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論文 11




 呼吸循環型および動脈ガス塞栓症について


                              山本 五十年      東海大学医学部救命救急医学助教授






 減圧症には次の表に示す様々な病型がある。このうち、呼吸循環型と動脈ガス塞栓症は、再圧治療施設に到着する
までに心停止に陥ることが稀ではなく、現場のでの応急手当、救急救助員による応急処置と迅速な搬送、再圧治療施
設での救命処置、再圧治療及び集中治療のどれを欠いても救命することが困難になる。そこで、救命された呼吸循環
型減圧症 2 例と動脈ガス塞栓症の 1 症例について報告し、病態を説明した上で、病院到着までに必要な事項につい
て整理する。


   表 1.  減圧障害の病型と症状

病  型
症  状
再圧治療
対処療法
 減
 
 圧

 障

 害
1 型
減圧症
(DCI−1)
皮膚型
 紅斑、蕁麻疹様丘疹、掻痒感、浮腫
不要
 対症療法
四肢型
 関節痛、筋肉痛、しびれ感、知覚異常
通常


U.S.NAVY

Table 6


を実施
 輸液 ・ 水分摂取
2 型


減圧症


(DCI−2)
中枢神経型
 頭痛、痙攣、意識障害、片麻痺、単麻痺、
 知覚障害、運動失調、視力視野障害
 輸液 ・ 呼吸管理、
 薬物治療
脊髄型
 腰背部痛、四肢麻痺、知覚障害、尿閉、失禁  輸液 ・ 薬物治療
内耳型
 眩暈、聴力障害、耳鳴り、眼振、悪心、嘔吐  輸液 ・ 薬物治療
呼吸循環型
 呼吸困難、チアノーゼ、胸痛、咳、喘鳴、
 ショック、心肺停止
 CPR、輸液、呼吸循環管理、
 薬物治療
動脈ガス塞栓
(A G E)
 意識障害、呼吸困難、気胸、喀血
 チアノーゼ、ショック、腹痛、心肺停止
 CPR、輸液、呼吸循環管理、
 胸部ドレナージ、薬物治療




 1. 呼吸循環型減圧症の症例


【症例】

 症例 1  : 22 歳 女性 (初心者)、  症例 2  : 37 歳 男性 (インストラクター) 

 水深 22m を潜水中、症例 1 のボンベの空気切れが発生し、症例 2 のボンベを共用しながら急速浮上した。浮上
直後から両者とも呼吸困難が出現したため、 119 番通報した。救急隊現場到着時、症例 1 は泡沫状の痰を出し、
ショック状態であった。症例 2 は呼吸困難が強く、酸素飽和度は 84% と低値を示した。救急隊員は減圧症と判断
し、酸素投与を実施しながら約 40 分の長距離搬送を行い、発症 1 時間で当救命救急センターに到着した。

 来院時、両者とも、努力様呼吸、頻呼吸の状態で、低酸素血症、血液濃縮が著明であり、 X 線写真で高度の肺水腫
を示した。

 直ちに、 US NAVY Table 6 による再圧治療を実施したところ、低酸素血症は著明に改善した。再圧治療後、集
中治療室で機械的人工呼吸を行った結果、 7 日目に自宅退院した。


【呼吸循環型減圧症とは何か?−病態と症状】

 急速浮上により、血管内に大量に発生した気泡が、静脈系を介して、右心→肺動脈に流入し、フィルターの役割をす
る肺毛細血管で把捉される。フィルターが詰まると、肺毛細血管の血液の循環が悪くなり、肺胞から肺毛細血管へ酸
素が拡散できない。血液が酸素化されなければ、左心から動脈をとおして、酸素が抹消の組織へ運搬されないため、
組織が酸素欠乏状態に陥り臓器が障害される。

 また、気泡が肺毛細血管に把捉されると、肺毛細血管壁が傷害され、水分が血管から血管外に漏れ、肺水腫が生
じ、更に、血液の酸素化が障害される。

 呼吸循環型減圧症は潜水中の事故 (エア切れ、レギュレーターの故障時) による急速浮上にともなって発生すること
が多く、パニックに陥ると水を誤嚥し気道内に吸入し、無呼吸で浮上すると。肺胞破裂から動脈ガス塞栓を起こすこと
もある。症状は、呼吸困難、チアノーゼ、胸痛、咳、喘鳴、ショック、心肺停止であり、動脈ガス塞栓症と区別できないこ
とが多い。



 2. 動脈ガス塞栓症


【症例】

 症例  :  22 歳 男性 (インストラクター)

 水面下 15m で 2 名の訓練生を指導していたとき、訓練生が各人勝手に上昇したため、上昇、下降を繰り返し、 
40 分の潜水後、浮上した。浮上後 5 分後、意識を消失し倒れた。

 近くにいたダイバーが心肺停止を確認し、直ちに心肺蘇生が開始され、救急隊到着後、救急隊員により心肺蘇生が
継続され、近医に搬送された。近医で必要な処置が行われ、静岡県防災ヘリの出動を要請し、心肺蘇生を継続しなが
ら順天堂伊豆長岡病院救命救急センターにヘリ搬送された。

 順天堂伊豆長岡病院において、心肺停止後 60 分で心拍が再開し、頭部 CT により動脈ガス塞栓症と診断され、再
圧治療目的で、当救命救急センターに転院搬送された。

 来院時、循環は維持されていたが、意識は深昏睡で、呼吸機能は高度に傷害されていた。ただちに、人工呼吸を行
いながら、 US NAVY Table 6 による再圧治療を実施したところ、呼吸機能が急速に改善した。再圧治療後、
 ICU にて脳浮腫、肺水腫に対する集中治療を実施した結果、呼びかけ刺激に開眼し、かろうじて手を握るまでに意識
が改善し、 65 日目に転院した。

 転院後、リハビリテーションを受け、発症から 2 年 7 ヶ月の現在、簡単な会話が可能になっている。



【動脈ガス塞栓症とは何か?−病態と症状】


 息こらえをして急浮上すると、肺の機能的残気量(息を普通に吐いた時に全肺胞内の気体の容積)は、気圧の低下
に反比例して増加する。水面下 10m での機能的残気量が 2000ml とすると、水面まで息こらえをして浮上すれば、
 4000ml にまで増加する(図1)。肺胞の容積が増大すると、肺胞内の圧が上昇し、破裂することがある。

 肺胞が破裂すると、破裂した部位により、ガスが外に漏れると気胸が発生し、図2 のように肺毛細血管と交通ができ
ると、ガスが肺毛細血管から肺静脈系を介して、左心から動脈系へ流入し、能動脈、冠動脈(心臓を栄養する動脈)や
重要臓器の動脈にガスが詰まり、臓器の虚血から重要臓器の多臓器障害を引き起こす。













図1.無呼吸浮上による機能的気量の変化      図2.動脈ガス塞栓症の発生機序


 動脈ガス塞栓症は、急速浮上による肺の圧外傷が原因であるが、図2 に示すように、急速浮上により気泡が大量に
発生するため、呼吸循環型の減圧症を同時に合併していることが多く、高度の呼吸障害が引き起こされる。動脈ガス
塞栓症では、ガスが流入する動脈の場所により、意識障害、呼吸困難、気胸、喀血、チアノーゼ、ショック、腹痛、心肺
停止等の重篤な症状が発生し、現場死亡が多い。



【本症例の特徴は何か】

 本症例は、奇跡的に救命された。発生現場でのダイバーの心肺蘇生(バイスタンダー CPR )、救急隊員及び近隣医
師の心肺蘇生、防災ヘリによる救急搬送と心肺蘇生の継続、救命救急センターでの心肺蘇生と心拍再開、当救命
急センターへの迅速な転院搬送、再圧治療と集中治療、リハビリテーションと、各々の立場の者が為すべきことを適切
に実行し、 “ Chain of Survival ” が機能した結果、救命に成功したものである。

 当救命救急センターには、東伊豆において減圧症および溺水により心肺停止に陥った 2 名がドクターヘリで搬送さ
れ、社会復帰している。心肺停止や極度の呼吸困難、深昏睡を呈した重篤な減圧障害の傷病者に対する原則は
 “ Never give up ! ” である。

 救急救助隊員は当然であるが、すべてのダイバーは、正しい心肺蘇生法を見に付け、繰り返し訓練しておくべきであ
る。



 3. 現場での処置と判断


 減圧症が発生したときに、最も重要なことは、病院前のマネージメントである。

 1) 現場における応急手当

 発生現場においてダイバーやバイスタンダーが行う応急手当を 表2 に示す。 24 時間以内に何らかの症状が出現
した場合、 表1 に示す症状があれば、減圧障害を疑う。

 発生現場では窒素の洗い出しと組織の酸素化を目的として、酸素吸入を行う。意識障害があれば気道確保を行い、
心肺停止には心肺蘇生を実施する。飲水が可能であれば、スポーツドリンクの摂取による脱水の改善を図る。

 事故の状況と症状を把握し、経過を見ることなく、直ちに消防機関、再圧治療が可能な医療機関、DAN JAPAN に
連絡を取り、その指示に従う。


表 2 . 現場における応急手当

  1) 救出、安全な場所への移動
  2) 心肺蘇生、気道確保
  3) 潜水による障害を疑う
  4) 潜水現場での酸素投与  *リザーバー付フェイスマスクで毎分10リットル以上
  5) 水分の摂取         *スポーツドリンク
  6) 情報の収集         *潜水事故の状況、潜水プロフィール、症状
  7) 緊急連絡           *消防機関(119番)再圧治療機関、DAN JAPAN(ホットライン)



 2) 救急救助隊員の対応



 救急隊員が実施するプレホスピタル ・ ケアの内容と手順を表 3 に示す。

             現場評価 → 初期評価 → 全身観察 → 二次評価(詳細観察) → 搬送 

の順に観察と処置を進める。


a) 現場評価

  現場は船舶または海岸であることが多いため、救急救助者および傷病者の安全を確保することが前提である。

b) 初期評価

  水面下での事故により外傷を合併していることがあるため、外傷が否定されるまでは用手的頚部固定を実施しつ 
 つ、意識、呼吸、循環の確認を行う。呼吸困難、ショック、減圧障害が疑われる場合は、酸素投与(リザーバー付マス
 ク、毎分 10 リットル以上)を開始する。心肺停止には心肺蘇生を開始し、直ちに搬送を開始する。溺水の場合は胃
 内容物があることが多いので、気道確保に食道閉鎖式エアウェイを用いる。

c) 全身観察

  全身観察では、外傷の有無を頭部から下肢まで観察するとともに、潜水障害に特徴的な症状と所見について把握
 する。症状、観察所見、受傷機転から脊椎外傷が疑われれば、頚椎カラー固定やバッグボードによる全脊柱固定を
 実施するべきである。

  潜水障害に特徴的な次の所見を見逃してはならない。

  @ 呼吸器系 : 呼吸困難、胸痛、喘鳴、咳、喀痰、喀血、呼吸音の異常(左右差、湿性ラ音)
  A 神経系   : 意識障害、運動麻痺、感覚障害、視野視力障害、痙攣、失禁
  B 筋骨格系 : 筋痛、関節痛、しびれ
  C 内耳系   : めまい、耳鳴り、眼振、悪心、嘔吐
  D 皮膚    : 紅斑、蕁麻疹様丘疹、チアノーゼ

  初期評価および全身観察の結果

  @ 潜水による障害か否か
  A 再圧治療が必要が否か

  を評価する。高度な呼吸困難、ショック、神経学的な異常があれば、『 即、出発 』と判断し、再圧治療が可能な病院
 選定を急ぐ。

d) 二次評価

  二次評価は基本的に救急車内で実施する。診察のポイントは、

  @ 急速浮上、事故による急浮上の有無
  A 浮上後発症までの時間経過と発症後の経過
  B 潜水時間と潜水深度、潜水のプロフィール
  C 既往症

 である。車内収容後に、バイタルサインの測定と心電図、酸素飽和度モニターを開始する。また、低体温があれば、
 保温処置を行う。潜水障害に特徴的な症状と所見については、詳細または継続的に観察する。


【評価と病院選定】

  @ 減圧症による障害か否かを評価する。
  A 再圧治療が必要か否かを判断する。
  B 再圧治療が必要と判断した場合、 DAN JAPAN または再圧治療施設に連絡し、搬送方法と搬送経路を決定す
     る。300m を超える高所移動は避ける。
  C 再圧治療施設までの搬送時間がもっとも短い搬送方法を決定し、長時間搬送の場合は救急ヘリコプターの出
     動を依頼する。
  D 緊急度が高い場合は、二次救急医療施設経由の転送を追及する。

e) 搬送

  搬送中は、 SpO2 と心電図モニターを行い、観察を怠らず、気道確保、酸素投与、人工呼吸、心肺蘇生を継続す 
 る。ヘリコプター搬送では、高度が上がると気圧が下がり、気泡が増加するとともに、酸素分圧が低下して症状が悪 
 化することがある。従って、必ず酸素投与を実施し、高度 300m 以下で航行する。


表 3. 救急救助隊員の対応

  
  1) 現場評価

     a. 感染防止
     b. 携行資器材の確認
     c. 安全確保、二次災害防止
     d. 傷病者数 ・ 応援要請
     e. 受傷機転の把握

  2) 初期評価

     a. 頚椎保護 → 用手的頚部固定
     b. 意識レベルの確認
     c. 気道と呼吸の観察 : 見る、聞く、感じる
                      → 気道の確保、酸素投与(リザーバー付マスク、毎分 10 リットル以上)
                         補助呼吸、口腔内吸引
     d. 循環の確認 : 脈拍の触知、皮膚(冷感、チアノーゼ)、出血創の確認
                  → 心肺蘇生、外出血への止血

  3) 全身観察 ( 視診、触診、聴診 )

     a. 外傷の有無    → 症状、観察所見、受傷機転から脊椎外傷が疑われれば、頚椎カラー固定
                      およびバックボード固定を実施。
     b. 潜水障害に特徴的な所見
        @ 呼吸器系 : 呼吸困難、胸痛、喘鳴、咳、喀痰、喀血、呼吸音の異常 ( 左右差、湿性ら音 )
        A 神経系   : 意識障害、運動麻痺、感覚障害、視野視力障害、痙攣、失禁
        B 筋骨格系 : 筋痛、関節痛、しびれ
        C 内耳系   : めまい、耳鳴り、眼振、悪心、嘔吐
        D 皮膚    : 紅斑、蕁麻疹様丘疹、チアノーゼ
     c.評価
        @ 潜水による障害か否かを評価する
        A 再圧治療が必要か否かを判断する
          → 高度な呼吸困難、ショック、神経学的な異常があれば、即、出発と判断

  4) 二次評価  *救急車内で実施

     a. 問診のポイント
        @ 急速浮上、事故による緊急浮上の有無
        A 浮上後発症までの時間経過と発症後の経過
        B 潜水時間と潜水深度、潜水のプロフィール
        C 既往症
     b. バイタルサイン : 意識、血圧、脈拍、体温
     c. 各種モニター   : 心電図、酸素飽和度
     d. 保温
     e. 行った処置の確認、評価と継続
     f.  詳細または継続的な観察  とくに、潜水障害に特徴的な所見を見逃さない。
     g. 評価と病院連絡
        @ 再圧治療施設までの搬送時間がもっとも短い搬送方法を決定する
        A 長時間搬送が必要な場合は、救急ヘリコプターの出動を要請する
        B 緊急の救命処置が必要な場合は、二次救急医療施設経由の転院搬送を行う

  5) 搬送

     a. モニター、継続観察、気道確保、酸素投与、人工呼吸、心肺蘇生を継続
     b. ヘリ搬送中の注意点 : 酸素の投与、高度 300m 以下を厳守



 4. 救急ヘリコプターのシステム

 減圧障害の多発地帯である静岡県および神奈川県はもっとも恵まれた地域に変貌しつつある。静岡県には、聖霊浜
松病院救命救急センターを基地とする静岡県ドクターヘリ、静岡市に基地をもつ、静岡県消防防災ヘリが、常に待機し
ている。神奈川県には、来年度、東海大学病院救命救急センターを基地として運用する神奈川県ドクターヘリ、川崎市
の消防ヘリ 2 機が待機することになる。また、海上保安庁の救助ヘリも、海上での事故に対応する体制を取ってい
る。これらのヘリをどのように活用し、減圧障害の傷病者や生命を守るか、を常に念頭においておく必要がある。






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