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緊急酸素使用に関する新しい指針について −医療用酸素使用に係るQ&Aを中心に− 野澤 徹 NPO MINDER / 水中科学研究所 【はじめに】 医療用酸素は、日本薬局方で定める処方薬で、一般の者が勝手に使うことはできない。しかし、減圧障害や溺水の事故で 純酸素を呼吸することは、応急処置として有効であることはダイバーを筆頭に、ウォータースポーツ関係者には、かなり広く知ら れている事実である。 応急処置での酸素の使用については、これまでも様々な解釈があったが、昨年(平成28年)の5月に新たに「ダイビングや プール等での事故での医療用酸素の使用に係るQ&A」(以下「Q&A」と略記)が公表され、応急手当での医療用酸素使用に関し てより明確になったので、この内容を確認するとともに、これまでの経緯についても見ておきたい。 なお、筆者の所属する特定非営利活動法人・潜水医学情報ネットワークおよび水中科学研究所も、「Q&A」の編集に係って いることを付け加えておきたい。また、ここでは、改正された「高気圧作業安全衛生規則」での酸素減圧については触れないこと とする。 【「Q&A」の内容】 平成28年5月27日付の厚生労働省医政局・受領027第3号として、(公財)日本レジャーダイビング協会、(一財)社会スポーツ センター、NPO法人潜水医学情報ネットワーク等の編集による「ダイビングやプール等の事故での医療用酸素の使用に係る Q&A」なる文書が公表され「人命救護での応急手当での医療用酸素の使用」の解釈がより明確になった。 それによると; ●Q1:ダイバー等の救命や救護の応急処置に「医療用酸素」は使用できますか。 ●A:医療用酸素の使用は、法的には「医行為」にあたり、医師でない者が反復継続する意思をもって行えば、医師法第17条 違反となります。しかし、救命や救護のために緊急やむを得ない措置として行うものであれば医師法違反にならないと考えられ ます。 なお、酸素による事故防止と安全のために、医療用酸素の使用に関する必要な知識を習得した上で行われることが望ましい と考えられます。 とあり、この項目は厚生労働省の監修とされている。 重要なのは、「救命や救護のために緊急やむを得ない措置として行うもの」という文言と「医療用酸素の使用に関する必 要な知識を習得した上で行われることが望ましい」という文言であろう。 逆にいえば、「知識を習得していない者」では問題があり、また、「緊急性を要しない」場合も問題があることになる。 引き続き、Q2を見る; ● Q2:ダイビング事業者やプール事業者等は酸素供給に用いる医療機器を購入できるの ですか。 ● A:スキューバダイビング事業者やプール事業者等は、人命救護に使用するための医療用酸素を購入できることとなって おり、医療用酸素と併せて使用される医療機器についても同様に購入できます。 この項目も、厚生労働省の監修である。医療用酸素が使えても器材が購入できなければ緊急時に酸素を使って人命救護は できないから、この点は当然だと考えられる。 この2 項目は、厚生労働省(医政局)監修になっているから、この文言から、言ってみれば「水に係る事故での緊急性を要する 人命救護には酸素を使える」ことが認められたと考えるのが至当であろう。 以下は、公益財団法人(当時)日本レジャーダイビング協会をはじめとした「業界推奨ガイドライン」であるが、それも掲げて おく。 ● Q3:いつ、酸素を与えればよいですか。 ● A:できるだけ早く与えてください。応急手当の酸素救護をした経緯と対処を、速やかに地域の公的な救助機関(11 9番又は 11 8番(海上保安庁))に通報して下さい。 ● Q4:だれが、酸素を与えればよいですか。 ● A:酸素についての十分な知識と経験を有する者が緊急時に与えることができます。 正規認定ダイビングインストラクター、潜水士、高圧室内作業主任者等の資格保有者も酸素供給についての受講を推奨いた します。 ● Q5:応急措置として「医療用酸素」を使用したことで、責任を問われることはあるのですか。 ● A:厚生労働省にも相談しましたが、免責の司法判断は個別の状況によりますので医療用酸素による事故防止と安全を 確保し「酸素供給法、酸素救急法」等に従って重大な過失がないように以下の点に十分注意して応急措置を行って下さい。 ・ 現場に医師等がいなくて、速やかな対応が必要であると判断した場合。 ・ 減圧障害の恐れ、溺れ等の事故で酸素の投与が必要であると判断した場合。 ・ 応急手当をする者が酸素供給に関した教育と訓練を受講していることが強く推奨されます。 ・ 使用される酸素は「医療用酸素」であること。 この3 項目は、酸素に関する有効性と危険性を考えると、救護活動を行うにあたって至極当然のように思われる。 ダイビング事業者やプール営業者、また、水に関係する業務を行っている者、ライフセーバーなどでは、一般の者より水難 事故の救助にあたる可能性が当然高いと考えられる。そうした場合に、直ちに医師や医療機関、救急隊等と連絡をとり、指示 を仰げる体勢をとっておく必要があることは論を待たない。 酸素を補助に使う応急手当をする場合、これも当然であろうが、応援要請(救急隊等への)を迅速に行い、傷病者の保護 (人工呼吸や心肺蘇生法:CPR)が優先されるから、酸素器材を用意するために手間取って応急手当が遅れてはならない。 もちろん、器材の組み立てや酸素器材(マスクなども含む)の取り扱いに習熟している必要があるから、それなりのトレーニング を受けていなければならないことも当然のことであろう。 とはいえ、この「Q&A」によって、「適正な形であれば」医療用酸素を応急手当てに使えることがより明確になったという意味 では、一歩(あるいは数歩)前進したといえるだろう。 【これまでの経緯】 すでに触れたように、「医療用酸素」は「処方薬」に指定されている。処方薬は、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び 安全性の確保等に関する法律(薬機法)」に基づいて、一般の人には販売できない。 「薬局開設者又は医薬品の販売業者は、医師、歯科医師又は獣医師から処方箋の交付を受けた者以外の者に対して、 正当な理由なく、厚生労働大臣の指定する医薬品を販売し、又は授与してはならない」とされているからである。 これに関して、厚生労働省から平成21年に「薬事法の一部を改正する法律等の施行等について」(以下「施行通知」)なる 文書が出され、医薬品の販売先が指定されている。具体的には、 「潜函業務を行う事業者や有毒物質を取り扱う事業者等の危険な業務を行う事業者であって救護のために医療用酸素 等を備え付けるもの又は中毒時に解毒剤等を使用するもの」 となっていて、この文書から「ダイビング業者」は除外されていることがわかる。 このため、一時、ダイビング業者が緊急用の医療用酸素を入手できない事態が生じ、ダイビング業界から厚生労働省に陳情 がなされたという経緯があった。 その後、平成23年3 月に「卸売販売業における医薬品の販売等の相手先に関する考え方について」という「事務連絡」が 厚生労働省から出され、ダイビング業者への販売が可能になった。 この「事務連絡」は、具体的な事例を掲げて、どういう場合に「医療用酸素」を販売できるかを列挙したもので、 「(事例26)スキューバダイビング業者、プール営業を行う事業者等に対し、人命救護に使用するための医療用酸素を販売する 場合」には、医療用酸素を販売することが可能であるとされた。その根拠として先ほどの「施行通知」中の 「第3 のⅠの4 の(1)の⑮」が挙げられている。 前述のように「施行通知」中には、販売先が記載されているが、具体的な販売先として①から⑭まで記載されていて、その他 もう一項、第⑮があり、そこに「①から⑭に掲げるものに準ずるものであって販売等の相手方として厚生労働大臣が適当と認め るもの」となっている。 ①から⑭項目に当てはまらなくても、医療用酸素使用が必要な者に対する「救済措置」項目とも考えられる。 こうした「事務連絡」が出されたが、それでもこの記述では、実際の医療用酸素の救急処置での使用に関してやや明瞭さを 欠く側面があった。例えば、「ダイビング事業者」は「購入できることはわかったが、使ってもよいのか」「医師の指示がなければ 使ってはいけないのではないか」といった疑問が残っていたということである。 今回の「Q&A」では、「救命や救護のために緊急やむを得ない措置として行うものであれば医師法違反にならないと考えられ ます」とされていて、さらに、「スキューバダイビング事業者やプール事業者等は、人命救護に使用するための医療用酸素を 購入できることとなっており、医療用酸素と併せて使用される医療機器についても同様に購入できます」とされている。 この項目に関しては、「厚生労働省に回答の内容確認をして」もらっているので、緊急の場合の酸素使用に関して、より明確 になったことは間違いない。 とはいえ、販売には「使用者が当該医薬品を取り扱うために必要十分な知識経験を有する場合」という条件があり、医療用 酸素を使用するには、CPRやファーストエイド同様のトレーニングが必要であろう。上記の「Q&A」でも、業界自主基準として講習 等の受講を推奨している。 【おわりに】 今回の「Q&A」で重要な点としてさらに指摘しておきたいことがある。それは、「ダイビングやプール等での事故」の「等」と、 「救命や救護のために緊急やむを得ない措置として行うもの」という文言である。 この文章は、医療用の酸素の使用を「人命救護」に、つまり、水難事故一般に使うことができるとの意を含んでいると読める ということである。 今後、ダイビングのみならず、スノーケリングやライフセーバー、その他のウォータースポーツでもAEDやCPRと併せて、 酸素ファーストエイドが普及し、少しでも悲惨な結果が救われることが期待できるのではないかと考えられる。 ただ、水辺のスポーツ活動を支援する人たちは、溺れや潜水障害に遭遇する可能性が高い人たちでもある。したがって、 「Q&A」のQ1にある「医師でない者が反復継続する意思をもって行えば…」という文言を考えると、緊急事態といえどもできるだけ 医療機関や救急隊に連絡をとり指示を仰ぐ必要があると思われる。日頃から、連絡方法などを考えておくべきであろう。 また、酸素器材を十分に使いこなせるだけの練習を定期的に行い、自分のトレーニングの範囲で十分な注意をして酸素を 補助に使ったファーストエイドを実施する必要があることも指摘しておきたい。 【付記】 1)「Q&A」に関しては、(公財)日本レジャーダイビング協会( 当時)のホームページ (http://www.diving.or.jp/)を参照した。 2)酸素関連の省令、通知、事務連絡等については、厚生労働省のホームページ (http://www.mhlw.go.jp/)を参照した。 |