Medical Information Network for Divers Education and Research ワークショップ 「 身体と健康管理 ・ 精神的な問題点 」
レジャーダイバーの実態から見た問題点と安全管理
山見 信夫 東京医科歯科大学医学部附属病院
高気圧治療部
2005年のダイビング事故について
海上保安庁が取り扱ったケースは33名である。内訳は、救助された方が17名、死亡・不明が16名であった(2005.
12.12.現在で確認されたもの)。
死亡・不明者では、50歳以上が6名(37.5%)であった。単独潜水またはバディーと、はぐれて死亡または行方不
明(「見失った」「見当たらない」「事故者が浮上してこない」)になったケースが多かった。
心筋梗塞と身体障害者であったなど、身体的な理由が明確であったケース以外はすべて「ひとり」の状況で死亡して
いた。ほとんどのケースでトラブル時(死亡時点)の目撃者がいないため、本来の原因はわかっていない。
逆に、トラブルが起こっていても、インストラクターやバディーがすぐ近くにいて、サポートされているケースでは命が助
かっている。一方、インストラクター引率の事故も目立つ。
インストラクターが引率していてダイバーを見失っているケースは33例中26例(78.8%)と効率であった(確定して
いないケースを含む)。
また、医学的に原因を追究するべき病態としては肺水腫が挙げられる。肺水腫は、急死の場合、ほぼすべてに認め
られ(今回の小田原セミナーにて向井敏二先生からもご講演があった)、また、ダイビングの死亡では海水を飲むこと
によっても肺水腫を起こし、さらには、ダイビング中、原因不明(飲水、誤嚥でない)の肺水腫を起こす症例も報告され
ている。
肺水腫が生じた本来の原因を知ることは非常に難しいようである。
中高齢者の死亡事故について
1994年から1999年までの間の海上保安庁が取り扱ったケースでは、死亡の原因(誘引)として、「潜水の途中でひ
とりになった」がもっとも多く51例(38.6%)、次に、「ひとりで潜水を開始した」が41例(31.1%)であった1)。これら
の合計約70%が一人の状況で死亡しており、バディーの重要性が高いことが知れる。
また、「レギュレーターから空気が来ない」21例(15.9%)、「器材の不調」12例(9.1%)という結果もあり、器材に
関する問題も少なくない1)。「ダイビング中にはひとりにならない(ひとりにさせない、バディーから目を離さない)」、「器
材のチェックをきちんと行う」が、死亡事故を予防する2大重要事項といえる。
ところで、潜水障害(減圧症、気圧外傷など)について、年齢的に見ると、40歳以上の割合が約10%程度であるが、
潜水死亡では40歳以上が約45%を占める。障害は若年者に多く、死亡は中高齢者に多いことが伺える。
死亡事故が中高齢者に多い理由は、「加齢による運動能力の低下」と「病気保有率の増加」などが挙げられる。運動
能力の低下は、潮流に流される事故の原因として見受けられる。
若いときには平気だった潮の流れも、年齢が高くなると厳しくなる。病気の保有は、ダイビング中に起こる発作的な病
気(心筋梗塞や脳卒中など)で特に問題になる。
一方、ブランクダイバーの事故も少なくない。年齢が高くなるにつれて、ダイビングの経験年数と本数は多くなり、一
見、ベテランダイバーも、数年ぶりのダイビングということもありえる。近年、中高齢ダイバーが増加し、エントリーレベ
ルで40歳以上の占める割合が約25%に増加した。
現在は、高齢者も体力のある若者と同じ基準で潜っている。高齢者が安全にダイビングできるために基準(ガイドライ
ン)が必要なのかもしれない。
減圧症の予防について
ダイブコンピュータは、本来、減圧症を予防するためのものだが、使用方法によっては、減圧症の発症率を増加させ
る可能性がある。
コンピュータが示す無減圧潜水ギリギリのダイビングをしているダイバーは少なくなく、コンピュータの普及が、逆に減
圧症発症を増加させてしまっている印象さえある。
コンピュータの標示は機種によって様々であるが、これだけ減圧症の発症が多い現状(私たちの施設には年間400
名以上の方が来院される)から考えると、充分な減圧時間と安全停止時間が割り出されている(表示されている)のか
疑問になる。
ただ、減圧症に罹ったダイバーの中には、コンピュータを持っていたが、その標示の意味がわからなかったといわれ
るダイバーもいる。
コンピュータを売る側も、コンピュータに従えば安全と言い切ってしまうのではなく、コンピュータに従ってもリスクがゼ
ロになるわけではないことを説明し、買う側も必要最低限の表示はきちんと理解してから使用するように心がけたい。
一方、ダイブテーブルについては、使用される機会が減ってしまっているが、潜水計画を立てるときには、やはりダイ
ブテーブルを使用するしかない。
潜水深度が決まれば、おのずと潜水時間が決定される(制限される)。ダイバーは、事前の潜水計画を立てずにコン
ピュータに頼りきってダイビングするのではなく、ダイブテーブルで制限された範囲の中でダイビングをしたほうが減圧
症の発症率は下がるはずである。
一般ダイバーの健康管理について
ダイビング開始時に行われるメディカルチェック質問紙(RSTC)に偽って回答されるケースが多い。
本来であれば、ダイビング開始前に医師を受診しなければいけない方も、病院を受診しないために、リスクを知らず
にダイビングを開始してしまう。一緒に潜るバディーにも二次的な事故リスクがかかってしまう。
服薬しながらダイビングをしているダイバーも多い。
使用されやすい薬は、酔い止め、抗アレルギー剤、風邪薬、痛み止めなどである。
特に、中高齢になると、何かしら病気を持っていることが多く、薬を常用していることが少なくない。
服薬しているダイバーの事故を防ぐには、ダイビング当日、引率するガイドが、直接、ダイバーに尋ねてチェックする
しか方法がないのかもしれない。
ダイビングツアー時の睡眠不足の問題も指摘されている。夜を徹して車で走り、早朝、ポイントに到着してから少々仮
眠してからダイビングをする場合がある。
これまでの事故例では明らかなデータとしては上がってきていないが、睡眠不足がうっかり事故(不注意)の要素にな
っている可能性はある。
インストラクター・ダイブマスター(ガイド)の健康管理について
インストラクターやガイドなどの職業ダイバーには、高気圧安全衛生規則(高圧則)が適応される。
高圧則には、潜水禁止疾病が規定されており、特殊健康診断を6ヶ月以内ごとに1回受けなければいけないと定めら
れている。
しかし、現実には、特殊健康診断を受けずに、禁止疾病があっても治療せずに業務を続けているダイバーは少なくな
い。体調の異常から起こる事故(おそらく死亡事故の20〜30%)を減らすには、定期的に健康診断を受けることが望ま
れる。
ダイビング後に体調が悪くなったらどうすればよいか
ダイビング後に体調が悪くなったとき、ダイバーは、インストラクターや近くの病院の医師に相談することがある。
その際、ダイビングプロフィールだけを見て 「安全なダイビングであったから減圧症はありえない」と回答され、後に
なって減圧症と診断されるケースが少なくない。
治療の遅れたケースでは、後遺症が残り、その後、ダイビングができなくなることもある。ダイビングをする限り、減圧
症(または減圧障害)になる可能性はあるため、ダイビング後に何かしら症状があれば、一度は減圧症に詳しい医師を
受診したほうがよい。
表1に示すとおり、減圧症の半数以上は、発症後7日以上経過してから受診される。
発症後、しばらく時間が経ってから治療すると、後遺症を残しやすくなり、日常生活のQOLが低下し、通院回数が増
え、結果的に医療費が高額になる。
早期回復のためには、早期の受診が必要である。高気圧治療装置を備える施設の情報は、DAN
Japan(Divers
Alert
Network)を運営している(財)日本海洋レジャー安全・振興協会(TEL:045-228-3066)から提供してもらえる。
減圧症の再発が増加している
表2に示すように、私たちの施設を受診された減圧症の方の約15%は再発である。
今後、再発しやすいケースの特徴、再発しにくいダイビングプロフィールなどを検討して、各方面から再発防止策を講
じる必要がある。私たちは、昨年から、減圧症治療を終えたダイバーが安全にダイビングに復帰できるよう、「復帰プロ
グラム」を考案し提供している。
まだ使用者数は少ないが、おおよそ安全に使用できるものと考えている。
最後に
最近、世間では、子どもが犠牲になる事件や独り暮らし老人の孤独死が多い。
これらの事件の予防策としてもっとも効果的なのは「いつも誰かが見守っていること」といわれている。
すべての事件や事故の予防にいえるのは、対象となる人を「独りにしない」、「独りにさせない」ことなのだろう。我が国
から潜水死亡事故をなくすために、ダイビング中は「バディーからから目を離さない」ということを強く呼びかけたい。
まとめ
・ 2005年のダイビング事故について:「ひとりにさせない」、「バディーから目を離さない」ことが大切である。
・ 中高齢者の死亡事故について:中高齢者は、体力が落ちていて大多数が病気を保有している。高齢者にと
って特に大切なルールは、
1. ダイビング中、独りにならない(独りにさせない、バディーから目を離さない)。
2. 器材のチェックを念入りにする
3.健康診断を受けることである。
・ 減圧症の予防について
: ダイブコンピュータ表示ぎりぎり(無減圧潜水ぎりぎり)のダイビングをして減圧症になったダイバーは少な
くない。減圧時間については、もっと長く、安全停止についても長くするべきと考える(安全停止時間は3
分では少ないと考える)。
・ 一般ダイバーの健康管理について
: 正しく病歴が報告されていない実態がある。
ダイバーは、事故や障害を起こさないためには、正確な病歴申告が必要である。
・ インストラクター・ダイブマスター(ガイド)の健康管理について
: 定期的に健康診断を受けていないインストラクターやガイドは少なくない。インストラクターやガイドの受け
るべき特殊健康診断については、高気圧安全衛生規則に規定されている。
・ ダイビング後に体調が悪くなったらどうすればよいか:迷わず減圧症に詳しい医師に相談しましょう。
文献
1. Nobuo Yamami, Yoshihiro Mano, Masaharu Shibayama, Masayoshi
Takahashi, Masaki Hayano
Diving injuries and fatalities. Japanese Journal of
Orthopaedic Sports Medicine, 21(4): 31-36, 2001
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