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論文 8





 国際基準に基づいた最新の心肺蘇生法


                                根本 学    青梅市立総合病院救命救急センター次長





【「心肺蘇生法」統一基準について】

2000年 8 月、米国心臓協会( American Heart Association ; AHA )は、
“ Guideline 2000 for Cardiopulmonary Resusitation and Emergency Cardiovascular Care
 : 心肺蘇生と救急心血管治療のための国際ガイドライン ”を発表した。



【背景】

1950年代   心肺蘇生(Cardiopulmonary Resuscitation : CPR)の方法が開発される。
1960年代   米国において認定コースが設置される。
          対象は医師、看護婦、救急隊員、電気配線工事関係者など、CPRのトレーニングは非常に専門的
          (医学的)である。
          人体の解剖・生理学の解明、技術の進歩、CPRの質の向上により改善。
1974年     AHAと米国医師会が、「CPRは一般市民にもできる」と提唱。
          これにより、一般市民にもCPR実施が許可された。
1980年     CPRに関する医学基準が見直される。以後、1986,1992,2000年の改訂。



【日本のCPR教育】

1990年、94年に日本医師会が中心になって「救急蘇生法の指針」を作成。
AHAのガイドラインとの関係については、下記のように述べている。

   ・ 「一般市民のために」は、AHAの一次救命処置(BSL)に相当。
   ・ 「医師用」は二次救命処置(ALS)に相当。 
      (救急蘇生法の指針ー医師用ー、1994.12.15、ヘルス出版)

これにより日本赤十字社。消防組織も独自の指針に基づいた一般市民講習を開講してきた。



【今回の改訂】

・ 2000年8月22日、AHAが新ガイドラインを発表。

・ これに対し、日本はCPRの手順はAHAの新ガイドラインに順ずると決定。



【変更内容】  基本的にはそれほど変わっていない。

 従来の方法

      1 誰か倒れている → 声をかける → 意識がない
      2 助けを呼ぶ
      3 気道を確保 ( 消防講習会では気道確保の前に“口腔内確認”を行う )
      4 呼吸の確認 → 呼吸なし → 人工呼吸 : 1.5〜2秒かけて800〜1200ml
      5 脈の確認 → 脈なし → CPR : 1分間に80〜100回

 今回の改訂

     1 誰か倒れている → 声をかける → 意識がない
     2 助けを呼ぶ
     3 気道を確保
     4 呼吸の確認 → 呼吸なし → 人工呼吸 : 2秒かけて10ml/kg(500〜800ml)
     5 循環の観察 → 循環停止 → CPR : 1分間に100回



【今後の展開】

 ガイドラインが変わったら日本は大きく変わるか?
 AHAのガイドライン=米国の基準

 ガイドライン2000は、国際的な会議を何度か開催して決定されたものであり、その意味では世界基準と言えるかも
しれないが、基本的には米国の救急医療の歴史の中で作られてきたガイドライン。

 ・ 米国の救急医療システムの流れに沿った基準
 ・ 米国で使用されている資器材や薬剤を採用した基準  
    例えば、自動体外式除細動器(aoutmated external defibrillator : AED)は「脈がない人」に使う場合、
    早ければ早いほど効果がある。
 ・ 欧米で市民が使用できる医療器具や薬剤でも、日本では厚生労働省が使用を認めていないものがある。
 ・ 酸素やAEDは訓練すれば一般市民でも使用可能。しかし、日本では医療器具であり、一般市民が使用することを
   認めていない。

そこで、日本の医療事情に基づく独自のガイドラインを策定する必要があった。これが、「救急蘇生法の指針」である。

 ・ 「救急蘇生法の指針」 医師用 2002年1月30日改訂
 ・ 「指導者のための救急蘇生法指針」 一般市民用 2001年5月30日改訂
 ・ 「救急蘇生法の指針」一般市民のために 2001年5月30日改訂


【AHA2000年ガイドライン概要  一般市民向け】

 1. 頚椎損傷の疑いがある場合

    1992年 ガイドライン  頭を水平に保ち、顎を挙げる (顎先挙上のみ)。
    2000年 ガイドライン  下顎挙上法。頭を挙上せずに顎を挙げる (下顎挙上法)。
    2001年 ガイドライン  基本は顎先挙上法。下顎挙上法は参考にとどめる。

 2. 呼吸の確認

    1992年 ガイドライン  3〜5秒間確認。
    2000年 ガイドライン  10秒を超えない程度で確認。
    2001年 ガイドライン  同上。

 3. 息吹き込み時間

    1992年 ガイドライン  1回の吹き込みに1.5〜2秒かける
    2000年 ガイドライン  1回の吹き込みに2秒かける
    2001年 ガイドライン  同上。

 4. CPRを開始する適応

    1992年 ガイドライン  脈拍を確認して、なければ胸部圧迫を開始する。
    2000年 ガイドライン  2回の息吹き込み後の、血液循環のサイン(例:呼吸再開、咳き込み、体動など)を
                    確認し、なければ胸部圧迫を開始する。
    2001年 ガイドライン  同上。

 5. 胸部圧迫の手の位置

    1992年 ガイドライン  胸骨上で剣状突起を除く 2 横指上の部位。
    2000年 ガイドライン  胸骨と両乳首を結んだ線の交点。
    2001年 ガイドライン  採用せず。

 6. 胸部圧迫の回数

    1992年 ガイドライン  1分間に80〜100回の早さ。
    2000年 ガイドライン  1分間に100回の早さ。
    2001年 ガイドライン  同上。

 7.人工呼吸を行わないCPR

    1992年 ガイドライン  ガイドラインなし。
    2000年 ガイドライン  口対口人工呼吸ができない、あるいはしたくない場合は、気道確保を行い、1分間
                    に100回の早さで胸部圧迫のみを行う。
    2001年 ガイドライン  同上。

 8. 反応がある窒息者の胸部圧迫

    1992年 ガイドライン  5回腹部を圧迫。その後再確認。
    2000年 ガイドライン  窒息者が意識を失うか、異物が飛び出るまで上腹部圧迫を行う。
    2001年 ガイドライン  他に側胸部下部圧迫法、背部叩打法など。

 9. 反応がない窒息者

    1992年 ガイドライン  ハイムリック法
    2000年 ガイドライン  呼吸がなければCPRを開始する。人工呼吸を行うために気道確保を行う時に異物
                    の有無を確認する。もし異物が喉に見えていたら取り除く。
    2001年 ガイドライン  同上。

10. 自動体外式除細動器 (AED)

    1992年 ガイドライン  一般市民にはガイドラインなし。
    2000年 ガイドライン  反応がない対象者には近くにAEDがあれば使用する。
    2001年 ガイドライン  採用せず。



【成人に対するBSLに関する主な変更点 −まとめー】


 1. 脈拍の確認

    以前は頚動脈における脈拍確認を推奨していたが、多くの研究により一般市民レベルでは正確に判断できな
    いものとされた。また、心停止患者の約10%に対して、“脈がある”と判断されることが判明したため、2000年
    ガイドラインでは、頚動脈における脈拍の確認は廃止された。

 2. 口腔内異物の確認

    従来は、「気道確保を行っても呼吸が確保されなければ、口腔内異物の有無を確認し、あればこれを取り除く」
    とされていたが、2000年ガイドラインでは、

     @ 異物の確認 ・ 除去は簡単な操作ではない
     A 異物確認 ・ 除去に手間取り、時間を浪費し、気道確保や人工呼吸、胸部圧迫の開始が遅れる
     B 異物が除去できなければ人工呼吸が開始されない

    などの理由から簡略化された。

 3. 人工呼吸

    口対口人工呼吸はいろいろな状況下でも実施できるものとして有効性は確立している。
    2000年ガイドラインでは、口対口人工呼吸にくわえて、口対鼻人工呼吸を優れた人工呼吸法として
    推奨している。息吹き込み時間は、早く行うと食道への流入が生じ、胃内容物の逆流などが引き起こされる
    ため、2000年ガイドラインでは、2 秒間かけて行うようにと改訂された。また、吹き込み量も、10ml/kg 
    (体重60kgであれば 600ml )に変更され、食道への流入を減少させる方向に修正された。

    バッグ・マスクを用いた人工呼吸では、一人の救助者がマスクを両手で保持して顔面に密着させ、もう一人の 
    救助者がバッグを加圧する二人法が最も効果的であると推奨されている。

 4. 心停止野観察 ・ 判断

    気道確保を行い、10秒間呼吸を観察した結果、呼吸がないと判断された場合は、 2 回の人工呼吸を行い、
    その後、“循環の徴候”観察する。循環の徴候とは、

     @ 正常な呼吸をしているか
     A 咳をしているか
     B その他の自動運動をしているか

    であり、これらが確認されなければ“循環がない”と判断し、胸骨圧迫を行う。

 5. 心マッサージの回数

    心マッサージの目的は、脳還流と冠動脈還流の維持である。実験では、心マッサージだけを行った場合、
    冠動脈還流圧は維持されるが、人工呼吸による心マッサージの中断により、速やかに冠状動脈還流圧は
    低下することが明らかにされている。さらに、 15 回の連続した心マッサージでは、後半 1/3 、すなわち
     10 回目くらいから冠動脈還流圧が有効域に達することが判明した。このため、有効な気道確保、すなわ
    ち気管内挿管が実施されるまでは、心マッサージの回数は連続して 15 回行う必要があるとされ、
    従来の二人法における 5:1 法は廃止され、一人法も二人法も心マッサージと人工呼吸の回数は、
    15:2 へと変更された。

 6. ハイムリック法の関して

    気道内異物の除去方法としては、

     @ 背部叩打法
     A 上腹部圧迫法 (ハイムリック法)
     B 側胸下部圧迫法
     C 胸骨圧迫法

    が主である。傷病者に意識がある場合は、咳をするように促し、咳が弱くなったり、できなくなったりした
    場合は、上記方法を組み合わせて異物除去を行う。これらの異物除去の方法の中で、ハイムリック法は 
    米国などで推奨されていたが、他の方法と比べて、胃破裂 ・ 損傷、肝損傷などの腹部臓器損傷を生じ
    る危険性が高い。実験によると、気道内圧は胸骨圧迫法が最も高いため、2000年ガイドラインでは、
    意識がなく、循環の徴候が見られない窒息者に対しては、胸骨圧迫法を行うことを推奨している。
    もちろん、意識があれば積極的に背部叩打法などを実施すべきことは言うまでもない。

 7. 自動体外式除細動器 ( AED )

    AED は AHA が2000年ガイドラインで最も重要な項目として取り入れている。 AED 使用に関連した
    ガイドラインの変更点は、

     @ 早期除細動が最優先の到達点である
     A CPR を行う義務のある健康管理担当者は除細動に習熟し、準備し、これを使用することを公認
        されなければならない。

    の二点である。

    除細動は、最初の発見者による除細動はショックに陥ってから病院外であれば、医療施設(駐車
    場などの建物内だけでなく敷地内のあらゆる施設)のすべての場所においては、 3 分以内に実施
    すべきであると勧告している。



    一般市民が行う除細動(public access defibrillation ; PDA)においては、 5 年に 1 回の
    心停止者が発生する場所には、AED を設置すべきとしており、警察官、消防士、警備員、スポーツイン
    ストラクター、スキーパトロール、フェリーや航空機などの乗務員には、CPR の教育と同時に AED 使用法を
    習得させるべきとしている。しかし、日本では医師法の問題も絡んでくるため、医師以外のものによる AED を
    用いた心肺蘇生法は採用されていない。



 総括  − 2000年 ガイドラインが目指すものは何か −



    2000年ガイドライン、特に BSL に関する変更点を考えてみると、いかに早く心機能を回復させるかに焦点
    が絞られていることがわかる。口腔内異物確認や気道内異物除去法の簡略化、心マッサージと人工呼吸比
    の一本化、さらに訓練を受けた一般市民による AED 使用など、いずれも早期心機能回復を前提とした改訂
    であるといえる。

    日本においても、ワールドカップ開催にあたり、 AED 設置や航空機客室乗務員による AED 私用が検討され
    ているが、依然として院内における対応は立ち遅れている。また、救急救命士による除細動も医師の具体的
    指示がなければ行うことができず、救急標準家庭修了者による除細動はいまだ検討すらされていない。

    米国でも 1992 年のガイドライン改定において、看護婦から除細動を行うことには抵抗がるという反論が出た
    と聞いているが、協議を繰り返し、プロトコールが策定されるに従い、院内発生の心停止患者に対する看護婦
    による AED を用いた早期除細動は定着し、それどころか看護婦以外の医療従事者、警備員などにも AED 
    を用いた除細動は普及しつつある。

    2000年ガイドラインという極めて洗練されたプロトコールあるいはアルゴリズムが存在する今日、日本におい
    ても何かしらの進歩がなければ、救急医療後進国として他の先進国から見られることは避けられない事実で
    ある。本院においても今後、十分な協議を行った上で、より多くの救えるはずの命を確実に救っていきたいと
    願う。


                                          青梅市市立総合病院救命救急センター次長

                                                              根本 学






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