Medical Information Network for Divers Education and Research ダイバー・ライフセーバーが行なうべき水難現場の心肺蘇生法
〜ダイバー&ライフセーバーの立場から〜
深作 友明
東京消防庁消防科学研究所第4研究室
1 はじめに
余暇を活用して日ごろの疲れを癒そうと、ダイビングをはじめとした海洋レジャー、キャンプなど、海岸線で行うアウト
ドアライフを満喫する人々が増えてきました。
特に海・川なでの波、風、砂地、石、潮の流れ、水流など、自然のさまざまな条件が加わる環境でのレジャースポーツ
では、常に危険と隣り合わせでいることを知らず、「不慮の事故が起こりえるなど考えてもいない」人々が、楽しさだけを
追いかけて来るのをよく目にします。
危機管理意識の薄くなった人々が一旦事故を起こすと、その事故に対処しきれなくなり、軽易な事も取り返しのつか
ない事態になり、ひいては助けようとした人がまき添いとなる二重事故となる最悪な結果につながっていくのです。
このような人々が増えていくに伴い、海洋レジャーにおける溺者を中心とした水難事故への安全対策が重要な課題とし
て注目され1)、特に事故を未然に防ごうと日々努力しているダイバー・ライフセーバーの力が大変重要になってきてい
ます。
いつ起こり得るかわからない最悪な事態に対しダイバー・ライフセーバーは、万全な準備をし、事故を未然に防ぐ知識
や技術を高めておく必要があるのです。
そこで今回は、ダイバー・ライフセーバーが実際の水辺で起こる事故、特に取り返しのつかない事故、心肺停止状態で
の水難事故に対する、正しい心肺蘇生法について紹介させていただきたいと思います。
2 救命手当ての必要性
(1)必要性
ダイバーのインストラクターや仲間とダイビングを楽しんでいる方、また海水浴場などで監視活動を行っているラ
イフセーバーの皆さんは、水難事故が起きた時の第一発見者であり、同時の救助者でもあります。このように水
難事故の受傷時にそばにいて救助したり、助けを呼びに行く人をバイスタンダーと呼び今回いらしているダイバ
ー・ライフセーバー(以下、バイスタンダーという)になるのです。そして、バイスタンダーの力が水難事故の現場
では、大変重要になります。
事故の当事者は、呼吸停止後約10分で50%が死亡するといわれ、心肺停止では停止後約3分で50%が死亡す
るといわれていています(表1参照)。また、心肺停止状態になると、脳細胞や全身に血液の循環は停止し、血
液の大切な仕事である酸素の運搬は途絶えてしまいます。そして、酸素がこなくなった脳細胞は破壊を始め、も
し心拍・呼吸が再開されたとしても完全な形の復帰は出来ず、神経学的な後遺症を残してしまう事になるので
す。1)
おしくも事故を起こした当時者にとっても、すぐそばにいるバイスタンダーにとっても、事故当事者の救命率の向
上や、神経学的に後遺症が残らない為にも、1分1秒を争う早期の救出、救命手当て、119番通報等の応援を呼
ぶといった行動をおこなう激動の時間でおこなわれる行動が命を助ける時間となり、バイスタンダーの訓練され
た冷静な判断と行動が、この激動の時間を笑顔に変える時間になる鍵になるのです。
また、全国の救急自動車が、119番通報を受けてから事故現場に到着するまでの時間は、平均で6分30秒か
かります(平成14年中・平成14年消防白書調べ)。しかし、実際に水難事故が発生しその場所から通報し救急
車両が到着するには、季節的な道路状況、救急車が進入できる場所がかぎられている等の状況を考えるとこれ
以上の時間がかかることは容易に想像できます。2)このことから、事故当事者のダメージを最小限に食い止め
る為には、救急隊到着までに近くにいるバイスタンダーの方々が事故者を救出し、救命手当てを施すことや、救
急隊の到着時間を考慮して早期に119番通報をおこなう必要があるのだと思います。
(2)救助活動が伴う救命手当て
上記1の救命手当ての必要性では、一刻も早く事故の当事者に対する救命手当てをすることにより死亡する確
率や後遺症を残す確立を減らすことができることをあげました。
事故の当事者が、呼吸停止後約10分で50%が死亡するということは、カーラーの救命曲線(表1)で表現されて
いるもので、事故が起き心肺停止や・呼吸停止・多量出血での時間経過に伴う死亡率の向上を表している曲線
になっています。このところで間違ってはいけないところは、事故いわゆる心肺停止や・呼吸停止・多量出血が
起きたそのときから死亡率が向上してしまうことになるということです。救出してから、発見してからといった現象
が起きたときからの時間経過ではないということであります。事故の起こった現場では、救出活動が伴いこの救
出している時間も事故を起こした当事者がもし、心肺停止や・呼吸停止・多量出血など起きていたとしたら死亡
率が時間と伴に向上していくことになってしまうのです。
ダイバーの事故と、ライフセーバーがあつかった事故の状況をしらべてみると、ダイバーの事故では、日本海洋
レジャー安全・振興協会の平成14年潜水事故の分析からの抜粋した表では、過去6年間の事故形態別の発生
状況では、溺水での事故が一番多くみられます(表2参照)。3)
また、表3では平成14年中に起きた事故の事故発生時の深度を表したものでは、5m以下と比較的浅い深度で
の事故が多くなっていました。3)
この2つの表から、ダイビング事故は、溺れが原因で、しかも比較的深度が浅いところで起こっています。
また、ライフセーバーがあつかった事故の状況では、ライフセービングの小峰理事長をはじめとするライフセー
バーが研究しているものですが、平成8年から平成10年にかけてレスキューレポートやレサシレポートを元
に、溺水事故の発生場所を調査したものです。1)この表4からは、岸から近い場所での溺水事故が多いいよ
うです。
水難事故は、比較的岸から近い場所で起きています。しかし、救助活動を伴うと救出する時間がどうしてもかかってし
まい、先ほどの救命曲線に照らしあわせるといくら岸から近い距離で水難事故が発生しても救出する時間に死亡率が
向上してしまうことになるのです。ですから、救出すること救命手当てを実施することは、1分1秒を争い活動しなくては
ならないのです。救助活動を伴う救命手当ての1分1秒を争う現場で躊躇なく、救助し救命手当てをおこなうには、多くの
訓練が必要になるのです。
そして時間を争う現場での救出では、救出している時間にも何らかの救命手当てをおこなうことも考慮する必要があ
るでしょう。
バイスタンダーの皆さんが水難事故に遭遇し、まず身の安全を確保した後、簡単でシンプルな方法で事故者に海上
で接触しました。観察したところ意識がなく、呼吸も無いとなった時今回の課題の心肺蘇生になるのですが、救助する
時に問題になるのが、海上・海中でのなんらかの救命手当ての必要性であります。ライフセーバーでの講習では、事故
者に接触した時に意識がなく、呼吸が無い状態のとき、レスキューチューブやレスキューボードの浮力のある救出資器
材の上で、人口呼吸が出来る海上の状況であれば人口呼吸を行い救出するとなっています。深山らの報告によると、
平成8年から平成10年にかけて日本ライフセービング協会のレスキューレポート、レサシテーションレポートの心肺蘇生
実施事案16件を調査した結果から、「ライフセーバーがレスキューボードで水中の溺者を確保した際に呼吸が停止して
いたため、岸に戻るまでレスキューボードの上で人口呼吸を継続し、呼吸を回復させた」例が報告されていました。この
ように海上という不安定な場所での早期の救命手当てが救命に貢献した報告がされています。1)また、一方では陸地
などの比較的安全な場所で心肺蘇生を行うことの出来る場所まで早期に搬送して、心肺蘇生を行うったほうが効果的
な救命手当てが出来るといった点もあります。このように早期人口呼吸、早期心肺蘇生と言われているものの、海上、
海中などの自然の環境化での問題は、これからも課題になると思います。
3 救助するときに一番大切なこと。
水難事故が発生し、救助が必要な状況が発生した時、一緒に潜っている仲間のために、海水浴場に遊びにきてい
る遊泳者のために、我先に救出しようとする。
確かに、ライフセーバーは、海水浴場での事故を未然に防ぐために監視し、もし何か事故があれば救出しなくては
なりませんし、ダイバーにあっても自分が担当しているメンバーの1人に何か処置をしなくてはならないという責任はあ
るでしょう。がしかし、救助者となる立場の人は、上記の項目とは矛盾しますが、1分1秒を争う事故であったとして
も、まず何を差し置いても自分自身の身の安全を考え、安全を確保してから救出に向かう必要があります。
どんな状況であれ、救出しに行くという行為は、自分が想像している以上の危険な場所に自分の身を置くことになり、
救助者本人が被害者になる可能性のある場所に飛び込むからです。特にダイバーやライフセーバーは、海・川という
自然の特殊環境下で活動することになることを忘れないで頂きたいと思います。
また、感染症の問題も出てきます。自分を守るための安全の確保になると救助する時のタイミングと救助することに
よる感染症です。海の中で救出するときに感染防止を考えるとなるとダイバーなどでは、潜行する前から事故がある
か無いか分からなくても感染防止を考えておかなくてはなりません。このことから、感染防止用の手袋、ポケットマス
ク・マイクロシールドを潜行する時には、ウエットスーツの中や、潜行に必要な資器材に入れておくことが必要です。ま
た、海等で監視活動をおこなうライフセーバーも同様に自分の身近に感染防止用の器材を身に付けておくことが必要
になります。
救助に向かう前にまず身の安全、その次に簡単でシンプルな救出方法で救出する方法を考えてください。
4 心肺蘇生法
今回参加されている皆様は、各消防本部・日本赤十字社等の救命講習を受講されていると聞いておりますので、心
肺蘇生法の簡単なポイントと主な改正点を示させていただきます。
(1)心肺蘇生法の流れ4)
(2)注意点
○ 心肺蘇生法という事で、流れや手技にばかり気をとられてしまうので、確認をしっかりおこなう。
○ 冷静に、確実におこなう。
(3)基本手技
@気道確保
○ 頭部後屈顎先挙上法でおこなう。
○ 頸部をやさしく
○ もし、海岸の波うちぎわの場合には、頚椎の損傷が疑われるので下顎挙上法により気道確
保をおこなう。
○ 確実におこなう(これがしっかりできないと人口呼吸の効果はない)。
A人口呼吸
○ 気道確保を確実に行ったうえで口と口(ポケットマスク等があれば優先的に使用する)をしっ
かり密着させて、鼻をつまんで空気が漏れないようにする。
○
傷病者の胸が吹き込みに合わせて挙上しているかどうかを確認しながらおこなう。2回の人
口呼吸の際に循環のサインを確認する。
B心臓マッサージ
○
手の置く位置(肋骨と胸骨の切痕から2横指上)、手の置きかた(指が胸壁につかないように
手のひらを置く)、圧迫のしかた(手首、肘を伸ばして上半身の体重をのせて体重をのせて圧
迫する、両肩を傷病者の中心線上まで持ってくる)、圧迫の強さ(胸壁が3.5〜5cm沈む程
度)に注意する。
○ 関節を曲げてスナップをきかせたりはしない。
○ 傷病者がバウンドしないように堅い板の上でおこなう。
○ 1分間に100回の速さでおこなう。
C組み合わせ
○ 1人法でも2人法でも、人口呼吸2回心臓マッサージ15回の割合でおこなう。
(小児・乳児・新生児の場合は、人口呼吸1回、心臓マッサージ5回の割合)。
以上、心肺蘇生法の簡単なポイントを示しました。緊急時に正確にそして確実におこなうためには多くの訓練が必要
になります。
(4)一般人のおこなう場合の心肺蘇生法の新しい指針(ガイドライン2000)による主な変更点について
@ 心肺蘇生法の改正ポイント
○ 口腔内の確認をしなくてもよい。
○ 呼吸を確認する前に気道確保をおこなう。
○ 呼吸の確認は10秒以内でおこなう。
○ 人工呼吸の呼気の吹き込む量は、約10ml/s(500〜800ml)で、2秒かけてゆっくりと
おこなう。
○ 心臓マッサージを開始する前は、循環のサインとして確認をおこなう。
○ 成人の心肺蘇生法は、1人法でも2人法でも心臓マッサージと人工呼吸の割合は、15:2で
おこなう。
○ 口対口の人工呼吸が出来ない場合は心臓マッサージのみでもよい。
A 循環のサインの確認
○ 気道確保や、人工呼吸中に自発的に呼吸を始めたり、咳をするのを確認する。
○ その他の体動があるかを確認する。
以上のように新しい指針(ガイドライン2000)による主な変更点を示しました。各消防本部において救命講習を新しい
指針にそっておこなっております。ぜひ、参加し勉強してみてください。
4 人工呼吸器具
ライフセーバーが監視活動をする海岸や、プールの監視所・救護所に置いてあり、心肺蘇生法の際に使用し人工呼
吸等をおこなう、人工呼吸器具について紹介します。
心肺蘇生の際の人工呼吸は大量の酸素を必要とするので用いるのが望ましい資器材です。5)
しかし、人工呼吸器を使用するのは、難しく多くの訓練が必要になり、むやみに使用してはならないもので救急隊や医
師と伴に訓練を多く行い資器材の欠点を理解し、水難現場で使用するとよいと思います。
特に手動引金式人口呼吸器は、酸素を使用することやデマンドバルブを引く技術は扱いが難しくより多く訓練が必要
で、現在では海外のライフセーバーの資格取得教本では、手動引金式人口呼吸器を使用することは教えているところ
は少なく、手動式人工呼吸器を使用した技術として教えられています。また、手動式人工呼吸器はバックを押す技術が
必要でありますが、訓練を多く実施することにより、習得する技術になるものであり、ライフセーバーに必要な技術の1
つになると思います。
(1) 手動式人工呼吸器(バックマスク)
バック(自動膨張式)とマスクからなり、それぞれ成人用、小児用など各種のサイズがあり、使用するマスクは
顔面に密着するように使用するものです。
(2) 手動引金式人口呼吸器(デマンドバルブ)
デマンドバルブのレバーを引くことにより100%酸素での傷病者の人工呼吸や補助呼吸、酸素吸入をおこなうも
のです。
5 感染防止用資器材
水難現場で救出活動をおこなうライフセーバーやダイバーの皆様の中に、事故の際の用意として感染防止の資器材
をもって行動することがわずらわしい、事故が起こるかわからないのに海にはいる前から感染防止用に装着していたら
大変で持ち歩きたくない、装着したくないといった人が多く見受けられるように思います。しかし、一度事故が起きれば
救助に向かわなくてはなりません、その時救出したけど感染症の病気になってしまって取り返しのつかない事故になっ
てしまうのです。
ですから、海に入る時は必ず付けておきましょうとはいいませんので、自分がすぐ使える身近な場所に付けておきまし
ょう。そして、事故が起きて救助に向かう時は、どんなささいな事故でも使用するべきだと思います。
(1) ポケットマスク・マイクロシールド
直接口をつけて人工呼吸をおこなう時や、顔面外傷などで口腔内や口の周囲に血液が付着しているときに
は感染の危険があるので、ポケットマスクや、マイクロシールドを確実に使用し、人工呼吸をおこなう必要があ
ります。
(2) グローブ
どんなささいな事故でも、感染防止用のディスポーザブルグローブを装着してから、事故の当事者に近づいてい
き救助活動、応急手当てを実施する必要があります。
また、海外の教本にも感染防止用にグローブを使用するように教えているようです。
6 終わりに
今回は、救助活動をともなう救命手当てについて簡単にご紹介しました。
事故を未然に防ぐこと、そしていざ事故が起きた時冷静な判断と行動を行なうため、また救助しに行くはずが二次災害
に巻き込まれてしまうようなことがないよう、日々の訓練に励んでください。そして少しでもダイバー・ライフセーバーの水
難現場での活動の力になれれば幸いです。
引用文献
1) 臨床スポーツ医学 文光堂 Vol 16 NO8 1999
2) Outdoor レスキュー・ハンドブック 藤原尚雄 山と渓谷社 2003
3) 日本海洋レジャー安全・振興協会 平成15年
4) アウトドアライフ救急マニアル 太田祥一 荘道社 2002
5) 救急隊員標準テキスト へるす出版 2001
6) 救急救命処置法 東京法令出版 救急問題研究会編集 2000
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