Medical Information Network for Divers Education and Research ダイブコンピューターと減圧症
芝山 正治 駒沢女子大学
1.ダイビングコンピュータの取扱説明書の注意事項に記載されている内容
ダイビングコンピュータの取り扱い説明書には、使用方法を含め、減圧症との関係について、次のような注意事項
が記載されている。
(1)ダイビングコンピュータの表示を守っても減圧症を100%予防することは保証できない。
(2)減圧停止を要するような有減圧潜水ではなく、無減圧潜水を補助するコンピュータです。
(3)潜降・浮上を繰り返すと正確な計算ができない。
(4)身体的な体調不調、体格、性別、ダイビング技術などの差は考慮されていない。などダイビング
コンピュータは減圧症予防を目的に使われるが、決して完全なものではないことを強調している。
2.減圧障害罹患者数の年次推移
実際にどれだけのレクリエーショナルダイバーの方が減圧障害に罹患しているのでしょうか。
その前に減圧障害1,2)について説明しておきます。減圧障害(Decompression
illness:DCI)とは減圧症
(Decompression sickness:DCS)と動脈ガス塞栓症(Arterial gas
embolism:AGE)を併せた障害のことで、減圧症か、
AGEかの鑑別がつかないときにも使われています。従って、東京医科歯科大学でレクリエーショナルダイバーの治療
を行うとき減圧症であるのか、AGEであるのかの確定診断ができない場合やAGEの可能性が高い場合を含めて減圧
障害と呼んでいます。
東京医科歯科大学では1966年から減圧障害の治療を行っているが、1980年まではレクリエーショナルダイバー
の治療はなかった。1980年に高気圧治療室の第2号装置が完成したが、2000年までは治療施設の関係でレクリ
エーショナルダイバーの受け入れを積極的には行っていなかったことから年間の治療人数は20名前後と推移してい
た。2001年に現在の第3号装置が完成および医療体制が整ったことから、受け入れが可能となった。その後、本格
的にレクリエーショナルダイバーの治療を開始した(図1)。治療人数は減圧障害と診断された方々です。年間約300人
前後で推移しているが、この中には減圧症とは確定できない「減圧症の疑い」と診断された方も含まれています3)。
どちらにしても年間約300人の減圧障害のダイバーを治療しているのは確かであり、2000年以前には想像できな
かった罹患者数である。
我々の調査によると、レクリエーショナルダイバーの年間減圧症発生件数は1,000件4)に達し、病院で治療を受け
ないで自然治癒された方が40%存在するので、東京医科歯科大学で年間300名の治療を行っている状態は納得でき
る。
3.ダイビングコンピュータの利用率
静岡県の伊豆半島大瀬崎で調査を行った結果4)によると、ダイビングコンピュータを携行してダイビングを行うダイ
バーの割合は年々増加し、1966年調査では70%であったものが、15年後の2010年調査では90%に達している
(図2)。
これに対して、減圧障害罹患者のダイビングコンピュータ携行率はどうであろうか。東京医科歯科大学で治療した
ダイバーの携行率は71%(151名/212名、2009年)であった。大瀬崎調査と異なる理由は、罹患者は沖縄や海
外ダイビングの割合が高いことがいえる。いわゆるリゾートダイビングである。リゾートダイバーの傾向として、現地ガ
イドダイバーと潜ることで、減圧管理を任せている。旅行に費用をかけ、潜水器材に費用をかけないことなどの理由
からダイビングコンピュータの携行率が大瀬崎調査と比較して低いのではないだろうかと思われる。
4.ダイビングコンピュータの信頼性に関する意識
大瀬崎調査5)で「ダイビングコンピュータを守れば減圧症に罹患しないと思いますか」の質問に対して、減圧症に罹
患しないと「思う」が28%(813名/2,902名)、「思わない」が63%(1,821名/2,902名)であった。ダイビングコンピ
ュータの指示を守っても減圧症発症の危険性は存在することを63%のダイバーは認識しているが、28%のダイバ
ーは認識していないことになる。正しい知識を広めるためには、ダイビングコンピュータを購入した時のショップなどで
の取り扱い方の説明や講習時のインストラクターなどによる取り扱い説明や指導を徹底する必要がある。 5.減圧障害罹患者の有減圧潜水の有無
東京医科歯科大学で治療を受けたダイバーの中でダイビングコンピュータを携行していた人数は、カルテの調査で
151人(2009年の患者272名中)確認されている。その中で減圧を要するダイビング(有減圧潜水)をしたと答えたダ
イバーが51名(34%)であり、またその中でダイビングコンピュータの指示を守らなかったと答えたダイバーが13名
(25.5%)存在した。減圧停止ができない状態だったのか、ダイビングコンピュータの使用方法を理解していなかった
のか、意識して減圧停止を無視したかは確認できていないが、ダイビングコンピュータの指示通り潜水しても減圧症
に罹患する可能性があることを考えると、無謀な潜水といわざるを得ない。
6.減圧理論
減圧理論6)は、ホールデン理論(2:1)、ワークマン理論(M値)、ビュールマン理論(16半飽和モデル組織)があり、現
在のダイビングコンピュータで用いられている理論はビュールマン理論に安全率を乗じたものが多いようである。ま
た、ダイビングコンピュータを任意に操作することにより減圧症予防対策の安全率を高めることができるものも存在
する。
安全率を高めることで減圧症への予防対策は高まるが、ダイビングコンピュータを使うのはダイバーであり、正しい
使用方法で使わないと、安全率を高めても減圧症の予防対策にはつながらない。
ワークマンのM値が公表7)されている(表1)。表1の見方を説明すると、半飽和時間が20分の場合、潜水後に9mま
で浮上できる体内窒素ガス量(単位メートル)が37.6であり、ここまで体内窒素ガス量を排出させてから9mに浮上し
なさいとされ、それまで9mまで浮上してはいけない値である。そして6mまで浮上できるガス量が32.1、同じく3mが
27.3、0mの海面に浮上できるのが21.8である。ただ、この値をそのまま用いると減圧症の危険性が高く、この値
よりも約20%以上の安全率が必要であることが、ガイドダイバー調査によるプロファイルの分析により調べられてい
る6)。
7.半飽和時間とその臓器
半飽和時間に該当する各臓器を表2に示す。半飽和時間5分が血液や腎臓、10分が胃や脊髄、20分が脊髄(脳
や中枢神経)、75分が皮膚や筋肉、120分が関節であり、血液循環量が多い臓器ほど半飽和時間が短くなる。この
ことは短時間の潜水では脊髄型の減圧症の発症率が高まり、長時間の潜水では脊髄型に加えて関節・筋肉痛の症
状が高まることになる。いわゆるスクーバダイビングのような潜水時間が30〜60分と短い時間であっても重症減圧
症の脊髄型が発症する危険性が高くなることを示している。
8.減圧症の発症率(ニューマチックケーソン作業の場合)
橋の橋脚や立て坑などでニューマチックケーソンといわれる工法で圧気作業が行われている。この作業で負荷され
る圧力(水深)は、レクリエーショナルダイバーのようなマルチレベルによる圧力(潜水)ではなく、箱形の圧力として負荷
され、システム作業として作業時間や圧力および減圧時間が管理されている。潜水作業よりも管理体制は高いといえ
る。
このニューマチックケーソンの減圧症発症率を30年にわたって調べた8)。延べ作業者数は106,823名であった
(表3)。発症率は、10m(0.10MPa)未満では30,337名の作業で0名(0%)、10m以上になると圧力の高まりと共
に減圧症発症率も高まっている。10mを越えた発症率の平均は0.552%、各圧力では、20m以下で0.1%、
30m以下で1.0%、40m以下で2.4%の確率で発症している。
我々の調査によるとレクリエーショナルダイバーの減圧症発症率はタンク本数で18,000本に1回5)の割合で発症
している。また深い潜水が減圧症の発症率を高めていることも、表3の結果で理解でき、30mを越える潜水は避ける
べきである。
9.ラットの減圧症死亡率
80mに40分保圧して一気に減圧すると、何匹のラットが減圧症で死亡するかの実験を行った。ラットは体重を50g
毎(50g以下から400g以下の50g毎)に群分けして、各群の死亡率を調べると、50g以下で16.7%、以後上昇し、
150gを越え200g以下で75%、350gを越え400g以下で100%であった(図3)。このことは体重が軽いと減圧症
の罹患率は低く、体重が重たければ高いこと、および加齢と共に減圧症の発症率は高まることを示している。
ここで一つ確認しなければならないのは、50g以下であると減圧症発症率は低いが、決して0%ではないことであ
る。例えば、レクリエーショナルダイバーが10名で潜水し、その中の1人が潜水後に異常な症状(しびれや倦怠感な
ど)を訴えた場合、減圧症を疑う必要があることをラットの50g以下の発症率が物語っているのである。
参考文献
1) 大岩弘典:新しい潜水医学、水中造形センター、2003;pp38-60.
2) 鈴木信哉:減圧障害に対する治療―補助療法について―、日本高気圧環境・潜水医学会雑誌
2010;45:41-48.
3) 芝山正治:ダイビング後の航空機搭乗と減圧症、駒沢女子大学研究紀要 2010;17:367-374.
4) 芝山正治:レジャーダイバーの減圧障害(DCI)発生件数を推移、駒沢女子大学研究紀要
2007;14:103-109.
5) 芝山正治、小宮正久、山見信夫、外川誠一郎、柳下和慶、中山晴美、岡崎史紘、眞野喜洋:レジャーダイバー調査
(10年間)からみたダイバー人口動態の推移、日本高気圧環境・潜水医学会雑誌 2007;42:17-21.
6)
芝山正治、眞野喜洋、山見信夫:潜水業務者(海洋潜水者、漁業者、ガイドダイバー)の潜水プロフィールと減圧症、
平成19年度厚生労働科学研究費補助金、労働安全衛生総合研究事業、公募課題番号:H19-労働-一般-004、分
2009;p.83-86.
7) Tikuisis P, Gerth WA : Decompression theory. In:Brubakk AO,
Neuman TS, eds. The Physiology and Medicine of
Diving, 5th Ed. Edinburgh; Saunders,
2003.pp.419-454.
8) 芝山正治:圧気土木作業における減圧症の発症率、駒沢女子大学研究紀要、2009;12:16:79-86.
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