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論文 9




 スクーバダイビングにおけるレスキュー技術


                                 田原 浩一            日本安全潜水教育協会    






現状のレスキュー講習の問題点


 スクーバダイビングにおけるレスキュー技術はオープンウォーター講習から要素として取り込まれ、さらに、レスキュー
講習として、ステップアップカリキュラムの中にも取り上げられています。現在のレジャーダイビングが、緊急時には互
いの器材及び技術に依存することで成立するバディシステムを基本としていることを考えると、これは非常に理にかな
ったことだと思われます。

 しかし、オープンウォーター講習及びレスキュー講習でレスキュー技術のトレーニングを受けてきたダイバーが、実際
の緊急事態でレスキュー技術を使うことが可能か、あるいはレスキュー活動に積極的に参加できるか、を考えてみる
と、あまり楽観的な答えは望めないように思います。このことは、レスキュー講習を受講した受講者に受講後の感想を
尋ねると、そのほとんどが、レスキュー技術は難易度が高く、体力的にも技術的にも自分は参加することが不可能であ
ると口をそろえることからも想像できます。

 ただし、レスキューの難易度の高さを認識することで「自分がレスキューされる側にならないよう、今まで以上に安全
潜水を心がけようと思った」という意見も、多くから聞かれますから、講習の受講はまったく無意味ではないと思われま
す。しかし、当然のことながら、講習本来の目的は実際にレスキュー活動が行えるダイバーを養成することのはずで
す。スクーバダイビングがアウトドアのレジャー&スポーツであり、器材への異存無くして生存すら保障されない水中が
実際のフィールドである以上、施設やサービスの提供側だけでなく、個々のダイバーが万一の際の対応を心得ている
ことは、ある意味当然のことでしょうし、バディシステムを正常に機能させるためにも、欠くべからざる条件であると思
います。さらに、せっかくレスキュー技術をしようとレスキューコースに臨んだダイバーに、レスキューの難易度の高さば
かりを印象付けることは、レスキュー活動への積極性をスポイルする可能性が高く、これは本末転倒の感すらありま
す。

 このような現状を踏まえて現状のレスキュー講習を考えてみると、カリキュラム、あるいは指導する側に何らかの問題
があるのでは? という疑問を感じてしかるべきでしょう。
 では、具体的にどんな部分に問題があるのか、私が考えるに、大きな問題点は 2 つです。

 @ 一人完結型のレスキューが重視されている
 A 講習で提供している技術が高度すぎる



具体的な問題点


1) 一人完結型のレスキューの重視

 1人でレスキューを完結することができれば複数による対応も可能であるという考え方が根底にあるようですが、現状
では、それが逆にレスキューを複数で行うという意識を薄くしたり、効果的なサポートを行う、あるいは効率的にサポー
トダイバーを使うという意識を持たせない方向に作用しているような気がします。

 実際のアクシデントでは中心的な活動が可能なダイバーは一人だけでもよく、逆にサポートダイバーはできるだけ沢
山欲しいことを考えても、これは大きな問題です。また、負担が一人に集中することで、レスキューには並外れた体力
が不可欠であるというイメージを強く抱かせすぎるという点は、レスキュー活動への参加を消極的にするという意味で、
一人完結型を重視することの根本的な問題点だと思われます。

 ダイビングエリアに全く人がいないという状態の考えにくい現状では、複数によるレスキューという発想を優先させる
べきではないでしょうか。


2) 講習で提供している技術が高度すぎる

 これには純粋に技術的な難易度が高すぎる部分と一人完結を求めるが故の難易度の高さという 2 つの側面がある
と思われます。まず、純粋な技術面に関しての問題点に注目すると、最も問題となるのは「水面での ドゥ ・ セィ ・ ド
ゥ による人工呼吸を行いながらの曳航」ではないでしょうか。 ドゥ ・ セィ ・ ドゥ は、われわれインストラクターでも、
模範的なデモンストレーションを見せるには、コンスタントに身体を鍛え、フィンスイムのトレーニングを続ける必要があ
る技術です。現在の一般のレジャーダイバーに完璧を求めるには無理がある技術だと思われますし、手順自体にも、 
BC が普及していない時代の救助法であるが故の矛盾を感じます。また、AHA 2000において変更された CPR
の手順から考えても、ウィークポイントのある技術とは言えないでしょうか。

 穏やかな海で、かつ、本来ならありえない溺者役の協力まで得られる講習ですら、溺者を見事の静めているレスキュ
ー講習受講生を見かけます。これでは実践で役に立ちませんし、例外的に技術を完全にマスターするダイバーがいた
としても、手順自体にウィークポイントがあれば、技術をマスターするために払われた努力が報われません。

 一方、単独で行うことが難易度を高くしているのが溺者の陸への引き上げです。現実問題として、救助者が体格に恵
まれ、よほど海が穏やかで EX ポイントも整備されていないと一人での確実な溺者の引き上げはまず不可能。講習で
本来不可能な内容に時間を割くのは無駄であり、救助者へのサポートの方法、救助者としてサポートを巧く使うための
方法のために時間をとるべきではないでしょうか。


 ドゥ ・ セィ ・ ドゥ による人工呼吸を行いながらの曳航に感じる矛盾点


 ●せっかくの浮力体である BC を放棄する必要が考えられる

 ・ 装着したままでは、正しいポジションが取れないタイプの BC がある。また、救助者がバックフロートタイプの 
  BC を装着していると、吹き込みの際、背中の浮力が身体を前方に押し倒して、溺者を沈める可能性があ 
  る。
 ・ リゾート用の薄いウェットスーツやライトスーツは、ウエイトを捨てても十分な浮力が得にくく、 BC の放棄によ
  って 溺者のみならず、救助者も危険となる可能性がある。

 ●救助者の呼吸が弾み易く、適切な吹き込みが難しい

 ・ 救助者は、不自然な姿勢を強いられ、さらに一番の浮力体である BC の放棄によって溺者の顔面を水面上
  にキープするためにハードなフィンワークを強いられる。結果、呼吸が弾み、AHA2000 で推奨される、ゆっ
  くりとした長い吹き込みを行うのは、極めて難しい。

 ●確実な気道の確保が難しい

 ・  ドゥ ・ セィ ・ ドゥ ポジションで可能な気道の確保は頭部後屈法のみ。 AHA2000 では頭部後屈法のみの
  気道の確保は紹介されておらず、気道確保の確実性には疑問が残る。 

 ●サポートダイバーの協力で曳航スピードが上がると溺者の頭部が水没し易い

 ・ サポートダイバーの協力が得られて曳航スピードが上がると、溺者の頭部が船の舳先のように水を切り、溺
  者の額側から水をかぶりやすくなる。 

 ●曳航時の抵抗が大きく、抵抗が不均一

 ・ 救助者が溺者の横に位置するため、曳航時の抵抗が大きく、不自然なフィンワークとあいまってスピーディな
  曳航が難しい。サポートダイバーの協力が得られた場合も、抵抗の大きさと、片側だけに救助者がいる不均一
  な抵抗による進路のゆがみが曳航の効率を落とす。




写真 1. BC のない時代の手順である ドゥ ・ セイ ・ ドゥ による人工呼吸を行ないながら
               の曳航には合理的でない部分がある



提案 : 望ましいレスキュー講習

 現状の問題点を解決するのはさして難しくありません。なぜなら、より簡単で、より楽でありながら、より効果的である
と思われる手順があるからです。

 そのひとつは、レスキューは複数で行うもの、負担を一人の集中しないという考え方の徹底です。それだけで
も、レスキュー活動に特別の体力が必要であり、かつ全てを一人で解決するための、非常に高度な技術を要求される
という問題点を解決することが可能です。曳航、器材の脱装、引き上げ等、複数で行うことで確実に、また劇的に個々
の負担は小さくなります。最初は効果的なサポートの方法を取り上げ、次に効果的にサポートを使う(的確な指示を出
す)トレーニングを行うことで、より効果的に実践で “使えるレスキューダイバー” を要請することができると思われま
す。

 なお、この場合、一人完結型のレスキュー技術を提供する上級のレスキュー講習を用意する必要はあると思います
が、それは、全ての一般のレジャーダイバーが確実にマスターすべし、というクラスである必要はないように思います。

 また、溺者を対象とした技術に時間をかけすぎないようにすることで、事故を未然に防ぐための、セルフレスキュ
ー、アシストレスキューのトレーニングにより大きな比重を置くこともできるのでは、と思います。

 次に、水面での人工呼吸を行いながらの曳航方法は、 ドゥ ・ セィ ・ ドゥ 中心からポケットマスクを使った下顎挙上法
+バックキック中心に変更するべきでしょう。下顎挙上法は正しく行えば確実な気道確保が可能です。また、救助者は
溺者の頭部側に位置しますから、 BC が邪魔になる可能性はありません。救助者も溺者も BC の浮力を最大限に使
うことが可能ですから、浮くこと、浮かせておくことに対しての労力は必要がなくなります。また、バックキックは自然な姿
勢で行うことの出きる効率のいいフィンキックですから、不必要に息も弾まず、ゆっくりとした長い吹き込みも可能となり
ます。さらに、サポートダイバーの協力が得られた場合は、救助者、溺者、サポートダイバーが一列に並ぶため、水の
抵抗が少なく曳航のスピードのアップが望めますし、救助者の身体が溺者の頭部をプロテクトするため、溺者の頭部が
不用意に波を被る心配もありません。

 ポケットマスクの携帯と正しい使用法の指導を徹底、そして複数基本のレスキュースタイルを重視することで、レスキ
ューは、難しくて参加できない技術というイメージを大きく改善できるのではないでしょうか。




写真 2. ポケットマスクを使った下顎挙上法+バックキックの曳航は救助者も溺者もBC の浮力を
      最大限に使うことが可能で、浮くこと、浮かせておくことに対しての労力は必要がなくなる





写真 3. サポートダイバーが得られた場合は効率的に曳航のスピードアップが望める。また、救助者
     の身体が溺者の頭部をプロテクトするため、溺者の頭部が不用意に波を被る心配もない



 なお、深い水深からの意識不明者の引き上げや、酸素の活用、心臓マッサージに適さない環境への対応法等、実際
のアクシデントの際に必要と思われる技術やアイディアの提供及びトレーニングをさらに充実させる必要もあると思いま
す。



写真 4. 水底からの引き上げの際は、救助者が溺者をしっかり引き付けてホールドすることが大切。
            救助者と溺者の距離が離れると引き上げの難易度は一気に高くなる。




写真 5. 柔らかな砂地や岩場等、心臓マッサージに適さない環境でも、BC のバックパックプレートを
            レスキューボード代わりに使えば効果的な心臓マッサージが可能になる。


ポケットマスクを使った人工呼吸&曳航のメリット

 ● 下顎挙上法による確実な気道の確保が可能となる。 
 ● 救助者、溺者共に BC の浮力を最大限に利用可能。救助者の安全確保がし易い。 
 ● 溺者との直接接触を避けることで感染症が予防できる。
 ● 曳航時は効率のいいバックキックを使うことが出来る。 
 ● 溺者の口元を波しぶきからプロテクトできる。 



ドゥ ・ セィ ・ ドゥ による曳航とポケットマスクを使った曳航の手順比較

ドゥ ・ セィ ・ ドゥ
ポケットマスク
 意識不明者の発見⇒反応の確認  意識不明者の発見⇒反応の確認
 周囲に助けを求める  周囲に助けを求める⇒救助者の浮力確保
 意識不明ダイバーを仰向けにする  意識不明ダイバーを仰向けにする
 意識不明者のウエイトを外す  意識不明者のウエイト及びBCのカマーバンドを外す
 マスクを外し、呼吸の確認  意識不明者のBCに吸気
 呼吸なし確認⇒脈の確認  気道の確保⇒マスクを外して呼吸を確認
 2回の吹き込み⇒助けを求める  呼吸なし確認⇒ポケットマスクを意識不明者の鼻と口を
 カバーするように当てる
 5秒に1回の吹き込み  2回の吹き込み⇒助けを求めながら曳航開始
 (曳航しながら循環の徴候のチェック)
 5秒に1回の吹き込みを行いながら救助者自身の器材を
 リリース
 5秒に1回の吹込みを行いながら曳航
 5秒に1回の吹き込みを行いながら意識不明者の器材を
 リリース
 岸近くでサポートダイバーを使って救助者、意識不明者の
 器材をリリース
 ドゥ ・ セィ ・ ドゥ ポジションを取って5秒の吹込みを行い
 ながら曳航






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