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                重症減圧症のおける兆候




                                      土居 浩   東京都保健医療公社 荏原病院 脳神経外科
                                               (現 牧田総合病院 蒲田分院)








   【はじめに】

     荏原病院開設以来重症例を経験し、再圧治療を行ってきたが、当初重症例は意識障害や麻痺のある症例と理解してきたが、チョークス型
    減圧症や門脈内に空気像が認められる腹痛のある症例など多岐にわたる症状が減圧症で発生することがわかり、今回重症例の兆候に関し
    て検討した。さらに今回救命しえなかった症例も経験し、その症例を含め兆候として問題となる症例を提示する。



   【対象】

     荏原病院開設し平成7年1 月から平成28年12月まで治療した930例を対象とした。
 
     治療体制は重症例に対しては緊急再圧治療(原則は米海軍第6表TT6)を行い入院加療。軽症例に対しては毎週木曜日にTT6を組み、その
    他の曜日は適宜米海軍第5表(TT5)の場合もあるが、調整して施行した。



   【結果】

     対象例の中で重症例は46例(4.9%)であった。重症例内訳は脳脊髄型で意識障害や、運動麻痺、膀胱直腸障害を呈した37例、呼吸困難を
    伴ったチョークス型2例、腹腔内に空気塞栓を呈した症例3例、急性骨壊死3例であった。

     ただし患者さんにとっては、後頭部痛やめまいを伴った減圧症の方が重症感あり、電話での対応を要した。特にめまいを伴ったいわゆる
    メニエル型の場合は小脳症状がないことを確認し、必要なら近医で神経所見の確認やMRI精査などを依頼し問題なければ、定時の再圧治療を
    行った。頭痛に関しても同様に近医でのコンサルトをお願いし、その後定時の再圧治療を行った。


   【考案】

     脳脊髄型では意識障害、運動麻痺、膀胱直腸障害があれば重症と判断することは容易であるが、一過性の意識消失やめまいなどで時に、
    MRIの拡散強調画像で虚血のような所見を認めることもあり、神経所見がある場合は脳のMRIも考慮すべきと思われる。

    逆に脳の空気塞栓などで意識障害も呈しているにも関わらず脳MRI所見がないこともあった(Fig1)。

                                


    その際意識が覚醒後、膝痛を訴え、再圧治療前の全身CT検索の膝関節内に気泡が検出され、再圧治療後は消失していた画像も提示する
   (Fig2a,b)。従って放射線学的所見と兆候の間で乖離がある場合も認められ、潜水の経過と発症の関係を十分に聴取し診断することが重要で
   ある。

    



    脊髄型の場合もすでに当院で検討した文献のように十分な検討を行うことにより、予後判断も可能となると考えている1)。呼吸困難を潜水後に
   伴った場合は溺水などの場合もあり、胸CTなどで精査を要する。肺水腫様を呈する場合(Fig3a,b)は診断が容易であるが、時として循環器科医
   や呼吸器内科医にコンサルトしながら加療することが必要と思われる。

    


    骨壊死に関して1 例は大腿骨頭の壊死。2例は上腕骨であった。通常の膝関節痛や手関節痛などでは壊死は認めず、潜函病でも大腿骨頭
   壊死を経験しており、激しい股関節痛や、肘関節や肩関節に腫脹があり、激痛の場合はMRIによる精査が必要であると思われた。肩関節腫脹
   で念のためのMRIで再圧治療前後での比較した症例で骨壊死を来した画像を提示する(Fig4a,b)。

        



    腹腔内の空気塞栓に関しては、症状に腹痛を呈する場合もあり、大腿静脈、下大静脈内、および門脈内の空気などの検出のために腹部を
   含めた全身のCTを必要と考えている。今までは減圧症に対しての放射線診断はあまり重要視されていなかったが、今後は十分な臨床症状の
   聴取の上、しかるべき画像診断も必要と考えている。

    なお昨年当院で加療した減圧症で究明できなかった最重症の減圧症の症例を提示する。


   症例:61歳男性。潜水士

    既往歴:減圧症の経験はあるが、その際に“ふかし”で対応していたとのこと。

    現病歴:平成28年2月1 日にも翌日同様の90分の潜水作業を行った。平成28年2月2日は小田原港沖合100mのところで海底37mの丸太処理
   を 90分行い、その後水深9mで8分停止。水深6mで20分停止。このとき体全体の痛み出現。船に上がってきたが、腹痛、背部痛が強く、両下肢
   の不全麻痺で起立困難の状態で小田原港上陸。11 :30救急要請。12:35荏原病院に向け出発。出発時SpO2が80台で不安定、血圧は11 9/87。

    意識は清明であった。13:41 当院着、血圧すでに60台。意識は清明であったが、全身の痛みが強く自制困難であった。当初大動脈解離による
   症状も否定できなかったが、全身にいわゆる大理石斑と呼ばれる減圧症特有の皮膚症状があり、経過から重症型の減圧症と診断した。

    経過:全身CT検査の結果、腸間膜静脈、大腿静脈、門脈等に広範な空気の存在があり、重篤な減圧症と診断(Fig5a)、

        


    カテコラミンを使用しながら再圧治療(米海軍第5表)開始。当初は米海軍第6表(TT6)をできればと思ったが、再圧後のバイタルの安定が保た
   れるか不安であったためTT5とした。

    2.8気圧に到達した当初は痛みも改善し、血圧も一時安定化してきた。CT上門脈内の広範囲の空気像は減少したが(Fig5b)、腸管の壊死が
   進行、徐々に肝機能、腎機能障害が進行し、血圧維持も困難となりカテコラミン使用しながら、補液施行。2月2日に再度再圧治療(米海軍TT5)
   開始したが、終了5分前に心肺停止となり、高気圧酸素治療室内で蘇生を行い、無事ICUまで搬送。

    しかし2月3日再度心停止となり死亡確認した。

    病理解剖で空腸起始部より、S状結腸までの全腸管壊死、および肝壊死を呈し、肝腎不全を来し死亡したと考えられた。


   【結語】

    今後減圧症重症例に対しては、臨床症状の十分な評価および早急な再圧治療を考慮するとともに、画像診断なども併用し病態の理解が必要
   と思われた。




   【参考文献】

   1)Yoshiyama M, Asamoto S, Kobayashi N, Sugiyama H, Doi H, Sakagawa H, Ida M.
     :Spinal cord decompression sickness associated with scuba diving: correlation of immediate and delayed magnetic resonance
      imaging findings with severity of neurologic impairment -a report on 3 cases. Surg Neurol. 2007 Mar;67(3):283-7. 2006 Nov 3