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ダイビングを行う上で注意点について



三浦 邦久     江東病院 副院長 麻酔科









《要旨》  

    減圧障害には、空気塞栓及び減圧症があり、早期に診断して治療する必要がある。 減圧障害を認識したとしても急変し、
  心肺停止状態になった場合バイスタンダーが心肺蘇生を行う 事がとても重要である。救急車が来るまで心肺蘇生していない
  群とバイスタンダーが直ぐに心肺蘇生 を行なった群の社会復帰率を比べると心肺蘇生を行った群は社会復帰率が2倍以上
  高い。減圧症は激症 例以外明らかな他覚的所見を有する事は少なく、疼痛や知覚異常など自覚症状のみの事が多い。

    その為、 減圧症の診断に難渋するケースは少なくない。 浮上(減圧)してから発症するまでの時間がとても参考になるので、
  インストラクターはその点も留 意して観察してほしい。ダイビングを安全に行う上での注意点として、気胸の既往がある場合
  絶対ダ イビングをやらせてはいけない。

    また、急に寒くなった日のダイビング直後の入浴はヒートショック を誘発することがあるので注意事項として認識しておく
  必要がある。




  【はじめに】  

    レジャー・スポーツダイビング産業協会の統 計によると、2010年のレジャーダイビングに関する事故や死亡の80%は40
  以上の中高年ダ イバーが占めている。アメリカ DANの報告では、2010年から2013年の間に死亡したダイバー の21%が高血
  圧、心血管疾患と糖尿病を罹患し ていた。

    近年、レジャーダイビングが盛んにな り、国内・海外などでダイビングができる場所で 遊んだ後、直ぐに飛行機に乗ったり、
  車で高地(標高300m以上)を帰る無謀なケースが増えて、レ ジャーダイバーの中で減圧症が増えている。減 圧障害や、ダイビ
  ングを行う上で知っておかな ければならない医学知識を下記に挙げる。



  減圧障害(減圧症、空気塞栓)  

    減圧症とは潜水から浮上する際に潜水時間を 守らずに、急速浮上すると体内組織の不活性ガ スの溶解量が増加し、減圧
  の時に減圧の速度が 速いと溶解した不活性ガスの体外への排出が追いつかずに体内で気泡化し、血液循環を阻害す ることに
  よって組織を圧迫して、皮膚のかゆみ、 関節や筋肉、胸部・腹部の痛み、運動障害、めまい、意識障害などの症状が生じる。


  空気塞栓症  

    急速浮上や十分に息を吐かずに浮上した場合 に、肺が過膨張となり、行き場を失った肺内の 空気が肺胞を損傷し、肺の
  間質気腫を起こす。 さらに肺の毛細血管に空気が侵入し、気泡状と なって動脈を経由し、脳動脈などを閉塞し、意識障害や脳
  梗塞を引き起こし、場合によっては 心肺停止状態になることもある。




   急性減圧症の病型にはⅠ型減圧症とⅡ型減圧 症がある。 型減圧症には気泡が局所に留まるもので、 皮膚掻痒感、発赤、
  四肢痛、リンパ浮腫などを 起こし、型減圧症は、気泡が血流によって移 動したもので、症状の発現部位によって脊髄型、
   脳型、肺型、内耳型などがある。 減圧症による障害程度は、潜水深度、潜水時間に大きく左右され、型減圧症が圧倒的
  (90%)に多い。1)

   急性減圧症の症状は



  型減圧症  

     皮膚掻痒感や発赤は、極めて軽症から重症の もの迄様々である。皮膚掻痒感が激しいものは、 重篤な減圧症の前兆で
   あると言われている。 四肢痛は関節痛や筋肉痛が主で程度は様々で あり、疼痛のために足を曲げて歩くことから減 圧症の事
   をベンズ(bends= 曲げる)とも言う。 リンパ浮腫は、リンパ管が気泡で閉塞されて起こる。


  Ⅱ型減圧症  

     型減圧症の中で最も多いのは脊髄型減圧症 である。気泡で脊髄静脈が閉塞され、局所にうっ血や脊髄組織の損傷が起
   こる為とされているが、その発生機序はまだはっきりしていない。 脊髄神経は、四肢の知覚や運動を司る神経である為、神経障
   害を受けると四肢の神経支配に 知覚や運動障害が起こるが、減圧症における知 覚障害の特徴は、障害部位が神経支配領域
   と一 致せず、まだら状に出現することである。知覚障害があれば触覚、痛覚を調べれば診断できる。 大腿の裏側や臀部の知覚
   障害を認識できない事 が多いので留意する必要がある。


  脳型減圧症

     脳型減圧症は、痙攣発作や意識障害などを来 す最も激症な減圧症である。通常の減圧症と異 なり、無謀な減圧を行った
   結果、気泡が大量に 発生して肺でろ過しきれず、肺胞を破り動脈系 へ入って発症する。


  肺減圧症(チョークス)  

     息が詰まるという意味からチョークスとも呼 ばれている。  主訴は、呼吸困難、胸痛、血痰など挙げられる。 これも無謀な
   減圧の結果、気泡が大量に発生して肺毛細血管や肺組織を破壊して発症する。


  内耳型減圧症

     内耳は、聴覚のほかに平衡感覚を司っている ので、これが障害されるとめま い、吐き気、難 聴などが発症する。



     【減圧症:症例呈示】

       昨今、ダイビングを行った日に飛行機に乗り 減圧症を発症する事案を認めることがある。  
     今回、高気圧酸素治療(HBOHyper baric oxygen therapy必要時に医療連携により依頼 している東京曳舟病院
     (旧白鬚橋病院)で経験し た2症例を提示する。


     症例130歳代女性  

       沼津でダイビング行い東京に用事がある為い つもより早く浮上し、自家用車で自宅へ向かっ ている際、標高300m地点
      (御殿場)を通過して から急に頭痛、めまい、嘔気を認め、自覚症状 が軽減しないため患者自身が減圧症を疑い、白 鬚橋
      病院を受診した。  頭部CTで気泡は認めないが、本人希望もあ りHBOを施行し症状は消失した。

     症例260歳代男性  

       東京都八丈島在住の漁師でいつもより早く潜 水から浮上したので、同僚が減圧症を疑い八丈島診療所を受診させた。
      無症状であったが頭部 CT上頭頂部気泡を認めた為、同日飛行機に乗 り白鬚橋病院受診した。 来院時も無症状であった
      が、CT上頭頂部に 気泡を認めた事と飛行機に乗って受診した為、 HBO施行。

       両症例共ダイビング経験は複数回あったが、 いつもよりも早く浮上したことで減圧症になっ てしまった。
      幸いに直ぐに HBOを行ったので 事なきを得たが、ダイビングの注意点を再確認 する必要があると痛感した症例であった。



     減圧症の激症例以外は明らかな他覚的所見を 有する事は少なく、疼痛や知覚異常など自覚症 状のみの事が多い。その為、
    減圧症の診断に難 渋することも多い。 浮上(減圧)してから発症するまでの時間が とても参考になる。50%は浮上から30分以内、
     85%1時間以内、95%3時間以内、6時間以上経過して発症した例は1%である。但し、潜水時間が長いと窒素ガスは脂肪
    組織内に溜り、 組織内窒素ガスが半減するまでに時間がかかる ので、発症までの時間が長くなる例もある。



  【ダイビング関連の疾患】  

     昨今、レジャーダイビングが盛んになり、国 内・海外などでダイビングができる場所で遊ん だ後、直ぐに飛行機に乗ったり、
   車で高地(標 高300m以上)を帰る無謀なケースが増え、レ ジャーダイバーの間で減圧症が増加している。 これは飛行機や
   高地では気圧が平地より低いの で、ダイビング直後は減圧症になりやすい。ダイビング後少なくとも1日のダイビングスポッ ト
   での休養が肝要であることをダイバーに再認 識させておく。  

     ダイビングを行う上で知っておかなければな らない疾患を挙げて説明していく。


  ● 気胸  

      ダイビングインストラクターとして見過ごせ ない疾患の1つに、気胸がある。 気胸の中で最も多いのは、自然気胸であり、
     自然気胸は、大気圧下で、突然肺が破ける疾患 である。  

      ダイビング中に起こる気胸で最も多いのは、気圧変化が誘因となる気胸である。息を止めて 浮上する場合に多く発生する。
     過去に自然気胸を起こしたダイバーは、ダイ ビング中の気胸も起こしやすく、特に急速減圧 した場合緊張性気胸を起こす
     ことがある。

      気胸 の症状として胸痛、呼吸困難、咳、血痰などを認める。気胸の既往がある人は、ダイビングを 原則禁止するように
     指導することが重要である。


  ● Bulla(ブラ)  

      ブラとは肺胞壁の破れやすい−0cmの肺気 腫性嚢胞であり、多発している事が多く、手術 でブラを切除してもそのリスクが
     減っていると は考えにくい。気胸を起こした事はないがブラの存在を認識しているダイバーは、ダイビング を行う前、必ず
     医師に相談する必要がある。


  ● 気管支喘息  

      気管支喘息の症状は、呼気性喘鳴で重症化す れば死に至る可能性もある。気管支喘息未治療 の場合医師と相談する
     必要がある。

      気管支喘息では、水中で肺が破けたり(気圧 外傷による気胸)、運動能力が低下する事が問 題になるので注意が必要に
     なる。


  ● てんかん発作、けいれん  

      慢性的な経過をたどる事が多く、しばらく起 こしていないからと言って、この先も起こらな いとは言えない。もし、水中で
     てんかん発作やけいれんした場合、溺れの原因となるので非常に危険である。

      水中では過換気になったり、精神的にも不安定になり、てんかん発作起こしやすいと言われ ている。 意識を失う様な
     頭の怪我した場合、脳の後遺 症(けいれんなど)を認める事があるので、ダイビングを行う前は医師に必ず相談するべき
     である。


  ● 偏頭痛  

      偏頭痛を起こしている時は、脳の血管が収縮 していたり拡張していたりしている(通常、痛 みがある時には拡張している)。
     血管の収縮や拡張は、窒素の排泄や吸収に影 響するので、減圧症にかかる可能性が高くなる。 ダイビングによって
     偏頭痛が誘発されることがある。頭痛がある時は、注意力が低下する。頭痛時や前兆時(目の前がちらつくとか、頭 が重い、
     視野が狭くなるなど)には、ダイビングを行なってはいけない。

      予防薬:血管を収縮させるものがあるので、予防薬を服用している時にはダイビングをやめさ せることも忘れてはならない。


  ● 一過性脳虚血発作   (Transient ischemic attack)

      
脳卒中では、通常手や足に力が入らないとか、言葉がうまくしゃべれないなどの症状が起こる 場合、何週間あるいは
     何ヶ月も続くが、TIAは ごく短時間、長くとも24時間以内に症状が消失 する。すぐ治るのは問題ないと考えてしまいがちだが、
     実は脳梗塞の前兆の事がある。つまり脳へ行く頚部血管や脳の中の血管が動 脈硬化などで細くなっていて何らかの原因で
     一 時的に詰まったり、心臓や心臓近くの太い血管 に付いていた血塊などがはがれてその先の血管 を詰めてしまった為で
     ある。

      血塊が溶けて、血液の流れが再開通して後遺 症も残さず治ればTIAと診断する。ちょうど何回も前触れのような地震を繰り
     返 しているうちに大地震が発生するようなもので、TIAを経験したことのある人のうち約30% に脳梗塞がみられるという報告
     がある。TIAを経験したらなるべく早く専門医を受診 してその後に来るべき脳梗塞に対して予防して もらうことが必要である。


  ● 高血圧  

      動脈硬化が進行している事があり、無症状で も心臓や脳などに行く血管が詰まって、脳卒中 や虚血性心疾患を起こすこと
     がある。血圧コントロールされていないと、ダイビン グ中にさらに血圧上昇し、心筋梗塞や脳出血を 起こす事がある。ダイビン
     グ中にさらに血圧を高める要因は、 運動(泳いだり器材を持ったり)、冷水(ウェッ トスーツを着用していても夏季でも体は冷え
     る)、不安や緊張によって動悸が挙げられる。降圧剤を服用している場合も咳を出しやすくなる。

      
A-II アンタゴニストの降圧剤:ダイビング中の咳は肺の気圧外傷の誘因となる。利尿剤を服用している方は脱水を招き
                          やすい状態になってい るので、運動中適時水分補給が必要となる。


  ● 糖尿病  

      血糖降下剤を服用している場合、またインスリン自己注射を行っている場合、血糖が下がりすぎて、不安、動揺、心悸亢進、
     めまい、ふら つき、嘔気、発汗などの低血糖症状を起こすことがある。状況によって突然失神する事もある。血管障害、
     腎臓障害、網膜障害、神経障害が ある為に、減圧症になりやすい可能性がある。

      無痛性心筋梗塞も起こす事もあるので注意が必要な疾患の1つである。


  ● 副鼻腔圧外傷  

      発生頻度0.08%と低いが鼻中隔弯曲症がある方は注意が必要である。
      症状:額周囲や目、鼻の根部に痛みや閉鎖感を 認める。この様な症状が出る方は、ダイビングを行わ ない方が良いと
     考えられる。


  ● 歯痛  

      齲歯などで歯に閉塞性空間ができると、そこ が原因となって歯痛を訴えることがあるので注 意が必要である。


  ● ヒートショック  

      急激な温度変化により身体が受ける影響のことであり、比較的暖かい部屋からまだ寒い浴室、 脱衣室、便所など、温度差
     の大きいところへ移 動すると、身体が急激な温度変化にさらされて 血圧が急激に変動するため、脳卒中、心筋梗塞、
     大動脈解離などを引き起こすおそれがある。

      高血圧や動脈硬化がある人がその影響を受けやすい傾向があり、なかでも高齢者は注意が必要とされる。このようなヒート
     ショックの要因となる住環 境のリスクは「暖差リスク」とも呼ばれ、特に冬期は住宅内の温度差が大きくなるため、注意が必要
     である。

      日本の入浴中の急死者数は諸外国 に比べて高いと言われている。その理由は浴室と脱衣室の温度差であるとされ日本で
     年間累計1万人以上の方がヒートショックが原因で死亡している。

      冬期で温度差が激しい環境下に居る場合、ダイビング中、直後も体調の変調を注意深く観察 する必要がある。



   予防していても心肺停止状態になった場合、 心肺蘇生を行うことが重要である。突然の事故や病気などで救急車を呼ぶ際に、
  救急車が来るまでの間心肺蘇生を行わなかった 場合と、居合わせた方(バイスタンダー)が救急 処置をした場合の救命率を比較
  すると、後者は 前者より2倍以上の高い救命率が認められた。2)  

   ダイビングインストラクターは常日頃心肺蘇 生法を練習し、いざという時行えるように備えておく必要がある。



                         



  【結語】  

      減圧症は油断によって起こっているので、自分自身で健康に留意してダイビングを行っていく事が肝要である。