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中高年ダイバーの循環器疾患予防について 桐木 園子 日本医科大学付属病院 循環器内科・総合診療科 【背景】 レジャー・スポーツダイビング産業協会の統計によると、2010年のレジャーダイビングに関連する事故や死亡の8割は40歳以上の中高年ダイバー によるものである。 アメリカDANのレポートでは、2010年から2013年の間に死亡したダイバーの21%に高血圧、心血管疾患と糖尿病罹患歴があったとしている。 また、厚生労働省「平成24年 人口動態統計月報年計(概数)の概況」によると、日本人の4人に1人は動脈硬化性疾患(心疾患・脳血管疾患)で 死亡する。 すなわち、動脈硬化の進行を予防することは間接的に中高年ダイバーの突然死リスクを減らすことにつながると考えられる。 中高年ダイバーは定期的なメディカルチェックを受け、生命の危険に直結する循環器疾患のリスク低減を図る必要がある(表1、図1、表2)。 【DAN JAPANメディカルチェックガイドライン】 DAN JAPANメディカルチェックガイドラインに提示されている心疾患関連の記載として、主に以下の4点がある。 ● 薬物療法が必要な不整脈等は危険が高い状態(=潜水障害に陥る可能性が、一般人に比べて明らかに高いと考えられる)とされ、 明言ないもののダイビングは推奨されていない。 ● 虚血性心疾患治療歴、高血圧、ペースメーカー植え込み後の患者は相対的に危険な状態(=潜水障害に陥る可能性が、一般人に 比べてある程度以上高いと考えられる)とされ、リスク管理をすればダイビング可能である。 ● 運動負荷試験で6−7METs以上の運動を禁止されている患者は潜水に不適。 ● 潜水には13METs以上の耐容能を推奨。 METs(メッツ)とは、ある身体活動の強さが安静時の何倍にあたるか示す数値であり、運動強度や耐容能の評価で使用される。ここ では潜水に13METs必要となっているが、一般的な中高年レジャーダイバーで13METsの運動耐容能がある人は限られている。筆者は、 DAN JAPANの運動耐容能に関するガイドラインは非現実的と考える(表3)。 【主な循環器疾患】 心臓は全身の血管に血液を送りこみ、酸素や栄養を末梢組織に供給した後、老廃物や二酸化炭素を回収した血液を心臓に戻す、という ポンプの役割を担っている。心臓を休みなく動かすため心臓の筋肉(心筋)に酸素や栄養を供給するのが心臓をとりまく「冠動脈」であり、 この動脈が狭窄または閉塞して心筋に充分な栄養が供給できなくなると虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)が起こる。 狭心症とは、動脈硬化などで冠動脈が狭窄し、心筋に酸素や栄養が充分行き渡らなくなった状態で、急に激しい運動をすると心筋が必要 とする酸素や栄養が不足し、胸や背中に痛みを生じる。心筋梗塞は冠動脈が完全に閉塞して心筋への酸素や栄養の供給が遮断されてしま った状態であり、狭心症よりも激しい症状が出現する。早期に閉塞を解除する治療を行わなければその部分の心筋が壊死してポンプとして の機能を果たさなくなる。 また、心臓を規則正しく動かすための電気刺激の伝導にいろいろな原因で問題が生じると、致死性不整脈を発症することがある。若年者でも 致死性不整脈を発症することがあるが、動脈硬化と関連するリスクとしては、心筋梗塞(またはその既往)は致死性不整脈を起こすリスクの 一つである。 循環器に関連する水中突然死の主な原因は ● 心筋梗塞で心筋がダメージを受けると、心筋がけいれんし、血液のポンプ機能が停止する。 ● 溺水、窒息などで低酸素状態が続くと、心臓が拍動するために必要な酸素が不足し、心筋梗塞の時と同様、心筋にけいれんが起きて 機能が停止する。 以上2 点が考えられる。 【緊急時の対応】 この発表のテーマと直接関連しないが、この場を借りて自動体外式除細動器(AED)や心肺蘇生法(CPR)の重要性を強調しておきたい。 心肺停止時にバイスタンダーがAEDを使用したり、CPRを行うことは患者の社会復帰に寄与することが証明されている(図2)。 インストラクターのみならず一般のレジャーダイバーも講習を受け、バディの万が一に備えるべきである。 YouTubeでAEDやCPRをわかりやすく解説した動画が多数公開されており、講習受講後の復習や知識のup dateに有用なので、参考にされ たい。 参考website ・ British Heart Foundation - Vinnie Jones' hard and fast Hands-only CPR ・ Supersexycpr 公益財団法人 日本心臓財団 AED で助かる命 ・ http://www.jhf.or.jp/aed/how.html ~救命救急士が易しく解説~心肺蘇生法と AED 使用法 ・ https://www.youtube.com/watch?v=KXBiMO71ZB0 なお、スポーツ中に限定しない突然死の疫学として、日本では年間5万人が突然死していると言われており、その危険因子は表4である。 【循環器疾患リスク発見のための検査】 動脈硬化の原因となる高血圧症、糖尿病や高コレステロールは一般的な健診で発見できる。異常を指摘されたら速やかに二次健診を 受けるべきである。 運動耐容能検査法としてマスター法、トレッドミル法、心肺運動負荷試験(Cardio PulmonaryExercise Test, CPEX)があり、心電図や血圧計 を装着した状態で運動をする。 トレッドミル法は時間経過とともに負荷がかかり、目標心拍に達したところで運動を終了し耐容能を評価する。 CPEXは呼気中の二酸化炭素濃度を測定し、有酸素運動と無酸素運動が切り替わるポイントを測定する。 運動耐容能が高い人ほど高い負荷で有酸素運動と無酸素運動が切り替わる。トレッドミルやCPEXがダイバーの運動耐容能を測定するの に最適ではあるが、施行可能な施設が限られており、何の基礎疾患もない健常人は検査へのアクセスが難しい。 心臓の形態異常を非侵襲的に観察する心臓超音波検査は、 卵円孔開存(減圧症で気泡による脳梗塞を起こすリスクと言われている)、 閉塞性肥大型心筋症(若年突然死の原因となる心疾患)、弁膜症の検出が可能である。 しかしこの検査も健診ではほとんど施行されず、なんらかの心疾患が疑われるときはじめて適応となる。 近年健診でよく行われている項目として動脈硬化の指標となる頚動脈超音波検査・足関節上腕血圧比(ABI)・脈波伝播速度(PWV)がある。 頚動脈超音波検査は首の左右に位置する頸動脈を超音波で描出し、血管壁の石灰化やプラークの付着を見る。頸動脈の動脈硬化の 状態は全身の血管の状態を反映していると考えられ、また頸動脈は熟練者でなくても描出や測定が容易なので健診オプションで施行される ことが増えている。 足関節上腕血圧比・脈波伝播速度は、血管の柔軟性を機械で自動測定するものであり、健診レポートで「血管年齢」などと表示される。 運動耐容能とは必ずしも相関しないが、自分の動脈硬化進行の程度を自覚し生活習慣を見直ことで心疾患・脳血管疾患による突然死を 予防する一助となるだろう。 その他、循環器疾患の検査として静脈に造影剤を注入し血管の走行を見るCT angiographyやMRIで血流を確認するMR angiography、 動脈に直接管を挿入し、造影剤を注入して血管の狭窄や閉塞を描出するカテーテル検査があるが、これらはいずれも侵襲的であり、健常人 に行われることはない(表5)。 【結論】 動脈硬化が循環器疾患の発症リスクを高めることは明らかである。中高年ダイバーは水中突然死を予防するため、動脈硬化進行を予防 する努力を怠ってはならない。 すでに循環器疾患を持ち通院中のダイバーは、担当医に相談のうえ定期的にトレッドミルを行い、運動耐容能をチェックすることが望ましい。 既往のない40歳以上のダイバーも職場や地域の定期健診(血圧、心電図、糖尿病や脂質異常症、ABI)を年1回行い、異常があればすみや かに医療機関を受診し精査や治療を開始するべきである。 【参考文献】 野澤 徹 ダイビング事故の傾向とその原因について考える. Medical Information Network for Divers Education and Research 論文54 DAN Annual Diving Report 2012-2015 Edition 海上保安庁website http://www.kaiho.mlit.go.jp/mission/h26-diving.pdf 日本循環器学会 心臓突然死の予知と予防法のガイドライン http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2010aizawa.h.pdf 国立循環器病センターwebsite http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/ |