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             潜水は安全な活動と言えるのか


                                慶松 亮二   一般社団法人 海中技術研究開発センター 代表理事








       前提 : ここで述べることは、科学的考察ではありません。    
             筆者の16歳から始まって74歳の現在に至る、58年のダイバー人生で得た経験に基づく内容です。


    《要約》  

      世の中の少子高齢化と共に、ダイビング界でも高齢化が進んでいる。この原因の一つは、潜水講習 の在り方による
     影響も大きいと考えている。 かつて潜水という活動が一般的でなかった1970年前半頃までは潜水指導技術も洗練され
     ておらず、 溺れないダイバーを養成することが安全なダイビングを普及することに繋がるとばかりによく泳ぐ講 習が良い
     講習と言われた。

     1970年にNAUIによる指導基準と指導内容の基準が我が国にも入ってきて から、これに知識教育がプラスされた。
     このような厳しい講習スタイルは顧客の獲得に向かないという業者のニーズが高まって、やがて潜水の講習は楽に、
     簡単に、そして安く誰でも手軽に入門できる ことが良いとされる風潮が高まった。  

     そして現在、ダイビングのサーティフィケイションカード(ライセンスカードは潜水士のみ)が本来の意味(技術認定カード)
     を希薄にしてきているようである。

     講習は楽でも、終了してからのダイビングは楽でも安全でもないことになり継続できない人口が増えているのが現状では
     ないか?

     そのため カード発行枚数に対して継続人口が増えず、結果として高齢ダイバーの割合が急激に増大していると いうのが
     筆者の少しうがった見方である。  

     原因はどうであれ、高齢者や、充分なトレーニングがなされていない、また年に数回のダイビング もするかどうかといった
     ブランクダイバーが増えているのが実態であろう。  

     そこでこういった状況でのダイバーの安全について、あらためて考えてみた。



   ダイビングとはどんな活動なのか?

      水中は息の出来ない世界 空気中での呼吸は死腔の大きさは生体本来の大きさであり、口と鼻を使っての換気が可能
     であるが、水中では必然的に機材死腔が増加 し、鼻をマスクで覆った口だけの呼吸になる。

     また加えて機材による機械的呼吸抵抗もある。つまり水中で呼吸が出来るといっても、空気中と は全く様相の異なる
     呼吸を強いられるのである。
  
   その他に水中では体温を維持できない。  

      水の熱伝導率は空気の23.28~27.9倍 (乾燥空気 0.0241:H2O 0.561〜0.673)  
      皮膚が保護能力を失う。
      見る能力、歩く能力、話す能力、方向感覚を失う。
      また水中で活動するには陸上では必要ない能 力(浮遊感覚)が必要である。
    
      人間はこのような環境で生きていくようには作られていない。 つまり全ての能力を新しく会得し、または機 材で代償して
     行うのがダイビングである。

   このような世界に無条件な安全があるはずがない! そしてこれが講習の必然性である。

   一番大きな問題は講習にあるのでは!



   水中では・・・何が一番大きな問題か?

      1) 誰でも知っていること。   
         「水中では息が出来ない!」と潜在意識は知っている!   (顕在意識は忘れている?)    

      2) この状態で無防備なダイバーが呼吸不安を感じると・・・   
        
         1. 息ができないかも知れない!=死に直結する恐怖!(潜在意識の顕在化)   
         2. 水面には空気がある!・・・・・浮上願望   
         3. あのレギは呼吸ができる!・・視覚情報   
         4, 誰も間に合わない・・・・・・・・・驚愕/恐怖


   無防備とは無知と技術不足の事であり、講習は 知識と技術を与えて起こりうる状況への
   備えをして安全になるためのものである筈!



      そこで講習では、突然呼吸が苦しくなったら?
      ▶ 止まって考える・・・と教える!  
        しかし・・・・・・・そもそも止まれるのか?                        

      くっ、苦しい! ⇔ 呼吸が出来ない!(のかもし  れない?)  


   この状態で止まって考えて・・・は無理!
   それでは、何時どの場面でどのように止まるべきなのか?

      止まらないと危ない状況

      1. 感情の乱れ               呼吸が出来ないと思っている環境での不安感
      2. 過剰な運動(潜水環境の特殊性)   鼻を塞ぎマスクをした状態での運動(呼吸の回復が難しい環境)
      3. 保温の不足(水中環境の特殊性)   冷えは呼吸要求量の増加を招く

   これらすべてが呼吸の苦しさ ⇔ パニック状態 への引き金となりうる。
   こういう状況になったら、止まって考えること はできない。



   そこで、

      不安は呼吸の乱れ⇔呼吸の乱れは不安感であることを理解しストレスに耐える方法論を中心に するべきである。
     すべての実技はストレスマネージメントを取り 入れて構築する。

    
    呼吸が出来ない環境への不安感  
    優れたスイマーでも持っていることを認識する。  
    認識していれば対処できることを知る。  


    講習現場での、

      例 1
          
 浅く背の立つ安全な場所を選ぶ。(不安感を与えないため)
            息を吸うと体は浮かぶことの体験。
            息を吐くと肺の浮袋効果がなくなり、水底に沈むことを説明。
            デモンストレーションの後、「肺息を吐いて!」と号令する。

            すると受講者は必ずスゥー!っと息を吸ってからはこうとするのですかさず静止して「息 を吐く前にどうして
            息を吸うのですか?」と問いかける。 これは水の中で息が吸えない事への潜在的恐 怖感ら起こる「自然な
            行動」であることを説 明する。

             しかしその行動は目的にそぐわず、すっと吐 いてさっと沈んだほうが結果は無駄がなく苦 しくなりにくいこと
            を説明する。

            そして、この潜在的恐怖を意識してコントロー ルする習慣の大切さを解説して、以後の実技に於いて常に
            潜在意識に負けないで合理的な 行動をとる訓練をすることを理解させる。

            このような訓練をストレスコントロールとして習熟させることが大切である。


      例 2
             マスククリアーを1呼吸で連続10回以上行う。 肺活量とマスクの容積から、無駄がなければ十数回の
            マスククリアーが可能であることを 理解させる。

            またこのような場合には目で見て、音を聞いて、頭で考え真柄冷静に無駄のない動作をしなければならない
            ことを理解させる。

            これもストレスコントロールと位置付けて冷 静にトラブルを理解しコントールする訓練の一環であることを
            意識させる。

            このような意識付けが繰り返されることによって 無意識的なパニックの発現を防ぐことが出来る。


    過剰な運動

      潜水環境の特殊性 (特に制限された呼吸と冷え) この二つが呼吸を早くする主な要因であることを意識する。

    制限された呼吸

      
ノーズクリップ&ガーゼのマスクをしての運動 水中マスクをしてレギュレーターから呼吸を している状況は、陸上で
      言えば鼻にクリップをしてガーゼのマスクで口を覆った状態ということができる。

      このような状況で全力疾走のような激しい運動をしたらどうなるかは明らかであろう。

      ところがこういう状況であることの認識が欠けたまま潜水をしているダイバーは多い。
      筋肉労作と以下に述べる冷えのみでも容易に換気能力の不足をきたすことが想像できるうえに、潜在的恐怖への備え
      のないダイバーは、ほんの少しの精神的動揺が重なることで容易に呼吸飢餓状態となって冷静さを保つことができなく
      なる。



    冷え

    
○保温の不足(水中環境の特殊性)
      
        多くのダイバーが保温不足の状況で潜っている。

     ○見えていない大きな呼吸要因

        これは冷えが呼吸不安定の大きな要因であることへの意識の低さが大きな原因である。
        冷えは呼吸要求量を押し上げて、それでなくても不足がちな換気能力に負荷をかけている。

     ○我慢できる寒さの意味

        ほとんどのダイバーは「寒くないですか?」 という問いかけに「大丈夫です。」という回答 をする。
        しかしよく観察するとその多くは寒そうにしていたり、中には震えていたり唇が青くなっ ているものも多い。

        これは全然大丈夫ではない状況であるが、ほ とんどのバディは「大丈夫」という合図があった。というのである。
        本来、水中世界で「本当に大丈夫な寒さの状況」には「快適である!」以外の状況を含めるべきではない。

        「まだ我慢ができる寒さ」は、直ちに浮上して 陸を目指すべき状況である。
         震えが出たら危険信号というのは平地の陸上 だけで通用する考えである。

     ○寒いけど未だ我慢ができるから大丈夫!

        この状況で何らかのアクシデントに出会い、 呼吸不安が出たらどうなるか? おそらく何も解決できないダイバー
        となり非常に短時間の意味をなさない「助けてくれ!」の後、何もかも振り切って浮上しようとするだろう。
        初心者であればフィンキックも浮力の調整も出来ず、ウエイトの投棄すらできないかも知 れない。

     ◎呼吸の乱れが不安感を呼ぶ

        一つの行動毎に/止まって気持ちと呼吸の整理

        機材を準備したら一休み。
        タンクをセットしたら一休み。
        スーツを着たら一休み。
        エントリー前に一休み。
        エントリーして砕波帯から離れたら安全な水面で一休み。
        移動して潜降地点で一休み。
        潜降したらそこで集合して一休み。
        ゆっくり移動して一定時間ごとに一休み。
         浮上前に一休み。
        浮上したら浮力を確保して一休み。

        これが正しい「止まって考えて」問題をあぶりだすタイミングである。

        一休みは空を見上げて(気道を伸ばして大きく呼吸を整える)、周囲を見渡して(状況を確認して)、
        バディの状況を見て(安全と空気圧確認) ほんの短時間のこの休息と確認を習慣化することで、潜水の安全は
        飛躍的に高まるのである。

     水の熱伝導率は空気の23.28~27.9倍

        不十分な保温は呼吸不足のハードルを上げる
        潜水後半の震えは言語道断!
        我慢が出来るから大丈夫です!は言語道断
        冷えにくい人(特にリーダーシップ)は薄着を自慢してはいけない。
        厚いネオプレーンスーツよりシェルドライのが身体的負荷は少ない。
        シェルドライはネオプレーンドライより温度適応範囲が広い!


     冷えは大きなパニックを引き起こす事故原因



    自立したダイバーの意味 (自立とは自分の危険は自分で処理するという こと)

        自立しなくてよいダイバーはいない!
        ガイドやバディは救助者とはなれてもすべての安全を担保できる訳ではない。
        自己の安全は自分で担保しなければならない! ダイビングのスタイルで、救助の手が届くまでの時間が違うだけ。

      1.ソロダイビング…救助は来ない(すべての事態に自己対応)

      2.バディダイビング…バディの能力による打ち合わせと慣熟の重要性。日替わりバディなどありえない

      3.ガイドダイビング…比較的早い救助(注意深い相互チェックと自己申告)

      4.体験ダイビング…素早い補助と救助(管理の限界)

      5.潜水講習…ガイドと体験の中間(管理の限界)

        すべてのダイビングスタイルで、救助の手が届 くまでの時間は自分で自分の管理をしなければ ならない。

      1.体調管理と機材管理(安善潜水の基本)

      2.情報分析(状況の確認と対処法の確認)

      3.意思疎通(情報の共有化)

       4.「能力範囲」の管理

       5.心理面…ストレスコントロール(潜在意識の恐怖感に負けない)

        体験潜水の顧客以外はこのすべてを自己管理し なければならない。
        潜水の講習はそのためにある。
        体験潜水の顧客は5.だけを要求される。


      安全な潜水活動をするために、自立したダイ バーであることが必要であるなら、すべての基礎となるべき
     「安全潜水講習」の在り方を業界 とダイバー全体がもう一度見直さなければなら ないと考える。



    すべての高齢ダイバー、ブランクダイバー そして運動不足ダイバーの為の運動強度の目安

         参考:健康つくりのための身体活動指針 2013(厚生省)

    ダイビングを続けるための日常の運動 脈拍で管理する

       ○最大酸素摂取量の50%≒(138−年齢÷2)÷分
      
       ○脈は10秒間測り6倍する。

    自覚強度で管理(ボルグスケール)

       ○運動を日常化し、無理のない同じ自覚強度の運動を継続する

    MET'Sで管理する

       ○安静時の酸素摂取量11METと言う(最少単位) 。

       ○ MET'S表参  (健康つくりのための身体活動指針2013(厚生労働省)参考資料2-1)

       ○ 4.3MET'S≒やや速足での歩行(約5.5㎞ / 時) 。

       ○ 9.0MET'S≒クロール(50m/ 分程度)またはランニング(8㎞ / 時)程度。


      ダイビング技術と環境状況が良好なダイビングは、4MET'S〜8MET'S。   
      (第17回小田原セミナー(品川)山崎博臣「高齢者ダイバーに必要な運動能力」より)

    潜水強度管理

      
○水中でも脈は測れるので習慣化する。
       
       ○脈拍が(138−年齢 /2)/ 分の80%を超えないよう運動強度を管理する。

       ○脈&安楽な呼吸&快適な体温を監視し自分の基準を確立しておく(ボルグスケール) 。

       ○一つの動作(スーツを着る・機材を背負う・EN して集合・潜降等)毎に休息 。

       ○バディと自分の呼吸監視/急速な残圧低下は休息と運動強度確認。

       ○冷えの兆候は潜水中止してEX!/次回の保温対策。

       1)初心者は潜水強度を下げる。

       2)普段の運動不足があれば潜水強度を下げる。

       3)ダイビングブランクがあれば潜水強度を下げる。
 
      潜水を快適、安全に楽しむために普段の健康づ くりのための運動を継続しよう。 潜水強度の管理は何となく大丈夫
     とか、ガイド が行くから、皆に迷惑がかかるからなどを基準 とせず、脈拍と呼吸を管理しよう。



    事故想定(高齢者・初心者・ブランクダ イバー・運動不足)

      以下は筆者の想定した事故の様相であり、実際の事故記録ではない。 しかし過去の事故の多くに共通する要素と、
     事後検証に上がらなかったが実は実際に起こったであろうと思われる要素を含めた。

     今後の安全な活動の参考になれば幸いである。

    対象ダイバー(高齢者)

      
▶年齢 74歳 体重 70kg 身長 169㎝ 

       ▶疾患情報  特記無し 睡眠 7時間以上 健康  状態 良好 
               (糖尿病投薬あり/血圧 正常/  失神歴 なし/朝食 トースト&コーヒー/排便正常)

       ▶潜水歴 250本/ 28年 最後の潜水1か月前

       ▶使用機材 レギュレーター(残圧計/左出し  オクトパス)BCD(ジャケットタイプ) 5㎜  ワンピース(4 年経過) 
               プラフィンバックルタイプ ウエイト 5kg スティールタンク(スタート圧 185kg)

       ▶潜水計画 魚群根待ち 最大水深 20m以内  45分以内 無限最終圧 30kg/cm


    経過

       ▶エントリー後すぐ潜降(ダイバー 6名+ガイド 1名) 問題なし
       
       ▶約200m沖まで15分で移動/途中小物観察など 問題なし

       ▶根に到着後それぞれ根頭に着底 当該ダイバー  問題なし/残圧 140kg/cm2)

       ▶当該ダイバーより予定残圧の申し出(80kg/cm2)/帰路に就く 問題なし

       ▶帰路1/3を通過時に当該ダイバーが残圧減  少(40kg/cm2)の申し出があり。ガイドは自分のオクトを渡し併泳
        するように指示(ガイド残圧100kg/㎠以上)。

       ▶ EX地点の直前に当該ダイバーより自分のレギに切り替える申し出があり了承。

       ▶数分後 EX地点に到着、全員に浮上指示を出すも当該ダイバーロストに気がつく。


    結果

       ▶直ちに浮上し、水面に浮かぶダイバー発見(呼吸停止状態)

       ▶確保後水面で人工呼吸するも反応なく、直ちに揚陸し心マッサージ

       ▶病院への搬送は救急車による

       ▶病院での救命処置の結果死亡を確認(肺への海水吸引なし)

       ▶診断結果:心臓麻痺による心停止


    対象ダイバーの状況

       レギュレーターその他の機材は作動正常/残圧35気圧/ BCD 給気あり/マスク/フィン 正常/ウエイト装着/
      外傷その他無し。


    結果考察

       ▶誰よりも早く残圧低下(冷えはなかったか?) 水温に対して4年経過の5㎜ワンピースでの根待ちは微妙である。

       ▶残圧低下後すぐに移動開始。 この段階で呼吸の乱れ、冷えの状態、不安感の有無は確認されていたか?

       ▶帰路の急激な残圧減少  この段階で呼吸の乱れ、冷えの状態、不安感の増大は確認されていたか?  
        オーバーウエイトの懸念(5㎜ワンピース 4年以上経過/5kgは微妙   浮力調整能力は?

       ▶オクトパス併泳  当該ダイバーのペースで泳いでいたか?  息苦しさの確認は継続していたか?

       ▶自分のレギへの交換承認  この段階で呼吸の乱れ、息苦しさ、不安感の増大は確認されていたか?  
        付いて浮上しての浮力確保、呼吸回復の補助の必要性は確認したか?

       ▶呼吸回復しないまま水面への浮上/溺水?
  

    誰にも原因は判らないが、
   ストレスが増大したままの行動なら高齢者の心臓は持たないかも知れない。