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論文 32




 減圧症の治療と予後


                             外川 誠一郎   東京医科歯科大学高気圧治療部







[はじめに]

 以前より減圧症の治療は緊急性を要するものと考えられてきた。しかし、本当に緊急再圧治療が必要な患者は重症
の減圧症に限られる可能性がある。

 東京医科歯科大を受診した減圧症患者は、症状の発現(異常に気づく)が潜水後数日たってからの場合も多く、さら
には症状の発現後数日から場合によっては数ヵ月後に当院に来院することもあり、初診の時点で既に緊急治療の対
象とならない患者が多数存在している。

 しかし、これら治療の遅れた患者は必ずしも再圧治療の効果がなかったわけではない。この点を重症度を点数化す
ることで、重症度・発症後治療までの時間・治療予後との関連を分析検討し、その結果に合わせた症例を呈示したいと
考えている。




[点数化の対象]

 対象は2004年に潜水後の体調不良で当院を受診した患者のうち、疑い例と他疾患と診断した患者を除外して、明
らかに減圧症と診断しえた者のみとした。さらに、点数化にあたり一定の理学所見と診察手技が要求されるため、初診
にてある特定の医師が診察した患者のみを対象とした。性別は男性35名女性30名で合計65名であった。年齢は20
から59歳で平均は37.1歳であった。




[点数化の方法]

 自覚症状・知覚神経障害・運動神経障害・聴力障害・平衡感覚障害・膀胱直腸障害を点数化した。

 自覚症状は、全身を四肢と体幹部の合計5部位に分類し、各々の部位に複数存在しても各部位毎1点を最高点とし
た。例えば右肘痛・右手しびれ・左膝痛が存在した場合は、右上肢1点・左下肢1点の合計2点とした。さらに、めまい
など部位を特定できない症状は各々1点とした。自覚症状は予後の判定に必要不可欠ではあるが、患者各自のパー
ソナリチィーによって数の変動がみられるため、最高で5点と比較的低い上限をもうけた。

 知覚障害は知覚低下を2点、明らかにそれより軽症とされる知覚過敏・痺れのみを1点とした。自覚症状と同様に全
身を5部位にわけて、複数の障害部位が存在していてもその中の障害の最高点をその部位の点数とした。その結果、
最高点は10点となった。

 運動障害は上肢9機能・下肢9機能の所見をとり、徒手筋力検査1)にて5−を1点・4+を2点・4を3点・4−を4点・
3を5点とした。ちなみに、筋力4とは正常の半分の筋力を示す。運動障害は知覚障害より重症と捉える傾向があるた
め、上限は設けず全ての障害を積算した。

 聴力障害・平衡感覚障害・膀胱直腸障害については、各々20点を最高点とした。 




[点数化によりわかったこと;代表例]


1.発症後から受診までの時間は短いほど治療後による改善度(予後)は良好である。

 発症後24時間以内に治療を開始した患者の改善度は95%であるのに対し、2から7日76〜79%、8日以降51〜
62%と時間の経過とともに低下していた。更に、完全緩解を示す0点率も同様な結果を示していた。早期治療開始に
て予後良好だった代表例を図1・2に示す。



図1



図2


遅い治療開始にて予後不良だった代表例を図3・4に示す。




図3



図4


ただし、全てがこのような結果なったわけではない。減圧症の予後は治療開始時期だけではなく、傷害の程度やメカニ
ズムの違いなどにより影響を受けるためである2)。早期治療開始にもかかわらず予後不良であった例を図5・6に示
す。




図5



図6


2.経験本数が多いと治療成績が悪くなる

 発症から治療開始までの時間と予後の関係を調べていると、インストラクターの予後の悪さが目に付くようになった。
そこで経験本数と予後の関係を調べてみた。本数10本以内の初心者は89%、11〜100本65〜71%、101〜50
0本64%、500本以上64%という結果で、初心者を除くと著明な差は認めなかった。しかし改善率100%の完全緩
快の割合をみると、本数10本以内の初心者は50%、11〜100本27〜29%、101〜500本27%、500本以上1
4%で、経験本数の増加とともに予後の増悪が認められた。経験本数が少なく予後良好だった例を図7・8に示す。




図7



図8


 経験本数が多く予後不良の例を図9・10に示す。




図9



図10


 おそらく後者は、以前減圧症に罹患し医療機関に受診するも運悪く放置となり、長期経過の後新たに減圧症に罹患
し当院に来院し減圧症と診断されたとものと思われる。そのため古い減圧症の障害が多く含まれていたため予後が悪
くなったことが予想される。経験本数の多いダイバーにはこのような例が多く含まれていると思われる。




[おわりに]

 今回は点数化による予後の調査結果の詳細に記載は行わなかった。それは、この発表の目的が症例呈示に重きを
置いたからである。さらには、障害の点数化にはその正当性を検証する必要があり、また症例数の少なさから結果の
統計的処理も行っておらず、科学的論文からは逸脱していたためであることをご理解いただきたい。今後症例数を増
し、日本高気圧環境・潜水医学会などでの発表を考えているので、興味ある方はこれらを参照していただけると幸いで
ある。





参考文献

1)Hislop HJ, Montegomery J. Muscle Testing: Techniques of manual examination. 6th ed. W. B. Saunders Company 
1995
2) Francis TJR. A current view of the pathogenesis of spinal cord decompression sickness in an historical 
perspective. In: Vann RD ed. The physiological basis of decompression. Bethesda, MD: Undersea Hyperbaric Medical 
Society 1989:241-279.







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