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論文 51





       静岡東部ドクターヘリの減圧症症例への取り組み   フライトナースの活動報告  


                                矢田 麻夏     順天堂大学医学部附属静岡病院    





 はじめに】

静岡東部ドクターヘリは、県中部から東部地区をカバーしており、その中でも伊豆半島は多数のダイビングスポットや
海水浴場を有している。平成16年度の運航開始より平成23年3月まで外因性疾患のうち水難による事故が3731件中
141件で26%を占めていた。

ダイビング中の事故は主に溺水、減圧症であるが、救急現場では受傷機転やバイタルサイン、症状などのフィジカル
アセスメントにより病態を予測するにすぎず、診断をつけることは困難である。減圧症が発症した場合は、早期に再圧
治療が必要である。

 当施設は減圧症の再圧治療に必要な第2種装置を保有していないが、ドクターヘリを用いた減圧障害に対する救急搬
送システムが確立されている。

 そこで、減圧症を疑い適切な施設へ搬送する判断の一助として、ダイビング形態や発症状況などの情報収集が重要で
あり、短時間で収集するためにフライトナースがチェックリストを作成し活用してきた。また、減圧症は静岡東部ドクター
ヘリの特徴的疾患であり、その現場で活動するダイビングインストラクター(以下インストラクター)、消防との連携が重要
であるため、これまで様々な取り組みを行ってきた。その活動を振り返り考察する。


 【ドクターヘリとは】

救急専用の医療機器を装備し、救急医療の専門医師と看護師を迅速に現場に到達させ、速やかに適切な救急処置
が開始されるようにするために用いられる救急医療専用ヘリコプターである。

 ドクターヘリの役割は、救急患者の受傷や発症の早い段階から治療を開始し、救命率の向上、予後の改善を図ること
である。現在全国には、26都道府県31機のドクターヘリが配備されている。1)

 

 【静岡東部ドクターヘリの紹介】
 
 静岡東部ドクターヘリは、平成16年度より番目として運航を開始した。

 基地病院である順天堂静岡病院から約50q圏内、搬送時間は
20分以内の県中部から東部地区をカバーして
いる。出動実績については、Fig.1参照。

 当院以南に救命救急センターが存在しないため、医療過疎地域から専門的治療を行う目的でドクターヘリを用いて
救急搬送している。

 そのため病院間搬送が約4割を占め、専門的な治療開始までの時間短縮に役立っている。疾
患別内訳はFig.2参照。



Fig .1




Fig .2




Fig .3

 

全体の44%占める外因性疾患の内訳Fig.2では、平成16年度の運航開始より平成23年3月までに水難による事故
3731件中141件で全体の26%を占めていた。そのうち、ダイビングによる事故は138件発生している。

 
伊豆半島をカバーし有数のダイビングスポットが存在することから、ダイビング中の事故は当ドクターヘリの特徴的なも
のといえる。全体の搬送数からみると、その搬送先は順天堂静岡病院が約割を占めている。しかし、熱傷、減圧症に
関しては順天堂静岡病院では専門的治療を行うための十分な設備がないため、専門的治療ができる病院へ搬送してお
りドクターヘリを有効活用している。

 

 【フライトナースの活動の実際】

ドクターヘリ運航当初より減圧症に対してフライトナースが様々な取り組みを行ってきた。その内容は、Table1に示す
.
通りである。



Table 1 フライトナースの活動実績



我々はドクターヘリで搬送した症例の検証目的で消防、近隣の施設のスタッフと、事後検証会を年に2回実施している。
その事後検証会を利用して減圧症に対する現場での協働をテーマにレクチャーを実施し、現場から要請する必要性を
呼び掛けた。実際に搬送を経験する中で、減圧症に対する知識不足から、情報収集に不備がある事を認識したため、
短時間で必要な情報を収集するためのチェックリストを作成した。

 これはダイビング形態や発症状況など減圧症と判断する為に必要な内容を盛り込んだチェックリストとなっている。
活用方法は、現場診療をおこなっている際に同席しているインストラクターや付添い者に自記式で記載を依頼している。
情報の不足分は、診療の合間にフライトナースが追加している。

 当施設は再圧治療装置を有していないため、治療に対する知識が不足しており搬送先病院での引き継ぎ時不足する
点が多かったがチェックリストを活用したことで一貫した情報収集、情報提供が可能となった。

 また、同乗してきたインストラクターの協力が得られやすく、情報収集がスムーズに行われている。

 チェックリストは複写式になっており1枚は搬送先病院へ渡し、引き継ぎに活用しているため、引き継ぎ時の時間短縮
にもつながっている。これは、今まで活用してきたチェックリストである。(fig4

 



Fig4 チェックリストの内容



平成19年よりフライトナース委員会主催の勉強会が運航施設持ち回り開始され、平成22年に当施設で開催した。
開催にあたり、減圧症の発生や構築されている搬送システムは静岡東部ドクターヘリの特徴的疾患であると捉え、減圧
症のレクチャーおよびシミュレーションを実施した。

平成23月の潜水医学会ではこれまでの活動・経緯を報告し、運用しているチェックリストの紹介をした。
それを機にインストラクターと交流を持ち、合同での勉強会開催に至った。第回目の勉強会は、チェックリストの統一を
目的に行い、意見交換の結果、項目の修正追加がなされた。(fig4参照)

これまでの内容は、減圧症発症の誘因及びダイビング形態に限定されていたが、搬送先病院での治療がスムーズに
開始される目的で、患者の既往歴・内服薬の有無についての項目追加と、事故発症時患者の状態も必要と考え追加し
た。
この修正チェックリストは平成2312月より使用している。

回目の勉強会は、インストラクター、消防、ドクターヘリチーム合同の勉強会の要望があり、現場での連携を目的
に三者合同で勉強会を開催した。インストラクターからの講義では、ダイビング用語や緊急時のインストラクターの対応、
常備する資機材について知ることができ、事故発生時の状況把握に有用な情報であった。

 また、意見交換することで、お互いの役割を認識することができた。

 

 【考察】

運航開始から現在まで、このように減圧症に対して様々な取り組みを行ってきた。減圧症は、全体の出動件数から
みると少ないが、伊豆半島は多数のダイビングスポットを有しているため、地域性を考慮し、発生時には救命処置はもと
より、専門的治療を考慮した適切な搬送先の選定が重要である。

 また減圧症は、治療が早ければ早いほど後遺症の軽減につながるため、受傷機転や症状などから現場で病態予測し
判断する必要がある。


 しかし、症例数が少なく、フライトナースも実践で経験するには限度がある。そこでこれらの取り組みを通して、経験に
差があるフライトナースでも勉強会やシミュレーションを実施することで、減圧症に対する知識の向上につながってきたと
考える。

 またチェックリストの活用は必要な情報を短時間で収集する事ができ、現場活動の円滑化が期待できると推察する。
それは、減圧症の知識を持っているインストラクターであれば、理解できる内容で作成してあるため、記載しやすく、また
そのまま搬送先病院へ引き継ぐ事ができるなどの利点がある。

 今までは現場活動の中でドクターヘリチームだけが独自で使用していたが、潜水学会でチェックリストを紹介した事を
に、双方の協力が必要不可欠であるとの認識を得る事ができた。これにより、更に現場でインストラクターの協力が得
やすくなり活動が可視化したといえる。

2度開催した勉強会では双方の立場から情報交換し、チェックリストの見直し改定に至った。今後共通のチェックリスト
を使用することは、ドクターヘリチームへ早い段階での情報提供が可能となったと考える。

 この勉強会を通して、消防側にも現場で
共通のチェックリストを使用している事を知ってもらう機会となった。
現場で関わる関係者全員が共通意識を持つ事が重要である為、消防の意見も今後取り入れる必要がある。

今回勉強会の中で減圧症症例のシミュレーションの実施は、ドクターヘリチームの活動の認識と、消防が到着するまで
にインストラクター自らがするべき事を知ってもらう良い機会になったと考える。

 反対に、我々もインストラクターがどのような知識を習得の上、活動しているか知ることができた。万が一事故が発生し
た場合のお互いの立場でできる事、現場対応が生命に左右することを再確認し、今後の知識・技術の習得に向けた
勉強会の方向性も示された。そして、消防、ドクターヘリチームとの連携強化に意欲的であった。

伊豆半島は、沖縄に次ぐダイビングスポットを有し、全国的にも注目されている地域である。
そこで活動するインストラクターとしての自負があり、安全に対する意識の高さを感じた。その地域で活動している
ドクターヘリチームを含めた機関も、医学的な事だけではなくダイビングに関する知識も深めていくのと同時に、救命の
連鎖の作動 、ドクターヘリを用いた救急搬送システムの理解 、減圧症の知識習得、現場活動での協力、 チェックリスト
の記載を行うことが後遺症の軽減、早期治療につなげられることを改めて感じた。

今後は、統一したチェックリストを使用し追加や改善点などがないか評価し更に改定を考えている。
また、現場での連携が重要であり、患者の生命を守るためには、現場から救命の連鎖は必須である。連鎖に関わる
ものがお互いの活動を理解して行動することが重要であり、今後もインストラクター、消防、ドクターヘリチーム合同での
勉強会を継続していきたい。

 

 【おわりに

当施設がドクターヘリ運航開始してから年が経過した。患者は発症・受傷直後から高度な救急医療を受けること
により、救命率の向上・予後の改善につながる。静岡東部の特徴的疾患である減圧症症例へのこれまでの取り組みを
継続し、さらに減圧症患者の救命のため貢献できるようこの取り組みを継続していくことが、静岡東部で活動している
私たちの役目であると感じている。

 今後は、インストラクター・消防・ドクターヘリチームの連携も視野に入れ静岡東部のチームとして、活動し続けることが
重要であると認識している。

 

 

引用、参考文献

1)濱啓次、杉山貢、坂田久美子:フライトナース実践ガイド、へるす出版 2008pp6

2)山見信夫、ダイビング医学 潜水医学

http://www.divingmedicine.jp/decompression/index.html






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