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論文 85



 


       安全なダイビングのために知っておきたい循環器知識




            高木 元  日本医科大学循環器内科本スポーツ協会スポーツドクター








   加齢とともに気になるのは生活習慣病や体力・筋力の低下ですが、ダイバーとしての健康維持のため
 にはどんなことに気をつければいいのか?若年から高齢者まで各年代における心血管病の注意点、健康
 を維持するために実践したい生活習慣などについて
まとめました。




  【日常運動の重要性】


  1)日常的な運動で筋力と心肺機能を維持

    年齢を重ねると共に生活習慣病になる確率は上がりますが、ダイビング
長く、安全に楽しんでい
   ただくために知って頂きたい健康管理の重要項目として、日常的に運動されている方を除き
   「日常運動」が挙げられます。なかでも全身を使った有酸素運動が良いことが広く知られています。

   更に病後などはリハビリのために運動を治療として行います。例えば病気治療で入院後
10kg
   
体重が減ってしまった場合、病気の影響ばかりではなく動かなかったこと(廃用という)で筋肉が
   著しく減ったことが考えられます。
従って健康な方も日頃から適切な運動を心がけ、筋力と
   心肺機能を維持することがとても重要です。

   急激な激しい(
負荷の)運動はかえってストレスとなり健康を害する危険があるため、日常的に
   
こまめに運動するよう心がけましょう。



  2)肥満で心血管疾患のリスクが高まる要因

       健康状態を維持するためにはどうすればよいか?次は誰しも気になる「肥満」に注目してみま
   しょう。「血糖値やコレステロールが正常で代謝的に健康でも、肥満女性は正常女性に比べて
   心血管疾患(
CVD)の発症リスクが39%高い」と発表されました1。肥満の目安は「body mass index:
   
BMI30以上」ですが、体格の小さい日本人でもBMI25以上の「肥満傾向」の方は注意が必要
   です。

    また肥満傾向の男性も心血管疾患のリスクは高まりますので注意が必要です。ここで言う
   「代謝的に健康」とは、「心肺の持久力」を意味します
2。健康と代謝の維持には、運動により
   心肺機能を維持することがとても重要なのです。運動により肥満
解消され、健康維持でき
   仕組みがお分かり頂けると思います。




  3)サルコペニアにならないための減量法を

      さて、肥満の改善には減量が必要ですが、どう実施すれば良いでしょうか?食事量を極端に制限
   するダイエットは、脂肪だけでなく筋肉も減る「サルコペニア」と呼ばれる怖い栄養失調や
   骨粗鬆症を招きます
3

    また最近話題の「低炭水化物ダイエット」も危険を伴います。炭水化物を食べ過ぎている人

   除き
、極端に炭水化物を減らすことは勧められません。現在糖尿病学会は、食事摂取カロリーの
   約
半分を炭水化物で補うことを推奨しています。

   ご高齢で半分でも多い
場合は40%程度を目安とします。ダイエット時は特に栄養のバランス
   が大切です。栄養素では蛋白質
が重要ですが、腎臓病で蛋白制限を言われている方は運動に合った
   蛋白
量を主治医に相談しましょう。

   こういった食事による適切な体重管理に加え、有酸素運動とレジスタンス運動(筋肉に繰り返し
   負荷をかける筋力トレーニング)を組み合わせた運動療法を行うことで、筋肉量を増やし、健康的
   に痩せることができます
4



  4)生活習慣病の方には運動療法が特に大事

      冠動脈疾患(狭心症や心筋梗塞など)の危険因子としては糖尿病や高血圧などが知られています。
   「非糖尿病患者に比べ、糖尿病患者では運動を継続すれば死亡率、再入院率が低下する」という
   結果が報告されています
5。糖尿病患者はものを食べると血糖値が上がりやすいため、「血糖値を
   下げるために運動をし
ましょう」という根拠になっています。


   ではどのような病後に運動が
有効でしょうか。報告では脳卒中や心不全後はリハビリによって死亡
  リスクが減少し、糖尿病予備
にも効果があることが判っています6。このように疾患によっては、
  「運動が薬剤に勝るものも存在する」ということをご理解いただけ
と思います。




  【ダイビングの運動レベルを知る】



   1)ダイビングにまつわる特有の4つのリスク


    A)   途中で止められない

      ダイビングを開始して泳ぎ始めたら、終了するまで休むことはできません。水中でのトラブル
   (こむら返りなどの筋痙攣や、喘息発作等)は生命にかかわります。こむら返りを起こさないため、
   潜る前にしっかりストレッチと水分摂取を心掛け、
喘息などの持病歴を持っている方は担当の医師
   に相談し
事前対処をしっかりしましょう。なお、高齢者は心筋梗塞や脳梗塞発症などのリスクも
   あります。もし水中で発作が起きた場合、一命を取り留めることが難しいことがあるからです。



    B)   水が飲めない

      真夏の炎天下でダイビングをする場合などは特に注意が必要です。海水は高浸透圧なので体の
   水分は放出されます。また途中で水分補給できず熱中症や脱水状態になることも考えらえます。
   これを助長するのが飲酒。ダイビング前にお酒は控えましょう。



    C)   パニックの可能性

      ダイビング中の地震、急な水流変化、器材トラブルなどで、パニックになる可能性があります。
   水中でパニックを回避する手立ては限られていますが、冷静に対処することが肝心です。



    D)   自然による影響

    津波・高潮、水温低下などの自然による影響は自己管理ができません。またもともと海の中は
   呼吸ができない場所。「器材がなければ呼吸できない場所にいる」ことを認識しておくことは大事
   です。万が一何かが起きても、すぐに救急車が助けに来てくれる場所ではないことを忘れずにいま
   しょう。



   2) 他のスポーツと比較するダイビングの運動レベル


         ダイビングの運動レベルを他のスポーツ比較した内容が報告されています7。ダイビングの
     酸素消費量は軽度で、筋肉運動量を示す最大随意収縮量は中等度です。
     ダイビングがレジャーと言われる所以は、酸素消費量
それほど要せず楽しめるからと考えます



  【健康を維持していくために】



    1)運動前のスクリーニング家族歴にも要注意

        運動する際、スクリーニングが必要な場合があります8。ダイビング時の問診表は既往症欄
    (家族歴、既往歴)に加え身体所見があります。中でも特に注意したいのが家族歴です。家族中に
    「若年者の突然死」をされた方がいる場合は何らかの心疾患素因の可能性があります。


     激しい
運動がいけない方も含まれています。また「心臓病」の家族歴があると遺伝的に心臓病に
    なりやすい傾向があります。更に「心雑音」や「高血圧」などの指摘歴がある方は健康診断結果を

    放置せず
診察を受けましょう。ダイビングを行うことを担当の医師にきちんと相談し、症状を管理
    できればダイビングができる場合もあります。

     一方、「最近とても疲れやすい」「意識を失って倒れてしまった」などの場合はすぐに診察を受け
    ましょう。「階段を上っていると、まわりの人が追い抜いていくような気がする」「歩いたときに
    胸が痛い」などの症状も要注意です。こういった方は心臓の雑音の有無、超音波診断の必要性、
    血圧値や足の血流
医師が診察します。中には「マルファン症候群」という血管が障害されやすい
    
病気もあるので注意します。

      2 スクリーニング……無症状の患者を対象に、特定の疾患の罹患を疑われる対象者、あるいは
                発症が予測される対象者を選別すること




    2)運動強度を標準化したMets(メッツ)とは?

        患者さんが受診し、運動許可を判断するときや、みなさん自身が年齢相応に運動できるかを確認
    する簡易的指標として、心拍数が
つの目安になります。そしてもうつは、最大酸素消費量です。

    スポーツ選手がマスクをつけて自転車を漕いでいるあの光景が酸素消費量の計測です。とは言っても、
    
一般に酸素消費量を計測する機会はありません。この指標をわかりやすく数値化したのが
    「
Mets(メッツ)」です。

    
Metsとは身体活動強度を表す単位で、安静時を基準に運動のエネルギー消費量を示しています。
    椅子に
静かに座っているときが「1Mets」。3階まで階段を登ればおよそ4Mets」です。

    これを用い、既往のある方の運動能力を判断できます
9



    3)ダイビングにおける運動強度は「7Mets

        スクーバダイビングの運動強度は「7Metsとされています10。DANメディカルガイドラインでも
    
7Metsが基準です。しかし非常に速く泳ぐと酸素消費量が一気に上がり13Metsにもなります。
    自分がどれくらいの強度の運動ができるかを知り、運動対応能力を判断できることが大事です。
    
能力以上の運動をすると突然死リスクが高まるからです。

    「学校生活管理指導表による指導と死亡(一般人の死亡との比)」のデータを見ると、心疾患既往が
    ある場合は「同年齢の平均的児童にとって中等度の運動」
でも一般人と比べ総死亡20倍、
    急死
100倍高くなります。「運動中の急死の約40%は、能力以上の運動中であった」と
    分析されており、既往症がある際は医師から言われた基準をしっかり
守る必要があります



    4)突然死の原因は冠動脈疾患が最多

        死亡したダイバーの統計では、40歳以上が圧倒的に多く21%に高血圧、心血管疾患、糖尿病の
    既往が報告されています
11。やはり既往症がある方はしっかり申告し、きちんと担当の医師に相談して
    管理
することが大切です



    5)ダイビングにおける循環器のリスクとは?

        心臓がポンプとなり血液は体の各部位へ送られます。送られた血液は静脈を通り心臓まで戻ります
    が、足に運ばれた血液は重力により立位や座位状態では心臓に自然に戻りません。歩行時はふくらはぎ
    の筋肉がポンプとなり血液が還流するのです。

    足を上げると一見良さそうですが、急速に大量の血液が心臓に戻るため心疾患がある場合は負担

    な
ります。また水中では10m潜るごとに気圧ずつの圧力が手など全身にかかります。
    その結果心臓に還流する血液量は増えると言われています。

    この静水圧による静脈還流効果を利用した足浴や温泉、プール運動などはむくみを改善させますが、
    
一方心臓弁膜症や心筋症、心筋梗塞などで心機能に障害がある方は潜水時の静脈還流に耐えられず
    心不全を起こすリスク
となります



    6)「スポーツ心臓」に隠れている心筋症

        スポーツを続けていると、「スポーツ心臓()」になることがありますが、よく似た心筋症
    (心臓の筋肉の障害を来す疾患)
が隠れていることがあり、適切にスクリーニングされない場合は
    
突然死の危険性があります。

    平均
23歳の健康診断を行った運動選手のうち、心電図上でスポーツ心臓の疑いのある人は正常者
    と比較し「
%に心筋症があった」という研究報告があります12。数は少ないものの致命的リスク
    があるためスポーツ心臓
が疑われる人は定期検査をきちんと受け、何か異常があったら精密検査を
    受けましょう。



         スポーツ心臓……継続的な運動トレーニングを長期間行うことで通常より大きく肥大した心臓。
              安静時の心拍数低下といった変化を示す。




  40代以降のダイバーが気をつけるべきこと】



    1)冠動脈疾患のリスクを軽減することが大切

        40歳以降、動脈硬化、高血圧などの生活習慣病が増えてきますが、心疾患の既往症がなくても
    糖尿病や高血圧などが動脈硬化進行の加速因子となり冠動脈疾患を発症すると突然死もあり得ます。
    更にひとたび心疾患になると、既往
比べ2再発しやすくなます。

    ダイビングの継続を希望する方は、健康維持のため
定期的健康診断を参考にかかりつけによる正確
    チェックを毎年受けるようにしましょう。


    2)不整脈がある場合は必ず受診する

        不整脈の割は放置しても大丈夫と言われていますが、QT延長症候群、ブルガダ症候群など
    
突然死のリスクが高い疾患もあります。また、加齢とともに増えてくるのが心房細動による
    脳梗塞の危険性です。

    脳梗塞の発症は心不全、高血圧、高齢(
75歳以上)、糖尿病、脳卒中などの既往が増えると
    確率が高
まります。

    一方、血液をサラサラにする薬
(抗凝固薬)などで予防可能です。不整脈が短時間で消失し、
    自覚症状が極めて軽
、心不全を生じていない不整脈では、運動負荷により悪化がないことを確か
    めて運動
が許可されます

    
異常がみられる場合は、適切なチェックを受けてから運動をするようにしましょう。


    3)適切な運動量がわかる「運動負荷検査」

        適切な運動量を知るのに役立つのが、「運動負荷検査」です。自動走行するベルトの上を歩く
    「トレッドミル負荷試験」、
自転車を漕ぐ「エルゴメーター」段の階段を昇降する
    「マスター二段階法」などの検査方法があります。

    運動者の負荷
レベルを確かめたい場合は、制限なく負荷がかけられる「トレッドミル負荷試験」、
    
「エルゴメーター」がよいでしょう。安全にダイビングを楽しむには、「健康診断+負荷検査」
    が最適です
13

    しかしどんなスポーツも運動負荷検査の結果が保証してくれるわけではありません。
    また現在運動負荷検査ができる病院は限られています
ので各スポーツ団体での環境整備が課題で
    もあります。

    ダイビングはレジャー要素が強い一方、急な運動量が必要になることもあるためスポーツと認識し、
    さらにスポーツ用保険に加入するなど万全を期しましょう。しっかりとした健康管理でダイビングを
    長く、安全に楽しんで下さい。




  安心してダイビングを楽しむために



  4)40代以降のダイバーのみなさんがダイビングを楽しむために気をつけていただきたいこと


    日頃からトレーニングをする

         運動の重要性を考え、定期的に運動を続けるようにしましょう。

       健康診断を受ける

         ダイビングシーズンに入る前に予定しましょう。

       既往のある方はかかりつけ医と十分相談を

         運動を始める前に担当医に相談をすることが大事です。





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