Medical Information Network for Divers Education and Research
安全にダイビング出来る運動能力
山崎 博臣 山崎内科医院
肺の中に含まれる空気の量はいくつかの種類に分けられる。呼吸運動により出入りする1分当たりの空気の
量を分時換気量という。
これは1回の空気の出入り(1回換気量)と1分間の呼吸数の積で表す。通常安静時には1回換気量は約
500mlで呼吸数は12-18回/分なので分時換気量は6~9Lになる。
運動時には1回換気量、呼吸数ともに増え分時換気量は増加する。1回換気量のうち呼吸に関与しない空気が
存在する。はき切っても口から気管支くらいまで空気が残る。これを死腔といい150mlくらいである。9Lの
分時換気量のうち呼吸数が18回だと実際に呼吸に関与する1分間の換気量は350× 18=6.4Lになる。
呼吸数を12回とすると実際に呼吸に関与する1分間の換気量は600×12=7.2Lとなる。
大きくゆっくりした呼吸の方が効率がいい。これがダイビング中にゆっくり大きく呼吸する理由で
ある。
特にダイビングではレギュレーター呼吸をするので死腔が大きく、通常より意識する必要がある。
通常我々は息切れをしない運動の範囲では自然にこのような効率のよい呼吸になっているが運動強度が増えると鍛錬していないものは呼吸数が増えるが呼吸が浅くなりムダな呼吸筋を使用することになり消耗が早くなる。
空気は呼吸により肺胞まで送られ毛細血管との間でガス交換が行われる。つまり
酸素を取り入れ二酸化炭素を放出する。
酸素は血液中のヘモグロビンと結合し末梢組織に運ばれる。そして組織で酸素が使われエネルギーが生じる。
それに代わって二酸化炭素が血液に溶け込む。こうして呼吸によりエネルギーが蓄えられこれを利用して運動をする。エネルギーを産生する際、1分間に摂取する酸素量を酸素摂取量という。
酸素 1L消費あたり約 5Kcalのエネルギーが消費される。
酸素摂取量は
心拍出量(1回拍出量×心拍数)×動静脈酸素格差、 または
分時換気量×酸素摂取効率
で表される。運動強度をあげていくとそれに比例して酸素摂取量は増えていく。ある程度増えていくとそれ以上
酸素摂取量が増えなくなる。これを最大酸素摂取量と呼び。持久力の指標になる。(図1)これが高いほど同じ強度の運動が楽に出来る。
図1
つまりダイビング中に激しい流れなど急激な環境変化でも動じず冷静な判断ができることになる。
また同じ強度のダイビングをしていても体は楽でいろいろ楽しめる。
安静時の酸素摂取量を1METSとしその何倍の酸素摂取量を必要とするかで運動強度を表す。
ダイビングは 5-10METSと言われる。
条件が良く、ダイビング技術が良好であれば、ダイビングは歩行程度の運動である。しかし一度条件が悪くなると8METSを越える運動強度となる。またダイビング技術が不良な場合は10METSに達することもある。
走ることは比較的、運動強度と酸素摂取量との間の個人差が少ないが、水泳、ダイビングは技術によりかなり大きな差がある。そのためダイビング技術が良好となるように練習する必要がある。厚生労働省が健康
づくりのための最大酸素摂取量の基準を示している。(表1)最低これくらいはクリアするべきである。
表1
最大酸素摂取量を測定するには徐々に負荷をかけ、呼気を分析し酸素摂取量を測定する。
負荷の増加(トレッドミルを用いる場合は走る速度)に比例し酸素摂取量は増えていく。しかしある負荷に
達するとそれ以上酸素摂取量が増えなくなる。これをレベリングオフといいこの時の酸素摂取量を最大酸素摂取量とする。
(図1)この方法は直接法といい、正確に測定できるが特別な設備を必要とし、運動も最大限まで行うのでリスクも伴なう。運動習慣のない人では体力的な問題と気力の問題で最大酸素摂取量まで達しないで終了して
しまうことが多い。
そのため間接法が考案された。心拍数がほぼ酸素摂取量と比例して増えること(図2)、最大酸素摂取量にほぼ一致して脈拍が増えなくなること、この脈拍(最大脈拍)が年齢により予測できること運動強度より酸素
摂取量が推定出来ることから考え最大運動をしなくても最大酸素摂取量を推定することが可能である。
3点以上、運動強度と脈拍数をプロットし予測最大脈拍数とこの 3点を結んだ直線の交点より運動強度を求め、その運動強度に一致する酸素摂取を最大酸素摂取量とするものである。(図2)
図2
スポーツジムのエアロバイクにはこの様な機能があり最大酸素摂取量を推定することができる。時計に脈拍、ランニング速度を測定する機能が内蔵された機器がありこれを用いることにより最大酸素摂取量が推定できる。
その際、酸素摂取量(ml/kg/min)=0.2×速度(m/min)+3.5が推定式になる。しかし間接法は
予測最大脈拍数は必ずしも正確でないこと、
運動強度に一致した酸素摂取量に個人差があること、
酸素摂取量と脈拍が必ずしも一致しないこと
で10%以上測定に誤差が出る。特別な施設、機器も必要である。簡便な方法としてランニングのペースにより最大酸素摂取量を予測する方法がある。
クーパーが考案した 12分間全力で走った距離より最大酸素摂取量を推定する12分間走が有名である。
これを基にして鍋倉が作成した表を示す。(表2)しかし 12分間全力で走る必要があり、手を抜くと低く評
価される。
表2
手軽な方法だが、鍛錬していない人がこの方法で最大酸素摂取量を測定するのは無理がある。
走ることに慣れた人にとってはかなり高く評価される問題もある。
最大酸素摂取量を高めることのできる下限の運動量は50%最大酸素摂取量または乳酸閾値であり、この運
動量から開始するのが安全で効果がある。
しかし50%最大酸素摂取量を指標とすると最大酸素摂取量の測定が容易でないこと、人によって同じ負荷で
もきつく感じる程度、体に対する負荷が異なることなどにより適切な運動強度を指示するのが困難になる。
一方の指標である乳酸閾値について説明する。
完全に有酸素運動であった強度から無酸素運動が加わった点を無酸素性作業閾値という。
ここまではなんらきついと感じず、いつまでも運動が続けられる強度と言える。
乳酸が急激に蓄積し出した点、(乳酸性作業閾値または乳酸閾値)呼気ガス分析により換気量、または二酸化
炭素排出量が急激に増え出した点(換気性作業閾値)が無酸素性作業閾値である(図3)。
図3
この2つの点はややずれるがこの点までは心肺にかかる負担は小さく、これを越えると急増する。そのため
乳酸閾値でのトレーニングを行うことにより最大酸素摂取量の増加が期待でき安全である。
この点はトレーニングにより右方移動する。(図4)
図4
同じ最大酸素摂取量でもこの点が右方移動すれば楽に運動がこなせる。
そのためはじめは最大酸素摂取量の50%の強度がきつく感じても、トレーニングにより楽になってくる。
この乳酸閾値でのトレーニングが理想的である。しかしこの乳酸閾値を測定するには運動しながらの採血が
必要であり、簡便とは言えない。そのためわたしは、
脈拍を測定しながら運動強度を決める方法 を勧める。
酸素摂取量が脈拍にほぼ比例して増加し、脈拍が平坦になった時点
「最大脈拍数」がほぼ最大酸素摂取量に一致する ことから、
予測最大脈拍数に対する割合で運動強度を表し、最大酸素摂取量に対する割合の代用とする。
単純に予測最大脈拍数に対する割合で表すものもあるが、安静時に脈拍数は0ではなく、酸素摂取量も0で
はないため、特に低い強度で誤差が大きくなる。そのため最も使いやすいのがカルボーネンの式である。
すなわち
目標脈拍数=(220ー年齢:予測最大脈拍数)―安静時脈拍数)×係数+安静時脈拍数
である。
係数(最大酸素摂取量に対する割合で相対的運動強度を示したもの)を 0.4~0.6にするのが安全で
効果的と考える。
まず係数を0.4程度として持久運動を開始し、慣れてきたら0.6程度まで上げていく。
これ以上上げなくても同じ脈拍数での絶対的運動強度(ランニングであれば走る速度)が上がって
いく。
相対的な運動強度は同じでも絶対的な運動強度(最大酸素摂取量、ランニング速度など)は増えていくことに
なる。
無理しなくても運動能力は高まる。
この方法でも問題がある。まず運動しながら脈拍を測定するのが容易ではないことである。運動直後に測定することが勧められているが運動が終わるまでわからない。
測定する比較的安価な機器があるがすべての人が購入するのは困難である。この式で求めた運動強度で運動
する場合、個人によって心肺にかかる負担が異なる。乳酸閾値に差があることが大きな理由である。乳酸がある程度増えてもそれを利用できる人は乳酸閾値を越えてもあまりきつく感じない。
予測最大脈拍数にかなりばらつきがあることも問題である。
そこで最も原始的と考えられるが自覚的強度で運動強度を決める方法がある。ボルグスケール(表3)を利
用するもので自覚的にきつくない運動を繰り返していくと、自然に同じ感覚でも運動強度が増えていく。
表3
これにも問題はある。慣れてくると人によってはきつい運動でも無理してしまう可能性がある。
心肺に異常がある人は心電図を測定しながら最大酸素摂取量、無酸素性作業閾値を測定し、それにより運動処方が決められる。
安静時に必要な酸素摂取量を1としその何倍が必要かということで運動の強度を表わす。この単位を METSと
いう。
激しい流れに逆らって泳ぐときはさらに強い運動強度が必要になるがそれは1分も続くことはない。40~
60分のダイビング時間の平均をとると
のんびりしたダイビングで歩行程度、激しい流れのあるダイビングでも 1000mを8分でのランニングを
超えることはまずないと思われる。
概算で歩行中の酸素摂取量(ml/kg/分)は0.1×分速+3.5、ランニング時の酸素摂取量は 0.2×分速 +3.5な
ので
時速 6kmの歩行(やや速足)で13.5ml/kg/min;約4METS、
時速7.5kmのランニングで28.5ml/kg/min;約8METSとなる。
ダイビングでの運動強度は技術や環境の条件にもよるが4~8METSと考えられる。ただしこれはダイビング
技術が優良である場合で、不良の場合は条件のいい環境でも8METS以上の運動強度となることもある。
ダイバーに必要な最大運動能力を13METSとされている。7)これは通常のダイビングの最大運動強度を8METS
としそれが無理なくこなせる最大運動能力を計算したものである。最大運動能力の60%程度がダイビングの
最大運動強度とすれば無理なくダイビングできると考えられるからである。
確かにインストラクターやハードなダイビングをする人はこれくらいの運動能力が必要と思われる。しかし
この運動能力はクーパーの式に当てはめると12分で 2500m走る能力で簡単に得られるものではない。
30歳前後であれば難しくないが 40歳を超えるとかなり高いハードルになる。
そこで私見ではあるが通常は6~7METSくらいがダイビング中の最大運動強度と考え11METSくらいの最
大運動能力があればいいと考えている。
エクササイズという単位がある。運動の強さを METSで表し、それに時間をかけた単位である。
3METSの運動20分、6METSの運動を10分、8METSの運動を8分で1エクササイズとなる。厚生労働省は
運動と生活活動で23エクササイズ、そのうち活発な運動を4エクササイズ、可能ならさらに 10エクササイ
ズの追加を勧めている。
具体的にどんな運動がいいだろう。表4に主な運動のMETS、エクササイズを示す。
表4
日常生活で行ないやすいのはまず速歩である。会社の往復を4kmとすると100m/分で40分の運動とな
る。
3.85METS ×40/60=2.57エクササイズ、5日間で約13エクササイズとなる。歩数でいえばおよそ5000~6000歩/日である。駅の階段の上り下り(平均7METSの運動:文献4のステップ運動のMETSより概算)は30段を 1分として7METS ×1/60時間=0.12エクササイズ。1日2往復、週に5日で1.2エクササイズになる。
家から駅、駅から会社まで歩き(4000mと仮定:足りなければ回り道をする、昼食を少し遠いところに食べに行くなど工夫する。)駅の階段を上り下りすれば14エクササイズくらいが可能となる。
現時点で持久運動能力の低い人がどのように無理なく運動能力をつけていくか考える。
最大酸素摂取量の50%、乳酸閾値を測定し、それに一致した脈拍数で持久運動を行うのが理想だがその問題点は説明した。そのため自覚的強度を基にした運動がいいと考える。
きつく感じない強度(ボルグスケール11~13くらい)で歩行を開始する。10分続けたのちそのときの
脈拍数を測定し138-年齢/2、これくらいの脈拍がほぼ最大酸素摂取量の50%くらいとされ、計算が簡
単。より多ければその後は少し歩行速度を落とす。
そしてその自覚強度で続ける。同じか少ないようならその自覚強度で続けていく。
同じ自覚強度で歩行していれば自然と歩行速度が上がっていく。
慣れてきたら 10%くらいまでは脈拍を上げてもいい。
地図より距離を測るソフトがインターネットやスマホのアプリにあるので、身近なところで距離を確認すると
いい。
週に10分くらいよりはじめ、だんだん増やしていく。週に40~60分くらいを目標にする。
時間がないときは5分を数回に分けても問題ない。10分で1.0kmくらいを問題なく歩けるようになった
ら、それより少し遅いくらいの速度で走ってみる。
その後は同じ感覚で走っていれば走る速度が上がってくる。
頑張る必要はなく楽に速く走れるようになる。9分間で1.0kmをややきついくらい(Borgスケールで13くらい)で走れれば目標達成。
週に60分出来れば7METS×1=7エクササイズになる。
台や階段を利用し、ただ降りたり上ったりするだけのステップ運動も手軽である。きつくない範囲で5~
10分続ける。テレビを見ながらでも可能だし。家に居るとき暇をみつけて5分を2回やれば十分である。
2 分を5回でもいい。1分、30ステップで7METS なのでこの運動が出来るようになれば1日10分1週間で7×10/60 × 7=8.2 エクササイズとなる。
最初は1分、15ステップくらいから始めてもよい。歩行のときに準じて運動強度を増やせば良い。日常生活で14エクササイズこなせるのでジョギングにステップ運動を組み合わせれば23エクササイズは無理なくこなせ、30エクササイズも困難ではない。
これくらいの運動を継続すれば最大酸素摂取量が増加する。(文献4 を参考に筆者が考案)
文献
1)アメリカスポーツ医学会 編 日本体力医学会体力科学編集委員会 監訳:運動処方の指針(原著第6版). 東京:南江堂。2005;pp151.
2)アメリカスポーツ医学会 編 日本体力医学会体力科学編集委員会 監訳:運動処方の指針(原著第6版). 東京:南江堂。2005;pp299.
3)Cooper,KH.:A means of assessing maximal oxygen intake.J.A.M.A.203:135-138.1968.
4)田中宏暁:運動と生活習慣病、成人病と生活習慣病40:996-1001.2010.
5)冨樫健二 編(2013)スポーツ生理学3.化学同人.京都.pp181-182.
6)Borg,GAV.:Perceived exertion:A note on“history”and methods.Ned.Sci.Sports 5:90-93.1973.
7)Recreational Scuba
Training Concil:RSTC(2007):Guidelines for Recreational Scuba Diver’s Physical Examination.Available from URL.
http//www.wrstc.com//download/RSTCMedStatenentGenerc.pdf(Accesed2014April)
8)厚生労働省:健康づくりのための運動基準2006
|