はじめに
減圧症治療のなかで、意識障害や脊髄型の重症例の治療には難渋することがある。発症早期に十分な管理をする
上でもモニタリングの一つとして、MRIの重要性について触れてみたいと思う。
対象 :
平成7年1月から平成18年1月までの11年間に都立荏原病院高気圧酸素治療室で治療を行った減圧症345例
(2745回の高気圧酸素治療)に対して検討を加えた。
診療録ベースで脊髄型と思われる症例は約200例(診療録だけで完全には分類不能の症例あり)。そのうち重症例
(上下肢の運動障害および膀胱直腸障害が発症時発現していた例)は18例(減圧症345例の5.2%)あり、可及的
早期に2.8ATA、Table6の高気圧酸素治療を行った。この18例に対してMRI所見および治療経過に対し検討を加え
た。
高気圧酸素治療のなかでのMRI撮影時期 :
伊豆7島からのヘリや航空搬送された症例は、高気圧酸素治療(HBO)の準備ができている症例は血管確保および
胸X-P撮影後治療開始、終了後MRIの撮影を行った。
成田から搬送された症例や準備に時間のかかる場合はHBO前にMRIを施行した。MRIの撮像時間は10分弱で行わ
れた。機種はSiemens社製Visionを使用した。なお意識障害を併発した症例では脳も検索するため220分強の時間を
要した。
結果 :
18例のうちで、脊髄障害が何らかの形で残存した症例は7例あり、そのうち6例でMRIT2強調画像で高信号の病変
が検出された。脊髄レベルでは2例が頚髄レベルで、4例が胸髄レベルであった。
MRIで所見のみられなかった症例の責任病巣は胸腰椎のどちらか判定困難であった。頚髄レベルの2例では、経過
中呼吸中枢の障害のため挿管を要した。
また同時に脳の拡散強調画像で、脳虚血所見同様の所見が認められ、意識障害も併発していた。
水平断像で前脊髄動脈の領域というような所見はなく、部位は不定であった。
矢状断では胸椎レベルで3椎体に及ぶ広範囲の病変も認められたが、その他は1椎体の範囲内の病変であった。
全例3ヶ月から5年の経過でMRIのモニタリングを施行したところ1ヶ月で病変の範囲は縮小し、同時のリハビリテー
ションで神経症状の改善を認めた。
Table6の治療は最低5回施行した。さらにリハビリ中も痙性麻痺に対して、Table1の治療を最低10回施行した。最終
的な予後は、車いすを要する状況が3例、杖などの補装具を要する症例が4例であった。
さらに何らかの膀胱直腸障害は6例に残存した。一方数時間以内で運動麻痺、感覚麻痺が改善した重症脊髄型減
圧症の症例は経過中MRIの信号異常は呈さなかった。
また来院時脊髄型の減圧症と診断し、HBO後症状の改善を全く認めなかった2症例で椎間板ヘルニアの急性発症を
2例に認めた。
ここで代表症例を提示する。
症例1 : 47歳男性。
既往歴 : 特記事項なし
現病歴 : H12年7月1日、伊豆で最大26mのダイビング中に左下腿が攣ったために、水深7mから急浮上。
浮上後両下肢にしびれが出現、運動麻痺も出現、救急搬送した近医にて、両上肢の感覚障害も出
現。再圧治療を受ける。再圧治療後深夜より、左上肢の運動障害も出現、7月2日当院転院。
経過 : 転院時膀胱直腸障害もあり、排尿カテーテル留置。緊急に2.8ATA、Table6の高気圧酸素治療
(HBO)を行った。さらに5回のHBOを施行して、両上肢の感覚障害、左上肢の運動障害は改善した。
しかし完全麻痺の両下肢麻痺は感覚が戻り、運動障害の一部改善を認めたが、起立困難であった
来院時(発症翌日)のMRIで、Th5からTh8間での腹側を中心に、T2強調画像で高信号を認めた
(Fig1a,b)。
なお頚髄レベルでは異常信号は認めなかった。その後痙性麻痺が残存するため、痙性を改善する
目的でリハビリテーション施行しながら、Table1のHBOを14回施行した。徐々に痙性も改善し、リハ
ビリ目的に転院をした。
転院前のMRI(発症1ヶ月後)では高信号の領域は減少し、画像上は改善した。リハビリ病院で3ヶ月
訓練後、車いすで自立した状態で退院。膀胱直腸障害は残存した。発症5年後のMRIでは高信号領
域はさらに縮小していた。現在も伝い歩きは可能だが、外出はすべて車いすの状態である。
症例2 : 30歳、女性。
既往歴 : 特記事項ないが、時々腰痛を訴えることがあった。
現病歴 : 平成13年7月伊豆でダイビング施行。急浮上などのエピソードなし。
浮上直後より、右下肢の痛みおよび右足の感覚障害及び痛みが出現。減圧症を疑い当院受診。
緊急に22.8ATA、Table6の高気圧酸素治療(HBO)を行ったが、症状の改善はなく、MRIを施行した
ところ、L4/5およびL5/S1の2椎間に椎間板ヘルニアあり、とくにL4/5の椎間板脱出による神経症状
と診断(Fig2a.b)。まず安静入院で症状の改善を認めた。
考案 :
脊髄型減圧症重症例のMRI信号異常は、脊髄梗塞に類似する。しかし当科で同時期に経験した脊髄梗塞に比し、信
号異常発現時期は早かった。
通常脊髄梗塞では発症2日目でも信号変化は出ない症例もあり、最長7日を要した症例もあった。一方脊髄型減圧
症重症例では発症当日でも信号変化を認めた症例もあるが、この差の原因ははっきりしない。
また病変の縮小も脊髄梗塞同様認められるが、上記同様時間的な変化が減圧症の方に著明に認められた。
Jallulらの2症例は発症3日後の信号異常を報告しているが1)、本邦でも徐々にMRIの報告が認められるようになり
2)、今後症例を重ねれば、詳細な検討がなされていくと思われる。
脊髄MRIは頭部の場合と異なり高信号の部位がすべて梗塞に陥っているわけではないと思われる。
また現在の機種では脳のように拡散強調画像の精度が悪く、精度上の限界もあることが今後の問題点と考えてい
る。
減圧症の高信号の部位はやはり血行動態としては虚血となっているが、脊髄は脳と異なり血管吻合が豊富でありそ
のためHBOまたは経時的変化の過程で虚血に陥った部位の再還流が促され画像上は高信号が消失することが考え
られる。
また先の理由により脊髄の場合、血行動態が複雑なことからその変化が忠実に高信号の変化に反映しにくく,このこ
とが臨床所見の変化と対応しない理由の一つではないかと思われる。
一方症例1のように上肢麻痺に合致するMRI所見が得られない場合は、他の症例同様予後良好の所見と考えられ、
来院時運動麻痺があった症例でHBO後麻痺の改善を認めた症例は全例MRIでの信号異常が検出されなかったことと
同様に考えている。
このことからMRIは脊髄型減圧症での予後の指標になるのではと考えられた。
逆に症例2のように脊髄型減圧症と考えた症例の中には、他疾患の存在も忘れてはならないことを示唆している。
同様にもやもや病による脳梗塞の症例なども経験していることから、HBO前後での明らかな神経症状出現時は、MRI
を考慮してもよいと考えている。
幸い当科で脳卒中センターを運営しており、24時間MRIを2台稼働可能(CTは1台)であったために、このようなMRIに
よるモニタリングが可能であった。今後経時的な検討を加えていきたいと考えている。
参考文献
1) Jallul S,Osman A, et al: Cerebro-spinal decompression
sickness: report of two cases.
Spinal
Cord 28,2006
2)石川純三、村松敏朗:当院における減圧症治療の現状と今後の課題.
日本高気圧環境医学会関東地方会誌 4,47-50, 2005