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論文 43



 第4回 日本高気圧環境・潜水医学会 北海道地方会  2010 1024 

             札幌市産業振興センター技術訓練棟 3階セミナールーム
  事例報告

 減圧症等「緊急搬送」を要する罹患者への対応 
                            〜「緊急連携システム」の構築と運用事例 〜


                                 西村 周   特定非営利活動法人潜水医学情報ネットワーク






はじめに

 「減圧症」は高気圧酸素治療の安全基準において適応疾患に定められ、治療には高気圧酸素治療第2種装置を使
用する事とされている。しかし全国的に「減圧障害」に対処する組織的な連絡網や搬送と治療等の連携は構築されて
おらず、また、近年では高気圧酸素治療第2種装置を廃止する病院が増え、減圧症が発症した場合遠距離の移動が
余儀なくされてきている。本稿では平成10年4月に運用を開始した、伊東市における減圧症等の発症者に対処するた
めの「緊急連携システム」と、北海道斜里郡斜里町における漁業者の減圧症等発症者への自助対策について報告し、
北海道における減圧症等に対する連絡網と搬送連携構築の重要性を示したい。



1. 静岡県東部伊東市及び伊豆半島における「緊急連携システム」の構築と運用減圧症等発症者への対処

  静岡県東部地域伊豆半島は大都市圏を有する関東地方に隣接し、東京から2〜3時間前後の距離にあり、富士、
 伊豆、箱根に広がる広大な観光エリアに属している。伊豆半島沖合には北からは親潮、南からは黒潮が出会う海域
 が近く、多くの海洋生物が生息している地域でもある。古くは昭和39年に開園した伊豆海洋公園(伊東市富戸)が東
 海大学潜水訓練センターを請負うなど潜水士の育成を行ってきた。昭和50年代後半からはレジャーダイバーの増加
 し、伊東市は伊豆半島の中でもレジャーダイバーの受入の先駆的地域である。しかし、毎年全国で発生する減圧障
 害を含む潜水事故の8割以上が、静岡県東部伊豆半島と沖縄県で発生しおり、伊豆半島は国内でも潜水事故が多
 発する地域でもある。




静岡県 位置と近隣 図1




静岡県 西部・中部・東部   図2



  平成10年頃には伊東市内7箇所のダイビング施設には、年間約15万名のレジャーダイバーが訪れていた。その
 他海事工事における港湾工事や環境調査、漁業者の浅海漁、定置網漁にかかわる潜水作業、水産関係研究者、水
 中写真家などの潜水活動等が行われていたが、潜水活動中の事故発生時に現場での対処は「溺れ」他、海浜にお
 ける一般的な救急対応だけであった。

  平成5年に伊東市内の単協が合併し発足した「いとう漁業協同組合」では、レジャーダイバーを受け入れる「ダイビ
 ング事業」を事業項目として定め、平成6年に嘱託として参加した西村が中心となり「ダイビングサービス」を運営する
 に当たり、「ダイビング事業に係わるリスクとその問題点」を確認した結果、減圧障害に対する「連絡網」が整備されて
 おらず、事業を行うにあたって改善するべき問題である事が明らかとなった。

  減圧障害の治療は「高気圧酸素治療第2種装置」によって行われるが、伊東市およびその近隣には設置している
 病院はなく、静岡県内では静岡済生会総合病院に設置されていたが、当時は減圧障害の受け入ておらず、最も近い
 病院は神奈川県伊勢原市にある「東海大学医学部付属病院」であった。現在も静岡県内の高気圧酸素治療第2種
 装置は静岡済生会総合病院の1基のみである。

  平成8年に「いとう漁業協同組合」代表理事組合長名で、東海大学医学部付属病院長宛「減圧症等発症者の受入
 要請」を行い受諾された。その後いとう漁業協同組合は伊東市消防本部へ「減圧症等発症者の県外搬送」に係わる
 検討要請を行いこれに対する受諾を受けた後、伊東市医師会事務局に「減圧障害」への救急対応等について協議し
 た結果了承された。平行して作成していた「緊急連携システム運用フローチャート」並びに事故発生現場で作成する
 「チェックシート」が整い、連絡網及び搬送のシステム構築が完了し、平成10年4月1日より伊東市及びその周辺域
 に対する「緊急連携システム」の運用を開始する事ができた。

  運用を開始した「緊急連携システム」は、救急車両による陸路搬送の手段しかなかったが、搬送時間の短縮を図る
 ため航空機の利用を模索していたところ、「静岡県消防防災航空隊」から航空機搬送(防災ヘリ使用)に係わる協力
 の申し入れを受け、静岡県消防防災航空隊と東海大学医学部付属病院との調整の結果、平成10年8月に「緊急連
 携システム」航空機での搬送が可能となり、搬送時間の大幅な短縮が実現した。また厚生労働省により実施された 
 「ドクターヘリ試行事業」において、東海大学医学部付属病院へドクターヘリが配備されたことにより、平成11年12 
 月には減圧障害に対応する「緊急連携システム」の支援が始まり、現在の航空機を含めた搬送連携の基礎が整っ 
 た。




減圧障害に対応する「緊急連携システム」の概要 図3



  東海大学医学部付属病院での減圧障害治療例(東海大学医学部付属病院山本五十年先生提供)は、昭和63年
 12月から平成10年3月31日の間に総症例数70例(うち伊東市および周辺域12例)であった。これに対し平成10
 年4月から平成11年10月には、総症例数35例(うち伊東市および周辺域21例)であった。また同期間「緊急連携
 システム」のシステム利用率は71.4%、救急搬送率は運用開始以前25%であったものが57.1%、来院6時間以
 内16.7%が66.7%へと改善され、現場での応急処置及び搬送中の酸素投与率も16.7%から61.9%へと改
 善された。

  東海大学医学部付属病院ドクターヘリの「伊豆方面」への運用データーは、平成11年10月から平成13年3月まで
 の試行事業期間中に、出動485例を数え、平成14年7月から平成16年10月までの本格運用期間に入ってから
 は、出動921例。救急車両による搬送時間の平均は6時間24分だが、ドクターヘリによる搬送時間の平均は2時間
 37分であった。救急車搬送と比較してヘリ搬送では搬送時間が大幅に短縮された。また、減圧症患者はすべてドク
 ターヘリ稼働時間内に発生し、夜間の救急車両による搬送はなかったとしている。平成11年以降減圧障害はやや減
 少傾向にあり、意識障害や呼吸循環器不全を呈するような重篤な減圧障害は、年間1件から3件で推移している。

  平成12年8月には、伊豆半島の下田市及び4町1村を管轄する医師会と消防本部が協議し、救命救急医療を要
 する重症患者に対し「東海大学医学部付属病院へドクターヘリの運用連携」を要請し、これらの地域でドクターヘリの
 運用が開始された。熱海市ではドクターヘリ離発着場を開設し、「緊急連携システム」の運用が開始された。同年に
 は伊東市内で5名(1グループ:空気切れによる全員での急浮上)同時に減圧障害「発症」2名と「発症疑い」3名の事
 故が発生したことから、東海大学医学部付属病院からの呼びかけで北里大学医学部付属病院が高気圧酸素治療の
 ネットワークへ参加した。

  その後、厚生労働省ドクターヘリ試行事業終了後、一時的に航空機搬送の出来ない時期が発生したが、神奈川
 県、静岡県、山梨県の協議により、神奈川県東海大学医学部付属病院に配備された「ドクターヘリ」の広域運用が
 行われ、後に静岡県では「ドクターヘリ」の重要性が認識された結果、西部及び東部への2機が配備され県内全域
 を20分以内でカバーするとされている。


   ・ 西部 聖隷三方原病院           浜松市   平成13年10月より運行
   ・ 東部 順天堂大学医学部附属静岡病院 伊豆の国市 平成16年 3月より運行




静岡県 ドクターヘリ出動範囲 図4
静岡県ホームページより転記



  平成16年3月、静岡県東部地域伊豆長岡の災害拠点病院でもある、順天堂大学医学部附属静岡病院へドクター
 ヘリが配備され「緊急連携システム」へ参加した。さらに静岡済生会総合病院が「緊急連携システム」に参加した。

  東海大学医学部付属病院の報告で「減圧症発症者の高所移動による悪化予防」のために、航空機による搬送は
 1000ft以下に保つ事が必要であるとしているが、伊豆半島は海浜沿いに天城山をはじめに400m〜600mの山々
 が連なっているため横断はできない。このため、現在伊豆地域では、東伊豆と南伊豆地域は東海大学医学部付属病
 院へ、西伊豆からは静岡済生会総合病院へ搬送することになっている。主となる航空機は順天堂大学医学部附属
 静岡病院の東部ドクターヘリだが、出動中の場合は静岡県消防防災航空隊がバックアップし、こちらも出動中等で利
 用できない場合には、神奈川県へドクターヘリの出動要請も可能だが、その運航については有料となっている。




伊豆半島 1000 ft 以上の高所(赤色) 図5
(その他の色:1000 ft 以下だが伊豆半島中央部に1000 ft 以下の航路が確保できない)
google map より作成
 




医療機関と航空機基地 図6



  平成16年から減圧障害の「緊急連携システム」に参加した、静岡済生会総合病院における治療例としては
                                           (静岡済生会総合病院石山純三先生提供)

  平成16年5月〜平成22年9月までの6年間104例(疑いを含む)、内19例はドクターヘリによる搬送(西伊豆)、
 レジャーダイバー68例、指導員及び職業潜水士12例、その他3例、ケーソン作業者2例となっている。このうち
 50歳以上は22%を占め、23名で内1名は2度罹患している。県外患者は38名で当日の搬送は、伊豆半島28名、
 愛知県での発症1名、2日以上経過しての治療は、愛知、山梨、長野、神奈川、京都、大阪からの6名、治療施設の
 待機が長いため治療に訪れた、千葉県からの3名を受け入れた。再圧治療は脊髄型を含めU型は Table 6 を原則
 とするが、溺水に伴う肺水腫が疑われる場合など、減圧症ではない可能性が高い場合は Table 5 を実施する。

  西伊豆地区から静岡済生会病院間で陸路搬送では2時間10分〜3時間35分以上かかり、航空機では20〜25
 分へと短縮される。104例の治療の内、ドクターヘリによる緊急搬送は転院搬送を含め25例であり、発症から治療
 開始までの最短時間は1時間30分最長で4時間50分。直接搬送の平均は2時間4分、転院搬送で平均3時間42
 分であった。重症減圧症では治療開始までの時間が機能予後を大きく左右するため「航空機搬送の恩恵は極めて大
 きい」としている。しかし治療例の中には、減圧症ではない可能性が疑われるものとして、次の25例を上げている。


溺水の疑いが強いもの
  11例
急浮上後に症状を訴えたが治療前に症状が消失
   3例
嘔吐物による窒息が疑われるもの
   1例
浮上後意識喪失があったが意識回復後無症状
   1例
一過性脳虚血発作の疑い
   1例
椎間板ヘルニアの疑い
   1例
舌咽神経痛の疑い
   1例
全身倦怠感のみの疑い
   1例
めまい・ふらつきの疑い
   2例
頚肩腕障害の疑い
   1例
脳貧血+じんましんの疑い
   1例
心不全の疑い
   1例



  静岡県東部地域の「緊急連携システム」は伊豆半島の海浜全てをカバーし、協力機関は下記の通りである。

  ・ 静岡県伊豆半島各地区医師会
  ・ 伊豆半島各地区管轄消防本部、分署及び広域消防組合
  ・ 静岡県消防防災航空隊
  ・ 東海大学医学部付属病院高度救命センター及びドクターヘリ
  ・ 静岡済生会総合病院救命救急センター
  ・ 順天堂大学医学部附属静岡病院救命救急センター及び静岡県東部ドクターヘリ
  ・ 北里大学病院

  「日本高気圧環境・潜水医学会関東地方会」では「緊急連携システム」運用開始後、関係者への周知と減圧症の予
 防と潜水事故防止に係わる講習会を企画し、平成12年1月に「第1回潜水医学講座小田原セミナー」を開催し、以
 降第3回まで主催した。平成14年3月「第3回潜水医学講座小田原セミナー開催」時、関係者による協議の結果、
 11名からなる潜水医学情報ネットワーク「世話人会」を発足させ、事務局を定めて第4回以降の企画及び主催を行う
 こととなった。

  このセミナーへの聴講参加者は関東を中心に静岡県周囲からが最も多いが、北は北海道(過去1名)、南は沖縄
 本島及び離島(過去2名)まで、全国から医師、医事関係者、救急隊員、海上保安庁関係者、海上自衛隊、海事工事
 潜水士、水中映像撮影関係者、レジャーダイバー(リーダーシップレベル及び一般ダイバー)等の参加を得ている。

  「潜水医学情報ネットワーク」は、平成19年「第42回日本高気圧環境・潜水医学会」にて「ダイビングの安全基準」
 「ダイビングの現状と課題」を取り上げ、北海道地区スキューバダイビング安全対策協議会会長、NPO法人沖縄県ダ
 イビング安全対策協議会会長らへ呼びかけ参加した。また、「ダイビング指導団体」「安全対策協議会」「日本高気圧
 環境・潜水医学会」「関東地方会」関係者20数名がワークショップを行った結果、3つの行動指針が採択された。

  ・ 中高年ダイバーの安全指針「ダイビングの安全基準」の作成
  ・ エンドユーザーのためのダイビング業界統一を模索
  ・ 関東地方会承認の上、潜水医学情報ネットワークのNPO 法人化 

  この結果平成21年6月内閣府認証のもと、特定非営利活動法人潜水医学情報ネットワークが設立された。設立に
 当たっては事前に、下記の各会等へ設立主旨の説明を行い、支援団体としての記載にかかわる検討願いを出し承
 認を受け「設立主旨書」へ記載させていただいた。

   ・ 日本高気圧環境・潜水医学会 関東地方会
   ・ 一般社団法人 日本高気圧環境・潜水医学会
   ・ 日本高気圧環境・潜水医学会 北海道地方会
   ・ 九州高気圧環境医学会
   ・ 財団法人 日本海洋レジャー安全・振興協会 DAN Japan

  今後の活動は全国各地の主要地域でのセミナー等開催他、「緊急連携システム」同様の連絡網、搬送連携構築の
 支援を目標としている。



2 報告2 北海道斜里郡斜里町における減圧障害への対処と高気圧酸素治療
      
                               調査等協力 斜里第一漁業協同組合青年部及び総務部


  斜里町は北海道道東知床半島西側に位置し、斜里郡斜里町には斜里第一漁業協同組合、ウトロ漁業協同組合が
 あり、斜里第一漁業協同組合には、現在約180名の組合員がおり、春先のホッケ・サケ・マス、秋の秋サケ等を対象
 とした定置網漁を行っている。組合員の所属する各会社に、定置網のメンテナンス及び定置網の設置と切り上げ作
 業にかかわる潜水士が所属し潜水作業を行っている。

  この海域は水温も0度程から高くても18度未満と非常に冷たい海域であり、定置網の場所によっては、「強い潮
 流」や「視界不良」などにさらされ、潜水作業を行う海域としては過酷な環境下にあるが、現在まで潜水作業中の死亡
 事故は0件である。これは下記に示すとおり、潜水士が正しい知識から安全意識を維持し、毎年の潜水訓練等の積
 極的な活動と漁協職員、地域関係各所の協力を得た結果と推測できる。

  斜里第一漁業協同組合は昭和41年設立の「青年部潜水グループ」を保有し、平成22年現在、約54名の現役潜
 水士が所属する。この潜水グループでは日本高気圧環境・潜水医学会代表理事眞野喜洋先生協力のもと昭和53
 年より潜水士健康診断を開始。昭和59年からは斜里町における健康診断を実施している。

  また所属する潜水士の「新人潜水訓練」は、昭和60年3月まで「東海大学潜水訓練センター」に依頼すると共に、
 毎年仕事始めの5月から7月にかけ年1回、斜里町からウトロまでの海浜を利用し「潜水合宿」を行っている。この潜
 水合宿への支援は東海大学潜水訓練センター講師が行っていたが、昭和60年の東海大学潜水訓練センター閉鎖
 後は、東海大学から同訓練センターの運営を請け負うとともに伊豆海洋公園ダイビングセンターの運営を行ってい
 た、株式会社益田海洋プロダクションに依託した。同社の廃業後は昭和54年頃から「新人訓練」へ参加していた西
 村(本稿報告者)はじめ、数名が、現在も「潜水合宿」と「新人訓練」への支援を継続している。
      
  平成12年まで、斜里町立国民健康保険病院にて「高気圧酸素治療第2種装置」による治療が実施されていたが、
 技師の退官や院長の交代等にて同年に廃止された。この廃止までの35年間に、斜里町及びその近隣での「減圧
 症」発症者数は34名を数えた。その後、斜里町立国民健康保険病院、斜里町役場、斜里第一漁業協同組合、ウト
 ロ漁業協同組合、当時東京医科歯科大学眞野喜洋教授等により、高圧酸素治療再開に向けた協議が行われたが
 再開されることはなかった。

  結果、斜里町役場、斜里町消防本部、斜里第一漁業協同組合、ウトロ漁業協同組合で協議し、減圧症治療につい
 ては旭川医科大学へ受入を要請し、減圧障害発症者の搬送を検討した。そして緊急時の連絡網を整備した上で、搬
 送のためのワンマンチャンバーを搭載できる救急車両を配備し(斜里町役場及び斜里地区消防組合協力)、搬送
 ルートの検証、搬送時間の確認と必要な圧縮空気タンク本数の確認と、搬送途中でのタンク交換場所などの確認作
 業を行った。

  減圧症発症者及び疑いのある者は斜里町立国民健康保険病院にて診察後、旭川医科大学病院へ転院搬送とな
 り、搬送経路は、救急車両にて、「 斜里町 → 網走市 → 佐呂間町 → 遠軽町 → 丸瀬布町 → 
 白滝町 → 旭川医大学病院 」となっている。その距離は約250kmになる。

  搬送中は酸素を供給し、標高が高くなる丸瀬布町付近にて医師、眞野喜洋先生の指示に従い救急再圧員が加圧
 を行う。救急再圧員については斜里第一漁業協同組合の企画により、潜水士及び漁業協同組合職員を対象に「救
 急再圧員講習会」が過去に2回実施され、現在、救急再圧員資格保有者は42名となっている。
 


搬送経路  :  斜里町立国民健康保険病院 → 網走 238→ 道道961 → 佐呂間 → 
→ 道道103 → 遠軽国道 → 国道333→ 丸瀬布 → 白滝丸瀬布道路 → 
→ 上越白滝道路 → 旭川紋別自動車道 → 道央自動車道 → 旭川鷹栖IC → 
→ 旭川医科大学病院



斜里町ウトロから斜里町立国保病院経由、旭川医科大学病院への救急車両による搬送経路
( ウロト→斜里町 40km/40分、斜里町 → 250km/4時間 ) 図7
google map より作成



  減圧症の発症等が認められると判断した場合、作業中であろうと帰宅後であろうと、所属する漁協への連絡が行わ
 れ、これを受けた漁協が「潜水士会(斜里第一潜水士会・ウトロ潜水士会)」と消防署への連絡を行い、ポータブル再
 圧チャンバーを持つ救急隊出動の要請と、潜水士等救急再圧員の手配や搬送中の加圧及び換気用、高圧圧縮空
 気充填容器(水中呼吸用圧縮空気タンク)の準備が開始される。

  最寄りの港や発症者の自宅から斜里町立国民健康保険病院への搬送と診察の後、ポータブル再圧チャンバーを 
 搭載できる救急車両に潜水士会の救急再圧員が搭乗し、加圧及び送気用タンクを持って救急車両追尾する潜水士
 会の支援を得て、旭川医科大学病院へ搬送される。距離は約250kmで、斜里町立国民健康保険病院から概ね
 4時間を要する。

  ウトロ港からの搬送の場合、斜里町立国民健康保険病院での診察・治療等の時間を含めると、旭川医科大学病院
 への搬送には、最短でも6時間前後の時間がかかることが予想される。





斜里第一漁業協同組合およびウトロ漁業協同組合
減圧症等発生時 緊急連絡網・対応 フローチャート 図8



  斜里第一漁業協同組合青年部は年間行事である「潜水士健康診断」と「潜水合宿」の企画と実施を行い、斜里第
 一及びウトロ両漁協潜水士が所属する「潜水士会」が「減圧障害等の発生時の対応」等を行うとしている。「潜水士
 会」は。斜里第一潜水士会は青年部OBも含めた組織とウトロ漁業協同組合における潜水士会が構成する組織であ
 り、斜里町役場水産林務課と共に「潜水事故対策委員会」として組織作りを行った。

  この「潜水事故対策委員会」の規約により「減圧症発症者」の対象は漁業者のみで、レジャーには対応しないとして
 いる。

  定置網作業の現場は、最寄りの港から30分前後から1時間以上かかる場所にあり、減圧症発症またはその疑い
 のある場合について、症状の悪化予防を検討した結果、「潜水士会」主催で(財)日本海洋レジャー安全・振興協会 
 DAN Japan による「酸素供給法講習会」を開催し、認定を受けた者が乗船する斜里第一漁組所属の14隻の漁船に
 酸素及び供給装置を搭載している。



減圧症等搬送の問題点と今後の改善にむけて

  減圧障害が発生した場合、「潜水士会」がその搬送等を取り仕切る事としている。しかし斜里第一漁協青年部では
 「減圧障害発生時は皆、定置漁業に従事しており、同じ時期に同じ様な仕事で沖へ船で出ている可能性が高く結果、
 減圧障害が発生した場合、斜里第一・ウトロ両潜水士会が取り仕切る事となっているが、斜里第一漁協青年部、潜
 水士会のみでの対応は出来ないと思われるため「搬送や再圧作業には@漁協職員(連絡担当)、A消防(搬送)、B
 漁業者(救急再圧員による再圧に係わる作業)との分担をしなければならない。」としている。

  これらの問題をより良く改善するために、「潜水士会」では

 1.「眞野喜洋先生−消防―斜里国保病院」「消防―旭川医科大学―眞野喜洋先生」の連絡連携確認と構築。
 2.来期、夏の潜水合宿訓練までに搬送に係わるフローチャートに沿った訓練の実施。
 3.現在の搬送に係わるフローチャートは、沖船上での減圧症等発症者の様態の想定が不十分であることから、これ
   を改善すると共に、船上での応急処置に係わるマニュアルの作成。
 4.搬送に係わるフローチャートの連絡網の電話番号等再確認の改正。
 5.両潜水士会として旭川医科大学病院との連絡網及び搬送連携等の再確認。

 等の作業を検討している。



3 北海道海浜における減圧症等発症者へ対応する連絡網と搬送連携構築に向けて


  減圧症は重症軽症に係わらず、また肺圧外傷による空気塞栓症 AGE を含めた治療は、「速やかに」高気圧酸素
 治療装置による治療が行わなければ、

  ・ 軽度、重度に係わらず、「後遺障害」を残す可能性が高い
  ・ AGE などは死亡にいたるケースも予見される

  日本高気圧環境・潜水医学会では、高気圧酸素治療の安全基準の再圧治療指針の中で「減圧症の治療には第2
 種装置を使用すること」と定めている。

  北海道海浜における潜水士等による作業及び活動は、浅海漁や定置網漁などの漁業者、港湾等工事・環境調査
 等を行う海事工事会社、レジャーダイビングを主催するダイビングショップ等の潜水作業、活動が多くの海浜で行わ
 れている。しかし道内で、高気圧酸素治療第2種装置を持つ病院は、

  ・ 北海道大学病院    札幌市
  ・ 旭川医科大学病院   旭川市

 の2施設であり、広大な広さを持つ北海道海浜等での減圧障害者等の搬送と治療には連携の構築が重要と思われ
 る。先の斜里町の事例でも、事故発生現場によっては旭川医科大学までの陸路搬送では6時間前後を要する。ま
 た、北海道における海浜地域は「低水温」等の環境因子からも減圧症の発症確率が高いと予見され、重度の減圧症
 や肺圧外傷では搬送時間が命取りにもなりうる。

 事故発生現場 →( 最寄りの港へ移動 )→ 救急隊への引渡し → ドクターへり等航空機への引渡し →
 高気圧酸素治療 第2種装置設置病院へ

  の搬送にかかわる「連絡網」や各地域での「診療と治療等の連携」が整備されなければ、北海道外への転院搬送さ
 れるケースも多くならざるを得ない。結果、予後については後遺障害が高い確率で残るものと思われる。事故発生時
 には、

  ・ 事故現場から消防本部他、関係各所の速やかな連絡と、現場で行うべき応急処置。
  ・ 救急隊 事故者の様態判断と応急処置 搬送病院の選定。
  ・ 管轄地域内の救急受入病院へ搬送 診察、処置、治療、転院搬送等の判断。
  ・ 救急車両又は、ドクターヘリ等航空機による広域搬送。

  が行われる事が望まれるが、この連絡網の整備と搬送ルートの確認、治療施設との連携構築とともに、それぞれ
 の現場で事故者への適切な対処を行う為には教育と訓練が必要となる。減圧障害であるか否かの判断や応急処置
 等について、救急隊員および事業所関係者及び現場潜水士全てが適時、適切に行う必要があるため、特に潜水士
 及び事業所職員等へは、

  ・ 普及救命講習会での応急処置等の知識と技術取得
  ・ DAN Japan 酸素供給法講習会を受講し知識と技術の取得
  ・ 事故現場で使用する救命に必要な器材の整備と管理

 が必要であり、また救急隊職員や初期診察と治療を行う医師への減圧障害等の知識と応急処置等に係わる教育を
行い、これを継続する事が必要となる。

  静岡県伊豆半島における「緊急搬送システム」は、主に減圧症等発症者の第2種治療装置での「速やかな」治療を
 目標に連絡網の整備と搬送を構築したが、伊豆半島の下田市及び4町1村を管轄する医師会と消防本部からの要
 望で実現した事例でも明らかであると共に、東海大学医学部山本五十年准教授が「ドクターヘリの運用は、全ての
 市町村に救命救急センターERを配置するのと同等の意義があると考えられ、従来、救急医療システム上、
 救命し得なかった重症患者が救命される効果が期待できる。 ( NPO MINDER ホームページ論文3より抜
 粋 )」と指摘している。

  これはドクターヘリの運用を指してのコメントだが、航空機運用と共に「連絡網と搬送連携」が構築される事は、それ
 ぞれの現場で適時適切な対応が可能となり、陸路であっても搬送等に係わる時間短縮が可能となるのではないだろ
 うか。減圧障害に対する、緊急時の連絡網や傷病者搬送に係わるシステムの構築は、最終的には道民全体をカバ
 ーすることとなる理想的なシステムになり得ると共に、重度傷病者への対応は多くの方々の予後がより改善され、
 QOLを向上させる事につながると考えられる。


最後に

  北海道海浜を含めた全道をカバーする「緊急連絡網」と「緊急連携搬送」は「減圧症等発症者」に限らず北海道道
 民全ての「重度傷病者」等がその恩恵を受けるものとなることを踏まえ、有効なシステム構築と運用に向けて北海道
 地方会先生皆様の、ご理解とご協力をいただけるようお願い申し上げる。





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