Medical Information Network for Divers Education and Reserach






     潜水中、潜水後の症状発現 ー その対処をいかにすべきか ー 


                                              鈴木 信哉    亀田総合病院 救命救急科部長
                        
                                         高気圧酸素治療室長







 【はじめに】

   潜水中に、あるいは潜水後に何かしら症状がでた場合、それが減圧症なのかどうか分からないこともあれば、一緒に潜った仲間のダイバーが
突然不調を訴えて意識がなくなった場合、救急隊を要請してもインストラクターでさえパニックになってしまい、緊急情報として何を話してよい
か分からないと経験された方もいるのではないかと思います。


  実際に水中で何が起こったのか、どういう潜水をしていたのか、症状を起こす背景に何があるか、医療サイドに適切な情報を渡すことが、
正確な診断による迅速で適切な治療が可能となります。いままで問題なくやってきたからとか、こんな潜水では減圧症・空気塞栓症が起きるはず
がない、そんな症状は減圧症・空気塞栓症ではないという固定観念があると、適切な治療の時期を逃すことになります。


  本稿では、あらためて減圧症や空気塞栓症を見直していただき、適切な情報を治療施設に伝えられるように、救急時に用いる情報シートとし
ての問診票をご紹介します。また、大気圧下酸素吸入の有用性をご説明し、その投与方法を含め、医療機関への移動時に気をつけるべきこととし
て、高所移動を避けることや水分補給のみならず、間断ない症状観察により医療施設へ適切に情報を伝えることの重要性を述べます。



 
 【減圧障害の分類】

   減圧症の分類は、1960年にGolding1)が四肢や関節の痛みを呈する軽症あるいは単純型とするT型と、I型以外の症状でそれよりも重症
あるいは複雑型としてのU型に分けたのが始まりです。古典的な重症度分類となっていますが、再圧治療の成績とある程度相関し、型分類が
治療表に直結することから、若干の修正が加えられて米海軍ダイビングマニュアル2)などでは現在でもなお使われています。


  減圧症の症状は表に示すとおり実に多彩であり、脳・脊髄型の場合、動脈ガス塞栓症(空気塞栓症、肺過膨張症候群)との鑑別が難しい
場合があり、両者をひとまとめにして、減圧障害という用語を用います。






減圧障害の病態】

   肺過膨張による動脈ガス塞栓症(空気塞栓症)も、過大な窒素ガス負荷に加え減圧手順の省略や急減圧・急浮上により過剰発生した気泡に
よって起きる減圧症も、気泡が引き起こす病態として基本的なところは同じです。(表2)





  水面に浮上後、空気塞栓により意識障害を起こしたダイバーが、程なく意識を取り戻し、何でもなかったようになることがありますが、
それもつかの間、再び意識がなくなったり痙攣を起こしたりして増悪することがあります。また、空気塞栓症の再圧治療では、加圧により
一旦症状の改善がみられるも、治療中に再び悪くなることがあり、重症化する例に度々見られます。


  このように二次増悪をきたす機序は以下のように説明されています。気泡そのものの一次的な影響がでる初期では、血管閉塞や組織の機械的な圧迫により症状が出現します。その後、気泡が消失して血流が再開しますが、この血流再開により障害が新たに生じてきます。

気泡の二次的な影響としてでるもので、この病態を虚血再灌流障害(ischemia reperfusion injury)といいます。血管の内側を構成する血管内
皮細胞や白血球などから炎症に関連する物質が出てきて障害を起こすものです。実はこれが重症化する原因となっています4) 5)。

 このほかに、血管内皮細胞は気泡そのものに触れることにより障害を受けことが明らかになっており6)、遷延して気泡が存在する場合には
時間が経つほど障害が進みます。


  虚血再灌流障害は、?時間の早い段階で起きるとも言われますので、重症化してこじれないようにするために、2時間以内に酸素再圧
治療(減圧障害の高気圧酸素治療で単に再圧治療ともいいます)を行う必要があります。





【減圧障害の診断の実際】

  潜水中や潜水後に何かしら症状が出た場合に、それが減圧障害であるかどうか、速やかに判断することが求められます。しかし、減圧障害
の診断基準はなく、画像診断の有用性は低く、心エコーにて右心系に気泡を認めても発症に至らない、いわゆるサイレントバブルの存在もあり、
診断に決定的なものはありません。(図1)






  もし、診断のための検査として使えるものがあるとしたら、再圧試験ということになります。すなわち出ている症状は再圧により改善し、
減圧により増悪するので診断が可能となります。実際でも、診断的治療となっている症例は少なくありません。


  なお、航空機搭乗により低圧暴露となって症状が増悪する、あるいは再潜水により(再圧を意味します)症状が軽減するという情報は、減圧
障害の診断に大きく寄与します。


  診断は経験的に行われ、

  @潜水と発症のタイミング、
  A減圧障害に矛盾しない症状、
  B窒素の負荷状況、

これらを総括して判断され、専門医以外には難しいのが実情です。


  特に窒素の負荷状態の評価には、減圧表から、潜水深度と時間をみて、窒素負荷が限度を超えていない、すなわち無減圧潜水限界内である
かどうかを見ることになりますが、減圧表(表)をみる煩わしさがあります。



                                 

 



  軽症と重症の対応については、脊髄型減圧症の重症度スケールとして、感覚障害と運動障害をスコア化した最高10点のディックのスケール
がありますが、から10点の重度の減圧症では、発症から12時間を越えた場合には、何度再圧治療しても改善は望めない一方、軽度の場合
は、発症から24時間をこえても、十分、治療に反応するという結果がでています7)。

  すなわち、減圧障害では、重症例と軽症例では対応が全く異なるわけです。そのため、重症と軽症を発症早期に見極める必要があります。
(図



                    




【我が国の再圧治療態勢】

   職業潜水においては、高気圧作業安全衛生規則で再圧室を潜水現場に設置することと定められており、重症例については潜水現場で緊急再圧
治療すべきか、もしくは日本全国に約40 施設しかない大型の高気圧酸素治療装置である第2種装置に搬送すべきかを判断しなければなりません。

  しかしながら、産業医が潜
水作業に立ち会うことはなく、減圧障害の診断や治療経験のある高気圧酸素治療施設の専門医はごく僅かで、第
種装置保有施設でさえ専門医が不在である場合が少なくないのが実情です。


  レジャー潜水の場合には、発症時には如何に再圧治療施設にアクセスするかということとなりますが、我が国においては地域によってかなり
の制限を受けるところがあります。




【診断・治療ガイドライン構築に向けて】

  2014年の日本高気環境・潜水医学会総会では、現状を踏まえた治療ガイドラインの構築の必要性が確認され、救急搬送や再圧の必要性
を判断できる簡易診断と、再圧治療施設に収容された後に確定診断と最適の治療を行うとする2段階の診断・治療ガイドラインを検討する方向
性が打ち出されました8)。


  初期対応には、発症現場と通信手段を介して、遠隔地の専門医が、簡易診断と救急搬送の必要性や、現場での緊急再圧を含めた処置の判断
を出すことが、現状では最善策となります。その情報伝達のため、必要最小限の問診に加え、救急隊等の評価を加えた情報シートを活用するこ
とをお勧めしております。




【発症時に使用する情報シート】

  潜水後に症状がでたときに用いる問診票は4枚綴りですが、最初の1 枚目のみが治療施設へ送る情報シートとして活用することとなります。
(図3)


              




  問診では、主訴と共に潜水終了と発症時刻を記入するようになっており、潜水と発症のタイミングが把握できるようになっています。内服薬
、既往症から潜水との関連、潜水深度と時間から窒素負荷の情報を取ることになります。


  1 枚目の下の欄は、情報発信元の医療サイド、主として救急隊の評価を記入することとなっており、重症所見のチェック、ヘンプルマンの
暴露指数値 9) を利用した窒素負荷情報を記入します。


  このヘンプルマンの暴露指数値は、圧力と時間の関数で表され、深度が異なる場合でも、その値により窒素ガス負荷量を把握できる便利
さをもっています。

 図は、ダイバーが潜水開始してから浮上するまでの時間である滞底時間を横軸に、最大潜水深度を縦軸として、実際に減圧症が発症した症例
をプロットしたものですが、破線のラインは、減圧表に示される無減圧潜水時間であり、これより少ない滞底時間、潜水深度は安全、と一般的に
は考えられていますが、実際はその範囲でも発症が見られています。


               




  実際の所、どこまでの範囲であれば発症がないかと言いますと、滞底時間が半分となる太実線以下ということが、疫学上判明しています10)。

  ここに暴露指数値の関係を重ね合わせると、メートルでの計算では値が153であれば、ほぼ無減圧潜水限界の破線のラインであり、
発症がないと判断できる太実線に相当する値はだいたい100以下ということになります。


  値を情報シートに盛り込むことにより、減圧症発症の可能性がおおよそ判断できることになります。



【重症と判断される状況】

 重症と判断される状況としては以下のものが挙げられ、緊急対処が求められます。


  @ 意識不明に陥った者又は何らかの意識障害のある者

  A 顔面そう白、脈はく異常、呼吸困難、胸苦しさ等のショック症状のある者

  B 言語障害、めまい、はきけ、知覚障害、運動麻ひ等の中枢神経障害のある者

  C 潜水時間や深度から窒素の過大な負荷がある者、すなわち値が高く、減圧方法や浮上速度から、重症となるおそれのある者


  また、潜水中あるいは潜水後短時間で発症した者は、たとえ四肢の痛みであっても、時間と共にその他の症状が発現する可能性があり、
緊急性があると判断されます。なお、潜水後まもなく出ていた症状がいったん収まっても、短時間で再び出てくるような場合は重症化しやすく、
緊急の対応が必要となります。


  問診票枚目(情報シート)の下欄は、救急隊や紹介元医療機関等が該当項目にチェックすることになっていますが、チェックが求められ
る症状や所見は、いずれも緊急治療を考慮すべき項目であり、今後、事例の蓄積と分析により、項目の重み付けによる点数化が可能となり、
Q 値を併せて重症診断や緊急度把握に反映させることが期待されます。(図5)






 今回ご紹介した情報シートを活用することにより、遠隔地の専門医が簡易診断をして、救急搬送の必要性や、現場での緊急再圧を含めた、
処置の判断に役立つものと思います。


 なお、問診票の2から枚目(図)は、再圧治療施設での確定診断や事故調査のための情報シートとなっており、一緒に潜られたバディや
インストラクターによる記入でもよく、再圧治療施設への到着までに作成するとよいと思います。



              

 




 この問診票は下記に示すサイトでダウンロードが可能となっています。

  1)一般社団法人 日本潜水協会 

    http://www.sensui.or.jp/

  2)特定非営利活動法人潜水医学情報ネットワーク

    http://npominder.justhpbs.jp/newpage4.html

  3)特定非営利活動法人日本安全潜水教育協会

    http://jcue.net/




【発症時の処置】

  発症時は、再圧装置(高気圧酸素治療装置) を使用して速やかに再圧治療を行う必要があります。治療が遅れればその分だけ重症化あるい
は難治化するリスクを負うこととなります。救急再圧のほか、減圧障害に対する現場での留意点を以下に述べます。(表4)







  @   ≪「ふかし」≫

  潜水現場で再圧装置がなく救急再圧ができない場合に、発症時の症状軽減を目的に再潜水されることがあり、「ふかし」と呼ばれています。
「ふかし」は通常、空気で行われることから、酸素と比較して効率が悪く、時間経過と共に組織内窒素分圧が上昇するため、水面浮上後、再燃
や増悪することが多く、更には、この「ふかし」に酸素を使われた場合、水中で脳酸素中毒に陥り、けいれん発作が起きた場合には致命的とな
るため、十分な知識と経験及び綿密な緊急対処態勢が取れない場合には、「ふかし」は決して行ってはいけません。


  A   ≪一次救命処置≫

  救急隊等の到着する前に一般の人でも実施可能な手当があります。特に生命の危機に瀕する突発的な心肺停止もしくはこれに近い状態に
なったときに、「胸骨圧迫」および「人工呼吸」を行うことを「心肺蘇生」といい、この心肺蘇生と、AEDAutomated External Defibrillator
:自動体外式除細動器)による除細動、異物による窒息を起こした際の気道異物除去の3つをあわせて「一次救命処置」といいます。


  ダイバーの呼吸が停止した(または正常な普段どおりの呼吸をしていない)場合には、119 番等救急搬送するための通報をするとともに、
速やかに一次救命処置を実施しなければなりません。この処置法については標準化された方法があり、一般の方でも救命講習を日本赤十字社や
消防署等で受講することができます。



  B   ≪水平仰臥位≫

  空気塞栓症が疑われた場合、頭部を下げる体位がかつては推奨されていましたが、脳圧を上げることとなって状態が悪くなることがあり、
現在では、水平に仰向けに寝かせるようになっています。



  C   ≪酸素投与≫

  大気圧下の酸素吸入でも、高濃度酸素マスク(リザーバー付き酸素マスク:図7)で毎分15L の酸素を流すと90%以上の酸素を吸入す
ることになり、体の中の過剰の窒素を追い出しやすくなります。

  そのため、減圧症の症状がでたときでも、吸入により症状が緩解して、その後の再圧治療が効きやすくなります。症状が出ていなくとも、
やむを得ず緊急浮上して減圧症発症のリスクが高まっている場合も、積極的に使用することが推奨されます。

  この大気圧下の酸素吸入の副作用については、肺酸素中毒について注意する必要があり、連続して12時間以上使用する場合には、胸痛や
咳などの症状がでてこないかをみる必要があります。酸素供給法については、DAN JAPAN 等で講習をうけることができます。




 

 
    
              ◎(参考)医療用酸素の供給について:呼吸するために使われる酸素として、医療用酸素が関連の法令
               により販売されています。供給されるのは医療従事者に限定されていますが、平成23
               3
月の厚生労働省医薬食品局総務課からの事務連絡「卸売販売業における医薬品の販売等
               の相手先に関する考え方について」の中で、「当該事業者等及び当該事業者等に所属する
               当該医薬品の使用者が当該医薬品を取り扱うために必要十分な知識経験を有する」という
               場合には例外として、医療従事者以外にも医療用酸素が供給されるようになっています。

               したがって、呼吸用に使用する酸素を備えるためには、使用するのに必要十分な知識経験
               を持つことが求められます。



  @   ≪水分補給・保温≫

  減圧症に対する輸液は、従前から推奨されています。潜水では、寒冷及び水圧への暴露により尿が作られやすいため、時間あたり250〜
500
cc の水分が失われます。

  そこで減圧症が発症すると、障害部位の炎症により脱水に陥り、末梢の血液の流れが悪くなってしまいますので、積極的な水分補給が必要
となります。意識はっきりしていて、血圧や呼吸が安定していて、飲水可能な状態である場合には、積極的に飲料を与えてください。


  ただし、息苦しさや息切れあるいは喀痰などの症状がある場合は、肺型(呼吸循環型)の減圧症や潜水による肺水腫の可能性があり注意が
必要です。過剰な水分摂取により却って病態が悪化することがあるため、専門医の判断が必要です。


  経口水分摂取に関しては、水分と電解質が吸収されやすい条件があるので留意する必要があります。糖質は、水分の吸収を助けますが、濃
すぎると却ってナトリウム吸収が悪くなり有効な水分補給となりません。

  市販のスポーツドリンクの場合は、糖質濃度が高いものが多く、また、ナトリウム濃度が低いため、最適とは言えず、水で希釈して食塩を
添加するなどの工夫が必要です。


  潜水後も体が濡れたままですと、体熱が急速に奪われて低体温になりやすいので、水分を拭き取り、保温に努める必要があります。



【潜水現場に副室構造を持つ再圧室がある場合(職業潜水などでの参考例)】

 心停止又は呼吸停止状態に対する除細動処置と救急再圧のタイミングは以下のようになります。

  ダイバーが空気塞栓症で心停止あるいは呼吸停止となった場合には、高度心肺蘇生術が必要となりますが、蘇生の成功率を上げるためにも、
可能な限り早急に産業医あるいは専門医(以下産業医等と略す。)の指示を受けなければなりません。高度心肺蘇生術は不整脈の診断と薬剤
投与やAED による除細動を含むものですが、患者の状態のモニターや薬剤投与は加圧下で実施できますが、除細動術は大気圧下で実施しなけれ
ばなりません。


  AED については標準的な使用法によりますが、ダイバーに用いる場合には、救急再圧とのタイミングが重要です。

  強い呼びかけにも反応がなく、呼吸による体動がない心肺停止のダイバーに対しては、直ちに心肺蘇生術を実施して、AED による除細動が
最優先となります。心拍再開前の再圧は、避けなければならず、また、再圧中においては電気的な安全面に問題があるためAED を使用してはい
けません。


  心肺停止後10分以内であれば、AED など必要な器具がそろい教育訓練をうけた者あるいは産業医等がいる場合には、加圧しないで心拍の
再開するまで除細動を実施します。心肺蘇生術が適切に行われても、10分以内に除細動されなければ、再圧してもしなくても救命は難しいと
言われています。


  除細動術が直ちに実施できず、産業医等が不在の場合は、180kPa まで再圧して、再圧室内にて心肺蘇生術を続けながら産業医等に連絡を
試みます。20分以内に除細動できるようになれば、90kPa/ 分で減圧して大気圧に戻った後に除細動を試みます。

  除細動術でも心拍が戻らない場合は心肺蘇生術を継続します。除細動術を実施しても心拍が戻らない場合、再圧は避けます。


  ダイバーが息を吹き返した時、救助者が心肺蘇生術を続けられなくなった時、あるいは医師が死亡を宣告する時まで心肺蘇生術は続けられ
ることとなります。心拍再開したら、再圧治療の適応があれば再圧治療へと処置を進めます。


  高度心肺蘇生術が実施できずに加圧されたままで蘇生術を継続している場合、20分経過しても蘇生しないときには、心肺蘇生術の中止を
考慮することになります。




【患者輸送時の留意点】(表5)






  意識障害や脊髄障害あるいは呼吸循環障害など減圧障害の重症例に置いて潜水現場で酸素再圧治療ができない場合には、一般的な救命救急
処置をしながら、再圧治療施設への連絡・搬送を行うことになります。


  軽症例においても、減圧障害の進行を防ぐため、治療施設への移動中も高濃度酸素マスクにて毎分15リットルの酸素を吸入しながら水分
補給と保温に努める必要があります。

  高濃度酸素マスクは、顔にうまくフィッティングさせないと吸入酸素濃度を上げることができません。

製品によっては、供給酸素流量が少ない場合には呼吸しづらい場合があるので、高濃度酸素マスクに付いているリザーバー袋が呼吸により適度
に膨張・収縮するかを確認します。


  減圧障害の病態のところで述べましたが、気泡の一次的な影響がなくなって血流が再開すると、症状が改善して場合によっては何でもなか
ったように改善することがありますが、その後二次的な影響により再び症状が出て、進行性に重症化することがあります。そのような場合には、
重症用の再圧治療を速やかに行う必要があります。そのため治療施設へ移動中は、搬送先の担当医師に症状の変化を適宜伝えることが求められ
ます。

  重症例では気道が吐物等で塞がれないように呼吸状態を監視するとともに、心停止やショックに陥っていないか血圧測定と心電図モニター
で油断なく観察しなければなりません。腰痛や下肢の感覚異常や筋力低下があった場合には、尿意がなく排尿できなくなっていることがあるた
め、治療施設までの到着に時間がかかる場合は尿道カテーテルの挿入を考慮します。

  四肢の痛みなどの軽症例では、通常の交通手段で治療施設に向かうことがあると思いますが、移動中の増悪に備えて発症者一人のみの移動
とせず、必ず移動先の医療機関と連絡のできる方と共に移動するといった配慮が必要です。

  最短時間で搬送できるように搬送方法とルートを選ぶことになりますが、環境圧低下による症状の増悪を防ぐため、ルート中には標高300m
を超える地点をできるだけ含まないようにします。可能であれば、可搬式の再圧室を用いて加圧下搬送を考慮してもよいのですが、一人がやっ
と入れる容器ですので、意識状態と共に呼吸と血圧が安定していることが条件となります。



【さいごに】

  減圧障害にならないように体調管理に留意し、潜水計画や準備の段階から最大限の注意を払うことは非常に大切であり、特にインストラク
ターの方は日常から心がけておられると思います。

  しかし、いざ、症状が出たら具体的にどう対処するかに関しては、あまり考えられていない方もいるのではないかと思い、参考になるよう
に述べました。


  高気圧酸素治療は可能でも、減圧障害を治療するための再圧治療ができない医療施設があります。あるいは、再圧治療ができる施設でも、
治療装置のメンテナンスや他の患者の治療中で対応ができないこともあります。

  治療施設へのアクセスは潜水する場所に大きく左右されますが、もし症状が出たとき、どこの治療施設に掛かるかについては、潜水計画を
立てる段階で複数考えることをお奨めします。

  日本高気圧環境・潜水医学会では、高気圧酸素治療施設に対して減圧症対応についてのアンケートを行っており、同学会ホームページ上で
情報提供11)していますので参考になると思います。





【参考文献】

  1Golding FC, Griffith P, Hemplemann HV, Paton WDM, and Walder DN: Decompression sickness
   during construction of the Dartford tunnel. Brit. J. Industr. Med. 17:167-180,1960.


  2U. S. Navy Diving Manual. Revision 6, Naval Sea Systems Command Publication NAVSEA
    0910-LP-106-0957. April 2008.

 
3Francis TJ, Pearson RR, Robertson AG, Hodgson M, Dutka AJ, Flynn ET: Central nervous    
   system decompression sickness: latency of 1070 human cases. Undersea Biomed Res.
   15(6):403-17,1988.


  4Dutka AJ: Serious decompression injury: Pharmacologic aids to treatment. In Moon RE.,
   Sheffield PJ, eds. Treatment of decompression illness, Forty-fifth Workshop of the
   Undersea and Hyperbaric Medical Society, 127-135,1996.

 
5Gorman DF: The treatment of arterial gas embolism. In Moon RE., Sheffield PJ, eds.  
   Treatment of decompression illness, Forty-fifth Workshop of the Undersea and Hyperbaric
   Medical Society, 96-100, 1996.

 
6Kobayashi S1, Crooks SD, Eckmann DM.: In vitro surfactant mitigation of gas bubble
   contact-induced endothelial cell death. Undersea Hyperb Med. 38(1):27-39,2011.


  7Ball R. Effect of severity, time to recompression with oxygen, and re-treatment on outcome
   in forty-nine cases of spinal cord decompression sickness. Undersea Hyperb Med.
   20(2):133-45,1993.

  8)鈴木信哉: 我が国の減圧障害の現状と今後の対策 - 治療ガイドライン作成に向けて.
   
日本高気圧環境・潜水医学会雑誌, 49(4):188,2014.

 
9Hempleman HV: History of decompression procedures. In: Bennett PB, Elliott DH, ed.
   Physiology and Medicine of Diving, 4th ed. London; W.B. Saunders, 361-375,1993.


  10Grover I, Reed W, Neuman T: The SANDHOG criteria and its validation for the diagnosis of
   DCS arising from bounce diving. Undersea Hyperb Med. 34(3):199-210,2007.

 
11)日本高気圧環境・潜水医学会: 平成27年度アンケート調査によるHBO治療施設情報(2016/ 4/2掲載).
   http://www.jshm.net/hbo160223.pdf