Medical Information Network for Divers Education and Research




   1. 潜水時のガス中毒

    ?酸素使用時の酸素中毒およびリブリーザー使用時の二酸化炭素中毒?

   2. 耳抜き不良の診断・治療・合併症と潜水事故



                         三保 仁        三保耳鼻咽喉科クリニック




  【Abstruct】

  法令改定により、水中でのナイトロックス及び純酸素の使用が認められたが、潜水中の酸素使用時には、酸素中毒
 が起こりうる。急性酸素中毒は中枢神経系の痙攣を起こす可能性があり、致死的な事故につながる。

  一方、リブリーザー潜水の時には二酸化炭素中毒のリスクがある。スクラバー関連のトラブルおよびマウスピースと
 ホースの機材トラブルが原因になり得る。中耳圧平衡障害(以下、耳抜き不良)の診断には、耳管機能検査が有用で
 ある。

  原因の多くが技術的問題であり、オトヴェントの訓練によって約96%が治癒するが、治癒しない約4%はアレルギー性
 鼻炎および慢性副鼻腔炎の精査・治療を行う。これらによってほぼ全例の耳抜き不良が治癒する。耳抜き不良の重大
 な合併症には外リンパ瘻があるが、発症例の約85%が抜けづらいが抜けているという軽度の耳抜き不良の自覚があっ
 たにもかかわらず潜水を継続したために発症しており、良好な耳抜き状態以外を耳抜き不良と定義する事を提唱する。

 【Key word】 酸素中毒、二酸化炭素中毒、耳抜き不良、オトヴェント、中耳気圧外傷、外リンパ瘻





  1. 潜水時のガス中毒


   1)酸素使用時の酸素中毒

    今回、労働省高気圧作業安全衛生規則の一部改訂(減圧表に関わるもの)に伴い、水中でのナイトロックス及び
   純酸素の使用が認められた。これに伴って、潜水中の酸素中毒発症のリスクが生じてくる。酸素中毒には、急性酸
   素中毒である中枢神経酸素中毒と、慢性酸素中毒である肺酸素中毒があるが、これらを回避するために、「労働者
   を潜水業務に従事させる事業者について、潜水作業者の酸素暴露量が、一定の値を越えないように、必要な措置
   を講じなければならないこと」と明記された1)。


   (1)酸素分圧の人体への影響

    人体で許容される最小の酸素分圧(以下、ppO2)は0.16ataまでであり、それ以下は低酸素血症いわゆる酸欠とな
   る。ppO2が0.45ataまでであれば、永久に呼吸可能であり、1.6ata以上では、高酸素血症に陥る。酸素中毒の観点か
   らみると、0.5ataが長期に及ぶと肺酸素中毒になる。2.0ataになると、直ちに中枢神経症状が発現する。

    以下に、中枢神経酸素中毒と肺酸素中毒について解説する。


   (2)中枢神経酸素中毒(CNS oxygen toxicity)
 
    中枢神経酸素中毒は急性酸素中毒で、ダイバーにとって致命的な転帰をたどることがある。全身の強直性痙攣
   が起きること、および口輪筋の痙攣によってレギュレータの保持、マウスピースを唇へ密閉することができなくなるこ
   とによる溺水がその原因である。中枢神経酸素中毒の症状を表1に示す2)。


      

                         表1 中枢神経酸素中毒の症状



    急性酸素中毒は、高濃度の酸素吸入を中止すれば、速やかに症状は回復する。また、CNS%が一日に100%を越
   えると中毒症状が現れる事が知られており、これをCNSが「ヒットする」と表現する。ppO2が2.0ataでは瞬時にヒットす
   る。
 
    CNSヒットの閾値は、その日の体調、水温などの環境因子、その他の個人的要因が大きく関与する上に、日によ
   って閾値が異なる。関与しうるその他の要因としては、激しい活動レベル、CO2の蓄積(高ppCO2)、深部体温の低
   下もしくは上昇、前疾病段階または疾病、服薬などがあげられる3)。

    米海洋大気庁(National Oceanic and Atmospheric Administration。以下、NOAA)によるボランティアの人体実験
   によって得られたCNS 酸素暴露限界を図1に示す4)。


     
  
                            図1 CNS 酸素暴露限界



    一般の潜水活動では、ppO2は1.4ata以下、無活動の減圧停止の時には1.6ata以下の範囲である事が推奨される。
   また、中枢神経酸素中毒を予防するためには、推奨されたppO2暴露時間限界内にいること、酸素CNS毒性範囲
   (1.4ata)以下にとどまること、高い活動レベル、あるいは高ppCO2レベルに暴露することを避ける必要がある。

    表2に、酸素暴露限界を示す3)。


     

                            表2 CNS酸素暴露限界



    各ppO2毎の暴露限界時間(分)および一分間あたりのCNS%を示している。全ダイブで、CNS%は1日に合計100%
   以内に留まる必要がある。



  (3)肺酸素中毒(pulmonary oxygen toxicity)

    肺酸素中毒は、慢性酸素中毒である。ppO2が0.5ataよりも高いPO2のガスを長い時間呼吸した際に起こりうる。
   症状は、軽度の胸部違和感、咳、痰などであるが、レジャーダイバーでは多少の気分不快程度の症状であるため、
   実際に何ら問題にならない。職業ダイバーによる連日の大深度潜水、再圧チャンバー、高気圧酸素治療、人工呼
   吸器などで考慮が必要になる。また、肺活量の減少を引き起こす。

       

                            図2 肺酸素許容曲線


    図2はボランティアの人体実験で、ppO2増加に伴い被検者の肺活量が4%低下する時間を計測したものである5)。
   ppO2が0.5ata未満であれば安全と言える。また、ppO2を1.6ataとした場合、約7時間の暴露が許容範囲となる。

   しかし、1.6ataではCNS許容限界がわずか45分であることから、肺酸素中毒よりも先に、CNSがヒットしてしまうこと
   になる。このように、実際のファンダイビングレベルでは、肺酸素中毒に陥る可能性はないと言える。肺酸素中毒の
   指標として、OTU(Oxygen Toxicity Units)で管理する。


 
 

                       表3 複数日にわたるOTU許容限界値 


    表3は、複数日にわたるOTU許容限界値であり、蓄積するOTUの許容範囲を示している。


 
 

                            表4 酸素中毒管理表

 
    表4は、酸素分圧ごとの一分間あたりのOTUとCNS%を並記し、潜水計画が容易に立てられるようにした酸素中
   毒の管理表であり、潜水計画時に汎用されるものである。この様に、CNS%とOTUを同時に考慮した潜水計画をた
   てる方法の提案について、いくつかの報告がある6)。




  2)リブリーザー潜水時の二酸化炭素中毒

    潜水様式には、呼気の全てを水中に放出する開放式回路(Open Circuit、以下OC)、呼気の一部を水中に放出し
   て、残りを循環させて再利用する半閉鎖式循環回路(Semi-closed Circuit Rebreather、以下SCR)、そして浮力調
   整の目的以外では呼気を全く水中に放出せずに、呼気の全てを再利用する閉鎖式循環回路
   (Closed Circuit Rebreather、以下CCR)に分類される。SCRおよびCCRはリブリーザーとよばれ、ガスの消費量が
   少ないという利点がある代わりに、呼気を再利用して循環させる仕組みから、二酸化炭素中毒を起こす可能性があ
   る。

    大気圧の二酸化炭素分圧は、0.00033ataであるが、吸気ガスの二酸化炭素分圧が0.1ata以上では、めまい、頭痛
   および一般的な体の不具合が感じられるようになる。二酸化炭素中毒の初期症状として、不規則な息切れまたは
   頻呼吸、強い頭痛、脱力感が起こる。0.15ata以上になると、制御できない頻呼吸、疼痛性筋痙攣が生じる場合があ
   る。

    そして、この状態が数分間継続すると、意識消失に陥る。ppO2が高値になっても、呼吸が出来ているために、苦
   しいと感じないままにいきなり欠神するケースもある。

    水中での欠神発作はいずれの原因であっても致命的な事故につながるため、二酸化炭素中毒に対して細心の
   注意が必要となる。現行のリブリーザーの市販モデルには、二酸化炭素濃度をモニターするセンサーを搭載したも
   のがないことが、リブリーザーの問題点である。

    リブリーザーダイバーの二酸化炭素中毒の原因について、以下に述べる。


  (1)炭酸ガス吸着材(以下、アブソーバー)関連のトラブル

    リブリーザーのループ内を循環するガスから、二酸化炭素をアブソーバーに吸収させて排除し、酸素センサーに
   よって低下したppO2を感知し、酸素をマニュアルもしくはエレクトリックにコンピューターが自動で追加することによっ
   て、循環ガスを適正な組成に再利用しているのが、リブリーザーの仕組みである。

    そして、前述のごとく二酸化炭素濃度を感知するセンサーがないために、アブソーバーは大変重要な役割を果た
   している。リブリーザーダイバーの二酸化炭素中毒のほとんどが、このアブソーバー関連のトラブルが原因と言って
   も過言ではない。起こりうるアブソーバー関連のトラブルを紹介する。

   まず、アブソーバーが消耗して、十分に二酸化炭素を吸収できなくなってしまうトラブルがある。出費を渋って命を落
   とすなという内容が、各種テキストで啓蒙されている。

    乾燥剤のように色の変化で寿命を判断できるようになれば便利であるが、アブソーバーは消耗しても色の変化は
   なく白色のままである。次に、アブソーバーの用量不足、またはむらのある充填状態では、十分に二酸化炭素を吸
   収できないことは想像に容易い。

    さらに、アブソーバーには何ら問題がない場合でも、不正確なパッキングはガスチャネリング(アブソーバーを通過
   しないガスが生じること)を起こす可能性があるために、ppCO2の上昇を招く。

    アブソーバー・キャニスターのまわりの漏出によるバイパスも、同様である。



  (2)ガス循環のトラブル
 
    OCとは異なり、リブリーザーでは呼吸ガスがループの中を循環しているが、それはマウスピースとホースの構造が
   一方向弁になっているためである。ガスの流れの駆動力は人間の呼吸である。しかし、その一方向への循環が正し
   く行われない。

    すなわち、マウスピースおよびホースの中で保持されたCO2を再び呼吸することによるバイパスによって、ppCO2が
   上昇するケースがある。

    これは、マウスピースの中のダメージ、あるいは不正確に組み立てられたダイアフラムによって起こりうるトラブル
   である。




  2. 耳抜き不良の診断と治療および合併症


  1) 耳抜き不良の診断

    耳抜き不良の評価・診断方法として、耳管機能検査が優れている。耳の抜け具合と耳抜きの技術的な評価をする
   ことができる。各種耳管機能検査のうち、バルサルバ法やフレンツェル法を評価することができる
   TTAG(バルサルバ法)および、鼻をつままない耳抜き動作、すなわち嚥下法と、噛みしめ動作などの咽頭筋群を用
   いた耳抜きを評価することができるSONOTUBOMETRY(嚥下法)の2つが、ダイバーの耳抜き評価に適している。

    ちなみに、トゥインビー法は鼻をつまんで嚥下をする方法であるが、基本的には嚥下動作での耳抜きであるため、
   後者に属する。耳管機能検査にて技術的な問題があれば、理想的耳抜き方法の訓練を行う。そのためには、
   オトヴェントが有効である。

    オトヴェントはスウェーデンのスタンガープ博士によって考案された自己通気用の鼻で膨らませる風船であり、
   本来は小児の滲出性中耳炎治療を在宅で行う事を目的として開発されたものである。そして、オトヴェントの訓練に
   ても耳抜き不良が解決しない場合、あるいは耳管機能検査にて技術的な問題がない症例では、慢性的鼻炎である
   アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎の精査・治療を行う。

    先に慢性的鼻炎の治療を行っても、技術的な問題があれば耳抜き不良は改善しない上に、逆に鼻炎があっても、
   技術的にカバーできればほとんどの症例で耳抜きが治癒することに留意したい。

    これらの治療の流れと、当院過去15年間の実際の患者の割合を、フローチャートにして図3に示す。

   ちなみに、カテーテル耳管通気法は受動的な耳抜きであり、能動的な耳抜きの評価や治療として何ら関連性や効果
   がない事を銘記したい。


         

                        図3 耳抜き不良の治療フローチャート



  2)耳抜き不良の治療

    医療機関を受診する耳抜き不良ダイバーは、嚥下法、バルサルバ法、その他の耳抜きを可能な限り試みても結
   果が出ないために来院しているため、耳管機能検査において、ほとんどの被検者は嚥下法での耳抜きができない
   状態である。嚥下法は治療や訓練が困難であるため、このようなケースではバルサルバ法を訓練する必要がある。

    そのために前述のオトヴェントを用いるが、オトヴェントは耳抜き不良に対して使用する場合、治療器具ではなく、
   理想的なバルサルバ法を習得するための練習器具であることを、患者に十分説明する必要がある。

    近年では、日本での輸入販売店である株)名優と相談し、ダイバー向けの取扱説明書を作成してもらい、
   オトヴェントに添付してインターネット販売を行える様になり、医療機関を受診しなくてもダイバーが自己訓練できる
   ようになった。しかし、当院を受診する耳抜き不良ダイバーで、オトヴェントをすでに入手して使用しているが耳抜き
   が治らないという患者が近年増加してきている。

    取扱説明書を熟読せずに、あるいは理解できずに、ただ単に鼻で風船を膨らませていれば、自動的に耳抜きが
   治る治療器具と勘違いしているためである。

    そのため、理想的なバルサルバ法を習得するための、適切な指導が重要になる。

    その方法とは、まず、グレープフルーツ大まで2?3秒かけてゆっくりと膨らませる事であり、決して一気に膨らませ
   ない事がポイントとなる。

    一気に息むバルサルバ法は、外リンパ瘻のハイリスクになる上に、耳管咽頭孔が鬱血して耳管が開放しにくくなる
   からである。

    グレープフルーツ大に膨らんだ後、風船が同じ大きさが保持される様に1?2秒間圧力をかけ続け、合計3?5秒、
   平均4秒で一回のバルサルバ法を練習する。オトヴェントを用いて適切な手技を習得できる様になった後、
   オトヴェントを使用せずに鼻をつまんで同じ要領のバルサルバ法を練習する。

    一日100回ほどの練習を二週間?数ヶ月行う必要がある。
   そして、図3に示すごとく、耳抜き不良の原因として最も多いものがこの技術的問題であり、耳抜き不良ダイバーの
   実に97.1%が理想的バルサルバ法を行えていない状態である。

   その代表的な事例として、三種類の技術的問題がある。まず始めに、女性に多いものが、鼻腔にかける息みの強さ
   が極端に弱いケースである。オトヴェントの強さに強めてバルサルバ法を行うように訓練する。二番目の技術的問題
   として男性に多いものが、逆にオトヴェントよりも強く、そして一気に鼻腔へ圧力をかけるケースが目立つ。
   強く、あるいは一気に息むバルサルバ法は、前述のごとく外リンパ瘻および耳管開放率の低下を招く。
   三番目の技術的問題として、バルサルバ動作を行って耳管が開放し、鼓膜が膨隆し始めた瞬間に耳抜きを中断
   してしまうために、十分に中耳腔へ空気が送り込めておらず、鼓膜が膨隆しきらないケースである。

   耳管が開放する瞬間に、開放音が聴取できるケースであり、音がしたので耳が抜けたと勘違いをしてしまい、耳抜き
   を終了してしまうのがその原因である。このようなケースの一回の耳抜き所要時間は1?2秒程度であるため、耳管
   の開放音を自覚してもそのままオトヴェントの強さまで息みを続け、前述の4秒で一回の耳抜きを訓練してもらう。
  
    以上の問題点を具体的に指摘して、オトヴェントでの訓練のポイントを明確に指導する。
 

  3)耳抜きのタイミングと頻度
 
    一回のバルサルバ動作が理想的にできるようになった後、耳抜きを行うタイミングおよび頻度について指導する
   必要がある。

   これらに問題があるために、耳抜き不良を起こすケースも少なくないからである。ダイビングライセンスを取得する
   際には、必ずボイルの法則を学科講習で学ぶ。

    しかし、それをきちんと実際の潜水に応用して活用することが重要である。水面から水深10mまで潜降すると、
   周囲圧は1気圧が2気圧に上昇し、気体の体積はボイルの法則に従い2分の1に収縮する。すなわち、収縮した体積
   の差は2分の1である。
  
    しかし、同じ10mを潜降する場合であっても、水深20mから30mまで潜降した場合には、周囲圧が3気圧から4気圧
   へ上昇しているので、気体の体積は水面から比較すると、3分の1が4分の1に収縮している。

   よって、収縮したその体積の差は、わずかに12分の1だけである(図4)。


         

                             図4 ボイルの法則



    以上から、深度下に深く潜れば潜るほど、耳抜きの頻度は少なくて良いことを理解してもらう必要がある。
   初心者ほど、深く潜降すればするほど耳抜きが必要になると思っている者が多いからである。すなわち、逆に浅い
   ところほど、特に水面から水深5mまでが最も頻繁に耳抜きが必要であるという事実を理解しなくては、気圧外傷を
   予防できない。

    具体的には、まず水面で耳抜きを行ってから、潜降を開始する。当日に、耳が抜けるかどうかを潜降開始前から
   判断できる上に、事前に中耳腔へ空気を送り込んで余力を確保する必要がある。

    次に、水深5mまでは、50cmごとに、水深5m?10mでは1m間隔で、そして水深10m以深では、適時の頻度で耳抜き
   動作を行えば良い。

    耳抜き不良の自覚があれば、水深1.5m以浅で潜水を中止する事により、中耳気圧外傷および外リンパ瘻を予防
   することができる。このタイミングと頻度は、鼓膜を膨らませてから潜降し、鼓膜が陥凹する前に次の耳抜き動作を
   行うというようなイメージである。



  4)耳抜き不良の合併症

    耳抜き不良による合併症には、中耳気圧外傷、外リンパ瘻があげられる。これらを原因として、各種後遺障害、
   パニックや溺水による潜水事故が起きている。耳抜き不良を原因とする溺死を含めた潜水事故は、毎年
   DAN JAPANから発行される「潜水事故の分析」でその事故例が散見される7)8)9)。



  (1)中耳気圧外傷

    耳抜き不良によって中耳腔が陰圧になった結果、鼓膜の充血および内出血、中耳腔内の血液貯留、鼓膜穿孔
   などを起こした状態をいう。症状としては、エキジョット直後の耳閉感が数日間?数週間起こるが、自然治癒する。
   一般名として潜水性中耳炎などと呼ばれることがあるが、本疾患の病態は圧外傷であり、炎症性疾患ではないこと
   を銘記したい。

    また、潜水医学に精通しない耳鼻咽喉科医師により、滲出液の貯留を認めることから滲出性中耳炎と診断された
   り、あるいは鼓膜の充血、内出血を見て急性中耳炎と診断され抗菌薬などの薬物治療をされる事があるが、後述
   の外リンパ瘻の合併を起こしていない限り、投薬は不必要である。

    注意しなければならないことは、カテーテル耳管通気法は中耳気圧外傷の重症化を招く上に、内耳窓に圧負荷が
   かかった直後なので外リンパ瘻を医源性に誘発する可能性が高く、禁忌である。

   重症度分類には各種のものがあるが、広く用いられるのがEdmonds分類である(表5)10)。中耳気圧外傷を診た
   場合、聴力検査を行って外リンパ瘻の否定を行うべきである。


     

                              表5 Edmonds分類



  (2)外リンパ瘻

    中耳気圧外傷に対して、内耳の気圧外傷に相当するのが、外リンパ瘻である。耳抜き不良、強いバルサルバ
   動作やいきみが原因となる11)。発生頻度は、過去10年間に、耳抜き不良を主訴に当院を受診したダイバーの
   約4%が罹患していた。

   重症例の症状としては、水中で突然発症する耳鳴、難聴、回転性めまいであるが、内耳型減圧症は回転性めまい
   を主訴とする症例が多いことに対し、高音障害型感音難聴を呈する症例が多い傾向にある。

   予測診断として、耳抜き不良潜水の自覚、中耳気圧外傷の合併、高音障害型感音性難聴、内耳窓破裂時の
   ポップ音の自覚、リンパ液の鼓室内貯留、小川の水が流れる音の自覚などがあげられる。

    強い息みが主な原因である症例では、中耳気圧外傷の合併はないことに留意したい。

    確定診断としては、試験的鼓室開放術による内耳窓からの外リンパ液流出の確認、中耳貯留液からの外リンパ
   特有蛋白の検出、高分解能のコーンビームCTによって蝸牛内の微少気泡を確認する事によって確定診断となる
   が、いずれの診断方法でも、必ず確認できるわけではない。

    合併症については後述するような、めまいによるパニック、溺れ、レギュレータの嘔吐物による詰まり、急浮上に
   よる肺破裂、エアエンボリズム、減圧症の発症などがあげられる。治療は、高度感音難聴を呈するような重症の
   場合には、可及的早期に試験的鼓室開放術を行うべきである。

   軽症から中等症では約2週間のイソソルビド製剤投与にて内耳圧を減荷し、飛行機搭乗、息みや鼻かみは控え
   させて経過を見るが、聴力改善が乏しければ試験的鼓室開放術を試みる。

    外リンパ瘻の問題点は、第一に、ダイバーの外リンパ瘻発症例は珍しくないことが周知されておらず、
   突発性難聴と診断されてしまい、適切な治療を受けられずに後遺症を残すことがよくあること、第二に、たとえ
   後遺症なく治ったとしても、外リンパ瘻の既往歴は、健康上の潜水適正基準であるRSTCおよびこれに基づく
   メディカルチェックガイドラインにおいて、「相対的に危険な状態」として扱われることにある12)。

   すなわち、基本的には生涯潜水は行わない方が望ましい。



  (3)外リンパ瘻罹患の背景因子

   当院で過去10年間に確定診断し得た外リンパ瘻罹患ダイバーの罹患因子を調査するため、患者から聞き取り調査
  を行った。その結果、約85%が、これまで、耳抜きがしづらかったが全く抜けていないわけではなかったために、潜水
  を継続して来た結果、とうとう外リンパ瘻に罹患した事が判明した(表6)。


                      表6 外リンパ瘻罹患患者の背景因子

                


   軽度の耳抜き不良で潜水していても、特に問題が起きなかったことから危険性の認識がなく、最終的に外リンパ瘻
  に罹患したというケースである。

  いわゆる、酒気帯び運転と類似しており、これまでに事故を起こしたことがないからという理由で、酒気帯び運転を
  継続して、とうとう事故に陥る状況と同様である。

  また、立ち上がれないほどの泥酔状態では運転が不可能なために事故に至らないことと同様に、耳抜きが全くでき
  ない場合には、水深2m程度までの潜水が限界であり、耳痛のために潜水を中止せざるを得ないので、外リンパ瘻
  に罹患するリスクはほとんどない。

  また、一気に強く息む耳抜きを行う事による罹患例が約6%あるが、これを除けば、耳抜きが良好な場合には
  外リンパ瘻に罹患する事はほとんどない。この危険因子を排除するには、「耳抜きが極めて良好な状態以外を、
  耳抜き不良と定義する」ことを提唱する。



  4)耳抜き不良と潜水事故

   耳抜き不良によって発生しうる潜水事故の原因を、文献ならびに当院受診患者の事故事例からまとめた。
  まず、耳抜き不良が起きると、慌ててしまいパニックに陥る。さらに他のダイバーが先に潜降して一人取り残される
  状況に陥ると、さらにパニックに拍車がかかる。

  また、耐えがたい耳痛のためにパニックに陥る者もいる。パニックは溺れの原因になり、時に死亡事故につながる。
  耳の激痛をこらえてさらに潜降すると、鼓膜穿孔や外リンパ瘻を合併する。

  時に、潜水適正がない萎縮鼓膜を持つ者が耳抜き不良を起こすと、耳の痛みを感じることなくわずか水深2m程度で
  鼓膜穿孔を起こす事もある。

  鼓膜穿孔によって中耳腔内に体温よりも低い温度の海水が流入すると、その温度差によって三半規管内のリンパ液
  に対流が生じ、温度性眼振と呼ばれる回転性めまいを起こす。

  このめまいは、中耳腔内の海水が体温によって温められることにより、3?5分間程度で消失する。

  その間に、岩やバディーにしがみついていれば危険性は低い。

   一方、前述のごとく、外リンパ瘻は、重症例では同様の激しい回転性めまいを起こす。この場合には、数時間から
  数日間に及ぶめまいであるため、水中で回復する事はあり得ない。

  さらには、めまいは、耳鳴および難聴と共に後遺症になる事もある。いずれのめまいであっても、やはりパニックに
  陥る者が存在するのは当然のことである。

  また、激しい回転性めまいによって、嘔吐することも珍しくない。嘔吐物がレギュレーターのセカンドステージの排気弁
  に引っかかると、吸気時に海水が流入してくるため、溺れの原因になる。

  嘔吐時にパージボタンを押していればこのトラブルは回避できるが、知識がない者もいる上に、外リンパ瘻では
  めまいが止まることがないために、最終的にエア切れに陥ることになる。水面へ浮上すれば死亡事故へはつながら
  ないが、激しいめまいでは水面方向が分からない。

  そして、中性浮力は視覚によって調整が行われているのだが、回転性めまいでは物体を注視できないために
  中性浮力が取れず、海面へ吹き上がったり、大深度へ墜落するために死亡事故につながる可能性がある。

   最終的には、気道を確保し、浮力調整器具であるBCDヘ空気を注入して発声をしながら急浮上するという、
  ハイリスクな手技の緊急浮力浮上を行わなくてはならない。海面への吹き上がり、もしくはパニックによる急浮上は、
  気胸もしくはエアエンボリズムのリスクとなる。

  これら潜水事故原因を図示したものが図5である。




                       図5 耳抜き不良による潜水事故原因



  3.結語

   当院過去17年間の耳抜き不良ダイバー約6,000人の統計では、現在耳疾患がなく、萎縮鼓膜などの後遺障害が
  ない健常鼓膜の者は、ほとんどの場合耳抜き不良は治癒している。外リンパ瘻はもとより、重大な潜水事故を回避
  するために、例え軽症であっても、耳抜き不良の自覚があれば直ちに潜水を中止し、専門的な治療および訓練を行
  うべきである。

   また、

   抜けづらいが何とか抜けているという軽症の耳抜き不良こそが重大事故に繋がりやすいので
   「耳抜きが極めて良好な状態以外を、耳抜き不良と定義」

   する事を提唱する。






  《参考文献》

  1)労働省高気圧作業安全衛生規則. 昭和47年労働省令第40号、平成27年改訂版.

  2)Tom Mount:IANTD Technical Diver ENCYCLOPEDIA Japanese version. 96-103,2006.

  3)IART rEvo V user manual. 28-55, 2012.

  4) NOAA Diving Manual, US Department of Commerce, 1991.

  5)Lambertsen, C.J. Extension of Oxygen Tolerance in Man : Philosophy and
    Significance. Experimental Lung Research. 14 (Suppl.), 1035-1058, 1988.

  6)R.W.Hamilton. Tolerating Exposure to High Oxygen Levels: Repex and Other Methods.
    MTS Journal. Vol. 23, No.4, 11, 19-25, 1987.

  7)財団法人日本海洋レジャー安全・振興協会 : 平成11年 潜水事故の分析. 22, 2000.

  8)財団法人日本海洋レジャー安全・振興協会 : 平成18年 潜水事故の分析. 27, 2006.

  9)財団法人日本海洋レジャー安全・振興協会 : 平成21年 潜水事故の分析. 19, 2009.

  10)Edmons C Lowry C, Pennefather J: Diving and Subaquatic Medicine. 2nd ed. Mosman;
    New South Wales Australia Diving Medical Center 96, 99-101, 1981.

  11)柳田則之:耳気圧外傷の基礎とその臨床. 日本耳鼻咽喉科学会第95回総会宿題報告,
    名鉄局印刷株式会社. 123-125, 1944.

  12)眞野喜洋:ダイバーのメディカルチェックガイドライン. 日高圧Vol. 38, 289-300, 2003.