Medical Information Network for Divers Education and Research



                                 論文 53




       航空機 ・ 船外活動による減圧症  

                                嶋田 和人     宇宙航空研究開発機構    


 

 

  はじめに

 減圧症は海面圧から潜水により高圧にさらされて戻って来た時に発生するのが一般的である。しかしヒトが
海面から上昇して低い大気圧にさらされても減圧症は発生する。本稿ではSCUBA潜水経験者程度の知識を前提と
して低圧で発生する減圧症について述べる。ただし高山病に属する亜急性の生理反応の話は除き、急性の低圧
暴露に話を限る。

 

  潜水表と低圧 

 潜水表はまず軍のダイバーの問題を解くために開発が重ねられた。米海軍、カナダDCIEM(DRDC)、フランス
COMEX
などの表が有名である。日本では改訂が話題となる厚生労働省の表が労働衛生管理に使われている。
 

レジャー潜水用には各団体が余裕をもった表を使用している。

では海面からさらに低圧になる場合の減圧表はどこで開発されているのだろうか? 実は一般的に使える広い
圧変化プロフィルを網羅するポピュラーな表は作られていない。

 個別の低圧運用のために特定の圧変化パターン(海面から出発して低圧になり海面に戻るもの)を許すという
のが基本である。

  潜水のプロフィルの入水時に低圧部分を書き込むと【Fig. 1】、海面から出発したダイバーが自由に深度
 変更できる範囲として上空もあることが分かる。

 もし上空に移動した場合には低圧の範囲で自由に変更できる高度について潜水プロフィルの部分と類似の
「天井」があるわけであるが、一般的な減圧表というのがないのでいちいちプロフィルごとの設定が必要とい
うわけである。




【Fig.1】 潜水プロフィルの「天井」

概念図にて破線は深度変更可能な範囲の「天井」を示す。横軸は時間、縦軸は潜水深度。
入水時には海面より高い標高(低圧)が天井となる
(○印部分)。[Haw]


 

  米海軍潜水表では低圧になってから海面に帰ってくる場合は表にないが、標高の高い所で潜水する場合は
表の補正をする手続きとなっている。
 

これは高い標高(つまり低圧)から出発して潜水で高圧に暴露され、高い標高(低圧)に帰ってくる場合に
適用され、山岳のダム湖での潜水が典型的である。標高 300フィート(90m)を越えた標高の場所では表
に補正をする。

 停止を必要としない空気潜水の範囲(130fswまで)では標高 1,000フィート(300m)まで米海軍
潜水表がそのまま使える。

 
 米海軍のマニュアルはさらに10,000フィート(3,048 m)までの標高での潜水作業に対応してい
る。これを越すと特殊な潜水扱いである。

 中国では水資源開発のため4,000 m超級の標高の運用に対応しようとしているが、表の公表には至ってい
ないようである。

ダイブコンピュータでは標高の補正を14,000フィートまで行うとするものもあるが[Oceanic]、これら
の補正はモデルに従ったもので実例に基づいたものではない。
 

米海軍潜水表(空気)をもう少し読み説いてみよう。標高10,000フィートに上がって潜水を終了する
繰り返し潜水の場合で前回の潜水が最悪条件の場合には29時間15分の潜水間待機が必要とされている。

また標高 300フィートまでとして補正しないで潜水表を拾うと、標高 8,000フィートの列が太字に
なっていて、潜水間の最大待機時間が21時間1分である。

エアラインの客室は日米とも法規により8,000フィート(2,400 m)以下の標高相当の気圧にするこ
とになっているので、潜水後には1日待てば飛行機移動ができることになる。

レジャーの空気SCUB Aの後も1日待機の後に飛行機移動するのが国内でも常識となった。

 

 飛行機客室の圧力(高度)

 

 前項で法規定ではエアライン客室の相当最高高度(最低圧力)は2,400mであると述べたが、実際の値の
変動はどうだろうか。文献が乏しい話題なので詳しく見てみよう。

 

 【Fig. 2】に飛行高度と与圧機の客室高度、非与圧機の客室高度の関係を示す。

 


【Fig.2】 飛行機の与圧

 

 

ジェットまたはターボプロップ固定翼機は殆どが与圧機能を持つ。ピストンエンジン機でも与圧機能のある
ものがある。

逆にピストンエンジン機では高空性能が高いのに与圧がないものがあり、一般乗客でも酸素の使用を考える
ことになる。昼間は 3,000 m、夜間は 1,500 mが一応の目安であるが、昼間でも 2,000 m超では
使用を考えるのが良いであろう。

 潜水の場合と同じく、低圧の減圧症でも暴露時間が発症に影響するので最大値だけでは緻密な議論には不足
ではある。

 しかしレジャー潜水よりもエアライン客室の圧力変化は単純である(潜水プロフィルだと鍋底型)ので最大
高度(最低圧力)は指標として悪くはない。【Fig.3】に米国内のエアラインでの実測値を示す。







【Fig.3】 客室高度の分布 (米国内路線)

   米国内での路線距離と旅客機内客室相当高度の関係。およそ1,000kmの路線になると客室が最高
  高度(最低圧)になることが分かる。また、法規定の2,400mを越えた実測値が多数あることが注目
  される。Boeing 737型では22%2,400mを越えた客室高度に達したという。Suunto社のEscape 203
  登山気圧記録計を使用し海面校正を実施。[Hampton]

実際に飛行機が飛ぶ巡航高度は3 km10,000フィート)から12 km4,2000フィート)程度である。
機内与圧のため客室は飛行機の高度よりも高圧(低高度相当)となっている。

この測定では207飛行のうち20飛行(10%)で客室高度が2,400 mを越えたという。長距離を飛ぶ
ジェット機では飛行の中盤以降に燃料を消費して機体が軽くなって高度を上げられるようになると燃費向上の
ために巡航高度を上げる。

 太平洋路線で以前使用されていたMD-11型などでは、2,400 m前後の客室高度になることを経験した。
最近の機種では最高客室高度はもっと低い。【Fig.4】に国内線での客室高度(圧力)の実例を、【Fig.5】に
太平洋路線での実例を示す。

 


AJAL3007 RJTT-RJOO 3 Feb. 2008 B767-300 : 羽田-伊丹 1,600m (嶋田)

 


BJAL112  RJOO-RJTT 6 Feb. 2008 B777-200  : 伊丹-羽田 700m (嶋田)


【Fig.4】 客室高度例 (東京・大阪間)

      横軸が経過時間、縦軸が客室高度を示す。同区間でも飛行高度と機種の
      違いにより客室の最大高度が異なってくる。


       A】羽田-伊丹 1,600m  B】伊丹-羽田 700m (嶋田)

 

  エアラインには急性上気道炎に罹患中の方だけでなく高齢者や呼吸・循環器疾患の症例も搭乗するので、適
正な客室高度の値についての論議はジェット時代以前から行われてきた。

 米国連邦航空局(FAA)の2,400mの規定の元になった地上での低圧室を用いた測定は殆どの場合、多くの
兵役者を含む若い男性被験者を用いたものである。


 飛行機の性能上は与圧は少ない方が機体を軽く設計でき、加圧のために使われる分の燃料が少なくなって都
合が良い。

旅客機はエンジン抽気を客室の加圧(与圧)に使用する(ボーイング787型機では電動圧縮機)。同じ機種で
も航空会社によってかける圧力(外界との差圧)が異なる場合もある。以前、旅客機ファンの間では全日空と
日本航空のB747で差圧値が異なることが知られていた。

 

 ↓【ACO006 RJAA-KIAH 6 Feb. 2008 B777-200. max FL390




 ←【B】CO007 KIAH-RJAA 2 Feb. 2008 B777-200


       【Fig.5】 客室高度例(太平洋路線)

 長距離路線では燃料節約のため飛行高度が高くなるため客室高度も高くなる(低圧になる)。
 機械式の自記高度計のため8時間で円筒が一周している。図の横軸は時間、縦軸は客室高度。
 成田・ヒューストン間で同一機種。

      【A】(ヒューストン行)では最大客室高度が2,050m,
      
B】(成田行)で1,620m。            (嶋田)

 

  ボーイング787型機では最大客室標高が1,800 m (6,000フィート)の運用なのでSCUBA潜水後の
1日間待機で減圧症予防の余裕が増えるのは嬉しい。

エアバスA380型機でも与圧能力が向上されていて、飛行高度が12,300 m(41,000フィート)まで
では最大客室標高が2,100m (,000フィート)とされている【Fig.6】。

 

       【A】B747-400型               【B】A380型                【C】A321型

 

             【EGulfstream III型                    【DB787


                     【Fig.6】 飛行高度と機種による客室高度の違い

               機種により与圧能力が異なる。【B】では【C】よりも高い高度で客室高度は低い。
                複合材の最新機種B787では与圧能力が大きい(12,500mで客室が1,825mD】。
              軍用輸送機やビジネスジェットでは大変に与圧能力の高いものがある【E】。

        近年、末梢動脈血酸素飽和度計が安価になった。健康人ではある程度低酸素
               指標となる【A】が、体が使える酸素の量(動脈血酸素分圧)を直接測ってい

               わけではないために、低い値では解釈に注意を要する。写真:嶋田

 

軍用機では与圧能力の高いものがあり、例えばC-130は機体の性能としては高度9 kmまで客室を海面気圧を
維持できる。ビジネスジェット機でも高々度で低い客室高度を使用できる場合がある【Fig.6-E】。逆にピスト
ンエンジンの小型自家用機でも高性能のものは6,000 mを越えて与圧機能のないものもある。

 自家用機でSCUBAから帰る場合には、パイロットが減圧症について認識しているか要注意である。自家用機
でも減圧症で問題になった症例は報告が乏しいが、減圧症以前に低酸素の問題に注意しなくてはならない。

 

 2,400 mでの減圧症

 さて、減圧症の発生は生理学的には確率的であることから、海面から標高 2,400 m(8,000フィー
ト)に減圧されることはどのくらい安全なのかという疑問が湧く。

世界では年に27億人ほどの旅客があり、世界一座席数の多い東京・札幌間では一日片道37,500席が
提供されている中で減圧症が全く問題になっていないことから、標高 2,400 mという規制下での現在の
エアライン運航は一般旅客の減圧症に関して実際問題「全く安全」と言える。


 Fig.3】の値で運航されている米国で旅客の減圧症は問題とされていない。




            【Fig.3】 客室高度の分布 (米国内路線)

   米国内での路線距離と旅客機内客室相当高度の関係。およそ1,000kmの路線になると客室が最高
   高度(最低圧)になることが分かる。また、法規定の2,400mを越えた実測値が多数あることが注目
   される。Boeing 737型では22%2,400mを越えた客室高度に達したという。Suunto社のEscape 203
   登山気圧記録計を使用し海面校正を実施。[Hampton]

実際に飛行機が飛ぶ巡航高度は3 km10,000フィート)から12 km4,2000フィート)程度である。
機内与圧のため客室は飛行機の高度よりも高圧(低高度相当)となっている。



 

地上実験による、高度と減圧症罹患率の関係を【Fig.7】に示す。






【Fig.7】 高度と減圧症罹患率
 
事前の脱窒素(酸素吸入)をしないで低圧に暴露された場合の罹患率を複数の
測定から示す。高度7km程度から罹患率が急上昇する。低圧暴露時間が3時
を超えると罹患率は最大値で安定する。静脈(右心系)で発生する泡
(Venus
Gas Emboli, VGE)の超音波測定と減圧症の相関は単純ではないが傾向がある。[Webb 1998]

 

ただし潜水と航空機の減圧症が決定的に異なる点は、航空機は飛行のあと気圧が高い空港に帰着する点である。 
 殆どの症状は下降による加圧で消失し、治療として真に再圧を要する症例は稀である。

 エアラインの飛行も安全ではあるが、減圧症が本当に飛行中に発生していないのか、あるいは到着時に症状が
ないので気づかれていないのか、という点は生理学的には興味深い。

いずれにしろ、SCUBA潜水後のダイバーは下記のように特別扱いである。

 

 ,400 mの快適性

 ,400 mでは動脈血酸素飽和度が海面での値よりも4%ほど低下し[Muhm]、低酸素の症状も現れる。

ただし健康人はこの高度での症状は極めて軽いので、訓練された人でないと低酸素の症状であることの自己
識別は難しい。

 ボーイング社787型機の就航に関係し、客室高度が人体に与える影響の議論が活発になった。2,400 m
,800 mで人体にどのような差があるのかについて2007年に有力医学誌に論文が掲載され2,100 m
超では不快な症状が増えるとしたため[Muhm]、翌年の米国航空宇宙学会(AsMA)の年次総会では高度差の意義に
ついて異なる意見の参加者の間で活発な議論が行われた。

 

 潜水後の飛行制限ガイドライン

 潜水後に飛行機で飛ぶ場合にどのような制限を課すべきかは”Flying after Diving”の問題として潜水医学
の一つのテーマである。

  車両で高い標高を通過することでも気圧変化が起こるが、これに関しては伊豆半島でのSCUBA潜水後に車両
で東京へ向かう人数の多い国内で頻発し、また良く研究されている[眞野1994、山見、芝山]

 東京医科歯科大学での24年間での治療症例539例のうち標高350m~1,000 m地点の通過が33症
例、飛行機搭乗後で53例が記録されており[芝山]、世界で最多ではないかと思われる。

 低圧での減圧症の総論として[Stepanek]が、また飛行機旅客のためのガイドラインとして[AsMA]は優れた
資料であるが、潜水後の飛行制限については1990年頃の情報であるので留意されたい。

  Duke大学で実施された大規模な減圧室研究[Freiberger]の結果に基づき、Divers Alert Networkでは潜水後
の飛行制限ガイドラインを2002年5月に以下のように改訂している[DAN]

》   レジャーの空気潜水のためのガイドライン

》     減圧症の症状のないダイバーが610 m~2,438 mの客室高度の飛行機に乗る前提

》   このガイドラインを守っても飛行で減圧症にならないという保証はない。搭乗前の待機時間を長くする
  と減圧症の発生リスクは減る。

 

◆  減圧停止を要しない1回の潜水の後では飛行前に最短12時間の待機を推奨する。

◆ 1日に複数回、または数日間に渡って複数の潜水をした場合には最短18時間を推奨する。

◆ 減圧停止が必要だった潜水後については立脚すべきデータがない。飛行前の待機時間は18時間より
  十分長くとるのが妥当と思われる。

 米国潜水・高気圧医学会(UHMS)では2010年に米国各機関のガイドラインをまとめる作業を受託し、減圧症の
予防と治療について総合的なガイドラインを2011年に出版した[UHMS]。高空での減圧症に関係する部分を
以下に抜粋する。

  ・ 一般的にダイバー・パイロット・宇宙飛行士に医学選抜が行われる。また卵円孔開存と減圧症の間に関
   連がある場合がある。しかし減圧症の既往のない者を対象に、卵円孔開存についてスクリーニングする
   ことに意義があるとするには十分なデータがない。
  

  ・ 
厳しい条件の潜水後4時間以内の有酸素または無酸素運動は減圧症のリスクを増加させる。

  ・ 10,000フィート(3,048 m)までの飛行について、米海軍潜水表グループZでは待機時間が
   29時間15分。例外条件の潜水では48時間。


  ・ 高気圧治療前の症例では航空輸送をなるべく低高度で、可能なら1,000フィート(305m)未満に
   抑える。


  ・ 高気圧治療後の症例では航空輸送の前の待機時間は無症状例で72時間、症状のある場合は潜水医官の
   判断よる。

 
  ・ 高々度による減圧症の管理方針(この部分の出典は[USAF2010]

 

☆ 確実または不確実の減圧症全症例はUSFSAM/FEEH(高気圧部門)へ照会

☆ 潜水でなく低圧暴露による減圧症では下記AIの条件に合う場合のみ地上気圧での酸素吸入
  治療を行って良い。地上酸素投与で症状が悪化、または治療後に再燃した場合には高気圧酸
  素治療を実施する。高気圧酸素治療のアルゴリズムは米海軍治療法に従う。

  再発または神経症状を予防するために、米海軍治療第表で60 FSWの延長を回実施する
 ことが推奨される。

A)   関節痛のみ

B)   低圧暴露から2時間以内

C)   異常皮膚知覚(paresthesias)チョーク、大理石様皮膚、神経症状を呈さないこと。

D)   100%酸素投与をきちんと装着した航空用酸素マスク、フード、またはリザーバー付装置で
  行うこと。

E)   疼痛が2時間以内に治癒すること。

F)   飛行機の降下時または低圧室からの出室時に疼痛が消失した場合にも酸素の投与は時間
  必要。

G)   着地または出室時に疼痛がある場合には、酸素投与開始後30分以内に疼痛に改善が認めら
  れること。

H)   疼痛の完全消失後にさらに1時間酸素投与を行う。

I)   最大酸素投与時間は時間。

 

 
  症例の航空輸送

 

 前述の東京と伊豆半島の関係にみるように、減圧症になる原因、または減圧症に罹患した後の輸送の要素と
しては航空輸送だけでなく、車両で高い標高の道路を走ることも同等となる。

 米軍の指示書[USAF2007]にある症例の輸送方法について以下に抜粋する。

 
 ● 減圧症例の輸送に使う飛行機はキャビンが海面圧を保てるものとすること。機種の例としてはC-5C-9
   (DC-9
)C-12(キングエア改)、C-20(ガルフストリームIII/IV改)、C-21(リアジェット)、C-130
   KC-135(空中給油機)、C-141C-17。他の機種の使用はケース毎に評価する。輸送飛行中の客室高度は
   出発地点標高から300 mを越えることがないこと。



 ● 患者輸送にヘリコプターを使うのは避けること。もし使用する場合には最低安全高度を保ち、出発地点
   高度から300 mを越えないこと。


 民間機ではこれらの条件を満たすのは困難であり、日本国内ではヘリコプターが頻繁に使われる。

 実際問題としては山岳の多い日本では飛行対地高度を低くすると飛行そのものが危険であり(一般に医療
搬送機の事故率は高い)、無理に対地高度を低くするよりも飛行経路の工夫によって客室高度をなるべく低く
保つことが安全である。

 


 偵察機では今も減圧症が発生


 
ここまで読まれて海面からの減圧による減圧症は実際問題発生がないのではないか、と思われた読者も多い
であろう。しかし航空機による減圧症が問題になっている分野は存在し、それは米(空)軍(低圧室訓練と
偵察飛行)と国際宇宙ステーション(船外活動の計画)である。

 ただし他の分野でも、非与圧の航空機では高々度でまず低酸素の症状が明らかになるため、地上への帰還で
自覚症状の消えてしまうことの多い減圧症の発症が捉えられていない可能性がある。

米空軍は航空機運航の医学的側面について、テキサス州サンアントニオの低圧室・高圧室を中心に大量の研究
を行ってきた[Webb 1998, 2003](研究組織はオハイオ州デイトンへ移転)。

 高々度を飛行する前の発航準備時間を短縮するために、脱窒素(100%酸素吸入で体内の窒素ガスを肺から逃が
す)の際にサイクルエルゴメータ(自転車)漕ぎを併用する研究を行い[Webb 1996]実用に供している。

酸素吸入に軽運動を組み合わせる方式は国際宇宙ステーションの船外活動前の脱窒素にも採用されている。

 Fig.8】米空軍U-2 偵察機(Dタイプ)

 高々度を飛ぶ軍用機では被弾の際の減圧対策のために与圧をあまりかけない機体がある。70,000フィート(21 km)の高度を飛行するU-2偵察機
 ではコックピットの気圧高度は29,500フィート(8,992 m)になるため、飛行中は持続して酸素吸入を行う。低圧暴露は12時間を超える可能性が
 ある。コックピットの緊急減圧に備えて与圧服を着用し、尿採取チューブを使用する。
写真:嶋田




近年になって米空軍ではU-2偵察機【Fig.8】パイロットの減圧症例が増加していることを認識し、労働衛生
的管理を強化している。U-2より高速のSR-71偵察機が引退し、U-2機も引退させる方向であったが、代替させる
システムの用意が遅れてU-2の運用が続いている。1飛行あたり0.23%と低圧の減圧症としては高い発生率で
ある。

症例増加の原因としてはパイロット当たりの飛行時間が増加していることが主因とされ[Hundermer]、パイロッ
トの高齢化とそれに伴い症状が隠されず報告されるようになったことも関係が示唆されている。

症状としては関節痛が全63例中の37例と多いが、神経症状を呈する例が28例認められていることが注目
される[Jersey 2011,2013]。ただし東京医科歯科大学高気圧治療部の経験で、潜水による減圧症でも身体所見
の取り方により神経症状の発見率は高くなることが知られている[Togawa]
 

もちろん脱窒素に時間をかければ減圧症のリスクは減るのであるが、偵察運用全体の時間との関連から地上で
の酸素吸入時間をあまり長くすることはできない。
 

U-2機では対策として部分与圧服を全与圧服に変更して非常時にも服内の相当高度が 10,668 m (35,
000フィート)を保てるようにし、60分の飛行前脱窒素に加えて2010年からは10分間の運動の併用を
始めた【Fig.9】。

 

  Fig.9U-2偵察機の登乗準備 [Betancourt]
                          



   【A】運動を併用した脱窒素(酸素吸入)             【B】全与圧服単体での漏れ試験

                                       非常圧がかかると特に手指が動かしにくくなる



飛行中は連続して100%酸素を吸入している点で、通常の軍用機(低空では酸素濃度を減らす)と異なる。
U-2機の運用は今後も長期化する可能性が高くなったため、現状最高コックピット高度が8,992 m (29,
500フィート)であるのを、5,000 m (15,000フィート)に改善する試験まで行われている
[Hundemer]

 

 国際宇宙ステーションでは地上データに基づいた予防策を設定

 

 宇宙船外に出た場合、宇宙服の中はNASA EMU0.34気圧【Fig.10】、ロシアOrlan0.39気圧であ
る。それぞれ標準大気での相当高度は8,230 m7,270 mとなり、登山で言うところの「デス・ゾーン」に当た
る超高所である[嶋田1997, 1999]



  


Fig.10】国際宇宙ステーション船外活動

         【左】2012830日の船外活動に向けて脱窒素(酸素吸入)中の星出飛行士。宇宙服内は高々度相当。

         【中】2012111日の3回目の船外活動開始時。星出飛行士がエアロックから外に出るところ。

         【右】2011520日に Chamitoff飛行士が船外活動を終えてエアロックに帰投するところ。  写真:NASA

 

 宇宙機では簡単に地上への帰還ができないが、減圧症の発生を5%程度許す程度の内圧でないと宇宙服シス
テム、特に手袋の製作が難しい。

 そこで軌道上での加圧治療を含めた方策をNASAは準備した。

しかしロシアでも米国でも軌道上での減圧症の発生を公式にはみていないことから、Orlan宇宙服では30分
の酸素吸入で脱窒素は十分としている。

NASAでは国際宇宙ステーション向けに、酸素と運動を併用した2時間の脱窒素プロトコルをDuke大学での大
規模地上試験で開発し[嶋田2000, Shimada]、現在では運動装置を省いて宇宙服内で手足を動かす軽運動を酸素
吸入と併用したプロトコル[Brady]を用いている【Fig.11】。

 


Fig.11 船外活動前の脱窒素手順(ISLE


2011年から国際宇宙ステーションで使用されている[Bergin]、宇宙服内での手足の軽運動(In-Suit Light Exercise)を併用した100%
 酸素吸入による脱窒素の時間割[Brady]。以前に使用された、運動装置を併用した手順と原理はほぼ同一だが実施が容易になった。
  ”EVA Prep”区画は機材の準備で体を動かしている時間。右端の”240 min”区画は船外活動の時間。活動が終わ
るとエアロック内で8分間程度で1気圧に加圧される。

 

 

 まとめ

 低圧による減圧症は臨床的に遭遇することは稀であるが、原理的には潜水によるものと共通点が多く、潜水
により減圧症が発生した場合の航空輸送では細かく考慮しなければならないものである。

 そもそも減圧症を発症させる元となる泡について物理学的な理解は進んでおらず、微小な核、またはナノバ
ブル[眞野2009]も視野に入れた生理学的、物理学的な基礎研究による新知見がやがて運用の対策として結実す
るであろう。

 

 

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