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       脊髄型減圧症の重症度及び・治療時期と予後の関係


                        石山純三1)2) 岩崎正重1) 青島千洋1) 柴田昌志1) 畠山尚登1)
                        

                                        1)静岡済生会総合病院脳神経外科
                                        2)静岡済生会総合病院 院長








 【はじめに】


  脊髄型減圧症は各種減圧症の中で最も一般的で、特にレジャーダイバーの減圧症では高頻度に見られるが、その病態は重度の運動麻痺、膀胱直
腸障害を呈するものから軽微な知覚異常にとどまる症例まで多様である。予後に影響を与える因子としては、患者の年齢、基礎疾患、潜水プロフ
ィール、重症度、治療開始までの時間などが考えられるが、今回は重症度と治療時期に焦点を絞り、機能予後との関連性を検討した。

  平成16年5月から平成27年10月までの11年6ヶ月間に当院にて再圧治療を行った減圧症患者(疑いを含む)は173例であり、71%
が男性で、レジャーダイバーが82%、インストラクター・ガイドが7.5%、職業潜水士が6.9%、ほかにケーソン作業員が4例(2.3%)
、航空機パイロット訓練中に生じた高度減圧症が2例(1.2%)であった。

 当院はダイビングの盛んな伊豆半島から比較的近距離にあり、減圧症の救急対応を行っている関係で、発症早期の治療割合が高く、173例中
発症当日の治療が67例、翌日治療が21例と、翌日までに治療開始した症例が約半数であった。

  今回の調査対象は、疑いを含めた脊髄型減圧症73例中、減圧曝露後2週間以内に治療を行った66例とした。脊髄型減圧症の重症度は、
Neurology1985年)のDickの論文1)で示された重症度分類(表1)を用いた。



                




  【結果】


   Dick's scoreで重症度分類すると、軽症が21例、中等症が32例、重症が13例となった。 軽症と分類された21例の分析では、平均
年齢が若いこと、レジャーダイバーの割合が多いこと、治療までの時間は48時間以降が多い事などが注目される。治療回数は1〜2回が大部
分であった。


  21例中完治(CRと表記)が19例、完治に至らず一部症状残存したもの(PR)が1例、再圧治療が全く無効であったもの(NR)が1例で 
あった。PR症例は27歳の男性レジャーダイバーで、潜水翌日発症の左下肢に限局した痺れと脱力感を主訴に2日後に来院、初回再圧治療で
症状消失し終了としたが、一週間後に同じ症状を訴えたため治療を再開、計5回の治療でかなり改善したものの完治には至らず、本人の希望で
治療終了となった。

  NR
症例は57歳の男性職業ダイバーで、直前4週間で21日間の潜水作業に従事、最終潜水終了時に腰痛を自覚、翌朝左大腿部前面の痺れ
があり、2日後に来院。初回治療で加圧時も減圧時も自覚症状に変化なく、終了時点でも全く効果がなかった。痺れの領域が外側大腿皮神経の
支配に重なることなどもあり、減圧症ではない可能性が高いと判断し整形外科受診をお勧めし終了とした。

  軽症脊髄型減圧症は21例中19例が完治し完治率は90.5%だったが、NR例を除外すると95%となる。治療開始時期との関係は、発症
3日以降14日以内に治療した12例全例がCRであったことを考えれば、軽症例では治療時期が多少遅くなっても機能予後にあまり影響はない
と考えられる。

  中等症は32例あり、軽症と同様、レジャーダイバーが多く、48時間以降の来院が3分の2を占めた。治療回数は1回が7割である一方、
7回以上治療した症例が3例あった。

  32例中CRが29例、PRが2例で、転院が1例あった。PRの症例1は37歳男性レジャーダイバーで、四肢しびれ感を主訴に9日経過してか
ら来院、8回の再圧治療でも完治に至らず軽度の痺れ感を一部に残し治療終了となった。

  PRの症例2は41歳女性レジャーダイバーで四肢あちらこちらのまだらな痺れ感を訴え4日後に来院。7回の治療で改善はしたが軽度の痺れ
が残った。転院例は48歳男性レジャーダイバーで、四肢先端部の痺れ感を主訴に4日後に来院、初回治療で完治と思われたが翌日再燃し、本人
の希望にて直接他院で追加治療を受けた。

  転院を除く中等症31例中29例が完治、完治率93.5%であった。減圧曝露から治療開始までの期間で分けると、3日までは完治率
100%だが、それ以降は80%まで低下しており、3日以内の治療が必要と考えられる。

  重症例は13例あり、13例中男性の10例は平均年齢が53.2歳と、軽症(36.1歳)、中等症(33.7歳)と比べて高く、また
職業潜水士が多い。必然的に経験本数は多く、ダイバー11人中7人は1000本以上、そのうち4人は5000本以上であった。重症例だけ
に6時間以内に6例が治療開始となっており、そのうち3例はドクターヘリでの搬送であった。

  24時間以降に治療開始となった5例中2例は県外病院から翌日転搬送されたケース、1例はケーソン作業員で前医での誤診による紹介の
遅れが原因であった。治療回数は1回〜39回、平均で13回と、軽症・中等症に比べて著しく多い。

  重症13例を一覧にして表2に示す。症状は主症状のみ記載、MRI所見の(+)は脊髄髄内に減圧症による所見を認めたもの、頚脊狭窄は頚部
脊柱管狭窄症を併発していたものを示し、腰ヘルニアは腰椎椎間板ヘルニア認めたもので、(−)はMRI検査して脊髄に所見のなかったことを示
す。減圧→治療は減圧曝露から再圧治療開始までの間隔をH=「時間」で示した。


     



 13例中完治したのは8例で、4例が症状を残した。1例は初回治療で改善がみられたもののまだ症状を残した状態で、希望により自宅に近い
大学病院に翌日転院となった。

  治療開始までの時間と予後との関係をDick's score別に検討すると、重症群の中でも点数が高いほど(重症ほど)治療までの時間に強く影響
されることがわかる。7点は80時間後でも2回の治療で完治した。8点は16時間までなら4例全て完治、24時間以降は3例中2例が完治せ
ず、10点は4時間以内の2例が完治で5時間以降の2例が障害を残した。最重症例は4時間以内の治療開始が必要であり、最重症例でなくても
24時間以降は機能予後不良の可能性が少なくないという結論であった。

  重症群とそれ以外の非重症群との間には、患者背景にかなりの違いが見られる。(表3)平均年齢は48.5歳と34歳、レジャーダイバー
の割合は38%と85%、経験本数500未満は27%と75%、治療回数は13回と2回であった。


               




  48時間以内に治療を開始し、10回以上の再圧治療を行うも完治に至らなかった重症脊髄型減圧症が4例あった。

  症例@は52歳の職業潜水士で50m急浮上して意識消失、浮上後5時間あまりで当院に救急搬送された。重度四肢麻痺、四肢感覚障害、膀
胱直腸障害を認める重症例で、速やかに再圧治療を行ったものの、再圧治療中にも症状の進行を認めた。MRIでは第2〜第7頚髄にT2強調像で高
信号を認めるが、それとは別にC4/5, 5/6に脊柱管狭窄の所見がみられる。(図1)

 24回の再圧治療を行ったが最終的に両下肢の中等度麻痺、L1以下の知覚脱失、膀胱直腸障害を残してリハビリ病院へ転院となった。

  症例Aは60歳男性のケーソン作業員で、0.2hPaのケーソン作業終了後、徐々に両下肢麻痺が進行し、翌朝には完全麻痺となりA病院に入
院となったが、減圧症とは診断されずGuillain-Barre症候群として治療され、改善がないため第3病日に当院へ転院となった。両上肢不全麻痺、
両下肢重度麻痺、Th8以下の知覚低下、膀胱直腸障害あり、MRIにて第2頚髄〜第1胸髄にT2強調像で高信号を認め、C4/5に脊柱管狭窄所見が見
られた。19回の再圧治療を行い、両上肢麻痺は早期に回復、両下肢麻痺は独歩安定まで回復したがTh12以下の痛覚脱失と排尿障害を残し退院
した。

  症例Dは66歳のベテランインストラクターで、愛知県にて潜水終了後左肩痛を自覚、その後2時間で歩行障害と膀胱直腸障害が進行しB病院
受診。MRIにて第2頸髄〜第5頚髄にT2強調像で高信号を認め減圧症と診断された。加えてC3/4C6/7に脊柱管狭窄症所見がみられた。(図2)

 同日C病院に転院し第一種装置による2ATAの高気圧酸素治療を受けたが改善なく、翌日当院に転搬送となった。当院初診時四肢運動麻痺、頚部
以下の知覚低下、Th8以下の全知覚脱失、膀胱直腸障害を認めた。38回の再圧治療を行い、両上肢麻痺は回復したが右上肢に失調を残し、両下
肢麻痺も筋力は改善したが独歩には至らず、L1以下の痛覚鈍麻、膀胱機能障害を残し転院となった。

  症例Gは41歳の職業潜水士で、三重県南部で一日4回の潜水作業後、左半身の痛みと両下肢麻痺発症、近医から愛知県のD病院に紹介され、
翌日にかけて第一種装置による高気圧酸素治療を2回受けたが改善なく、発症翌日当院へ転搬送となった。両下肢麻痺重度、Th11以下の知覚低下
と膀胱直腸障害あり。MRIでは異常所見なく脊柱管狭窄所見もなかった。発症から28時間で治療を開始、39回の治療で歩行可能となり、膀胱
直腸障害も改善したがL1以下の知覚障害を残した。




 【考察】


   完治に至らなかった重症脊髄型減圧症4例中3例でMRIにおいて頚髄髄内に高信号病変を認めているが、その全例で頚部脊柱管狭窄所見が確
認されており、脊柱管狭窄が脊髄型減圧症の発生や重症化および再圧治療の効果に影響している可能性が示唆された。

  Gemppらの報告2)では、50歳未満のダイバーを対象にしたものではあるが、脊髄型減圧症に罹患したダイバーとコントロール群を比較
し、脊柱管狭窄所見は減圧症罹患群に多く見られ、脊柱管が狭い部分に減圧症症状が出やすい傾向があり、脊髄髄内病変がみられると不完全
回復になりやすいと述べている。無症候の頚部ないし腰部脊柱管狭窄所見は中高年のMRIではしばしば観察される所見であり、中高年ダイバー
の安全管理を考える上で注目すべき病態である。

  一定年齢以上のダイバー(特に職業潜水士やインストラクター)にはMRI検査を勧め、その結果によってはダイビングに制限を加えることも
必要ではないかと考える。

  減圧曝露から治療開始までの時間が予後に影響を与えるかどうかは、議論が分かれる点である。Haddanyら3)によれば、治療開始まで48時
間以上を要した減圧症ダイバー76例の治療成績はCRPRNRそれぞれ76%、17.1%、 6.6%に対して、48時間以内に治療を開始し
た128例では、それぞれ78%、15.6%、6.2%と両者に差
がなかった。

  一方Xuらの5278例の減圧症を対象にした報告4)では、12時間以内に治療開始した群の完治率は24時間以降に開始した群よりも有意
に高かったと述べている。治療成績に最も影響する因子は治療前の重症度であり、治療開始までの時間の影響は重症度によって違い、重症ほど
治療の遅れが予後に影響するとする報告5) 6)もある。今回我々の症例においては、Dick's scoreでの軽症群では治療開始までの時間の影響
は乏しいが、中等症群では3日を過ぎると完治率がやや低下、重症群(翌日転院を除く12例)では治療開始までの時間が機能予後と良く関連
しており、治療の遅れは中等症・重症群で機能予後不良をもたらすと考えられた。

  治療開始までに24時間以上を要した重症例は障害を残しやすい傾向が認められるが、顕著な例外が2例(一覧のKL)ある。症例Kは
31歳女性でダイビング歴は浅く、左に強い両上肢の麻痺と左上下肢の痺れ、右手背と左上下肢遠位部の知覚低下があり、Dick's score7点、
80時間後に治療を開始し、2回の治療で完治した。症例Lは20歳女性で腰痛、両足のしびれと四肢の知覚低下、両手の握力低下があり、
Dick's score
8点、36時間後に治療を開始し、2回の治療で完治した。

  この2例に症例Cを加えた3例が下肢麻痺や膀胱直腸障害がないこと、知覚の障害はあっても脊髄分節に一致したものではないことなどの
点がほかの重症例と異なっている。それに対して後遺障害を残した4例はいずれも四肢麻痺又は両下肢麻痺で膀胱直腸障害があり、脊髄分節に
一致した知覚障害がみられた症例であった。


  Dickの分類の問題点として、

  1)膀胱直腸障害を評価していない、
  2)感覚障害と運動障害を同等に評価・点数化している、
  3)知覚異常よりもしびれを重く評価している、
  4)筋力低下と麻痺の区別が不明確、

などが挙げられる。その結果、それほど重症でないものが重症と評価される傾向が避けられない。

  Blatteauら7)は、感覚障害よりも運動麻痺や膀胱障害を認めた症例に後遺障害を残す可能性が高く、感覚障害ではparesthesiaよりも
sensory deficit
が後遺障害と関連すると延べている。


  そこで新しい重症度分類を試作した。(表4)

  Dickの分類と異なる点としては、膀胱直腸障害を加えたほか、知覚障害よりも運動障害の配分を増やし、上肢麻痺より下肢麻痺を重視し、
知覚低下を痺れ感よりも重視した。15点満点で5点ごとに軽症・中等症・重症と区分した。


               




 この試案を66例に当て嵌めたところ、軽症群21例は全例軽症、中等症群32例は軽症が30例、中等症が2例、重症群13例は中等症が
4例、重症が9例と再区分された。先に述べた症例CKLのほかFが中等症に分類された。

 試案で重症とされた9例は、全例両下肢麻痺・知覚障害と膀胱直腸障害が見られた症例であった。では予後や治療回数との関係はどうであっ
たか。

  軽症群51例中CR 47例、PR 3例、NR 1例で平均治療回数1.9回(1〜8回)、中等症群6例は全例CRで平均治療回数3.2回(1〜
10回)、重症群9例はCR 4例、PR 4例、転院1例で、転院を除く8例の治療回数は平均21.4回(1〜39回)であった。


  治療開始までの時間と機能予後との関係では、軽症・中等症では数日後でも完治が期待できる結果となったが、重症群では4時間以内の治療
開始が重要であることが一層明確となり、実態に則した重症度分類になっているのではないかと思われる。

  この試案に従って改めて重症度別に脊髄型減圧症を検討してみると、

   @   重症例はプロに多い。ケーソンとインストラクターもプロに含めれば9例中8例がプロ。

   A   経験豊富な中高年に多い。9人中6人が50歳以上、うち4人は60歳以上。ダイバー7人中6人は
    経験本数1000本以上のベテラン。

   B   早期の治療は重症例でより重要。4時間を超えると機能予後が悪化する。

   C   脊柱管狭窄症の存在は機能予後に影響を与える可能性が高い。PRの4例中3例に脊柱管狭窄あり。

   などの点が鮮明に示された。







 【参考文献】


 1Dick AP., Massey EW. Neurologic presentation of decompression sickness and air embolism in sport divers.
  Neurology. 1985 May;35(5):667-71


 2Gemmp E., Louge P., Lafolie T. et al. Relation between cervical and thoracic spinal canal stenosis and
  the development of spinal cord decompression sickness in recreational scuba divers.
  Spinal Cord.(2014) 52, 236-40


 3Haddany A, Fishlev G, Bechor Y, et al. Delayed recompression for decompression sickness: retrospective
  analysis PloS one. 2015; 10(4): e0124919

 4Xu W, Liu W, Huang G, et al. Decompression illness: clinical aspectsof 5278 consecutive cases treated
   in a single hyperbaric unit. PloS one. 2012; 7(11): e50079


 5Gempp E, Blatteau JE. Risk factors and treatment outcome in scuba divers with spinal cord decompression
   sickness. Journal of critical care. 2010;25(2):236
42.

 6Ball R., Effect of severity, time to recompression with oxygen, and re-treatment on outcome in forty-nine
   cases of spinal cord decompression sickness. Undersea Hyperb Med. 1993 Jun;20(2):133-45.

 7Blatteau JE, Gempp E, Constantin P, Louge P. Risk factors and clinical outcome in military divers with
  neurological decompression sickness: influence of time to recompression. Diving and hyperbaric medicine:
  the journal of the South Pacific Underwater Medicine Society. 2011;41(3):129-34