第二種装置を有する東海大学付属病院と 静岡済生会総合病院へ高度300m以下を保ちな がら搬送
        を行っている。

         また、当院が搬送した 減圧症患者の検討を行った結果、減圧症例に酸 素投与と輸液投与を行いながら300m以下の
        高度を保って搬送した場合、自覚症状やSpO2は 改善傾向を示し、搬送法は減圧症例の安全な航 空搬送法の一具体例8)
        として報告した。



  Ⅲ.フライトナース活動の実際

     1. 活動経過  

         このような背景から、フライトナースが取り 組んできた活動内容を Figure 3にて示す。 


                   



         2011年潜水医学会では静岡県東部ドクターヘリの減圧症例への取り組みの発表を行い、地 元ダイビング関係者の方と
        顔見知りの関係を築 くことができ、関係機関との合同勉強会(地元 ダイビング関係者、消防、フライトスタッフ) の開始へと
        つながった。

         また小田原セミナーで の発表や、第19回、第24回日本航空医療学会学術集会では、フライトナースの活動報告や合同
        勉強会の成果についての発表を行うことができ た。そして、ドクターヘリでは、ドクターヘリ スタッフ、搬送先病院関係者、
        消防との事後検 証会を年4回開催し減圧症事案についても取り 上げ活動の事後検証を行っている。
  

     2.ダイビング事故チェックリストの作成とその活用  

         ダイビング事故チェックリスト(以下、チェッ クリスト)は、再圧治療装置を有しない当院のフライトスタッフが、現場の状況
        を正確に搬送 先に伝えるためのツールとして、運航当初より 作成し活用してきた。これまでに、合同勉強 会を活用し、
        情報をつなぐダイビング関係者や救急隊員の意見を取り入れ、改定を重ね現在の形式に至っている。このチェックリストは、
        勉強会で活用方法を普及し、伊豆の主なダイビン グサービス、ダイビングスポットを有する消防に配布し、活用を呼び掛け
        てきた。

         チェックリ ストをFigure 4に示す。


              

                                        figure4 ダイビング事故チェックリスト


         現在ではチェックリス トの活用が定着したことで、現場の救急隊員や付き添いのインストラクター、ダイビングサー ビスの
        スタッフの協力が得られやすくなり情報 収集が円滑となり現場滞在時間の短縮にもつながっている。


         チェックリストの運用については、ダイビン グ事故が起きた現場から記載の開始を依頼して いる。一枚のチェックリストを、
        ダイビング関 係者→消防→フライトスタッフという流れで完 成させている。事故が起こった現場は、混乱しているため、現場
        に居合わせたダイビング関係 者だけが発生当初の情報を記載し完成させるの は困難である。

         そこで、救急隊員や、フライト スタッフが関係者から必要事項を聞き取り、そ れぞれが記載できる場面で追記を行い一枚
        のチェックリストを完成させている。

         また、フラ イトスタッフに引き継いだ後に入手した追加 情報については、ドクターヘリ運航対策室へ FAX で送り、追加
        情報の伝達を行うことがで きるようにしている。



     3. 関係機関との合同勉強会  

         合同勉強会は以下を目的として、2011年より フライトナースが主催し毎年開催している。

         ① ダイビング事故チェックリストの周知。
         ② 合同勉強会を使用し早期に減圧症を疑う情報収集ができる。また、現場活動の円滑化と現場滞在時間の短縮。
         ③ ドクターヘリスタッフとダイビング関係者との顔の見える関係をつくる。
         ④ ドクターヘリ活用の啓発活動。

         現在までに開催された勉強会テーマ、参加人数 について、Table 1に示す。


   



         第回目2011年11月の勉強会では、フライ トスタッフとダイビング関係者の2者間で行っ た。第2回目より、消防機関が
        参加し3者間で 合同勉強会が開始となった。勉強会内容は、フ ライトスタッフからは減圧症の講義や症例検討 を行った。
        そして医学的知識の勉強会だけではなく、ダイビング関係者よりダイビングの基礎知識についての講義があり、
        フライトスタッフ がダイビングの知識を学ぶ機会を得た。  

         毎年勉強会ではチェックリストのすり合わせ をおこなっており、チェックリストの項目を3 者間で吟味し、改定を行ってきた。
        しかし、勉強会を開催していく中で、チェックリストの認 識はできているものの、記載することができな い現状が明らかと
        なった。

         その理由として、実 際に書いたことがないのでわからない、慣れて いないため書きづらいとの意見がきかれた。
        そ こで、2015 年度の勉強会ではチェックリストを記載する勉強会を開催した。また、合同勉強 会前後のチェックリストの
        使用状況を比較した 結果、勉強会前(2014年4月〜2015年12月)の減 圧症事案は20件であり、チェックリストの使用は
        14 件(70%)、記入完成率は35項目中平均 26 項目(74.2%)であったが、合同勉強会後(2016年1月〜2017年3月)の
        減圧症事案は14件であ り、チェックリストの使用は14件(100%)、記 入完成率は35項目中平均30項目(85.7%)であり、
        チェックリストの使用件数の増加と、記入完成 率の上昇を認めることができた。  

         さらに2017年度の勉強会では、実際の現場出 動動画を視聴してもらい、現場活動のイメー ジをしてもらうよう働きかけた。
        そのうえで、 チェックリストがどのように活用されているのかを知り、ダイビング・消防・ドクターヘリ側が どのように連携を
        とっていくべきかを共に考え るために、混成グループによるグループワーク を行った。

         その結果、地元ダイビングショップ を介さないことにより個人情報の把握の困難さ について問題があがった。その対応と
        して、一 部のダイビングサービスでは都市型ショップに 対して万が一に備えて個人情報を提示できるよ うに協力を仰いで
        いる。

         また、情報提供者とし てのインストラクターの同乗を依頼していた時 期もあったが、ドクターヘリの同乗は家族に限定し、
        情報はチェックリストで繋ぐことを意思 統一することができた。



     4. 搬送先病院へのアンケート調査  

         これまでの活動は、事故発生時からかかわ る関係機関との連携を密にとり強化し、ドク ターヘリの有効活用するための
        活動を強化して きた。しかし、チェックリストの有用性を検証 し、さらによりよいものにしていくために搬送 先病院での活用
        状況の把握は必要不可欠である ため、チェックリストの活用に関するアンケー ト調査を行った。

         調査期間は 2017年9月25日〜 2017年10月10日、調査対象は、東海大学医学部 付属病院と静岡済生会総合病院の
        減圧症搬送先 の2施設に対し、治療の上で関わる医師・看護 師とした。まず最初に、ダイビング事故チェッ クリストの
        認識状況について調査したところ、 認識していた医療スタッフは3割に過ぎなかっ た。

         認識していた医療スタッフはチェックリス トを患者の治療方針、再圧治療を行ううえで有 効な情報源として扱っており、
        チェックリスト 内の有効な情報項目は、潜水時間や最大深度、 本数、浮上形態などダイビングプランの内容が 中心で
        あった。さらには緊急連絡先、既往歴な どの患者の基本情報が有効であるという結果と なった。Figure 5参照。


              



         その他の意見として、治療計画を立案する医 師が決まっているためその他スタッフはあまり 活用していない、情報共有
        がなされ活用されれ ば非常に有用である、などの意見を得ることが できた。



     Ⅳ.まとめ  

         我々は、日本で有数のダイビングスポットが 存在する伊豆半島全域をカバーし、ドクターヘ リを活用した救急医療を
        担っている。そこで、 救命率の向上と後遺症の軽減を図る使命があ り、ダイビング中の事故はオーバートリアージであって
        も減圧症を疑い、早期医療介入と専門 的治療を担う施設への緊急搬送にドクターヘリ を活用することを関係機関へ呼びか
        けてきた。

         それらは事故チェックリストの作成や合同勉強 会の開催、関連学会や小田原セミナーでの報告 など多岐にわたる活動
        であった。運航開始より 今日まで、年間の出動要請件数は10数件と少 ない数ではあるが、消防覚知(119入電時)の段階
        からドクターヘリを要請するよう徐々に定着 し、要請側の意識の変化がドクターヘリの有効 活用の結果として表れていると
        考える。  

         合同勉強会は、毎回チェックリスト普及のために検討を重ね、互いの専門知識を確認しあうなどの取り組みにより、連携
        強化のための顔のみえる関係づくりに大きな影響を与えている。

         このような関係性は今後も継続していくことが重要であると考える。一方搬送先病院ではチェッ クリストの認識が低い現状
        が明らかになり、合同勉強会など関係機関が集う場において、搬送先施設の参加も働きかける必要性が課題となっ た。

         今回のアンケート調査により、チェックリス トの存在を知ってもらう機会となったため、今後は搬送先での治療が円滑に
        行うための情報提 供や連携強化の方法を検討していく必要がある。

         さらに、現地のショップを介さないレジャー ダイバーでは個人情報入手困難や、事故発生時、事故チェックリストが普及で
        きていない問題も生じている。

         今後は事故発生時の個人情報 の入手方法の検討や、事故を回避するためのダ イバーへの啓蒙活動など、安全な
        ダイビングを 行うために事故発生前から取り組める活動を関 係機関とともに検討していくことも重要である と考える。




  【引用・参考文献】

    1)救急ヘリ病院ネットワーク HEM-NET:ドクターヘリ配備地域,http://www.hemnet.jp/where/ (208/4/9 閲覧)
    2)杉山貢,荻野隆光,小濱啓次他:ドクターヘリハンドブック,へるす出版,2015,pp2
    3)坂田久美子,野澤陽子,藤尾政子他:フライトナースハンドブック,へるす出版,2017,pp2
    4)杉山貢,荻野隆光,小濱啓次他:ドクターヘリハンドブック,へるす出版,2015,pp86 − 87
    5)山本五十年,猪口貞樹,中川儀英他:伊豆地域における減圧障害に対する治療連携,
      日本高気圧環境・ 潜水医学会雑誌,203:2:4 ‐ 48.pp258
    6)鈴木信哉:潜水中、潜水後の症状発現 http://npominder.justhpbs.jp/newpage217th.01.suzuki2. html(2018/4/9 閲覧)
    7) 鈴木信哉 : 我が国の減圧障害の現状と今後の対策 - 治療ガイドライン作成に向けて .
      日本高気圧環 境・潜水医学会雑誌 , 49(4):88,204.
    8)大出靖将,柳川洋一,近藤彰彦ら:ドクターヘリによる減圧症搬送例の検討,
      日本高気圧環境・潜 水医学会雑誌,2013:12:4 ‐ 48.pp296