Medical Information Network for Divers Education and Research ダイビング終了後の高所移動
芝山 正治 駒沢女子大学
1.はじめに
近年、レジャーダイバーの減圧症罹患件数が急増している。東京医科歯科大学でレジャーダイバーの減圧症治療を
行った件数は、2001年までは年間に数件から40件ほどで推移していたが1)、2002年では100件を超え、2004年
と2005年では300件を超えている(図1)。
レジャーダイバー人口は、30〜40万人と大きな変動を認めない状態で推移しているが2)、減圧症の罹患件数だけ
は増加している。
この要因の中には、潜水終了後に低い気圧環境への移動によって罹患する症例が多い。いわゆる山岳地域を経由す
る高所移動や航空機搭乗がその一つの要因となっている3,4,5)。
本研究の目的は、伊豆半島で潜水したダイバーが、潜水後に経由すると思われる高所箇所を調査するとともに、航
空機機内の気圧を調査し、気圧変動の有無を調べ、減圧症との関係を検証することである。
2.方法
気圧測定機は、一般に市販されているメモリー機能付の気圧計(SUUNTO
X6)を用い、記録時間を10秒間隔とした。
高所箇所の測定は、海面で基準点(標高0m)を設定し、自動車で走行して記録した。海面での基準点を設定することが
できない箇所では、測定開始地点の標高を事前に調べて基準点とした。
信頼性の確認は、海面で0mにセットし、標高が表示されている箇所の2点法で確認したところ、2%以内の精度が確
認できた。いわゆる沼津港の海面で0mにセットして、東名高速道路の御殿場インター付近に標高表示されている
454m地点で、測定器が452mを表示し、同じく沼津港の海面を0mにセットし、国道1号線の箱根峠の標高表示
846mでは847mを表示した。
また、測定器の標高表示は、気圧から標高に換算されることから、気圧変化を考慮しなければならない。そのため等
圧線が込み入った気圧配置では、1〜2時間で1hPaの変化が起こり、標高も約10m変化する。そこで、測定日は天気
図を確認し、等圧線が込み入っていない日を選んだ。いわゆる高気圧で測定地が覆われている状態である。
それでも時間単位で気圧の変動が起こるため、1カ所の記録時間は、2時間以内とし、測定の前後どちらかで海面ま
たは標高表示箇所で確認した。測定後に基準点の誤差が生じた場合は、基準点に合わせて訂正した。例えば、測定
開始時点で基準点の海面0mに合わせ、1時間後に測定が終わり、海面の0mと合わせたときに30mと表示されたとす
ると、測定終了30分前から徐々に気圧が減少したと仮定して1分で1mずつ差し引く計算方法とした。航空機機内気圧
の測定方法も同じであるが、測定時間は1分間隔とした。
記録されたデータは、パソコンに保存した。保存後、Excelデータに書き込み図の作成を行った。
10年間にわたり高所移動ルートの調査を行った資料を引用する6)。
3.結果と考察
3-1. 高所移動調査結果
伊豆半島を中心として静岡県、神奈川県、山梨県の13カ所で測定し、最高地の標高を表1に示し、10年間の大瀬調
査により得られた、潜水後の高所移動ルート別割合を表2に示す。
高所の定義は、Boniら(1976年)3)の高所潜水の減圧表で標高700m以上とされ、Buehlmann(1976年)4)では同じく標
高400m、NOAA Diving
manual(1996年)5)では同じく1,000ft(300m)とされている。安全を考えるとNOAAの300m以上
が高所移動となり、伊豆半島西海岸で潜水したダイバーが東京圏方面に帰路するためには、その日の帰宅が不可能
となってしまう。安全を考え少しでも標高が低い箇所を次に述べる。
3−1−1 比較的標高が低い高所箇所
最も標高が低い経路は、三島から熱海に抜ける県道11号線の熱函道路である。三島を出発してから約20分で最高
地の鷹ノ巣トンネル(標高423m)に到着する。
最も多く利用する経路は、東名高速道路御殿場インターチェンジの標高454mであり、利用率は63.8%である
(表2)。
国道136号線の船原峠(土肥峠、標高494m)の経路は、大瀬からの帰路での利用は少ないが、西伊豆半島の土肥
以南でダイビングをした後に一般的に利用するルートである。土肥を出発してから約15分で最高地に達する。
高所定義が300m以上とされ、標高が比較的低いこれらの箇所においても、減圧症発症の危険性があると山見ら
7,8)の報告があり、注意が必要である。
3−1−2 危険性が高い高所箇所
表1に記載されている箇所が全てといえるが、特に注意を要する箇所は、箱根ターンパイク(標高1,025m)、仁科峠
(同947m)、箱根峠(同874m)、戸田峠(同752m)、伊豆スカイライン(同747m)などである。これらのルートは、潜水後
に絶対経由してはならない箇所といえる。
山梨方面に帰路するダイバーの割合は3.5%以上存在するが(表2)、1,000mを超えるルートを必ず経由しなけれ
ばならない。「4.まとめ」で記載されている事項を厳守する必要がある。
3-2 航空機の機内気圧(標高)
測定回数はジェット機7回、プロペラ機4回の計11回である。ジェット機の客席数は120〜550名、プロペラ機は調布
(東京)から伊豆諸島(大島、新島、神津島)へ行く新中央航空の客席数9〜14名である。測定時間は30分から4時間
にわたったため、搭乗時間が1時間30分以上の場合は、離陸した後に安定飛行に達した時点(上空約10,000m)の
記録をカットして1時間30分以内の表示結果としてまとめた(図2)。
実線:ジェット機
点線:調布−伊豆諸島間の新中央航空(大島、新島、神津島)
1時間30分以上のフライトでは、離陸して安定飛行に達し、機内気圧が一定になった
時間を短縮してある。
結果は、1,920mが最も低い気圧(標高)であり、離陸後の機内気圧がほとんど変化しなかった航空機もあった。プロ
ペラ機では1,330mまで気圧が低下した。エラワン・ウイバー(Awawan
Wipha)9)がジェット旅客機に関する著書で、機内
気圧は1,500〜2,400m上空とほぼ同じ程度の気圧、と記されていることからジェット機の機内気圧は約2,000m前
後の上空相当と考えるのが一般的である。
今回の調査ではジェット機であるにもかかわらず、機内気圧が離陸前の大気圧環境とほぼ変わらない航空機が存在
した。同航路の2回目の調査を機種を変えて測定すると、ある機種は気圧変化がなかったが、ある機種は500mの標
高を記録した。機種により異なることがわかった。また、ジェット機の飛行時間が30分程度の場合は、機内気圧をそれ
ほぼ下げないこともわかったが、同じ航路でも機種により機内気圧の状態が異なること、および製造から10年、20年
の古い機種の場合は、機内気圧が2,000mか、2,500mに達することがわかった。
飛行時間が30分程度の航空機であっても機内気圧はそれ相応に低下することを認識しなければならない。基本に
戻り、潜水後の航空機搭乗はそれなりの時間が経過した後に搭乗することが必要である。
3−3 高所移動と減圧症発症の症例
レジャーダイバーが減圧症に罹患して東京医科歯科大学を受診した症例から高所移動との関係を調べると、詳細が
判明している743件の症例中、航空機搭乗または高所移動が関係して減圧症に罹患したと思われる件数が198件(2
6.7%)あった。この内訳は、航空機搭乗が133件(67.2%)、高所移動が65件(32.8%)であった。4人に1人が潜
水後に低圧環境に暴露されたことが減圧症発症の引き金となっている。
航空機搭乗によって減圧症に罹患したダイバーの搭乗までの時間を調べると、18時間を超え24時間以内が半数以
上の54.8%、18時間以内が残りの45.2%であった。中には4時間というケースもある。潜水後に航空機に搭乗す
るまでの時間が短いと減圧症の危険が増大することの報告は数多くあり3〜5,7,8)、ルールを守った潜水を行うべきで
ある。
高所移動と減圧症の事例を次にあげる。
・ 西伊豆海岸で潜水後、箱根峠などを経由して罹患
・ 潜水後に標高500m前後の宿泊先へ移動したために罹患
・ パラオで潜水終了後、翌早朝航空機に搭乗して罹患
・ 海峡が悪く予定の潜水ができなかったため、帰る日に潜水、4時間後に航空機に搭乗して罹患
・ 潜水の翌日にスカイダイビングを行い罹患
・ 潜水の翌日、観光ツアーで山岳地域のホテルで宿泊して罹患
4.まとめ
潜水終了後に航空機に搭乗するまでの時間は24時間以上が望ましい。
潜水後に高所移動をするときの厳守事項を次に述べる。
・ 絶対に避ける経路箇所は、西伊豆半島の仁科峠、伊豆スカイライン、箱根峠、箱根ターンパイクなどであ
る。
・ 比較的安全な経路箇所は、東名高速、熱函道路(熱海へ)、船原峠のルートであるが、危険性は存在し、潜
水後4時間以上の休憩と頂上付近での休憩時間をとらない。
・ より安全を考えると、
@ 帰宅日は2本以内の浅い深度にするべきである。
A ナイトロックス(酸素32%、残り窒素の混合ガス)を使い空気減圧表の無減圧潜水を行う。
B
潜水終了後に20分以上の酸素吸入をする。設備が整っていないが、潜水後に酸素を吸入すると窒素ガ
スが体内から排泄される速度が速まり、安全率が高まる。
参考文献
1) 眞野喜洋、芝山正治、山見信夫、中山晴美、杉山弘行、泉谷敏文、新井
学、五阿彌勝穣:減圧症発症の年次推移
と職業別及び病型別分類、日高圧医誌、32(4):249-257、1997. 2) 芝山正治:レジャーダイバー調査(10年間)からみたダイバー人口動態推測、日本高気圧・環境医学会、42(1):
、
2007.投稿中 3) Boni, M. Schibli, R. Nussberger, P. Buhlmann, AA. : Diving at
diminished atmospheric pressure: air decompression
tables for different altitudes. Undersea Biomedical Research,3(3):189-204.1976. 4) Buehlmann, AA. : Decompression tables for diving at altitude.
In : Diving Medicine, appendix 3, Strauss R.H., ed,.
Grune & Strattion, New York, NY :361-371, 1976. 5) アメリカ海洋大気局 翻訳 眞野喜洋、関邦博、野村武男、山崎昌廣:NOAA diving manual、第14章
空気潜水と減
圧、P14-1-14-31、東京、社会スポーツセンター、1996. 6) 芝山正治、山見信夫、中山晴美、高橋正好、水野哲也、眞野喜洋:レジャーダイバーの現状
−現地実態調査から
の分析−、日高圧医誌、33(4):201-204、1998. 7)
山見信夫、芝山正治、高橋正好、眞野喜洋:スクーバ潜水後の飛行機搭乗によって発症するスポーツダイバー減圧
症、日本臨床スポーツ医学会誌、8(2):171-176、2000.4. 8)
山見信夫、眞野喜洋、芝山正治、高橋正好、中山晴美、水野哲也、:関東に在住するスポーツダイバーの特異的な
潜水活動:特に潜水後の高所移動による減圧症の発症について、日本臨床スポーツ医学会誌、7(1):68-75、1999.2. 9) Wipha, A. 訳Vannavack, W : ジャンボ旅客機99の謎、東京、二見書房、2005.
pp37-39.
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