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論文 55
レジャーダイバーの減圧症発症誘因 - ダイビング地域毎の検討 -
鈴木 直子 株式会社 オルトメディコ
減圧症は、潜水に因って生じる代表的な疾病であり、関節痛や筋力低下、知覚障害、意識障害などを引き起
こす。発症の機序は、高圧環境と通常の環境との気圧差が関係しており、潜水中のような高圧化において血液
や組織の溶け込んだ不活性ガス(窒素)が、浮上に伴う外圧の低下で気泡化し、血管を塞栓することである。
これまでに、様々な要因が減圧症の誘因であることが示唆されてきた。しかしながら、先行研究は単一あるい
は少数の要因を検討したものがほとんどであり、因子間の相対的な重要性、すなわち、「どの要因が重要なの
か」を検討した研究はほとんど行われていない。
また、ダイビング中の振る舞いについては、血中の気泡量のみを調査した研究が多く、減圧症の発症確率に
およぼす影響を直接的に検討したものは少ない。
我々は2004年より東京医科歯科大学高気圧治療部と共同研究を行ってきた。その一環として、2009年より
減圧症の発症誘因について研究を実施している。
われわれの研究では、ダイバー問診表およびダイビングプロファイルを多変量解析を用いて詳細に分析し、
減圧症の発症誘因を包括的かつ網羅的に検証している。本講演では、我々の最新の研究成果を紹介する。
1. ダイビングを行った地域に因るダイビングプロファイルの差異
表1および表2に、ダイビング地域ごとのダイビングプロファイルの差異を示した。
ダイビング日数については、沖縄や海外で潜る者は、伊豆と比較して長期滞在する傾向が見て取れる。
伊豆では1日が83.8%であり、2日以内の者が計95.8%を占める。それに対し、沖縄では2日 (33.3%) および3日
(25.0%) が中心を占め、5日以上滞在する者も16.7%いる。
海外では沖縄と同様の傾向を示した。しかしながら、沖縄と比較すると、2日と回答した者が9.7%低下し、4日
と回答した者が8.7%増加しており、沖縄よりも更に長期滞在する傾向が見て取れる。
1日あたりのダイビングの本数についても、沖縄や海外では、伊豆と比較してより多く潜る傾向が見て取れ
る。伊豆では、1本と回答した者が6.5%、2本と回答した者が71.1%であり、3本以内の者が96.7%を占める。
沖縄でも3本以内の者が98.4%と多数を占めるが、2本と答えた者が26.3%、3本と答えた者が69.1%であり、
伊豆と比べて潜水本数が多いことが見て取れる。
海外では、4本と回答した者が17.4%見られ、沖縄よりも更に潜水本数が多いことが分かる。
これまでに実施した研究において、1日当たりの潜水本数が減圧症のリスクファクターとして重要であること
を確認している。また、比較的初心者が多い伊豆と比較して、沖縄や海外は上級者が多いため、潜水本数や1旅
程あたりのダイビング日数以外にも、ダイビングプロファイルが異なることが想定される。
そのため、ダイビング地域が交絡要因となる可能性は十分に想定される。言い換えれば、ダイビングを行う
地域によって、減圧症のリスクファクターが異なることが想定される。
表1 1旅程当たりのダイビング日数
日数 |
伊豆 |
沖縄 |
海外 |
1日 |
83.8% |
14.6% |
16.9% |
2日 |
12.0% |
33.3% |
23.6% |
3日 |
1.3% |
25.0% |
24.7% |
4日 |
3.0% |
10.4% |
19.1% |
5日以上 |
0.0% |
16.7% |
15.7% |
表2 1日当たりのダイビング本数
日数 |
伊豆 |
沖縄 |
海外 |
1本 |
6.5% |
2.9% |
3.9% |
2本 |
71.1% |
26.3% |
25.2% |
3本 |
19.0% |
69.1% |
53.5% |
4本以上 |
3.3% |
1.6% |
17.4% |
2. 伊豆地域における減圧症のリスクファクター
次に、伊豆地域でダイビングを行った者について、減圧症の発症誘因を解析した。オッズ比およびその有意
確率を表3〜6に示した。減圧症患者は2009年4月から2011年8月までの期間に東京医科歯科大学付属病院高気
圧治療部を受診し、減圧症と確定診断された35名であった。対照群は、2009年4月から2011年8月までの期間
に、伊豆地域でダイバー問診票に記載した者324名であった。
本人のプロフィール等については、「女性であること」および「整形外科領域の既往」がリスクファクター
であった。「整形外科領域での既往」についての先行研究は見当たらないが、専門医からは脊椎の障害がリス
クファクターになる可能性が指摘されている。
女性が減圧症に罹りやすい理由については、男性よりも体力が低いために息切れ等を起こしやすいことや、
生理による脱水等の可能性が考えられる。しかしながら、生理については、排卵後1週間 (早期黄体期) のみ
減圧症の発症率が低いことを示唆する研究 (Lee, et al, 2003) がある一方で、我々のデータからは生理が
必ずしもリスクファクターではないことが示唆されており、一貫した知見は得られていない。生理と減圧症の
関係性については、更なる検討が必要である。
表3 本人のプロフィール等
質問項目 |
減圧症
n=35 |
非減圧症
n=324 |
オッズ比
(95%信頼区間) |
ρ値 |
性別(yes = 男性) |
49% |
68% |
0.45 (0.22 , 0.91)* |
0.024 |
むち打ち、関節痛、腰痛などの整形外科を受診
する疾患にかかったことがありますか? |
49% |
31% |
2.09 (1.03 , 4.21)* |
0.038 |
※ 各質問に対して「はい」と回答した割合
(%)。* : 有意と認められた項目 (p < 0.05)
ダイビング前の状況については、「下痢や嘔吐による脱水」がリスクファクターとなり、「潜水前の水分補
給」が予防因子となることが示唆された。脱水状態になると、血液の粘性が高くなるために、気泡が発生しや
すくなると考えられている (Fahlman & Dromsky, 2006)。
ダイビング前には十分に水分を補給することを心がけて頂きたい。
表4 ダイビング前の状況
質問項目 |
減圧症
n=35 |
非減圧症
n=324 |
オッズ比
(95%信頼区間) |
ρ値 |
下痢または嘔吐などがあり、脱水ぎみでしたか? |
14% |
2% |
10.63 (2.91 , 38.82)* |
<0.001 |
ダイビング前にコップ2杯(約400ml)以上の
水分補給をしましたか? |
51% |
69% |
0.48 (0.24 , 0.97)* |
0.038 |
※ 各質問に対して「はい」と回答した割合
(%)。* : 有意と認められた項目 (p < 0.05)
ダイビング中の状況については、「30m以上の潜水」「1日3本以上の潜水」「ダイビング中の浮上・潜行の
繰り返し」「急浮上」「ダイブコンピュータによる減圧停止の指示」「潜水中の息切れ」がリスクファクター
であった。
これらはいずれも「激しい」潜り方であり、負荷の大きな潜り方が危険であることが確認された。
また、潜水中の息切れは、最もオッズ比が高く、危険な潜り方であった。深度の深い所で激しい呼吸を行う
と、窒素の体内蓄積量が多くなるため、減圧症のリスク高くなるのだと考えられる。これらの結果から、過剰
に激しい潜り方は控え、無理のない範囲で潜水をすることが安全に潜水を楽しむ上で重要である。
表5 ダイビング中の状況
質問項目 |
減圧症
n=35 |
非減圧症
n=324 |
オッズ比
(95%信頼区間) |
ρ値 |
水深30m以上に潜水しましたか? |
60% |
17% |
7.18 (3.44 , 14.97)* |
<0.001 |
1日に3本以上潜ったか? |
34% |
13% |
3.41 (1.58 , 7.35)* |
0.001 |
ダイビング中、潜降、浮上を繰り返しましたか? |
14% |
4% |
5.83 (1.84 , 18.53)* |
<0.001 |
浮上スピードが18m/分以上のことがありましたか? |
11% |
8% |
1.48 (0.48 , 4.51)* |
<0.001 |
浮上中、ダイビングコンピュータのスピード超過警告
アラームが鳴りましたか? |
46% |
16% |
4.51 (2.17 , 9.35)* |
<0.001 |
ダイブコンピュータに減圧停止の指示がでましたか? |
34% |
13% |
3.50 (1.62 , 7.56)* |
0.001 |
ダイブテーブル上、減圧停止を必要とするダイビング
でしたか? |
23% |
14% |
1.79 (0.77 , 4.18)* |
<0.001 |
ダイビング終了後、寒く感じましたか? |
31% |
15% |
2.57 (1.18 , 5.59)* |
0.014 |
※
各質問に対して「はい」と回答した割合 (%)。* : 有意と認められた項目 (p < 0.05)
3. リバースダイビングプロファイル (RDP) についての基礎的な検討
リバースダイビングプロファイルとは、(a) 同一潜水中に徐々に深く潜ること、あるいは (b) 1本目よりも
2本目以降に深く潜ることであり、一般に潜水において避けるべきであるとされる。
1999年に行われたSmithonian’s Workshopにおいて、(1) 最大水深が40m以上、(2) 2本目以降で1本目より
も深く潜る、(3) 水深差が12m以上 のすべてを満たす潜水は、減圧症のリスクが高いために避けるべきである
という基準が設定された (Lang &
Lehner, 2000)。その後、McInnes, et al. (2005) の動物実験により、
スミソニアンの基準以下でもRDPにより減圧症の発症率が高まることが示唆された。
これまでのところ、RDP禁止の根拠の多くは理論的研究であり、ヒトでの報告は事例研究に留まっている。
そこで、我々は上記 (b) のRDPについて、水深差の基準を様々に設定し、減圧症のリスクファクターとなる
かどうかを検討した。
減圧症患者は2009年4月から2011年8月までの期間に東京医科歯科大学付属病院高気圧治療部を受診し、減圧
症と確定診断された者のうち、1日2本以上潜水した204名であった。対照群は、2009年4月から2011年8月まで
の期間に、伊豆地域でダイバー問診票に記載した者のうち、1日2本以上潜水した324名であった。
表7に、各水深基準におけるRDPのオッズ比とその95%CIを示した。すべての基準にが0.1%水準で有意であっ
た。
水深差を問わない0m基準のRDPでもオッズ比は4を超えており、RDPが減圧症のリスクファクターであること
が示唆された。Smithonian's
Workshopの基準は、オッズ比が25を超えているが、サンプル数が少ないため、
更なるデータ蓄積が必要である。
表7 各水深基準におけるRDPのオッズ比
水深基準 |
OR |
95% CI |
ρ値 |
Smithonian's |
25.38 |
3.11 |
214.17 |
<0.001 |
>10m |
12.91 |
6.39 |
26.11 |
<0.001 |
> 8m |
11.44 |
6.39 |
20.46 |
<0.001 |
> 6m |
6.61 |
4.12 |
10.60 |
<0.001 |
> 4m |
5.34 |
3.47 |
8.20 |
<0.001 |
> 2m |
5.27 |
3.54 |
7.83 |
<0.001 |
> 0m |
4.02 |
2.77 |
5.84 |
<0.001 |
4. おわりに
以上、我々がこれまでに実施した研究の成果を概括した。
今後は、沖縄で潜水を行った健常者のデータを収集する予定である。我々がこれまでに集めた健常者のデータ
は、そのほとんどが伊豆で収集したものである。先述の通り、ダイビングを行う地域により、減圧症のリスク
ファクターが異なることが想定される。
そこで、日本で代表的なダイビングスポットの1つである沖縄で健常者のデータを収集し、沖縄での減圧症
リスクファクターの検討や、伊豆との比較を行うことを予定している。
我々は、今後もさらにデータを蓄積し、様々な視点から詳細な検討を行う所存である。こうした研究活動を
通じ、ダイビングを行う方々の安全に寄与することができれば、研究機関としてこの上なく嬉しく思う。
謝辞
本研究の実施に当たり、以下の方々よりアンケート回収のご協力を頂きました。
ここに記して篤く謝意を表します。
・伊豆海洋公園ダイビングセンター
・大瀬館マリンサービス
・潜水医学情報ネットワーク 西村 周 様
・日本水中科学協会 野澤 徹 様
引用文献
Fahlman A, Dromsky DM
: Dehydration effects on the risk of severe decompression sickness in
a swine model.
Aviat Space Environ Med 2006 ;
77 : 102-106.
Lee V, Dowse MSL, Edge C, et al.
: Decompression sickness in woman: A possible relationship with the menstrual
cycle.
Aviat
Space Environ Med 2003 ; 74 : 1177-1182.
McInnes S, Edmonds C, Bennet M
: The relative safety of forward and reverse diving profiles.
Undersea Hyperb Med 2005 ;
32 : 421-427.
Mekjavic IB, Kakitsuba N
: Effect of peripheral temperature on the formation of venous gas bubbles.
Undersea Biomed Res 1989
; 16 :391-401.
Lang, MA, & Lehner CE (eds)
: Proceedins of Reverse Diving Profiles Workshop. Smithonian Institution,
Washington D.C. ; 2000 : 295.
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