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スキューバダイビング中の循環生理(心電図、血圧、酸素)の変化 −血圧の変化を中心に− 伊佐地 隆 筑波記念病院 リハビリテーション科 帝京大学医学部・筑波大学 非常勤講師 佐々木 千穂 熊本保健科学大学 山見 信夫 山見医院 要旨 ダイビング時に身体に起こる変化についてのデータは非常に少ないため、ダイビング時の循環生理学的指標の変化について知ることを目的に、 測定方法の工夫から始め、今までにない数の被験者で実際の海洋で測定した。 心拍数や不整脈は日常生活と比較して、また年齢や性別、経験程度で特に大きな変化は認められなかった。血圧はダイビング時に上がることが わかった。酸素飽和度はダイビング時に上昇した。特に血圧変化について考察した。ダイビング時に血圧が上がることが危険といえるかどうかの 結論は出せないが、一つの基準として高血圧者の安全なダイビングのためには、Ⅰ度高血圧以下にコントロールされていることを提言した。 また血圧の上昇を抑制するためには一般にいわれる安全にダイビングするための注意事項と共通することが多く、基本に立ち帰ることも奨められる。 ダイビングで何が起きているかを明らかにするには、課題はまだまだたくさんあり、心拍数、血圧などが変化する要因も多様であり、ダイビングによる 要素をセレクトすることは難しいが、いくつかの分析から推測できることもあり、今後の研究が進んでそれらを知ることにより、より安全なダイビングに ついてのエビデンスが増えればよいと考えている。 はじめに 近年、中高年のダイバーが増える傾向にあり、中高年のスキューバダイビング(以下ダイビング)事故が増えているといわれている。これについての 真偽は明らかではないが、医学的に中高年になるほど心疾患が増えることは異論がないところであり、ある調査ではダイビング事故の死亡の13%が 心疾患に原因があるという結果が報告されており、3段論法で中高年のダイビング事故が増えるといえる。 平成27年度の海上保安庁の統計1)によれば、相対的に50代、60代のダイビング事故者数が確かに多い(図1)。 一方ダイビング事故で病院などに搬送されて病態がわかった時点というのは、水中で「何か」が起こり、その結果として異常な浮上や、 水上までの曳航、船上または海岸での救急救命処置、搬送までの時間経過などが複数重なった結果である。当然ながら水中での「何か」 は推測でしかなくなる。 このような中、中高年者、有疾患者、障害者などからダイビングの可否を問われることがある2)が、それについて判断する材料としてこれ までの研究からは、水中での心拍数、心電図のデータは散見されたが、血圧や酸素の変化についてはほとんどエビデンスがなく、さらに実 際の海洋で得られたデータは宮坂ら3)の1 件しか探し得なかった。 そのため実際のダイビング中に循環生理学的指標すなわち心電図、心拍数、血圧、経皮酸素飽和度(以下酸素飽和度)などがどのように 変化するのかを知りたいと思い、測定することを考えた。 Ⅰ.目的 実際の海洋でのダイビング中の循環生理学的指標の変化を知ることが目的である。ダイビング時と日常生活時(日中生活時、睡眠時)の 連続データをとって、それを比較することによってダイビング時に生ずる変化を知るという主旨であるが、まずは1 例での結果を詳細に検討し、 その傾向を把握した上で、主として年齢によって層別化した群すなわち65歳以上の高齢者群とそれ未満の青壮年者群の差を比較して、 高齢者の特徴を導き出し、ダイビングの可否の判断材料を得ることを目的とする。 ここでいう1 例は、特別な疾患や障害がなく、中程度のダイビング歴をもちダイビングを十分理解し、ダイビングによる事故や体調不良を起こ したこともない者とし、これを典型例とした。 特にこの論文では各指標のうち血圧の変化に焦点をあてて考察をし、安全なダイビングへの提言を試みる。 Ⅱ.方法 1.対象 1)研究1 (典型例):56歳健常男性、ダイビング歴8年150本程度である。特別な既往歴はなく、現在治療を受けている疾患もない。ダイビング事故歴や ダイビング後の変調の経験もない。 測定は沖縄県慶良間諸島の渡嘉敷島周辺海洋で行った。ダイビング当日の気象条件は、日中の気温27℃、水温は平均23℃で、風、波とも 穏やかであった。宿から港までは車で5分、出港からポイントまでは10分程度であった。宿で特製のドライスーツ(以下スーツ:後に詳述)を着て、 そのまま乗船した。2 本のダイビング後はスーツのまま宿まで戻って脱いだ。 なおこの同じ被験者で、以前にスーツ着用の影響をみるために、簡易加圧タンク(図2)を用いて、スーツの有無それぞれで40分間に1.3気圧ま での加圧〜減圧を行ったときのデータ(血圧は2分間隔)を測定している4)。 2)研究2 (比較対照研究):青壮年者と高齢者を対象として測定した。青壮年者群は65歳未満の12 名で、年齢は27歳から62歳、平均46.6歳、男性6名、 女性6名、高齢者群は65歳以上の9名で、年齢は65歳から75歳、平均68.1歳、男性7名、女性2 名であった。両群とも特に日常生活に支障を来す 障害や疾患のないものとした。このうち職業としてガイドインストラクターをしている被験者を経験あるものとし、青壮年者群の5名、高齢者群の3名 がそれに該当した。両群間で身長は同等であったが、体重に高齢者の方が重い傾向があった。測定ポイントは被験者の便宜を優先したので同じ ポイントではなく、沖縄本島、久米島、石垣島、渡嘉敷島、伊豆の富戸、赤沢、田子、千葉館山とさまざまであった。 水温は平均して25度前後であった。 2.測定 1)測定方法:携帯ホルタ記録器(フクダ電子社製FM-800)を身体に装着し、ダイビング時は防水のためにスーツ(防水機能を高めることと、酸素 飽和度のプロブを薬指につけられるようにするために、3つ割れのドライ用グラブをあらかじめスーツ本体に縫い付けたもの〈ZERO社製〉)を着た。 測定指標は心電図から得られる心拍数、不整脈と血圧、酸素飽和度である。心電図とそれに伴う心拍数、そして酸素飽和度は無条件で連続 記録されるが、血圧は最低間隔2 分、最大回数12 0回/24時間という条件があるため、2 本の測定ダイビング周辺の70分間は2 分毎で、1本目 と2本目の間は、15分毎、夜間就寝すると予定された時間は2 時間毎、その他の時間は30分毎にあらかじめ設定した。 測定開始から終了までの時間は約24時間とした。 2)測定ダイビング:測定ダイビングは、ボートエントリーで、入水は強い衝撃を避けるために座位からゆっくり入り、潜水は40分程度で、前半の20分 でできるだけ等時間間隔に5m、10m、15m、20mと5mごとに停止しながら潜降し、後半その反対に浮上してもらうようにした。ダイビング全体は、 血圧測定のためにできるだけ動かないようにすることが必要であり、深度や態勢を変えるための動きだけに留め、各測定深度で停止しながら静 かに潜降し浮上するという穏やかなダイビングであった。 十分な水面休息をはさんでこれを2本行った。ダイビングの全過程はベテランのインストラクターのガイド下で行い、潜降、浮上、水中移動はすべ てガイドの誘導と空気調整で行った。被験者自身がインストラクターの場合はガイドなしで、すべて自身で行った。 ダイビグ以外の日常生活は、入浴など機器を濡らすことだけ避けるように注意する以外特別な規制はせず、できるだけいつもと同様の生活を してもらうようにした。生活記録を用紙に記入してもらった。 3.データ解析方法 データ解析は測定機器専用プログラムSCM-6600を用いて行った。 心拍数はすべてのRR間隔時間から15秒毎の心拍数値に換算したものを用いた。不整脈は実波形からカウントした。血圧はすべての計測値を 利用したが、コロトコフ法とオシロメトリック法の2 つの測定データが得られるため、どちらか一方のみしかデータがないポイントは不良データとして 削除し、両方のデータが得られているポイントのみを採用し、オシロメトリック法の値を採用した。経皮酸素飽和度は1 秒毎に記録される値を用い た。 なおこの研究はヘルシンキ宣言に基づいた研究計画書をもって所属機関の倫理委員会の承認を得ており、同時に説明文書を使用して対象者 に説明し、文書での同意を得て行った。また使用した機器類のメーカーなどとの利益相反はない。 Ⅲ.結果 1.研究1 1) 心拍数:1日のトレンドを図3に示す(図3)。ダイビング時とその前後は図4の拡大で示すように変動が大きい(図4)。ダイビング前は準備など で動いているため上昇する。入水(entry)の直後さらに上昇し、ダイビングの経過とともに落ち着くが、水中での動きによる変動はある。 出水(exit)後に器材外しなどで一時的に上昇するが、休息に入ると運動後の抑制が入って下降する。日中生活時は動いているとき、休息して いるときなどで変動がみられる。睡眠時はさらに低下する。 実測値では、ダイビング時の平均値は入水直後の3分間の平均値よりは低下するが、日中生活時の平均値よりは上がる。睡眠時は一番低 い(表1)。 不整脈は、上室性期外収縮が38拍みられたが、ダイビング時は1 本目の2 拍のみであった。心室性期外収縮は2 拍出現していたが、いずれも ダイビング時以外であった。 2) 血圧:収縮期血圧の1 日のトレンドを図5に示す(図5)。 ダイビング前から上昇し始め、ダイビング時はさらに上昇し、ダイビング終了後しばらく高い値が続いた後、休息の時間帯は下降する。睡眠時は 下がる。 実測値では、ダイビング時収縮期血圧の平均値は日中生活時の平均値より上がる。上昇率は20%であった。睡眠時は下がる(表2)。 3)酸素飽和度:1 日のトレンドを図6に示す(図6)。 ダイビング開始とともにすぐに上昇し、ダイビング中は100%を記録することが多かった。ダイビング終了後すぐに日中生活時レベルに戻った。 日中生活時は動いているときは不良データと思われる低下による変動があった。睡眠時はさらに低下し、この例では入眠後の時間帯で、睡眠時 無呼吸と思われる抑制がみられた(表3)。 以上3つの指標のダイビング時、日中生活時、睡眠時の最高値、最低値、平均値などの比較を図に示すと図7のようになる(図7)。 2.研究2 A. 日常生活との比較 被験者全体の平均値のダイビング時と日常生活時の変化をみた。 1)心拍数:ダイビング時、青壮年者群、高齢者群とも日中生活時と比較して差はなかった。睡眠時よりは両群とも上昇していた。 不整脈は、個人差が多かったが、全例においてダイビング時に日常生活時よりも増えることはなかった。 2)血圧:ダイビング時の収縮期血圧は日中生活時、睡眠時と比較して両群とも上昇していた。 3)酸素飽和度:ダイビング時の酸素飽和度は日中生活時、睡眠時と比較して両群とも上昇していた。 B.群別比較 以下の群間での比較を行った。 1)年代別比較:青壮年者群と高齢者群を比較すると、心拍数に差はなかった。 血圧はダイビング時、日中生活時とも高齢者が高いが、ダイビング時上昇率は両群での差はなく、平均して約30%であった。 酸素飽和度は、日中生活時は高齢者が低いがダイビング時には両群の差がなくなった。 2)性別比較:ダイビング時、青壮年者群、高齢者群とも心拍数、血圧、酸素飽和度いずれも男女差はなかった。 3)経験度別比較:インストラクター8名と非インストラクター13名を比較したところ、心拍数と酸素飽和度はダイビング時、日中生活時、睡眠時とも 差はなかったが、ダイビング時の収縮期血圧はインストラクターの方が低かった。 4)年代別・経験度別比較:青壮年者のインストラクター5名と非インストラクター7名の比較では、ダイビング時の心拍数、血圧、酸素飽和度とも 差はなかった。高齢者のインストラクター3名と非インストラクター6名の比較でも、ダイビング時の心拍数と酸素飽和 度に差はなかったが、収縮期血圧はインストラクターの方が非インストラクターより低かった。 Ⅳ.考察 今回の研究で、これまでほとんどデータのなかった、実際の海洋環境でのダイビング時の血圧と酸素飽和度のデータを得ることができた。 この報告では健常青壮年者と高齢者については結果の概要のみを示すにとどめたが、全体に概ね同じ傾向を示すことがわかったので、1 例の 典型例をしっかりみることによって、ダイビング時に日常生活時と比較して起こる変化が理解できると考える。 1.測定方法について これまでにも報告してきた4)5)が、心電図は防水機器が開発されていたため、心拍数の報告は散見された6)7)。しかし血圧と酸素飽和度に ついては防水機器がなく、これまでも機器を濡らさない工夫をしての測定であった3)8-11 )。我々の方法は、機器と身体を丸ごとドライスーツの 中に入れ込むことによって防水環境を確保するというものであった。特別なハウジングなどを必要とせず、通常のドライスーツダイビングと同様の ダイビングで測定ができるという利点を持つ。 血圧の測定については当初なかなか測定値が得られず、カフの種類、カフ圧、カフの周囲環境などを工夫し、ようやく測定値が得られるように なったという経緯があるが、一番重要であったのは、カフに空気が入ってから測定している間にできるだけ静かに停止していることであった。 これは血圧測定のメカニズムが血流振動や血管雑音を拾う仕組みであることからの宿命であろう。慣れれば測定上肢と機器の位置が動かない 程度に泳ぐ運動は可能であるが、今回の被験者は練習なしでの測定なので、血圧を測っている間はできるだけ動かないようにしてもらった。 そのためダイビング全体は静かに潜降し浮上するという穏やかなダイビングであった。 2.結果全体の整理と分析 まずは結果の整理をしてそれについて分析、考察する。 1)心拍数と不整脈 心拍数は、ダイビング時と日中生活時とに有意差はなかった。また、年齢や性別、経験の程度によっても差がないことがわかった。 一般に心拍数は潜水反射で抑制がかかって低下する6)7)といわれているが、今回の結果は、典型例のようにむしろ平均として上がっている例も あり、日中生活時全体と比較してダイビング時に明らかに低下している例はなく、全体としての有意差がなかった。その理由の一つは、多くの心 拍数研究がダイビングの直前と潜水中の比較をしているのに対し、本研究では24時間の生活全体との比較をしていることであろう。 実際典型例で見たようにダイビング前後だけを抽出してみると、ダイビング開始前には準備などで動いていることや入水時の環境の激変によって いったん上昇し、ダイビング中に徐々に落ち着いていって低下し、また出水時に上がるという経時変化をとった。心拍数は活動時に上がり、安静、 休息時は低下するので、ダイビングという活動時に、休息や静かな作業をしている時間も多い日中生活時よりも高い値を示すことは不思議なこと ではない。 その他考えられる要因としては、今回のダイビングはドライスーツでのダイビングであり、水への暴露間隔が少ないという潜水反射が生じにくい 条件であったこと、気温と水温差が小さかったことなども考えられる。 次に不整脈であるが、心電図記録で検出できた不整脈は、種類、出現頻度とも個人特性が大きく、個人内での変化を考察することになるが、 結果として各個人ででている不整脈の種類、頻度は、ダイビング時に増えることはなく、水中、高圧という環境が不整脈を誘発するものではない ことがわかった。 今回の被験者には不整脈治療を受けている者はいなかったので、治療を要している不整脈がどのように変化するのかまで言及はできないが、 心臓内の電気伝導環境にはあまり影響しないといえるかもしれない。 2)血圧 血圧は、すべての場合でダイビング時の上昇がみられた。 これについては後に別項目で考察する。 3)酸素飽和度 酸素飽和度は、ダイビング開始後すぐに上昇し、終了後にすぐに日常生活時レベルに戻ることがわかった。またこの変化は年代、性別、経験 程度に関係のないこともわかった。 この測定値の性格上、血中の酸素濃度がいくら上がっても数値としては100%が上限であり、一定以上の上昇は知り得ないが、ダイビングの間 は100%を示すことが多く、過去の報告同様に酸素が十分に血中に溶け込んでいる8)ことがわかった。 年代別の比較結果として、日中生活時の平均値が青壮年者群より高齢者群の方が低く、肺での酸素取り込み機能の加齢などによる低下が考え られた。しかしダイビング時は両群の差が消失し、高齢者にも十分な酸素が取り込まれたといえる。慢性的に酸素濃度が低めになっている状態が ダイビングによって酸素が十分に身体に回る状態になるとみると、ダイビングの効能(有酸素運動等)の1 つとしての裏付けとなるかもしれない。 3.血圧について すべての場合で、血圧はダイビング時の上昇がみられた。 1)過去のダイビング関連の血圧 高圧模擬環境での報告は散見されるが、水中での血圧を最初に報告したのはFerrignoら9)であろう。圧センサーを動脈内に挿入し、50m相当 の25℃の高圧水槽内で息こらえ潜水をした2例で測定し、250mmHg前後までの上昇を確認した(図8)。非侵襲的方法ではSieberら10)が防水の 測定機器を開発し(図9)、同グループのBreskovicらがそれも用いてプール潜水で測定し、上昇したというデータを報告した11 )(図10)。 また宮坂らも防水加工を施した機器でプール潜水(図11 )と実際の海洋での潜水時のデータ(図12 )を報告している。 いずれも上昇を示している。海洋のデータはダイビング前の運動時から上昇し、ダイビングの途中までの記録であり、その後の変化は測定でき ていない。 2)血圧上昇の要因 ここで考慮すべきことはダイビング時の血圧上昇の要因である。1 つは運動の要素であるが、一例として足利らの報告12 12 )を示す(図13)が、 運動とともに上昇し安静で下降する。またこの報告からは、運動を繰り返した7日目は順応が働き運動による血圧上昇の程度が減少していること もわかる。もう一つは水中環境の要素であるが、陸上運動と水中運動を比較したデータとして、小野寺らの水中環境での運動の報告13)を示す (図14)。やはりこれも運動時の上昇が認められる。 3)血圧の変動のメカニズム 血圧は心拍出量と血管抵抗の積で決まる。 また高血圧の診断は日本高血圧学会14)によれば、140/90以上をⅠ度高血圧、160/100以上をⅡ度高血圧としている(図15)。 血圧が変動する要因は様々であり、図16のようにまとめられる(図1615))が、 ①運動要因:身体活動、疲弊、 ②精神的要因:精神的不安・緊張・パニック、 ③個人要因:年齢(動脈硬化)、疾患(本態性高血圧、腎疾患、内分泌疾患等)、 ④ダイビングに関連要因:高圧環境、環境温度、特に低温環境、スーツ着用4)(表4、図17)、 レギュレーターの呼吸抵抗、潜水反射などによる徐脈などが変化に影響すると考えられる。 ここで、ダイビングでなぜ血圧が上昇するかをまとめてみると、運動関連では身体を動かすことによって、交感神経の興奮性亢進、動脈の収縮、 心拍出量の増大が関係する。水圧の影響で四肢の循環血液が中心部に集中し、心拍出量が増える。また大気中から水中へという急激な環境 変化や、水温の変化も影響する。精神面でも多かれ少なかれ、緊張感や不安感は精神的なストレスとなり交感神経の機能亢進を来す(図15参照)。 このメカニズムから考えられるダイビング時の血圧上昇を防ぐ方法を表5に示す(表5)。 ここでゆったりしたダイビングや精神的緊張を緩和する方法として、ゆったりとした腹式呼吸(深呼吸)で血圧の上昇が抑えられることは先に 報告16)した(図18)。また今回の結果から、経験者ほどダイビング時の血圧上昇が少なく、特に高齢者はその傾向が顕著であったことから、潜り 続けていると血圧上昇程度が減少する(血圧が上がりにくい身体になる)可能性も示唆された。 4)ダイビングに際しての血圧についての提言 さて根本的に、ダイビング中に血圧が上がることは危険なのであろうか。そもそも血圧が上がるということは、生体の自然な反応であり、ダイビン グに限らず他の場面でも上がるものである。逆に好ましい変化として、典型例のトレンドで見られるようにダイビング後の抑制(血圧が下がる・落ち 着く)の可能性=即時変化もある。 また高齢者のインストラクター群で血圧上昇の程度が少なかったことからは、潜り続けることによる血圧上昇抑制効果の可能性もある。そう考え ると、単純に血圧が上がるから危険というのではなく、血圧がどの程度であれば許容される(または控えたほうがよい)のかを示すことが必要では ないかと考える。 もちろん身体の基礎状態が一番重要と思われ、例えば動脈硬化が進んでいる場合は危険性が高くなり、疾患管理ができていなければ変調を来す 可能性が高くなることは容易に予測される。 一般に収縮期血圧が180〜200mmHgを超えると、合併疾患の可能性が高くなるといわれる。今回の研究でダイビング時は日中生活時の血圧 (基礎血圧)より平均で30%上昇することがわかった。そこでダイビング時の平均で180〜200mmHgを超えないためには基礎血圧が160未満、 すなわちⅡ度高血圧ではない(Ⅰ度高血圧に留まる)ことが1 つの基準になるのではないかと考える。 ダイビングを安全に楽しむためには、日頃からの運動や生活習慣改善などによって、適切な血圧に維持しておくことが基本である。 また前述のような血圧上昇を抑える考え方は、一般にいわれている安全なダイビングのための注意事項と共通することも多く、基本に戻ることも 大切なのであろう。 4.この研究の限界 今回の測定では、被験者の疾患管理状態は、ダイビングに問題とならない既往疾患はあっても、体調はよくコントロールされている人のみであり、 その点では問題はない。ダイビング諸要因との関係では、水温、深度変化するときの過程、ダイビング中の動き方(泳ぎの程度)、1 日の本数、 連日のダイビングの有無などは統一できておらず、ダイビングポイント、測定季節なども被験者に合わせたために一定ではなかった。 このような性質の実践研究ではこれらには限界があり、得られたデータもそれらの要素を含んだものであることを記しておく。 (本研究はJSPS科研費23650332の助成を受けた。) 謝辞 今回の測定に際し、多くの被験者の方々、ダイビングインストラクター、日本バリアフリーダイビング協会の方々等のご協力をいただいた。 ここに感謝の意を表する。 なお本論文は、第18回潜水医学講座 小田原セミナーで発表した内容に基づいて一部加筆したものである。 【参考文献】 1 )海上保安庁 警備救難部救難課 / マリンレジャー安全推進室資料.2016 2 )伊佐地 隆,大仲功一,安岡利一:バリアフリーダイビング全国大会の参加者状況.リハビリテーションスポーツ2006;25:32. 3 )宮坂裕也,河合祥雄,石原智美:ドライスーツ潜水における血圧の変化. 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