はじめに
ダイバーのトレーニングは技能的な側面ばかりが注目され、基礎体力や技術の獲得のための体力要素を高めるトレ
ーニングの研究は少ないのが現状である。水中高圧環境に身をさらすダイバーには,多くの体力要素が求められ、そ
の範囲は、身体的要素のみならず、精神的要素も含まれる。
代表的な要素には、肺活量・一秒量・最大換気量などの呼吸機能、最大酸素摂取量・酸素負債量などの循環器機
能、筋持久力・筋力といった筋機能、精神的安定などがあげられる。
精神面を含めた体力要素を高めるためのトレーニングは、大きく陸上トレーニング、水中トレーニングに分けられる。
陸上トレーニング
陸上トレーニングには、有酸素能力向上トレーニング、無酸素能力向上トレーニング、筋力トレーニング、ストレッチ、
呼吸法などがあげられる。
@有酸素能力向上トレーニング
代表的なトレーニングとして、3,000m〜10,000m走や1時間走といったオーバーディスタンス、坂の上り下りを含ん
だファルトレック、400m×5本、200m×8本といったインターバルトレーニングが実施されている。
これらの有酸素能力向上トレーニングを実施する際、至的な運動強度、運動頻度、運動時間を設定することが重要
である。
運動頻度の設定に関して、週6回では、100%効果を得ることができるが、運動頻度の低下とともに、運動による効
果は減少していく (Figure 1)。運動強度の設定には,対象に応じた運動強度の設定が必要であり、Table
1にその目安
を示す。
Figure 1. 運動頻度と効果の関係
A無酸素能力向上トレーニング
代表的なトレーニングには、全力疾走、階段の駆け上がりによるレペティション、インターバル的運動によるレペティ
ショントレーニングが実施されている。
例としては、200m×4本、400m×2本の全力疾走を、完全休息をはさんで実施するといったレペティショントレーニ
ングや、200m×4本、400m×2本の全力疾走をインターバル的に実施するトレーニングがあげられる。これらのトレ
ーニングは、酸素負債量を増加させることによって無酸素性作業閾値を高めるものである。
B筋力トレーニング
筋力トレーニングは,ウエイト、弾性体、油圧、空気圧、水圧、電磁などの抵抗に対して筋肉を収縮させて、筋量、筋
力、パワー、筋持久力を高めることを目的に実施される。
筋肉は、筋線維群の収縮特性によって分類することができる。収縮速度が高く、張力の大きいFF型、収縮速度が低
く、張力が小さいものの、疲労しにくいS型、その中間のFR型に分類される(Figure 2) 1)。
Figure 2. 筋線維の収縮特性による分類
ダイバーにおいては、長時間潜水を行うための筋持久力、装備を背負った状態で推進力を得るための筋力が必要で
あるため、すべての筋線維の筋肥大が必要である。
筋力トレーニングによって筋繊維を肥大させるには、筋肉に対してメカニカルストレスをかけることによって成長ホル
モン、サイトカインなどのホルモン代謝を高める、局所の循環を高めることによって筋繊維内における蛋白合成、分解
を促進、さらには、多機能細胞の増殖、分化を促すことが求められる1)。
筋力トレーニングの方法についても、トレーニング中の筋収縮性によって分類されている。
等尺性トレーニング(isometric
training)は、筋の長さを変えないで行う筋力トレーニングであり、主に静的筋力の
向上を目的に行われる.。このトレーニングは,持続的筋収縮のため、全力で行うと、筋中の血管が圧迫され、血液が
阻止されるとともに、心臓が圧迫され、血圧が200mmHgを超えることさえあり、最大努力にて行う場合は、中高齢者に
は適さない。
等張性トレーニング(isotonic
training)は、一定の強度のものに対して、筋を短縮させながら筋力を発揮するトレー
ニングであり、動的筋力、パワー,筋持久力を高めることを目的に行われる。このトレーニングでは、関節角度によって
発揮される筋力が異なるため、トレーニングするときは関節角度を狭くする、広くするなどの工夫が必要である。
等速性トレーニング(isokinetic
training)は、等速の筋収縮で筋力を発揮するトレーニングである。このトレーニン
グは、関節の全可動域にわたって一定に速度が保たれるため、最大努力で行うと、関節の全可動域にわたって最大
収縮が生じ、それぞれの関節角度時において最大の筋力が発揮される。従って、中高齢者の運動不足による筋萎
縮、怪我や術後のリハビリテーションには頻繁に用いられている。
ダイビングを含めた水中での運動は、主に、等速性収縮を伴うため、ダイバーにとって重要な筋力トレーニン
グである。
近年では、筋の伸張−短縮サイクルを用いたプライオメトリックトレーニング(Stretch Shortening
Cycle)が、
筋パワーの向上を目的として実施されている。(Table 2)
筋力トレーニングは、運動強度、反復回数、運動頻度によって効果が変わることを認識した上で実施することが必要
である。高強度、低反復回数の筋力トレーニングでは、主に筋力、筋パワーの向上、中強度での筋力トレーニングでは
筋肥大、低強度、高反復回数の筋力トレーニングは、筋持久力の向上が期待できる(Table 3)。
また、運動頻度についても、週1回の筋力トレーニングでは,筋力増加率50%である一方、週2回実施することで,1
00%の筋力増加率を得ることができる。週3回になると、60〜70%の筋力増加率になる(Figure 3)
2)。
Table 3. 筋力トレーニングにおける運動強度,最大反復回数,主効果
Figure 3. 筋力トレーニングにおける運動頻度と効果の関係
ダイバーにおいては、長時間フィンを履いて泳ぐため、上記の筋力トレーニングを用いて、大腿四頭筋、大腿
二頭筋(ハムストリングス)の筋肥大を目的として、レッグエクステンション、レッグカールを実施することが必要
である。
Cストレッチ
ダイバーは、フィンを履くことによって推進力を得ているため、より効率的なキックを身に付ける必要がある。その
ため、特に足関節の背屈、底屈の柔軟性及び筋力の向上を目的としたストレッチを実施する。競泳選手を対象
とした研究においても、足関節底屈可動域が大きいほど、泳パフォーマンスが高いという報告もされていること
からも、ダイバーにとって足関節背屈,底屈ストレッチの重要性が伺える3)。
Figure 4に、代表的な足関節背屈、底屈ストレッチを紹介する4)。
Figure 4. 足関節背屈、底屈ストレッチ
D呼吸法
限られた酸素の中で、長時間水中に停留するダイバーにとって。いかに酸素消費量を抑えるかが重要である。初心
者ほど、酸素消費量が大きく、熟練したダイバーほど酸素消費量が少ない。一流のダイバーを目指す上で、陸上にお
ける呼吸法のトレーニングも欠かせないトレーニングの一つである。
代表的なトレーニングの一つに、ヨガがあげられる。ジャック・マイヨールも行っていたトレーニングであり (Figure
5)、
呼気を長くすることや閉息時間を延長することによって、安定した呼吸法を身に付けることができる。
Figure 5. ヨガ
その他にも、ジョギング中の呼気の割合を増加させたり (呼気:吸気=1:1→2:1)、閉息ジョギング
(50m閉息−3分
通常呼吸) を取り入れることによって閉息潜水訓練を行うことができる。また、血管新生、酸素の最適配分を促進する
ことを目的として、筋力トレーニングを軽負荷・ハイスピードで実施する。
水中トレーニング
体力要素を高めることを目的に様々な陸上トレーニングを紹介してきたが、ダイビングは水中で行うものであるため、
最低限の水泳能力、水中での呼吸法を身に付けることが必要不可欠である。
@水泳能力向上トレーニング
水泳のトレーニングは大きく分けて、持久力トレーニング、スプリントトレーニングの二種類に分類することができ、そ
の中でも、運動強度、休息時間によって3つのカテゴリーに分類されている。
持久力トレーニングは、
・グリコーゲン消費率が,回復率よりも低いセットである基礎的持久トレーニング
(Endurance-1)、
・オーバーストレスなしに可能な限り速いスピードで有酸素能力を改善させるATレベルでの閾値持久トレーニング
(Endurance-2),
・ATレベルよりもやや高い強度で泳ぐことによって最大酸素摂取量を高める過負荷持久トレーニング
(Endurance-3)
の3種類に分類することができる。一方スプリントトレーニングは、
・筋中や血中の緩衝能力を向上させたり,アシドーシスによる痛みに対する耐性を改善させる耐乳酸トレーニング
(Sprint-1)、
・乳酸の生成率を高める乳酸生成トレーニング
(Sprint-2)、
・泳中の筋パワーを向上させるパワートレーニング
(Sprint-3)、
の3種類に分類することができる.それぞれのカテゴリーにおけるトレーニング内容を Table 4
に示す2).
Table 4. 水泳のトレーニング
A静的閉息潜水
水中での閉息潜水訓練では、肉体的疲労を亢進する動的閉塞潜水を実施する前に、静的閉息潜水訓練を実施す
る。
静的閉息潜水は、ヒトの心身に対して大きな影響を及ぼすことが明らかにされており、自立神経活動の調節や、自立
性の向上、ひいては男女の関係性に対しても影響を及ぼすといわれている
(Table 5)。
Table 5. 静的閉息潜水がヒトの心身に及ぼす影響
静的閉息潜水訓練の中にも、いくつかの方法があり、
a) 閉息時間を一定にし、休息時間を徐々に短縮する方法。
b) 休息時間を一定にし、閉息時間を徐々に延長する方法。
c) 吸気時に閉息を入れる方法。
d) 呼気時に閉息を入れる方法。
e) 呼気時,吸気時ともに閉息を入れる方法。
などが実施されている.
B動的閉息潜水
ダイバーは,水中では、動きを伴った状態での閉塞を余儀なくされるため、静的閉息潜水訓練を導入後、動的閉息
潜水訓練を始める。動的閉息潜水訓練には、プールで実施することのできるハイポキシックトレーニング、インターバ
ル的な閉息訓練、海で行う潜水訓練、海抜2,000m以上の高地におけるハイポキシアトレーニングなどが行われてい
る。
近年、マラソン選手や競泳選手を中心に高地トレーニングが頻繁に実施されているが、参加者全員に良い影響があ
るとは言い切ることができないため、実施する際は細心の注意が必要である5)。
精神的なトレーニング
長時間の閉息時間を求められるダイバーにおいては、これまで述べてきた身体的な要素と同様に、精神的な要素に
関してもトレーニングが必要である。精神的なトレーニングの大きな目的は、リラックスを促し、集中力を高めることであ
る。
精神的なトレーニングの代表的なものとして、閉息潜水中に呼吸とは関係のないことを考えることでリラックスを促す
トレーニングや、自分を取り囲む世界の中に溶け込むヨガ、ヨガの呼吸法の一つで、リラックス状態で横隔膜の動きを
スムースにするプラナヤマ
(ジャック・マイヨールも行っていた Figure
6)、自分自身の立場を考え、理解し、納得して行う
リラクセーション法である自立訓練が行われている。
Figure 6. プラナヤマを実施するマイヨール
おわりに
ダイバーは高圧水中環境の中を、縦横無尽に動くため、心身ともにヒトの限界を超越する域に達する。従って、安全
に楽しいダイビングを実施するためには、自分の限界を超越するトレーニングが必要である。
最後に,ヒトは浸水時,、水圧によって血液が中枢にシフトすることが知られているが、Blood
Shiftについて興味
深い写真 (Picture)
を示す。深度の上昇とともに、血液が中枢にシフトしていることが明らかである。
参考文献
1)望月久, 山田茂. 筋機能改善の理学療法とそのメカニズム−理学療法の科学的基礎を求めて−NAP Limited,
2001.
2)E.W. マグリシオ. Swimming Even Faster ベースボール・マガジン社, 1999
3)大庭昌昭, 金岡恒治, 萬久博敏, 野村武男. 足部の柔軟性がバタ足キックに及ぼす影響について.
筑波大学運動学
紀要, 11, 89-95, 1995.
4)財団法人健康・体力づくり事業財団. 健康運動指導士養成講習会テキストV. 2002.
5)Nomura T, Mankyu H, Ohba M. Repeated altitude training effects
on elite swimmers. Biomechanics and Medicine in
Swimming [, 417-427, 1999.