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論文 35




 当院における減圧症治療の現状 〜過去5年間76例の減圧症診療から〜


                                石山 純三     静岡済生会総合病院







緒言

 近年減圧症で当院を受診する患者数は増加傾向にあり、平成16年以降は毎年10例以上の減圧症患者を治療して
いる。人気のダイビングスポットである西伊豆を間近に臨む医療施設として、減圧症治療の現状と当院の抱える問題
点を述べる。



対象および方法

 静岡済生会総合病院は静岡市内に位置する579床の総合病院で、救命救急センターを併設し、屋上ヘリポートを有
している。 高気圧酸素治療は昭和40年に第一種装置で開始し、昭和55年に第二種装置(川崎エンジニアリング
KHO-300)導入後は減圧症の治療も行っている。平成16年からの5年間に当院で治療した延べ76例の減圧症患者
(疑いを含む)を対象に、患者背景、症状、治療などについて解析・検討した。



結果

 76例の内訳は男性53名、女性23名、年齢は21歳から81歳まで、平均年齢は39.3歳(男40.4歳、女36.7
歳)であった。レジャーダイバーが62名、インストラクターダイバーおよび職業潜水士が9名、自衛隊所属のダイバーが
3名、他にケーソン作業者2名が含まれている(複数回の減圧症罹患者が含まれているので延べ人数を表示)。年齢
分布は30歳代が42%と多く、20歳代の20%がそれに次いで多いが、50歳以上の中高年が22%を占めている。男
女別に見ると男性は30代が目立って多いが、女性は20代〜40代が平均的に分布している(図1)。







 ケーソン作業者2名を除くと50歳以上のダイバーは延べ15名、実数14名(男性12名、女性2名)で、職業潜水士と
超ベテランインストラクターが各1名、レジャーダイバーが12名であった。基礎疾患・既往歴を見ると、女性2名は基礎
疾患を有していなかったが、男性12名中11名に循環器疾患が認められ、2名は糖尿病を持っており、3名に脳卒中
の既往歴があった。脳梗塞2例はどちらも心房細動があり、心原性脳梗塞と思われる。ダイビングには不安を感じさせ
る気胸の既往も2名に見られた(表1)。





表1 中高年減圧症発症と基礎疾患・既往症


 中高年のダイバーは基礎疾患を有している確率が非常に高いことが推察された。

 潜水場所は伊豆半島が51例(69%)で、中でも大瀬崎が25例(34%)と最多であった。伊豆半島以外では沖縄が
8例、海外が7例含まれている。減圧症の発生時期は10月が最も多く、次いで5月と7月であった。
ダイバーの居住地は静岡県内が48人(65%)、静岡県外は26人で、神奈川県10人、千葉県5人、東京都と愛知県が
各3人であった。静岡県外在住26人の当院来院理由を分析すると、発症当日にDrヘリで伊豆から搬送されてきたもの
が14人、救急車で当日伊豆から搬送されたものが2人、翌日愛知県から転院搬送されたものが1人など、救急搬送
が大半であったが、居住地の近くには治療施設がないため、県外から来院されたケースが4例、近隣の治療施設では
治療を受けるまでに日数がかかることを理由に関東地区から来院されたケースが3例あった。

 ダイビングの経験年数は2年未満の初級者が26%、4年未満が47%を占める一方、10年以上のベテランダイバー
も29%を占めた。潜水回数で見ると100回未満のダイバーが44%と半数近くであったが、1000回以上のベテランも
18%を占めた。(図2)







 潜水中の最大深度は10mから70mで、10mから29mまでは深度とともに患者数も増加しているが、29mまでが
73%と大半で、30m以上は少ない。

 急浮上が確認されているものはケーソンの1例を含めて21例(28%)、急浮上ではないが正しく安全停止できなかっ
たと確認されたものが10例(13%)であった。ケーソンを除く急浮上20例の急浮上開始深度は、16例が25m未満で
あったが、1例は50mから一気に急浮上、3例は同時発生で70mから約1分で浮上したものであった(2名は救助
者)。

 潜水後の高所移動は24例で確認された。17例は航空機移動、7例は車での移動であった。ほかに再圧治療で症状
消失した後、富士登山で症状再燃し追加治療したケースがあった。

 高所移動中の発症が6例、移動中の症状悪化が4例、移動後の発症が11例で見られた。

 減圧症の病型・症状の分析では、疑いを含めて脊髄型が38例と最多であり、T型と分類したのは15例であった。呼
吸困難、血痰、肺水腫など、肺型が疑われるものが8例あったが、溺水の可能性がなく、他の呼吸器疾患も否定でき
て肺型と診断したのは1例のみであった。海中・海面での意識消失が5例あり、浮上時呼吸停止状態で人工呼吸によ
り回復した例もあった。

 潜水当日に来院・治療したものは24例(32%)で、そのうち18例はDrヘリによる緊急搬送であった。41例(55%)が
72時間以内に来院しているが、21例は発症後一週間以上経過してからの来院であった。中でも5例は3週間以上経
過してからの受診であった。

 翌日の治療を希望された1例を除いて、全例受診当日に初回治療を行った。治療はUS Navy Table5か6を原則とし
ているが、脊髄型重症例などで治療が長期化した場合は2.8ATA70分、全123分というテーブルも適宜使用してい
る。T型でも軽症でないものや、脊髄型を含めU型減圧症はTable6での治療を原則としているが、溺水に伴う肺水腫
が疑われる場合など、減圧症ではない可能性が高い場合はTable5を選択する場合もある。
治療回数は1回が50例(66%)と最も多く、3回までに大半が終了している。最多は38回、平均で2.8回であった。
図3に治療成績を示す。







 ExcellentGood recoveryの境界は主観的で明瞭ではないが、明らかな症状・所見が初回治療終了時に完全に
消えた場合、および明瞭な脊髄型の症状・所見が2〜3回の治療で完全に消えた場合をExcellent、完全には症状消
えなかったが障害はなく、自覚的に90%以上改善した場合と、最初から比較的軽微な症状であったり不定愁訴的な症
状であったりしたものは完治してもGood recoveryとした。ExcellentGood recoveryが62例(81.6%)だが、治療
成績不明の7例を除けば90%となる。

 治療効果が不良であった7例の内訳は、脊髄型重症例が3例、残りは減圧症としては非定形的な症状・経過を示す
ものであった(表2)。このうち脊髄型重症例について述べる。




表2 治療効果不良


 症例1は50mの急浮上で四肢麻痺と頚部以下の知覚脱失を主症状とする重症の脊髄型減圧症を発症し、運悪く悪
天候のためヘリが飛べず、救急車で搬送されたため、発症から治療開始まで6時間弱を要した。MRIにてC2〜C6にT
2高信号を認め、C5/6,6/7に脊柱管狭窄所見も見られた。24回の再圧治療とリハビリテーションにて両上肢麻痺は
ほぼ完全回復したが、両下肢の中等度麻痺、L1以下の全知覚脱失、膀胱直腸障害などが残存、リハビリ継続目的で
転院となった。

 症例4はケーソン作業者で、典型的な脊髄型減圧症の経過であったが、発症翌朝最初に入院した病院ではギラン・
バレー症候群疑いと診断され、翌日紹介された病院で初めて減圧症が疑われて当院へ転送となった。このため再圧
治療開始までに発症から約48時間経過している。両上肢中等度麻痺、両下肢重度麻痺、Th6以下の知覚脱失、膀胱
直腸障害を認めた。19回の再圧治療で両上肢麻痺は完全回復、両下肢も安定した独歩可能まで回復したが、L1以
下の痛覚脱失と膀胱機能障害を残して地元の病院へ転院となった。頸椎MRIではC3/4〜C6/7に脊柱管狭窄所見が
あった。

 症例7は大ベテランのインストラクターで、過去に4〜5回減圧症罹患歴あり、そのうち1回は脊髄型であった。急浮
上を伴わない通常の潜水を終了して1時間あまりで四肢麻痺・知覚障害・膀胱直腸障害が進行し、地元の総合病院を
受診、減圧症疑いとして某大学付属病院に転送され、同日中に同大学付属病院で2ATA 60分の高気圧酸素治療が
行われた。加圧したときに症状の改善が得られたが、減圧時には再び悪化し、翌朝には更に悪化、発症から24時間
経過してから当院へ到着した。重度四肢麻痺、頚部以下の全知覚鈍麻、Th8以下の全知覚脱失、膀胱直腸障害あり。
再圧治療を連日で38回施行、四肢の随意運動に改善は見られたものの、L1以下の知覚鈍麻が残存し、歩行不能の
状態で地元の病院へ転院した。頸椎MRIでは、C2/3〜C6/7に減圧症に起因すると思われるT2高信号を認めるが、
C5/6付近には強い脊柱管狭窄も見られた。

 3例に共通するのは50歳以上の中高年、再圧治療開始まで時間がかかったこと、責任病巣が頸髄であり頚部脊柱
管狭窄を有していることである。機能予後に最も影響したのは治療開始までの時間であろうが、もともと無症候であっ
た脊柱管狭窄が、脊髄型減圧症の悪化、もしくは再圧治療の効果不良に関係している可能性も考えられる。

 平成16年から運航されている静岡県東部Drヘリは伊豆半島を広くカバーしている。減圧症のヘリ搬送は平成16年
8月1日に伊東市民病院からの転搬送が初回で、以後現在までケーソン作業者1名、ダイバー18名の搬送があった。
18例を表3に示す。




表3 Drヘリ搬送例


 第1例以外は全て西伊豆のケースである。救急車で他の医療機関に運ばれ、減圧症と診断されてからヘリで搬送さ
れた転搬送は9例、現場でDrヘリが収容し治療しながら当院に搬送した直接搬送が9例であった。発症から治療まで
の時間は、転搬送の場合で2時間50分〜4時間(平均3時間35分)、直接搬送の場合は1時間30分〜3時間(平均
2時間5分)であった。主たる症状は、呼吸困難・血痰・肺水腫など呼吸器症状が10例、海中・海面での意識消失が
7例あった。治療成績は全てEXかGRで、Drヘリで運ばれた中に機能予後が不良であったケースはない。18例中には
溺水疑い、心不全疑い、一過性脳虚血発作疑い、吐物による窒息疑いなど、減圧症ではない可能性が考えられるケ
ースが7例あった。



考案

 西伊豆のダイビングスポットから当院までの陸路での距離(所要時間)を見ると、大瀬崎で91km(2時間10分)、安良
里で121km(3時間15分)、雲見なら138km(3時間35分)となる。海上ルートとなる直線距離は35〜41kmで、ヘリな
らば20〜25分で当院に到着する。重症減圧症では治療開始までの時間が機能予後を大きく左右するため、Drヘリの
恩恵は極めて大きい。減圧症患者のヘリ搬送においては、高所移動による症状の悪化を避けるため、高度を1000ft
以下に保つことが重要だが、伊豆半島の中央部は山地で標高が高く、半島の横断は避ける必要がある。このため現
在伊豆地域では、東海大学高度救命センターと当院、東部Drヘリの連携により、東・南伊豆からは東海大学へ、西伊
豆からは当院へヘリ搬送する体制が整っている。


 現在救急対応を含めた減圧症治療を行っている市中病院は全国的にも少ないと思われるが、そのような立場の当
院が抱える問題点について述べる。

 当院には高気圧酸素治療を専門に行う医師がおらず、管理医の資格を持って減圧症治療を担当する医師は脳神経
外科を専門とする筆者一人であるため、常時安定的に再圧治療を提供できる保証はない。またダイバーからの電話で
の問い合わせに応じる余裕がないため、電話診断的な求めには基本的に応じていない。まず最寄りの医師に診察を
受け、治療が必要なケースのみ当院に紹介されるのが理想だが、大半の医師は減圧症に対する知識が極めて乏しい
ため非現実的である。DAN JAPANのDDNetが有効に活用されることを期待したい。

 当院の治療装置は減圧症以外の治療目的で夕方まで予定が埋まっている場合が多く、平日に直接来院される非救
急の減圧症患者の治療を組み入れるのに苦慮しているが、非救急の減圧症治療には保険制度の問題もある。

 発症から7日目までは急性期として6000点が算定できるが、8日目からは200点に下がる。この点数で5時間の治
療を行うのは病院としては大変な赤字となり、今後現状のような保険診療を維持することは困難で、受け入れ制限を検
討せざるを得ない。

 減圧症治療を行う病院がこれ以上減らないうちに、実情に見合った適切な診療報酬が設定されることを切に
願う。








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