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潜水と頭痛
Diving and headache



和田 孝次郎

防衛医科大学校 脳神経外科








  【はじめに】  

     頭痛は一般的にありふれた症状である。大きく、基礎的な病気のない一次性頭痛と、病気が 原因による二次性頭痛に分けられ
    る。一次性頭 痛で代表的なものが片頭痛と緊張型頭痛である。

     これらの疫学、症状、予防や治療薬について触れたうえで、潜水適性や潜水時の注意事項についても解説する。また、潜水に
    特有な頭痛 についても概説する。



  【片頭痛】  

     疫学調査によると、日本人の8.4%、約840万人が片頭痛に悩まされているといわれている。 前兆のある片頭痛2.6%、前兆のない
    片頭痛5.8%、20〜40 代の女性で多いとされる。30代では5人に1人が片頭痛もちと報告されており40代でも まだ18%の有病率があ
    るとされる。1)2)  

     通常、0〜20歳代であらわれはじめ、その後、 同じような頭痛が繰り返し起こる、いわゆる 「頭痛持ち」に移行するとされる。
    片頭痛の痛み は数時間から、長い場合は3日間続く。頭痛は、頭の片側のこめかみから目のあたりが脈打つよ うに痛むことが
    多く、頭の両側や後頭部が痛む こともある。

    ■週末頭痛  

       週末に片頭痛がおこりやすくなるタイプの報 告もある。3) これは、平日は緊張によって収縮していた血管が、週末に
      ストレスから解放さ れリラックスすることによって拡がるためでは ないかと考えられ週末頭痛と呼ばれている。また、休みの日
      は睡眠リズムも崩れてしまいがちで、さらに朝食を抜いてしまうと低血糖になり、 頭痛発作の誘因となる。

       予防としては平日と休 日の落差が大きいことが週末片頭痛の原因とな ると考えられるので、休日や週末も、適度な緊張感
      を持っていることが大切だと思われる。こ の意味でダイビングなどのレクリエーションを 計画するのも一つの良い解決法と考え
      る。

    ■予防  

       予防には生活習慣の改善も大切である。片頭 痛誘発の精神的因子としてストレス、精神的緊 張、疲れ、睡眠の過不足があ
      げられる。また、 環境因子として天候の変化、温度差、頻回の旅行、臭いがあり、食事性因子として空腹やアル コール摂取も
      影響を及ぼすとされる。

       アルコー ルは血管を拡げ、血流を良くするが、片頭痛の 原因が脳血管の拡張にあるため、飲酒は頭痛の きっかけになるこ
      とが危惧される、ダイビング 前夜のアルコール摂取は控えたほうがよいと考える。

       タバコの煙やにおいが頭痛発作を引き起こしたり、痛みを増強させたりすることがあるため、喫煙は勧められないし、受動
      喫煙もでき るだけ避けるよう努める必要がある。

    ■ダイビング時の注意  

       ダイビングを計画するときにも注意が必要で ある。まず、移動中の交通手段での誘発に注意が必要である。対策として、
      移動中はコーヒー やお茶などのカフェインをうまく利用して頭痛 を予防することも大切と思われる。

       また、スマー トフォンを移動中や休憩時間中によく使ってい る光景を目にする。スマートフォンによる眼の ストレスも片頭痛
      誘発の原因になる可能性が危惧される。使う際には、背中を丸めて顔を下に向けた姿勢を取りがちで眼精疲労が助長されや
      すい。スマートフォンの長時間連続使用を避け、 使う際の姿勢にも注意する必要がある。

       さらには、海辺では太陽光の乱反射や照り返しなどの光刺激に対する注意が必要である。光刺激によ り片頭痛が誘発される
      ことが危惧されるので、 外出時にはサングラスを用意して予防に心掛け ることも大切と思われる。


  【緊張型頭痛】  

     一次性頭痛のひとつで、約20〜30%の有病率 といわれ、最も多く認められるタイプの頭痛である。首筋が張る、肩がこるなどの
    訴えとともに、頭痛は徐々に始まり、後頭部の重い感じと しての訴えが多くみられる。

     症状は午後や夕方 に発現することが多い。症状は片頭痛に比べて、 長く続き30分から7日間持続するのが特徴である。
    両側性の事が多く、性状は圧迫感または締め付け感(非拍動性)である。歩行や階段の昇降 のような日常的な動作では増悪しな
    いとされている。

     誘因の研究は少なく、確立されたものはないが、肥満、運動不足、喫煙がそれぞれ独立 した危険因子であるとする報告もある。
    片頭痛 が加齢と伴に変化し緊張型頭痛と鑑別が困難となる場合もあり、診断には若いころの片頭痛の既往を確かめる必要が
    る。

     緊張型頭痛の直接 的な原因は、首や筋肉の緊張、それによる血流の悪化とされている。


    ■予防

       筋肉の緊張をほぐし、血流をよくすれば緊張 型頭痛の痛みは和らぐと考えられるため以下の 予防法が推奨される。

       ① 温熱療法:ぬるめのお風呂に入る  

             身体を温めることで血行を良くすると、頭痛 が改善されるとされる。身体を温めるにはお風 呂が効果的である。
            ただし、熱すぎるお風呂は、一気に血流が良くなり刺激物質が流れ、逆効果 の事もあるため、ぬるめのお風呂に
            ゆっくりと 入ることが勧められる。

       ② ストレッチ、マッサージをする  

             ストレッチやマッサージは、筋肉をほぐし血流をよくする効果があるだけでなく、リラックス効果があり効果的とされる。

        ③ 頭痛体操をする  

             頭痛体操は、今起きている頭痛発作の痛みを 和らげるだけでなく、予防効果も大変高い体操 との報告もあり、
            勧められる。

        ④ その他  

             生活習慣の改善も役立つことが知られてお り、カフェインやたばこのニコチンは血管を収 縮させるため、緊張型
            頭痛では増悪させる危険 性があり、勧められない。4)


    ■ダイビング時の注意  

       ダイビングでは、タンクを長時間背負って歩 いたり、同じ姿勢を長く続けることが頭痛悪化の原因になる可能性があり注意が
      必要である。 慣れない潜水で緊張をしたり、寒冷ストレスも 緊張型頭痛の原因となりえる。また、マスク のストラップや
      buoyancy compensato(BC)の締め付けやBCの固定法にも注意が必要である。

       適正なサイズの装具を正しく装着してダイビン グをすることは頭痛予防につながると考える。



  【二次性頭痛の見分け方】  

     頭痛が起こった場合、片頭痛や緊張型頭痛等 の一次性頭痛から病気が原因の二次性頭痛(危険な頭痛)を見分ける必要があ
    る。この場合、 参考となる症状や所見として以下のものがあげ られる。

     1.突然の頭痛、今まで経験したことがない頭痛

     2.いつもと様子の異なる頭痛、頻度と程度が増していく頭痛

     3.50才以降におこった初発の頭痛

     4.神経脱落症状を有する頭痛

     5.がんや免疫不全の病気を有する患者の頭痛

     6.精神症状を有する患者の頭痛

     7.発熱・後部硬直・髄膜刺激症状を有する頭痛  


    これらで、二次性頭痛が疑われた場合すぐに受診する必要がある。


  【市販の頭痛薬】  

     片頭痛特効薬として市販されているものはなく医師処方による医薬品のみである。一般的に 購入できるのは、いわゆる解熱
    鎮痛薬である(片頭痛にたいして一定の効果は認められている)。

     市販されている頭痛薬は大きく分けて非ステロ イド性抗炎症薬(NSAID)とNSAID以外の鎮痛 薬(non-NSAID)に大別される。  

    NSAIDの代表格がロキソプロフェン、イブプ ロフェン、アスピリンであり、エテンザミドも その中に含まれる。
 
    non-NSAIDの代表格がア セトアミノフェン(カロナール®)である。アセ トアミノフェンはNSAIDに比べ、鎮痛効果は弱 いものの胃腸
    障害などの副作用が少ないため、 年齢に関係なく使用が可能である。アセトアミ ノフェンはピリン系薬剤アレルギーの人も使用可
    能である。

    NSAIDには抗炎症作用があるが、 アセトアミノフェンにその効果は期待できな い。それぞれの特徴を把握したうえで使用すると
    より効果的である。


  【ダイビングと頭痛】  

     ダイビングに特有の頭痛もある(表1) 。

            


    ■潜降中におこる頭痛  

       潜降中におこる頭痛としてはサイナススク イーズが有名である。痛みは前頭洞とよばれる 副鼻腔(サイナス)におこることが
      多いため、前 額部の痛みが特徴的である。耳抜きと同じバルサルバ法で痛みが治まることもある。

    ■滞底中の頭痛 滞底中の頭痛として

       スキップ呼吸(空気や呼 吸ガス消費量を節約するため呼吸をするたび に息こらえをする)による二酸化炭素の蓄積に伴う
      頭痛が多く見受けられる。ダイビング中は 大きくゆっくりとした呼吸が勧められる。特に夏場は熱中症や脱水に伴う頭痛にも
      注意が必要である。

       脱水は頭痛だけでなく減圧症の危険性 も増すため適切な水分補給に心掛ける必要があ る。不安や緊張に伴う頭痛も念頭
      においておく 必要がある。潜水後半でおこる頭痛では、時にタンクに充填された汚染されたガスに含まれた一酸化炭素による
      中毒が原因の事もある。

       また、ダイビング中の姿勢に伴う頚部のストレスからくる頭痛(緊張型頭痛)もあり得る。リブリーザーを使った潜水では酸素
      中毒や二酸化炭素中 毒の症状としての頭痛にも注意が必要である。

    ■浮上中の頭痛  

       浮上中の頭痛としてはリバースブロックによ る副鼻腔の痛みがあげられる。これは、潜降時 にスクイーズを経験したまま
      無理に潜水を継続 した場合に出現することが多い。多くは鎮痛剤の服用で治るが、外傷の既往のある人や副鼻腔炎を繰り
      返していた人でリバースブロックによる副鼻腔の骨折により気脳症や髄膜炎合併の報 告例もあり、頭痛が取れない場合は
      早目の受診 が必要である。5)

    ■浮上後の頭痛  

       エグジット後の頭痛としては、減圧障害、中 でも動脈ガス塞栓症に伴う頭痛や海水の誤嚥に よる頭痛が考えられる。
      動脈ガス塞栓症が疑わ れる場合、症状が進行することもあるため、注 意と迅速な対応が必要である。頭痛は減圧症の
      症状としては一般的でない。6) 

       頭痛は減圧症に非特異的な軽度の症状として扱われ、減圧症 に特徴的な他の症状あるいは所見を伴わない場合は減圧症
      と確診されない。7)


  【ダイビング適性】

     一次性頭痛だけの理由では、ダイビングの適性に問題はない。ただし、頭痛薬を服薬しながらのダイビングは勧められない。
    治療薬には窒素 酔いや減圧症の危険性を高めるものもあり、服薬なしで頭痛がコントロールされている状態でのダイビングが
    できることが適性の条件である。

     また、神経症状を伴うような特殊なタイプの片頭痛では、頭痛発作時に減圧障害との鑑別が困難となるため、適性は無いと考え
    られる。



  【参考文献】

    1)慢性頭痛の診療ガイドライン 203 日本神経学会・日本頭痛学会 監修   
        慢性頭痛の診療ガイドライン作成委員会編集 203 医学書院 東京
    2)中島 健二 . 片頭痛の診断と治療 日本内科学会雑誌 2006;95:487-492
    3)Torelli P, Cologno D, Manzoni GC. Weekend headache: a possible role of work and life-style. Headache. 1999;39:398-408.
    4)Taylor FR1. Tobacco, Nicotine, and Headache. Headache. 2015 (55):1028-44.
    5)黒瀧 俊彰 , 川野 和弘 , 大木 幹文 . スキューバダイビング後に発症した蝶形骨洞炎 , 硬膜外膿瘍の一 例 .
        日本鼻科学会会誌 2000;(39):98-101
    6)US Navy diving manual revision 7.
        http://www.navsea.navy.mil/Portals/103/Documents/SUPSALV/Diving
        /US% 20DIVING% 20MANUAL_REV7.pdf?ver=2017-01-11-102354-393
    7)Divers Alert Network. Report on decompression illness, diving fatalities and project dive exploration
        : 2004 edition (based on 2002 data). Durham (NC): Divers Alert Network; 2004.