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論文 37




 浮いて助けを待つ救助法、着衣泳!


                                細樅 洋  着衣泳研究会関東甲信地区理事











 着衣泳研究会は平成15年6月14日に着衣泳を中心とする水難救助学の進歩と普及を図り、水に親しむ社会の発
展に寄与することを目的として設立された。

 主な事業として、学術集会・講習会などの開催、電子・紙会報の刊行、着衣泳の発展に関する研究調査及び広報活
動を行っている。

 毎年シーズンになると痛ましい水の事故が繰り返し発生しているが、その中には浮いて救助を待つことで助かったか
もしれない事例が数多くある。 

 水の事故現場では、要救助側の技術と救助側の技術とが両輪の役割を演じなければ生還が期待出来ない。 これま
で救助側の技術や装備などは飛躍的に向上しており国の内外で充実した水難救助に関するテキストが発刊されこれら
により救助例が増えてきているが、現場の声を聞くと、現場に着くと沈んでいることが多い、訓練と言っても引き揚げ訓
練が多いなどが現状であり、救助現場で仕事をする人たちは現状には決して満足していない。

 では、どうしたらよいかというと、「呼ばれていったら、浮いていた」という現場にあたり無事に救助でき、みんなが喜ん
だという顛末にたどりつくことができればよいのである。ここで大切なのは、要救助者が浮いて呼吸を確保しながら
救助を待つとい現場である。




背浮 1



背浮 2

 要救助者に浮くための技術が備わっており、浮いていればきっと助けてくれるという信頼感があってこそ、救助隊が
到着するまで生きていてくれるのである。つまり、要救助者が体得すべき技術と知るべき知識があり、それが普及でき
たとき初めて両輪が動き出すことになる。

 要救助者が体得すべき技術とはどのようなものか。体得すべき技術は、浮くことである。我が国の教育では速く泳ぐ
ことを教えているが、それと同じくらいの時間を使って長く浮くことを教えているとはいえない。泳いでいれば浮いている
ことになるとの主張を行う人がいるがそれは水の事故現場では成り立たない。

 人間誰でも常に毎日泳いでいるわけではないからである。もっと突っ込めば、泳ぎは忘れる。小学校や中学校で水泳
大会に出たからと言って30歳代、40歳代の人が20年ぶり、30年ぶりにいきなり水に入っても100m泳ぐのがやっと
ではないか。時間にして2〜3分位であろうが、その程度しか浮くことができない。逆に着衣泳講習会で浮き方を体得す
れば、それ以上の時間浮いていることができる。コツさえつかめば数十分浮くことは可能である。

 そしてその程度浮いていてくれれば、救助隊の救助が間に合う。





航空救助隊 航空機による救助 1



航空救助隊 航空機による救助 2



消防水難救助隊による救助




 一方、知るべき知識とは、今日の救助体制のことであるが、市民にとって溺れた時にどのような形で救助されるの
か、まったく謎に包まれている。謎だらけの状態で「浮いて救助を待っていてください」と言われても納得して待つことは
できない。そのために、泳いで何とかしようとか、泳いで何とかしなさいとか、わけのわからない議論になってしまう。

 着衣泳講習会では、浮き方ばかりでなく救助の流れをチェーン・オブ・サバイバルに則って説明している。119番通報
や118番通報の大切さや、現行の救助隊の救助方法についても触れる。例えば離岸流に流されて数百m流されたと
き、ヘリコプターで発見されて救助されることを知っていればヘリコプターが来るまで発見されやすい格好で浮いて待っ
ていようという気持ちになり、そのような事実を知らされないと、いつまでも発見されないと勘違いして、何とか自力で岸
に戻ろうとする。どちらがより危険な行為であるかは一目瞭然である。

 水の事故に関する正確な情報を集め、それをもとにそれぞれの専門家が集まり議論し、要救助者がとるべき行動を
根拠に基づき周知してくのが着衣泳研究会の使命である。

 水の事故に関する情報は、水難統計、溺水過程、救助用装備、講習会実施後の実技達成度、救助例などかなりの
広範囲にわたり、そのような情報は、消防、警察、海上保安庁、学校、病院、大学などで得ることができる。着衣泳研
究会の会員にはこのような組織に所属する人々がたくさんおり、かなり正確な情報が集まる。そして、年1回の着衣泳
研究会大会やインターネット上で議論が行われ、そこで得られた知見が着衣泳研究会の発行する命を守る着衣泳テキ
ストとして構成されている。したがってこのテキストは着衣泳研究会のノウハウの集まりであり、現在我が国で得ること
のできるもっとも正確な知見であるといえる。




ヘリから見た海面に浮く要救助者 立位 のイメージ



ヘリから見た海面に浮く要救助者 背浮 のイメージ



 平成20年夏にニュース等でゲリラ的集中豪雨と言う言葉を度々耳にしたが、短時間の間の集中豪雨により、急激な
河川やマンホール内の増水により逃げ遅れ、尊い命が奪われた。この中の一つに河川の涌水公園で遊んでいた男児
が、上流で発生した集中豪雨により急激な増水で流されそのまま河口まで押し流されてしまった。

 しかし、この男児は背負っていたナップザックが浮く事に気付き咄嗟にこれを抱えて浮いていたところ、河口の様子を
見に来た男性が気付き、救助隊を要請し無事救助された。

 この男児は以前、小学校で当研究会の指導員による着衣泳授業を受けていたことが分かったが、我々着衣泳研究
会の活動が報われた一例となった。

 着衣泳は体験した、1回講習を受けたからと言っていつ何時誤って落水しても誰もが直ちにできると言うものでなく、
繰り返しトレーニングすることが大切である。

 我々着衣泳指導員にとっても研究会が主催する研究会大会での事例研究や実技講習会に参加しスキルアップして
いきながら自然水域における救助法として検証と研究を重ねながら普及活動に取り組んでいるが、着衣泳は、まさに
水の事故から自分自身の生命を守る技術と知識である。









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