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高齢者ダイバーに必要な運動能力
山崎 博臣 山崎内科医院 院長
ダイバーの健康について1990年台に横浜で開催されたシムポジウムなど討論が活発化された。
その後疾患があるダイバーの潜水適性に関するシンポジウムが2002年、2003年に開催され私も呼吸器疾患に関し報告した。中高年のダイビング希望者、ダイバーをどうするかという議論についても地方会などでたびたび議論された。主に40歳以上となり、冠動脈リスクのチェックをどうするかということが問題となった。
2004年にはDANJAPANよりスクーバーダイバーのためのメディカルチェックガイドラインが出され、私は2013年に冠動脈リスクからみた中高年
ダイバーの潜水適性について論じた。また2014年の小田原セミナーにて運動能力からみた中高年ダイバーの潜水適性について論じた。
しかし60歳以上のダイバーに関しては無理なダイビングはしないこととし、特に基準を考えていなかった。2015年の小田原セミナーにおいて河合
は40〜60歳のダイバーより60歳以上のダイバーの死亡事故がきわめて多いと報告した(表1)
そこで今回は呼吸機能、運動能力から考えた60歳以上の潜水適性を論じてみる。
河合の報告をまとめる。DAN JAPAN の統計である。
図1 をみると10年の間に潜水死亡事故の割合に明らかな変化がある。40代までは減少しているのが50代、特に60歳以上での死亡事故率が高く
なっている。
今まで高齢者ダイバーが増加しているためかといわれていた。
しかし図2 のように高齢者ダイバーの割合がそれほど増えているわけではなく、潜水死亡事故が増えた理由を高齢者ダイバーが増えただけでは説明
できない。
河合はダイビングで死亡する程度の虚弱な高齢者がダイビングを行っていることに主要な問題があると述べている。1)身体的問題を自覚しない60歳
以上の人がダイビングする様になったのが問題と考える。
高齢者では気道が狭窄し換気が悪くなる。それを代償し、分時換気量、酸素摂取量を保つためにはしっかりした呼吸が必要になる。
しかし呼吸筋力や胸郭の動きも低下しており若年者に比し呼吸機能は著しく低下する。気道狭窄は回復することは難しいためそのため高齢者では
呼吸筋を強くするトレーニング、胸壁を出来るだけ柔らかくするストレッチが大切になる。
形態的には気管支の支持組織が断裂し気管支が虚脱し内腔が狭くなる。気管支の平滑筋が収縮し内腔が小さくなる気管支喘息の場合と異なり可逆性が
なくなる。(図3)
吸気では正常の場合も気道狭窄がある場合も気管支も肺胞も膨らむ。呼気のとき正常では肺胞も気管支も縮むが気道狭窄があると気管支は縮むと閉塞
してしまうため肺胞は膨らんだままとなる。そして呼吸するたびに肺胞は膨れガス交換できない空気が増えていく。
そのため十分な換気ができないことになる。気管支喘息の場合は支持組織がしっかりしているためつぶれ方が小さいが老人肺の場合は支持組織が壊れて
いるため縮み方が強くなる。(図4)
健康成人と比較した高齢者の肺機能の特徴は吸気で肺胞が膨らみ、呼気で戻らないことである。そのため肺胞が膨れたままの状態になり肺の動きも
悪くなる。高齢者の胸郭は全体的に胸郭が固くなり、筋力も低下し1回換気量が低下する。肺機能は回復しないので胸郭を柔らかくし、筋力をつける
ことが呼吸機能を良くするのに重要になる。
1秒量とは思い切り息を吐き出した時の1秒間に吐くことのできる空気の量で気道狭窄の指標になる。この1秒量は年齢とともに低下する。ダイビ
ングをするにあたり必要な機能はどの年齢でも同じであり同年齢の予測値の80%以上であれば問題なしとすることはできない。たとえば70歳では
20歳の約半分の1秒量となる。その80%ということは20歳の40%以下しかないことになる。しかしどの程度の1秒量があれば安全にダイビン
グできるかというデータはない。
穴沢らは各年齢における1秒率が70%未満になる割合を報告した。
ことになり、潜水適性はないことになる。年齢とともに1秒率が70%未満の割合が増え70歳以上では非喫煙者で20%以上が、喫煙者で45%以上
が異常値を示した。2)
術前患者を対象とした報告では70歳以上の40%以上が異常値を示した。また開業医31施設の受診者のうち70歳〜79歳の25%以上、70歳
〜79歳の喫煙者の40%近くが異常値を示した。3)
1秒率70%未満を潜水適性なしとすると70歳以上の約30%は潜水適性がなし、60歳以上でも10〜20%は潜水適性なしと考えられる。呼吸
機能検査を施行せずに60歳以上の高齢者が潜水しているとするとこの年齢に潜水死亡事故が多いことが理にかなっていると考えられる。
高齢者のスポーツ事故のほとんどは冠状動脈疾患と報告されている4)がダイビングでは呼吸機能低下、それも生理的な範囲での低下が事故
原因になっている可能性がある。
が進行性に認められる疾患と定義される。
つまりタバコなどの有害物質により気道の炎症がおこり、完全には回復しない気道狭窄をきたした疾患。完全には回復しない気道狭窄とは気管支拡張
剤を使用した後も1秒率が70%未満ということになる。
図6 は健康な肺とCOPD の肺を比べたものである。気管支は炎症によって壁が厚くなり、粘液分泌(痰・せきの原因)が増え、空気が通りにくくなっ
ている。
また酸素と二酸化炭素の交換の場である肺胞では、肺胞壁がタバコなどの有害物質によってこわれてしまい、その結果、肺胞同士がつながり、酸素と
二酸化炭素が十分にうまく交換できなくなる。
また肺胞壁自体に弾力性がなくなっていて、空気が出入りしにくくなっている。
老人肺と同様に支持組織が断裂し気道がつぶれた状態になり空気の通り道(気管支)が狭くなり、特に呼気時に十分空気を吐き出せないため、肺の中
に空気がたまりやすくなり、十分な換気が行えなくなる。進行がゆっくりなため症状が出にくいのが特徴で放っておかれやすい。
COPD 有病率は年齢とともに高くなる。この中に一部老人肺、気管支喘息も含まれていると考えられるので私は実際にはこの2/3 くらいと考えて
いる。それでも70歳以上では10%を超える病気だといえる。
肺機能の経時的変化を図8に示す。
生涯タバコを吸わない人も呼吸機能は次第に低下していく。しかし呼吸困難を起こすほど重度に低下していかない。タバコの煙の影響を受けやすい人
が喫煙すると、呼吸機能は急速に低下し、ある段階から呼吸困難を感じる。それでも喫煙を継続すると、数年で死亡する。
途中で禁煙すると、タバコを吸わない場合と同じように呼吸機能の低下はゆっくりになる。早いうちに禁煙すれば天寿を全うできるがやめるのが遅い
と早死にし、生きていても不自由な生活を強いられる。ダイビングどころではない。検査をせずにダイビングを続けると相当なリスクとなる。喫煙者は
70歳を前に潜水適性がなくなる可能性が高くなるので注意が必要である。
からのため定期的な肺機能検査が大切と考える。
呼吸からみた運動機能について復習する。6)
肺の中に含まれる空気の量はいくつかの種類に分けられる。呼吸運動により出入りする1分当たりの空気の量を分時換気量という。これは1回の空気
の出入り(1回換気量)と1分間の呼吸数をかけたものである。通常安静時には1回換気量は500mlくらいで呼吸数は12〜18回/分なので6〜9L になる。運動時には1回換気量、呼吸数ともに増え、分時換気量は増加する。
くらいになる。
間の有効な1分間の換気量は750×10=7.5L となる。大きくゆっくりした呼吸の方が効率がいい。
これがダイビング中にゆっくり大きく呼吸する理由である。特にダイビングではレギュレーター呼吸をするので死腔が大きく、通常より意識する必要
がある。通常我々は息切れをしない運動の範囲では自然にこのような呼吸になるが運動強度が増えると鍛錬していないものは呼吸数が増えるが呼吸が浅
くなり、ムダな呼吸筋を使用することになり、消耗が早くなる。高齢者では胸郭が固く、筋力も弱いので特に意識しないと浅い呼吸になりパニックに陥
りやすく注意が必要である。
と結合し、末梢組織に運ばれる。そして組織で酸素が使われエネルギーが生じる。それに代わって二酸化炭素が血液に溶け込む。
狭窄と胸郭の柔軟性、筋力低下により分時換気量が著しく低下する。
また肺循環や末梢での毛細血管の発達により筋肉への酸素供給が増えることにより酸素摂取量は増える。
これもトレーニングにより増大する。
分時換気量は強い運動負荷により増大するが毛細血管は比較的弱い運動でも発達するため誰でも酸素摂取量を増やすことができる。
高齢者の場合気道狭窄のため肺胞への喚起が悪くなっている。そのため胸郭を柔らかくし筋力をつけ分時換気量を増やさなければ酸素摂取量は増え
ない。しかし胸郭は固く、容易に筋力は増えない。激しい運動を行うことは高齢者では無理なので軽い運動時にゆっくり大きく呼吸することを意識す
る、特に吐くときにお腹が引っ込む胸郭の影響を受けない腹式呼吸をすることが大切になる。くちすぼめ呼吸も有効になる。運動をしなくても呼吸法
を意識するだけでもいい。
32。女性で30、26でありダイバーには最低これくらいはクリアしてほしい。本来は40〜59歳男性くらいの数値はあることが望ましい。
この脈拍数で運動を続けていけば同じ脈拍数でも自然と運動量が増えていく。自覚的強度で運動強度を決める方法も重要である。ボルグスケール8)
を利用するもので自覚的にきつくない運動(12くらい)を繰り返していくと、自然に同じ感覚でも絶対的運動強度が増えてく。はじめ分速100m
で走っていても、同じ自覚的強度でも分速120m で走れる様になる。
それは最大酸素摂取量が増えたことを意味する。慣れてくると人によってはきつい運動でもきつく感じなくなるという問題点もある。無理してしまう
可能性があることである。そのため自覚的強度と脈拍を測定しながら運動するのがいいと考える。
条件が良く、ダイビング技術が良好であれば、ダイビングは歩行程度の運動でしかない。
しかし一度条件が悪くなると8METs を越える運動強度となる。激しい流れに逆らって泳ぐときはさらに強い運動強度が必要になるがそれは1分も続く
ことはまずない。
40〜60分のダイビング時間の平均をとるとのんびりしたダイビングで歩行程度、激しい流れのあるダイビングでも1000mを7分でのランニング
を超えることはまずないと思う。そこで私は一般的には6〜7METs くらいがダイビング中の最大運動強度と考え11METs くらいの最大運動能力があれ
ばいいと考えている。
40代の最大酸素摂取量の目標が37なのでこれを少し超えるくらいの運動量である。すべての年齢層で10分間に1200m くらいをややきつい
くらいの運動能力が望ましいと考えるが60歳以上ではややきついくらいの運動は望ましくない。
50代ではある程度の運動を続けていればこの数字を維持することは困難ではないが。60歳以上では少しつらいと考える。
くてはいけない。
そこで60歳以上では5METs の運動を楽にこなせる運動能力をバディ潜水(ガイド付きを含めて)の条件と考えたい。
およそ5METs
なので6分繰り返した時の脈拍を測定し138−年齢/2を超える場合はバディ潜水禁止とするのが簡単である。
呼吸機能から見た潜水適性案を考える。もちろん冠動脈リスクからみた潜水適性も評価する。
プログラムのみの参加可能。6分で480m 歩けない場合はマンツーマン以外は禁止とする。
る。7)これに準じて高齢ダイバーが運動能力を保つための基本的な運動を考えてみる。
まず日常生活の中での運動として6000〜8000歩が必要である。それより少しきつい運動としてステップ運動または速歩を週に60分。その際
大きくゆっくり運動することを意識するとよい。とくに呼気でお腹をへこませ十分に吐く。これが呼吸の効率を良くすることにつながる。
たのちそのときの脈を測定し138-年齢/2より多ければその後は少し速度を落とす。そしてその自覚強度で続ける。同じか少ないようならその自覚
強度で続けていく。
週に計10分くらいよりはじめ、だんだん増やしていく。週に計40〜60分くらいを目標にする。
【参考文献】
1)河合祥雄 :中高齢者ダイバーの潜水事故と健康管理について
日本高気圧環境・潜水医学会関東地方会誌 15(1): 43-45, 2015.
3)大森久光,古賀丈晴, 津田徹, 相澤久道:潜在的な慢性閉塞性肺疾患の疫学調査 Pharma Medica 25(7): 151-156, 2007
COPD in Japan: the Nippon COPD Epidemiology study. Respirology. Nov;9(4):458-65,2004
6)山崎博臣:安全にダイビング出来る運動能力 http://npominder.justhpbs.jp/newpage15_3.html
7)厚生労働省の健康づくりのための身体活動基準2013.
8)Borg,GAV.:Perceived exertion:A note on“history”and methods. Med.Sci.Sports 5:90-93.1973.