Medical Information Network for Divers Education and Research



論文 3



 潜水病に対する現場活動から治療まで   

                                山本 五十年     東海大学病院 救命救急センター次長




 潜水病は、一旦発生すると可及的速やかに再圧タンクを用いた再圧治療が必要となる緊急度の高い特殊な救急疾
患であり、そのため、現場での適切な応急手当て、迅速な搬送システムと救急処置、的確な再圧治療が必要不可欠で
ある。

 本セミナーでは、潜水病の基礎知識から最新の治療方針、潜水病対策の世界的な流れ、救急隊員の救急活動の実
際、ダイバーによる潜水現場の自助努力を中心に、潜水病とその対策の全体像を学んできた。ここでは、当救命救急
センター来院患者の実態を明らかにしながら、現場活動から減圧症治療までのポイントを総括的に整理したい。






A.潜水病の症例から学ぶ


1) 自験例の病型

 私は、過去 14 年間に潜水病 86 症例 ( 男性 72 例、女性 14 例 ) を経験してきた。病型を分類すると、ベン
ズ 52 例、脊髄型 21 例、メニエール型 ( 内耳型 ) 6 例、呼吸循環型 6 例、動脈ガス塞栓 1 例であった。


2) 4 人に 1 人は後遺症状を残す

 表 1 に病型別の予後を示す。 GR ( good recovery ) は完全回復、 MD ( moderate disability ) は軽度
後遺症状、 SD ( severe disability ) は重度後遺症状、 dead は死亡を示す。全例、 U S Navy の治療表に基
く再圧治療を実施したにもかかわらず、 86 例中 22 例が何らかの後遺症状を残し、 1 例が死亡した。両下肢の麻
痺、感覚の障害、尿閉、失禁などの脊髄症状を示した脊髄型の症例 21 例のうち、 69% は完全に回復しなかった。
脊髄型 4 例と動脈ガス塞栓 1 例は、日常生活に介助を必要とする重度の後遺症状を残した。とくに、動脈ガス塞栓
の 1 例は、現場で心停止に陥り蘇生に成功したものの、意識障害 ( JSC 20 ) を残した。


表 1 .病型別の予後


病型
GR
MD
SD
dead
Type 1
ベンズ
45
Type 2
メニエール型
脊髄型
呼吸循環型
AGE
63
17




3) 潜水病発症の主要な要因

 a ) 深く長い潜水

 図 1 に潜水時間 ・ 最深深度と病型 ・ 予後との関係を示す。分析の結果、次のことが明らかになった。

 @ 脊髄型はベンズより潜水時間が長く、深度が深い傾向がある。
 A 潜水深度 40m を超える 12 例の内脊髄型が最も多かった ( 50% )
 B 予後不良症例 5 例のうち脊髄型は 4 例は最深深度が 40m 以上であり、動脈ガス塞栓の 1 例は最深深度が
    15m と浅かった。
 C 潜水時間が 60 分を超える 15 症例のうち 8 例 ( 53.3% ) が脊髄型であった。
 D 潜水時間が 120 分で潜水深度が 40m を超える 1 例は、呼吸循環型で死亡した。
 
 これらから、潜水時間と最深深度が病型と予後に深い関係があり、重病潜水病発症の要因は危険な潜水であること
は明らかである。逆に、危険な潜水をしなければ、発症しても再圧治療後の潜水病の予後は比較的良いと言うことが
できる。



図 1 .潜水時間 ・ 最深深度と病型 ・ 予後



 b ) 潜水中のエアー切れ

 過去 1 年間に当院を来院した潜水事故の治療以来患者は 20 例であった。うち、 17 例は伊豆周辺で発生した。
 この 17 例のうち、 8 例は潜水中のエア切れによるものであった。このエアー切れによって、 1 例は溺水で心肺停
止となり、 2 例は急浮上にともなう減圧障害から肺胞が破裂し喀血を起こした。また、一昨年真鶴で発症した呼吸循
環型の潜水病 ( 横山隊長報告 ) もまた、エア切れによる急速浮上が原因であった。最も初歩的なミスであるエア切れ
が潜水事故の最大の要因であったことは、潜水の安全管理が守られていないことを意味する。

 c ) 飲酒、睡眠不足

 典型例を提示する。 40m 潜水を行った夫婦のうち、夫が浮上直後に下肢の麻痺を発症した。直ちに当院に搬送さ
れ、再圧治療を行ったが、脊髄の腫大 ・ 出血を起こし、下肢の麻痺は改善せず、車椅子で転院した。妻には異常が
無かった。前日、夫は多量の飲酒をし、睡眠も少なかったが、妻は飲酒をせず十分な睡眠をとっていた。即ち、健康管
理を怠ったことが潜水病発症の要因と考えられた。


4) 重症ほど浮上後発症時間が短い

 図 2 に、浮上後発症までの時間を病型分類別、予後別に示す。 86 例中 79 例、 91.9% が 24 時間以内に発
症した。 46 時間以後の発症は本人の申告に基づくものであり、その正否は不詳である。脊髄型はベンズより発症時
間が短く、 3 例を除き 85.7% が 6 時間以内に発症し、呼吸循環型と AGE は全例浮上直後に発症した。また、後
遺症状を残した症例は完治した症例より発症時間が短かった。即ち、重症な病型と病態を呈する症例ほど、発症が速
いことが判明した。



図 2 .浮上後発症時間と病型 ・ 予後



5) 発症後来院時間は短いほど良い

図 3 は、発症後来院までの時間を病型分類別、予後別に示す。症状が軽度な症例ほど来院までの時間が長い傾向
がある。これは、症状を軽視したためであり、潜水病に対する無理解によるものである。しかし、脊髄型は、 24 時間
を越える 7 例のうち、後遺症状を残した症例が 5 例、 71.4% を占め、逆に、 12 時間以内に来院した 7 例のうち
後遺症状を残した症例は 2 例、 28.6% に過ぎなかった。この事実は、発症後来院までの時間を短縮することによ
り、予後を改善できることを示唆するものである。



図 3 .発症後来院までの時間



6) 重症ほど脱水傾向

 図 4 に、来院時のヘマトクリット値を病型別、予後別に示す。 AGE は、ベンズよりヘマトクリット値が有意に高値を
示した。また、予後不良症例は異常な血液濃縮を示し、ヘマトクリット値が 50% を超える 6 例のうち、予後不良は 4 
例を占めた。
 この血液濃縮は、気泡の存在により化学変化が起こり、血管内の水分が血管外に漏れたために起こる血管内脱水
を示すものである。血液濃縮は、血液粘度を上昇させ、血液循環を障害し、症状を悪化させる。また、潜水前の脱水症
状が悪循環に関与した可能性も否定できない。
 いずれにせよ、血液濃縮が発症または重症化に関与していることは明らかである。従って、潜水前に十分な水分補
給をするとともに、潜水障害が発症した場合は、水分を十分に摂取することが重要である。



図 4 .来院時のヘマトクリット



7) 8 割以上は応急処置を受けず

 表 2 は、現場または搬送中に酸素投与と輸液を実施した症例数を病型分類別に示す。
酸素投与例は 14 例 16.3% に過ぎず、このうち 12 例は救急搬送中に医師または救急隊員により酸素を投与さ
れた症例であった。しかし、重篤な症状を呈した呼吸循環型および AGE に限ると、 85.7% に酸素投与が行われ
た。ダイビング関係者により、現場で酸素を吸入した症例は 2 例に過ぎなかった。
 輸液は転院搬送の 4 例のみであり、心肺蘇生は 2 例に行われ救命された。
 潜水事故をを起こしたダイバーの 83.7% が何らかの応急処置も行われていなかったことは、救急医療システムの
欠如または機能不全を意味する。



表 2 .来院までの応急処置

病型
症例数
酸素投与
輸液
bends
52   
1   
0   
メニエール型
6   
2   
1   
脊髄型
21   
5   
1   
呼吸循環型 / AGE
7   
6   
2   
86   
14   
4   




B.潜水病現場で何を為すべきか


1) 潜水による障害を疑う

 潜水から浮上後 24 時間以内に何らかの症状が出現した場合、潜水による障害を疑うことが重要である。表 3 に
示す症状があれば、潜水による障害と考えるべきである。心肺停止、意識障害があれば、たとえ溺水であっても、現場
判断として潜水病によるものと即断するべきである。



表 3 .潜水による障害、症状および治療法

病  型
症  状
主 な 治 療









1 型
減圧症
皮膚型
  皮膚発赤、蕁麻疹様丘疹、掻痒感、
  むくみ
対症療法
酸素投与
不要
四肢型
( ベンズ )
  関節痛、筋肉痛、しびれ
再圧治療
酸素投与



* 現場

* 搬送中

* 病院
 ( 輸液 )
2型
減圧症
中枢神経型
  頭痛、痙攣、意識障害、脱力、麻痺、
  知覚障害、視力低下、失語症
 輸液、呼吸管理、
 抗痙攣剤、抗浮腫剤
脊髄型
  腰背部痛、四肢麻痺、知覚障害、
  閉尿、失禁
 輸液、抗凝固剤、
 ステロイド
内耳型
  めまい、聴力低下、耳鳴り、吐気  輸液
呼吸循環型
( チョークス )
  呼吸困難、チアノーゼ、胸痛、咳、
  喘鳴、ショック、心肺停止
 CPR、輸液、
 呼吸管理、抗凝固剤
 ステロイド
動脈ガス塞栓
     意識障害、呼吸困難、血痰、チアノーゼ、
     ショック、腹痛、心肺停止
 CPR、集中治療、
 胸腔ドレナージ、
 抗凝固剤、ステロイド
加減圧による
圧外傷
スクイーズ
  耳痛、めまい、耳鳴り、頭痛、顔痛  検査、対症療法、抗生剤
気 胸
  呼吸困難、胸痛、チアノーゼ
 胸腔ドレナージ、酸素投与



2) 酸素投与、 水分摂取

 発症後、直ちに酸素投与を開始する。酸素投与の目的は、窒素の洗い出しと低酸素状態の組織への酸素化であ
る。従って、吸入酸素濃度は 100% が望ましい。そのため、リザーバー付のフェイスマスクを使用し、可能ならば、酸
素量毎分 10 リットルを維持したい。意識障害があれば気道確保を行い、心肺停止であれば直ちに心肺蘇生
 ( bystander CPR ) を実施しながら、救急隊員が到着するのを待つ。
 ベンズの症状以外の苦痛を伴う症状がなければ、水分の摂取をすすめる。水分の質は、水、茶などの無電解質液よ
り、ナトリウムを含む電解質液 ( スポーツドリンク ) が望ましい。


3) 情報の収集

 現場のマンパワーに余裕があれば、潜水事故の状況または潜水法方の問題点を把握するとともに、傷病者の症状
を聴取し状態を把握する。とくに、意識障害、呼吸困難、 ( 息苦しさ ) 、胸痛、血痰、下肢の麻痺、感覚の異常、失禁
の有無がポイントである。


4) 連絡

 酸素吸入による効果を待たず ( 様子を見ることなく ) 、直ちに DAN JAPAN 、消防機関 ( 119番 ) 、関連医療
機関に連絡を取り、その指示に従う。救急医療システムまたは潜水救急システムが稼動している地域は、地域医療と
潜水病システムの実情を把握しているので、救急隊員が現場に到着した場合は、その指示に従う。


C.救急 ・ 救助のポイント

1) 緊急対処、安全な場所への移動
 
 平らで安全な場所を確保し、傷病者を仰臥位とする。

2) 溺水への対応

 直ちにすべきことは、意識および呼吸の確認である。溺水に陥っていることがあるので、直ちに、蘇生 A B C の手順
に従った対応を行う。

3) 救急現場の診療の要点

 救急隊員は次の診療を行う。

   a ) 問診を的確に行う

   @ 潜水浮上後のエピソード
   A 急速浮上、事故による緊急浮上の有無
   B 浮上後発症までの時間経過
   C 潜水時間と潜水深度

   b ) 症状 ・ 所見を見逃さない      観察の手順は、意識ー呼吸ー循環ー神経 である。

   @ 表 3 の症状の有無
   A バイタルサインの異常        低体温の可能性も見逃さない。
   B 呼吸音の異常             左右差、喘鳴、湿性ラ音に注意する。
   C 神経学的な異常を見逃さない    下肢の麻痺、知覚 ( 触覚、痛覚 ) の障害に注意する。
   D 外傷の有無もチェックする

   c ) 重症患者には、酸素飽和度 ( SpO2 ) と心電図モニターを必ず行う。


4) 救急処置

   a ) 心肺蘇生

      救命救急士がいる場合には、気道確保に E G T A ( 食道閉鎖式エアウェイ ) を用いる。
      低体温の場合、心室細動が起こりやすいので、電気的除細動の準備をしておく。

   b ) 気道確保

      意識障害があれば、必ず気道を確保する。

   c ) 酸素投与

      SpO2 が 90% 以上であっても、リザーバーつきのフェイスマスクを使用し、酸素流量毎分 10 リットル以上
      で酸素投与を行う。

   d ) 人工呼吸

      潜水病による脊髄障害が頚髄に及ぶと、呼吸筋が麻痺することがある。この場合直ちに、人工呼吸を実施す
      る。

   e ) 誤嚥の防止

      嘔吐がある場合、吐物による誤嚥を必ず防止する


5) 判断と対応

   a ) 潜水による障害か否かを評価する
   b ) 再圧治療が必要か否かを判断する
   c ) 再圧治療が必要と判断した場合、再圧治療施設への搬送方法を決定する

    * ダイビング関係者がすでに DAN JAPAN または医療機関に連絡しており、傷病者に適切と判断できる場合
      は、これに従う。
    * 傷病者の緊急度を評価した上で、緊急度が高い場合は、再圧治療施設までの搬送時間がもっとも短くなる搬
      送方法を検討する。

      DAN JAPAN または再圧治療施設に連絡し、搬送方法を協議の上で決定する。

   d ) 心肺停止またはこれに近い場合は、二次救命処置のできる医療機関に搬送し、バイタルサインがある程度 
      安定した後、再圧治療を実施する必要があれば、転院搬送する。


6) 搬送中の処置

 搬送中は、 SpO2 と心電図モニターを行い、バイタルサインを経過的にとりながら、気道確保、酸素投与、人工呼
吸、心肺蘇生を継続して、搬送する。


7) ヘリ搬送中の注意点

 高度が上がると気圧が下がり、気泡が増加するとともに、酸素分圧が低下して症状が悪化することがある。従って、
高度 300m 以下で運航するように注意を要する。東海大学ドクターヘリは、海上を高度 100m で運行することが決
められている。
 搬送中は、患者の状態が悪化する可能性があるため、酸素飽和度 ( SpO2 ) と心電図モニターを必ず行い、急変
時には、呼吸管理を中心に救急処置を行う。


D.潜水病救急医療システム


1) 神奈川県の潜水病治療システム

 神奈川県には、多人数用の大型チャンバーが 4 施設に設置されている。うち、再圧治療施設は、海上自衛隊潜水
医学実験隊 ( 横須賀市 ) と東海大学病院 ( 伊勢原市 ) の 2 箇所であった。
 最近、伊東市で 5 名同時にエア切れを起こし、うち重傷者 2 名がドクターヘリで東海大学病院に搬送された。この
集団事故を契機に、多数者事故や集団災害に対応する必要から、本年 1 月より北里大学救命救急センター ( 相模
原市 ) が東海大学病院と連携して再圧治療を実施することになった。潜水病の多数発生時には、東海大学と北里大
学は救急連携を図りつつ共同で対応することが可能となった。
 また、海上自衛隊潜水医学実験隊と東海大学救命救急センターとの間に、従来から潜水病の救急連携を行ってい
たが、さらにドクターヘリ連携システムを確立するため、国レベルで現在検討中である。





┌───────────────────────────────────────────────┐

  参考資料  ドクターヘリコプター試行的事業


  平成11年10月より国の事業としてヘリコプターが全国に2ヶ所 ( 東海大学病院と川崎医大病院 ) に配備され、ドクターヘリの試行的運 
  用が開始された。本事業の目的は、ドクターヘリ導入による救急患者の予後改善効果と医療費削減効果を検証することにある。すでに、内閣 
  内政審では全国展開へ向けて協議が行われつつある。

  【運用組織】
  1) 東海大学ドクターヘリ試行的事業検討委員会 : 神奈川県、県医師会、県病院協会、県消防長会、県西地区消防行政協議会、秦野伊 
                                   勢原医師会、伊勢原市、北里大学、東海大学
  2) 東海大学ドクターヘリ試行的事業連絡会    : 上記諸団体に、神奈川県かすべての郡市医師会と消防本部、静岡県御殿場小山消防
                                   本部

  【東海大学へリポート】
  当初、隣接グランド(救命センターから車で3分)を使用していたが、救命センターの裏の臨時へリポート(従来、駐車場として使用)を整備した。
  近々、この専用へリポートにドクターヘリを常駐させる予定。

  【場外臨時離発着場】
  各市町村(消防本部)の協力を得て、臨時離発着場の確保に傾注した。1月現時点で79ヶ所(22市町村)の場外臨時離発着場が認可されて
  おり、今年度中に100ヶ所を目指している。

  <航空法改正>
  本年2月1日から、航空法改正により、「民間機による離着場規制緩和」が実施される。これにより、民間航空会社所有のドクターヘリ等につい
  ても消防機関等からの出動要請があれば、既存の消防防災ヘリと同等な航空法一部除外機としての運用が可能になる。従来は、民間機によ
  るドクターヘリは、事前に守備範囲内の離着陸可能な場所を選定し臨時離発着場として書類を作り、航空局に申請し許可を受けなければヘリ
  を着陸させることが不可能であった。今後はこのような煩雑な申請許可作業は必要がなくなり、運行規定の基準に合致している場所であれ  
  ば、ヘリの離着陸が可能になる。防災対応臨時離着陸場も、従来では災害時に限っての運用許可であったが、規定改定により、患者搬送の 
  任務の双発ヘリであれば災害時以外でも運用できる。従って、運行規定に盛り込み航空局で認可されれば、今後ある程度の空き地があれば
  かなりのケース、パイロットの判断で事故現場当等の真近に合法的離着陸が可能になる。

  【運用システム】
  1) 医療クルーの編成      : 医師 2 名、ナース 1 名の 3 名出動態勢
  2) 出動時間            : 昼間、8:30分〜16:30分 (冬期)
  3) 要請から離陸までの時間  : 消防機関による出動要請から離陸までの目標時間を 3 分とした。現在 4 分以内に出動できるようになっ
                        た。
  4) 出動システム
     第一期は、県央 (秦野、伊勢原、厚木、愛川、津久井、海老名、綾瀬、座間、大和、相模原) 湘南 (藤沢、平塚、茅ヶ崎、大磯、
     寒川、二ノ宮) 県西 (小田原、南足柄、足柄上、箱根、湯河原) 静岡県御殿場 ・ 小山を対象地域として、消防機関とのドッキング
     方式を進めた。第二期として、対象地域を、半径60Km圏内とし、県内全域、静岡県、山梨県にも拡大するとともに、転院搬送を可能にす
     るために、現在、諸機関で検討中。
  5) 消防機関の救急出動態勢
     ドクターヘリの運用に対応するため、各消防本部は出動マニュアルを作成しており、ほとんどの消防本部は救急隊と消防隊の同時出動を
     行っている。出動要請とともに、消防隊を臨時離発着場に急行させ安全な離発着管理を行っている。

  【運用実績】
  1月現時点までに40症例にドクターヘリを活用した。出動件数は場外臨時離発着場の整備にともなって増加し、12月は3日に2件にの割りで
  出動した。2例は洋上救急対応であり、海上保安部と連携した。また、潜水病救急連携システムを構築している伊東市にも出動し、4名の重症
  潜水病患者を搬送し、良い結果を得た。特殊なケースとして臨界事故による放射線障害の患者のために東大病院に培養表皮を搬送した。

  【今後の課題】
  1)二次病院からの転院搬送方式を確立する。 2)県を越えた広域体制を構築する。 3)場外臨時離発着場の整備を進める。 4)複数消防 
  本部の広域連携による臨時離発着場の共同利用体制を整備する。 5)統一の消防機関マニュアルを作成する。 6)消防防災ヘリとの連携シ
  ステムを確立する。

  【展望】
  年間150件以上の出動が展望できるようになった。ドクターヘリの運用は、全ての市町村に救命救急センターERを配置するのと同等の意義 
  があると考えられ、従来、救急医療システム上、救命し得なかった重症患者が救命される効果が期待できる。


                                        東海大学病院救命救急センター ドクターヘリ担当  山本五十年 猪口貞樹

└───────────────────────────────────────────────┘



2) 静岡県の潜水病治療システム



 静岡県には DAN JAPAN 協力医療機関が 1 ヶ所 ( 沼津市 ) しかなく、しかも 1 人用のチャンバーである。他人
数用の大型チャンバーは、静岡済生会病院に設置されているが、潜水病連携システムはない。静岡県救急医療情報
センターに問い合わせると、各地域の 1 人用のチャンバー設置施設を紹介するにとどまる。
 このため DAN JAPAN のホットラインを情報センターとして、再圧治療施設を紹介するシステムが整備されてき
た。この DAN JAPAN の情報ネットワークにより多くのダイバーが再圧治療を受けることが可能となり、わが国唯一
の緊急情報システムとして機能してきた。
 静岡県では、近年、消防防災ヘリの運用が開始され、潜水病患者のヘリ搬送が可能となっている。既に、順天堂伊
豆長岡病院救命救急センターから東海大学病院救命救急センターに、動脈ガス塞栓による心肺停止患者が消防防災
ヘリにより搬送され、一命をとりとめた。

 伊東市漁業協同組合は、発症後可及的速やかに緊急再圧治療を受けることができる緊急連携システムを確立する
ため、東海大学病院と協議を重ねた。この結果、 1998 年 4 月から、伊東市漁業協同組合と東海大学病院の間に
潜水病救急連携システムが確立した。このシステムにより、伊東市および周辺域で発生した潜水病患者は、 24 時間
何時でも救急搬送ー緊急再圧治療を受けることができるようになった。しかも、東海大学ドクターヘリを救急連携システ
ムに導入し、すでに 3 名の潜水病患者が搬送されている。



<伊東市内の潜水病救急連携システム>

1) 関係団体


 表 4 に示すように、伊東市医療機関、伊東市消防本部、ダイビング関連事業所、ダイビングショップ、東海大学病院
である。


表 4 .救急連携システム関係団体


救急連携システム関係団体


           1) ダイビング関係団体

            *ダイビング関連事業所 : 15 事業所
                    伊東市漁業協同組合本所、4 支所
                    八幡野漁業協同組合
                    他ダイビングサービス
            *ダイビングショップ    : 24 ショップ

           2) 伊東市医師会  29 医療機関 ( 24 診療所、5 病院 )

           3) 伊東市消防本部

           4) 東海大学病院救命救急センター



2) 救急連携システムの特徴

 表 5 に、潜水事故に対する救急連携システムの構成要素を示す。
 ドクターヘリ出動要請をした場合、消防機関による要請後約 20 分で医師 2 名が搭乗したドクターヘリが伊東市内
に着陸することが可能となった。緊急度が高い場合は、消防機関とのドッキング方式が推奨される。


表 5 .救急連携システムの構成要素


潜水事故に対する
救急連携システムの構成要素


    1) 事故者、潜水関係者、医療機関から救命救急センター 
       への 24 時間緊急連絡体制

    2) ダイビング事業所による連絡と指導

    3) 事故者のチェックシートの運用

    4) 消防機関の地域医療機関への救急搬送

    5) 医療機関での初期治療と転院搬送

    6) 救命救急センターでの 24 時間再圧治療体制



3) 緊急連携システム確率後の変化

 表 6 は、1993 年 12 月以降の 6 年間に、伊東市およびその周辺域から来院した減圧症 25 症例を対象とし、
1998 年 4 月の救急連携システム確立以前と以後に分かち、システム確立に伴う変化につき検討したものである。
 システム発足後の 13 症例のうち、 10 症例がシステムを利用しており、利用率は 76.9% であった。救急搬送の
割合は、以前が 25% であるのに対し、以後は 69.2% ( ヘリ搬送は 4 例 ) に増加し、酸素投与率も以前 
16.7% に対し以後は 69.2% に増加した。
 これらの結果、従来、救命不能な患者が救命されたばかりか、後遺障害を残す患者が減少している印象がある。こ
の予後評価は重傷度を考慮する必要があり、今後の検討課題である。


表 6 .救急連携システム確立後の変化

システム以前
システム後
システム利用率
76.9% (10/13)
救急搬送率
25.0% (3/12)
69.2% ( 9/13)
発症後 12 時間
以内来院率
33.3% (4/12)
61.5% ( 8/13)
酸素投与
16.7% (2/12)
69.2% ( 9/13)



E.潜水事故の治療概要

 ここでは、ダイビング関係者、救急救助関係者に留意していただきたい当救急救命センターの治療概要につき述べ
る。


1) 来院時の初療

<重症患者の場合>

 バイタルサインに異常のある重症患者は、蘇生室に搬送され次の診察をする。

@ バイタルサインのチェック
A 心電図モニター、酸素飽和度モニター
B 輸液の開始
C 血液ガス測定 ( 動脈血の酸素分圧、炭酸ガス分圧、酸塩基平衡の測定 )
D 抹消血検査、生化学検査
E 意識障害、呼吸障害があれば、気管内挿管による気道確保
F 胸部単純 X 線撮影
G 気胸があれば、チェストチューブ挿入し、脱気する
H 十二誘導心電図

* ここまでは一直線に行なう。

I 簡単な病歴聴取
J 全身の身体所見をとる ( いわゆる診察 )

* ここで、減圧症の病型を評価する。

K 再圧治療表の選択 ( US NAVY table を用いる )
L 薬物投与

   *ステロイド剤 *抗凝固剤 *抗生物質 *その他

 動脈ガス塞栓や心肺停止に近い最も重篤な患者の場合は、初療の一部を省略し、再圧治療を急ぐ。

<重症ではない患者の場合>

@ 病歴の聴取
A バイタルサインのチェック
B 身体所見をとる
C 輸液(軽症では水分摂取)
D 血液ガス測定
E 抹消血検査、生化学検査
F 胸部単純 X 線撮影
G 十二誘導心電図
H 減圧症の病型の評価の治療法の選択
I 薬物投与


2) 再圧治療

@ 治療体制

   *重症の場合
    チャンバー内 : 医師 1 名、ナース 1 名
    チャンバー外 : 臨床工学技師と管理医
   *軽症の場合
    チャンバー内の付添はない

A 再圧治療
   重症の場合は、装置内で人工呼吸管理、輸液管理等の集中治療を行なう。

B 再圧治療

  *第一部の潜水病の治療指針を参照
  *治療中は、症状の改善程度を 10 段階で聴取する。


3) 初回再圧治療後の治療



@ 初回の再圧治療で完全に改善しない場合は、症状が固定するまで、連日、再圧治療(高気圧酸素治療)を
   実施する
A 重症患者は、集中治療室(ICU)に入室し、呼吸循環管理を実施します
B 軽症患者は高度治療室(HCU)に入室し、症状の変化を観察します


4) 退院後のフォロー

@ 入院中に、潜水プロフィールを含む病歴を詳細に聴取する
A 国際 DAN の報告書 ( DIRF ) の記入をお願いしています。
B 退院時または入院中は、際潜水の時期について話し合う
C 退院 1 週間後に再診を行い、身体状態をチェックする。その後の再診の必要性を判断する


【 DIRF とは 】

 Diving Injury Report Form の略で、国際 DAN が作成した減圧障害報告書のことである。国際的に統一し
た内容の報告書によりデータを集積し、潜水事故の疫学的な検討により予防対策を講じるためのものである。また、全
国的に DIRF を使用することにより、我が国の減圧障害の実態が明らかになると考えられる。


F.安全な潜水のために

 潜水病の発症には原因と要因があり、 『 してはならない潜水 』 の結果、生じるものです。 『 まさかな時 』 の的確な
救急対応により、潜水による不幸を最小限にすることができますが、もっとも大切なことは、健康管理と安全な潜水に
よって、潜水病の発症を未然に防止することです。

 最後に、先日、 5 名同時の潜水事故が起きた後、あるインストラクターが述懐した言葉を忘れることができません。
このインストラクターの言葉を紹介し、潜水事故を起こさないように、切にお願いいたします。

 『 ここ数年、リーダーシップレベルのダイバーが同行していながら、死亡事故が発生する ( 講習中を含め ) ケースが
多くなってきています。指導員自身の経験が非常に少なく、海況の悪化、体調の変化、水中で発生しうるトラブルに対
し、自分が対処できる限度を知らないように見えます。自分の経験を増やし、見地を広げ、トラブル予防の観察力、トラ
ブルが発生した時の判断力、と軽度な段階での早期解決をする技術、これを支えるフィジカルスキルの向上など、どれ
をとっても不足し、水中での安全管理が出来ないなどの傾向が目に付きます。
 自分が、管理できる限度をわきまえ、参加者の経験を踏まえ、無理のない計画を立て、水中でのエアーチェックなど
の安全管理を実施していっれば、事故は起きないはずです 』 

                                                        ( 2000年 1月 22日)




1st 2000  総合目次  Top Page