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論文 39



報告講演


 東京島嶼の離島医療と救急搬送


                                 越村 勲

                                       前小笠原村診療所所長
                                       島津メディカルクリニック川崎診療所所長
                                       順天堂大学医学部脳神経内科助教授






概略


 東京都は、その島嶼地域に2町7村、11の有人離島を持ち、そこには約29,000 人の住民が暮らしている。伊豆諸
島、小笠原諸島ともに本州の南に位置し、観光客が訪れることも多い。本稿では、東京島嶼地域の医療体制と内地へ
の救急搬送についての概略、さらに海洋事故への対応について述べる。

 島嶼地域のすべての有人離島に医師の常駐があるが、各科専門医が不在であること、重症患者に対応すべき診療
設備・人員は設置されていないこと、集中治療などある程度長期の入院治療の必要性に対応することは困難であるこ
とから、これらに該当する患者発生時には、内地への救急搬送が行なわれる。

 搬送は島嶼町村長からの依頼により東京消防庁や海上自衛隊に協力を要請するシステムがあり、その件数は年間
およそ240件に及ぶ。

 海洋レジャーに関係のある受診では、海辺での擦過傷、切創、海洋生物に起因する刺傷、釣り針刺傷、日焼け、熱
中症、溺水、減圧症、精神疾患とダイビングに関する受診相談などがある。

 救急搬送の適応となった減圧症は、全搬送件数に比較すると最近の5年間でおよそ5件と少ないものであるが、重症
で緊急性が高く、航空路を使わざるを得ない搬送方法上の規制などがあり、稀に起こるこれらの事故に対する対処は
常に想定する必要がある。

 また、搬送適応の無い軽症の受診については、事前の準備と心がけにより防げるものもあり、観光客自身による注
意は元より、海洋レジャーに関係する地域・観光協会・ツアーガイドなど関係諸機関からの指導・啓蒙を欠かさないこと
が重要であると考える。



キーワード  :  東京島嶼、 離島医療、 救急搬送、 海洋レジャー



【東京島嶼の交通、観光】

 東京都は日本最東端の南鳥島、最南端の沖ノ鳥島までを管轄し、その島嶼地域(伊豆諸島、小笠原諸島)に2町7
村の有人離島を有する。本土から最も近い大島まで120km、最も遠い母島までは1,050kmに及ぶ。島嶼住民はおよ
そ29,000人であり、交通機関としては、大島から青ヶ島までは1日1便の定期船の他、高速艇、ヘリコプター、大島、
新島、三宅島、八丈島へは飛行機便がある。

 伊豆諸島は温暖な気候、豊かな自然に恵まれ、温泉施設を有する島もあり、各年齢層に叶う保養地として観光客の
来島も多い。より遠隔の小笠原諸島へはおよそ6日に1便の定期船、さらに母島へは週5便の父島からの定期船が有
るのみである。しかし小笠原諸島では、ホエールウォッチング、ダイビング、釣などの海洋観光が盛んで、最近では世
界自然遺産候補地となるなど、自然保護と観光の両立を考えたエコツアーがおこなわれている。



【島嶼医療】

 東京都の島嶼地域すべての有人離島に医療機関が有り、大島、八丈島を除く島は医師1〜3名の診療所である
(表1)。




表1 (文献1より)


 産婦人科、小児科医が常駐しているのは大島、八丈島のみであり、耳鼻咽喉科、眼科、精神科などの専門医はすべ
ての島に常駐はしておらず、内地からの専門医巡回診療以外の日常では常駐医師が全科総合診療をおこなってい
る。また、一次から三次までの初期救急に関して24時間全科対応が行なわれている。1), 2)。軽症患者や慢性で専門
医療の必要な患者は内地専門医療機関を受診することもあるが、現地で対応が困難で、早急かつ、より専門的対応
が必要な患者発生に際しては、後に述べる救急搬送がおこなわれる。



【救急搬送】

 東京都の島嶼地域は、内地専門医療期間と距離的時間的に大きな隔たりがあり、現地で対応が困難な救急患者発
生に際しては、東京消防庁もしくは海上自衛隊の協力の下に救急患者搬送がおこなわれる。その数は年間およそ
240件である。平成14年度から19年度の傷病別搬送件数と各島搬送件数を図1), 2) に示す。




図1 (文献1より)




図2 (文献1より)



 伊豆諸島の場合、救急患者発生があった場合、町村長より東京都へ依頼し、東京消防庁のヘリコプターを要請す
る。

 内地への到着は、赤坂プレスセンター、木場にある東京へリポートの他、登録医療機関のヘリポートへの直接搬送も
おこなわれている。搬送依頼から内地の医療機関到着までの所要時間は、最も近い大島でおよそ2時間50分、
青ヶ島で5時間である1)。
 
 本土から1000km隔てた小笠原諸島の場合、村長から都知事への搬送要請、さらに都知事から海上自衛隊に対
し、災害派遣要請の後、自衛隊の救難ヘリコプターまたは救難飛行艇による搬送がおこなわれる。その数は年間およ
そ25件から40件であり、平均搬送所要時間は11時間を超え、悪天候などの待機時間を除いても9時間以上を要す
る場合が多い(図3)。




図3 (文献1より)


 搬送依頼をおこなう前、つまり、患者の受傷から受診、診断や処置、内地医療機関との連絡調整、専門医との電話
相談などの時間を考えると、重大な疾患が発生してから患者が内地専門医療期間を受診するまでおよそ半日はかか
る。

 内地の救急患者収容先病院は、東京都の島嶼機関病院である都立広尾病院が大半を占める1), 2)。後に述べる減
圧症患者については東京都保健医療公社荏原病院がそのほとんどを収容しており、東京医科歯科大学病院への搬
送例も有る。



【海洋レジャーに関係する疾病】

 海洋レジャーに関係のある受診では、海辺での擦過傷、切創、海洋生物に起因する刺傷、釣り針刺傷、船酔い、日
焼け、熱中症、溺水、減圧症、精神疾患とダイビングに関する受診相談などがある。

 裸足で海岸を歩いたり、遊泳中に浅瀬に足を着いた際の擦過傷、切創は、溶岩や岩場の多い地域以外でも貝やガ
ラス片などによっても起こる。

 せっかく観光に来た観光客が到着日にこれらの怪我をしてその後の日程をおとなしく陸地で過ごさなければならない
ようなことにもしばしば遭遇する。マリンシューズの着用などの指導、啓蒙が重要である。

 海中の生物に襲われることは滅多にないが、釣った魚のひれや歯による怪我、浅瀬でエイを踏んでしまうこと、クラ
ゲ・ウニによる刺傷はしばしば起こるので注意が必要である。

 釣り針刺傷は、針の形によって自分では決して抜くことが出来ないものであり、多くの場合、血管や神経など皮下の
組織をなるべく傷つけないように細心の注意しながら刺さった針を進め、皮膚を貫通させて抜くこととなる。その際には
慎重に針を進める必要があり、医療機関での処置が必要である。また、不潔な針が皮下を通ることになるため、その
後の感染に注意し、抗生物質の投与も必要となることが多い。

 東京都といえども緯度の低い伊豆諸島や小笠原では、日焼けも重症となることがある。急激な日焼けを起こさないよ
うにラッシュガードの着用や日焼け止めを塗るなどの対策は必要である。

 熱中症は、天気のよい日や気温の高い日に限らず起こりうる。観光船での移動時など以外でも陸でのハイキングな
どで注意が必要である。予防のためには充分な水分補給の他、塩分の補給も必要である。小さな島でも山中の一人
歩きは危険であり不慮のけがや脱水症、熱中症などの体調不良が起こる場合があり、一人での行動は極力行なわな
いことが重要である。

 溺水予防として、充分な準備運動をおこなうこと、単独での遊泳を避けることは必須であり、酒に酔った状態や睡眠
不足などの体調不良は不慮の事故の元である。心臓病のような原疾患のみられない若年者でも溺水の起こる可能性
は十分に有る。海水吸引をしてしまった場合、短時間でも意識障害を来たした場合は、海水吸引症候群により時間経
過を経た後に肺水腫、誤嚥性肺炎、呼吸不全をきたす恐れが有るため、回復していても医療機関への受診をすべき
である。受診時に意識が清明であり、呼吸苦が無くとも、状態により救急搬送の適応となることもある3)。

 減圧症で救急搬送となったケースは、最近5年間で父島、新島、利島、大島からの合計5件のみである。また、加圧
チャンバーを有するのは、大島(都立大島海洋国際高校に有り。一般患者への使用実績無し)、新島(若郷診療所に
有り。ここ数年使用実績無し)、神津島(神津島診療所に有り。職業ダイバーの漁師のために漁協が管理している。使
用時は、東京医科歯科大学高気圧治療部への相談を行なっている)、八丈島(町立八丈病院に有り。平成19年度使
用実績1件あり)のみである。神津島からの減圧症救急搬送が見られないのは、現地で治療が完結しているためと考
えられる。また、伊豆諸島の場合、高度を上げて低気圧環境で搬送するリスクを考えると、軽症の場合、早い船便で内
地へ戻る患者の居るものと考えられる。

 最近では、外国のダイビングショップ(グアム、サイパン)から精神科薬内服中の方に対する講習やCカードの取得の
是非に関する問い合わせや、抗てんかん薬、安定剤内服中の方に関する相談も受けた経験がある。現地のダイビン
グショップとしては、お客様として来て頂いてから申告を受け、困ることが多いと思われる。原疾患のある旅行者には、
ツアー内でCカード取得のための講習を受ける予定がある場合、ファンダイビングを予定している場合には、事前にツ
アー企画会社などからDAN JAPAN 登録医などに相談される様に情報を伝え、告知すべきであると考える。

 以上述べた以外にも、マスクスクイーズによる結膜出血で受診され、原因や回復までの期間などの説明を初めて聞
いたというようなダイバーにもお目にかかることも有った。

 海洋レジャーに伴なうけがは、事前の準備と心がけにより防げるものもあり、観光客自身による注意は元より、海洋
レジャーに関係する地域・観光協会・ツアーガイドなど関係諸機関からの指導・啓蒙を欠かさないことが重要であると考
える。また、現地の医療事情を事前に知っておいて頂くことは、観光客自身にもツアー企画者にとっても重要なことであ
ると考える。






文献
1) 東京都の島しょ地域における救急患者搬送 医学のあゆみ 田口 健Vol. 226 No.9 2008. 8.30 pp605-611

2) 越村 勲、武井 大.離島の総合診療では何を診ているのか 〜地域医療をめざす医師のために〜 『JIM』vol.15 
no.11,医学書院,東京,2005, pp924-927

3) 越村 勲.海辺のリスク管理 〜どうすれば安全性は向上するか〜.港湾,第80巻 第7号,日本港湾協会,東京,
2003,pp22-23








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