Medical Information Network for Divers Education and Research ダイブコンピュータの安全な使用
野澤 徹水 中科学研究所
はじめに
ダイブコンピュータがレジャー・ダイビングで使われるようになってから20年あまりも経過し、コンピュータはすでにレ
ジャー・ダイビングの必須アイテムとなっている。しかしながら、コンピュータの計算の特性から考えると、コンピュータ
は減圧症(DCS)の危険を高めると言われているダイビング・パターンに対しても計算をしてくれて、ダイバーに減圧情
報を提示する。US
DANの事故レポートでも、コンピュータを使ってのダイビングで減圧症(DCS)が発症していること
が報告されている。
ダイビング・コンピュータは減圧管理に有効な器機であるが、そのためにはコンピュータの特性を知った上で、それ
をダイバーが上手に使う必要がある。一方で、コンピュータ・メーカーは、コンピュータに減圧症(DCS)を予防するた
めにさまざまな機能を搭載している。
今回のセミナーでは、ダイブコンピュータを使ったより安全なダイビングが主題だが、それを考える上での話題提供
として「アメリカ水中科学協会(AAUS)」の「ダイブコンピュータ・ワークショップ」での13項目を紹介する。年代的には
1988年と「古い」が、示唆するところは多いと思われる。
また、本セミナー前およびセミナー後にコンピュータ使用に関するアンケートを実施し、セミナー前の集計を速報とし
て提示した。全体の集計結果については、終了次第「潜水医学情報ネットワーク(MINDER)」のホームページに掲載 する予定である。 AAUSおよびダイブコンピュータ・ワークショップ
アメリカ水中科学協会(AAUS:American Academy of Underwater
Science)は、1977年に設立された団体で、科
学ダイビングのための実施基準を定めることを目的としている。活動として関係するのは、ダイビングの安全、最新
のダイビング・テクニック、方法論、研究のための遠征ダイビングなどである。目標として掲げられているものに以下
のものがある:
● 科学ダイビングの情報交換を行う全国的フォーラム
● 科学ダイビングの科学と実践の向上
● 科学ダイビングに関する正しく統一的な立法を促進する
● 科学ダイビングに関する会員間の情報交換を促進する
● 科学ダイビング界の全体的利害に係わる活動に関わる
こうした目的のために、AAUSは多彩な活動を行っているが、アメリカ国内では、ワークショップを多く主催している。
例えば、『安全な浮上の生体力学(Biomechanics of Safe
Ascents)ワークショップ』『逆プロフィル・ダイビング
(Reverse Dive Profile)ワークショップ』『繰り返し潜水(Repetitive
Diving)ワークショップ』『ダイブコンピュータ(Dive
Computer)ワークショップ』などである。また、ユネスコが係わった『科学ダイビングの一般実践コード(Scientific
Diving; A General Code of Practice)』の作成・出版にも尽力している1)。
こうしたワークショップでの討論は、Proceedingsにまとめられているが、ここで紹介するのは、『ダイブコンピュータ
(Dive Computer)ワークショップ』のProceedingsからのものである2)。
このワークショップは、1988年の9月26日〜28日まで、4日間にわたってカリフォルニア州のサンタカタリナ島で
行われた。内容を少し紹介する。最初にIntroductory
Sessionがあり、その後、メーカー・セッション、コンピュータを使
った経験、ダイブコンピュータの利用、ダイブコンピュータの利用とシミュレーション、ダイブコンピュータ・テーブルおよ
び停止不要ダイビング、ダイブコンピュータプロフィルのコンピュータの表示、個人的経験と個人的展望、全体的討論
と結論という全部で9つのセッションからなる、広範な論議が行われている。
ワークショップの開催は、四半世紀前になり、その後の減圧理論の発展およびコンピュータの改良は目を見張るも
のがあるが、ここでの論議はまだまだ新鮮なものも多い。詳細な内容については別の機会に譲ることにして、ここで
はこの論議をまとめて提案された「コンピュータ使用上の注意」について紹介したい。すでに述べたように、AAUSは
科学ダイビングに特化した組織であり、この提言もそれに沿っているか、全体的にみればレジャー・ダイバーがコンピ
ュータを安全に使うための指針になると考えられる。
AAUSのコンピュータ使用上の提言
全部で13項目の提言であるが、まずその提言を掲げで、それについてのコメントを記載することとする。
1. 「ダイビング・コントロール・ボード」が明確に承認した型およびモデルだけを使う。
科学ダイビングでは、研究にダイビングを行う場合に、「ダイビング・コントロール・ボード」の承認が必要になって
いる。そのため、こうした提言があると考えられる。レジャー・ダイビングでは、「コントロール・ボード」にダイビング計
画等を提出する必要はないから、この提言は直接は関わることはない。一般に市販されているコンピュータを使え
ば、この提言は満たされていると考えられるだろう。
2. 減圧を決定する手段にダイブコンピュータを使う承認を得ようとするダイバーは「ダイビング・コントロール・
ボード」に申し込み、適切なトレーニング・セッションを修了し、筆記試験に合格しなければならない。
多くのトレーニング団体は『ダイブコンピュータ・スペシャルティ』コースを作成していて、ダイブコンピュータの使用
法についてのトレーニングを行っている。レジャーでは、コンピュータを購入すれば特にトレーニングを受ける必要
はないが、何らかの方法でせめてマニュアルを読み、質問があれば答えてもらうなどを推進する必要があるかもし
れない。個々のコンピュータの使い方・特徴を知るには、マニュアルをよく読むことが必要だが、今回のアンケート
で、45%は「必要に応じて読んだ」「読まない」であり、「よく読んだ」は30%であった(「だいたい読んだ」は25%)。
アンケート回答者は、セミナー参加者であるので、一般ダイバーだともう少し数字が低くなるのではないかと思われ
る。 3. ダイビングを計画し、減圧状態を示し、あるいは決定するのにダイブコンピュータに頼るダイバーはひとり
ひとりが自分のコンピュータを持っていなければならない。
ダイビングは、バディで潜るのがルールだが、たとえバディで潜ってもひとりひとりのダイビング・パターンまでまった
く同一ということはありえない。このため、コンピュータが計算する減圧状態はひとりひとり違ってくる。その意味でも、
ダイバーひとりひとりが自分のコンピュータを持つべきであろう。
4. あるダイビングで、バディのダイバーは最も厳しいダイブコンピュータに従わなければならない。
コンピュータの表示は、同じようなダイビングを行った場合、機種によってそれほど違うものではないが、搭載されて
いるアルゴリズムやダイビング・プロフィルの違いによって表示が異なるのは当然のことである。安全のためにも、厳
しい表示のコンピュータに全員が従うことは常識であろう。
5. ダイビング中にダイブコンピュータが故障したら、直ちにダイビングをやめて、適切な手順で浮上しなけれ
ばならない。
現代のコンピュータは滅多に故障することはないが、時に故障することがある。万一に備えてコンピュータのバック
アップが必要である。そのためには、ダイブテーブルや二台目のコンピュータなどが必要になろう。何もない時は、緊
急時の手順に従って浮上し、繰り返し潜水は行わない。24時間は、別のテーブルやコンピュータを使ってダイビング
しないようにすべきであろう。レジャーでは、ダイビングは停止不要のダイビングが基本だから、もしコンピュータが故
障しても、適切な浮上速度で浮上すれば、問題はほとんどないと考えられる
(今回のアンケートでは、ダイバーが携行するコンピュータの数は平均して約1.5台であった。感覚的には、ちょっと
大きい数字だが、おそらく、セミナー参加者がベテランダイバーが多いためであろう)。
6. ダイブコンピュータを使ってダイビングをするのに、ダイバーは18時間以上ダイビングをしてはならない。
この提言は、体内の残留窒素を排出してからダイビングするということである。コンピュータ自体は残留窒素が体内
にない状態から計算を開始するので、繰り返し潜水になる状態で(つまり、一回目はコンピュータなしで潜って、その
後)、新たにコンピュータを使ってはならないということだ。
7. ダイブコンピュータを使うなら、それが完全に脱ガスを表示するか、18時間経つまで(どちらか早い方)ス
イッチを切ってはならない。
この提言も第6項と同じである。ただし、現代のコンピュータはほとんどがバックグラウンドで計算を続行してくれる
から、「スイッチを切る」という行為はほぼ考えなくてもよいだろう。この時代のコンピュータには、水に入る前にスイッ
チを入れないと作動しない(水中で役に立たない)タイプのものがあった。
8. ダイブコンピュータを使っている場合、非緊急浮上は、そのダイブコンピュータの型およびモデルの指定す
る速度にすべきである。
コンピュータには、そのアルゴリズムが想定する浮上速度がある。最近のモデルは、深いところでは比較的速い浮
上速度であるが、浅いところ、特に10m以浅では10m/分程度の速度になっているものが多い。圧力比の大きい水
深では、浮上速度を遅くするのがダイビングの安全を高める。緊急浮上の場合でも、できるだけコンピュータの想定
する浮上速度を守ることが安全につながる。
9. 浮上速度は、最後の60fswで40fsw/分を超えるべきではない。
現在では、浮上速度は30 fsw/分が推奨されている。U. S. Navyの浮上もこの速度になっている。
10.実施できるなら、ダイブコンピュータを使っているダイバーは10〜30フィートで5分、とりわけ60fsw以深
のダイビングでは、停止すべきである。
安全停止は文字通り安全のための停止で、浮上後の気泡形成が少なくなることが実証されている(特に18mを超
えるダイビングをした場合)。現在では、さらに「ディープ・ストップ」が推奨されているが、ディープ・ストップの有効性に
ついてはまださまざまな論議がある。
11.ダイブコンピュータを使ってのダイビングで、減圧表あるいはコンピュータの無減圧限界を超えるものは一
回行ったら18時間は間を空けるようにする。
繰り返し潜水での安全性にはまだまだ議論の余地があるようだ。従って、減圧停止を行ったダイビングでは、できる
限り水面休息時間をとることで安全性を担保するという提言である。
12.繰り返し潜水およびマルチレベル・ダイビングは、そのダイビングを最も深い計画水深から始めるか、何
回かのダイビングを深いものから始め、次第に浅くなるようにすべきである。
繰り返し潜水だけでなく、一回のダイビングでも、深い方から浅い方へと並ぶように潜ることがより安全とされてい
る。また、ダイビングの効率もよい。
13.複数回のディープ・ダイビングには特別な注意が必要である。
ディープ・ダイビング自体が、リスクが高いと考えられる。例えば、各トレーニング団体の『ディープ・ダイビング』スペ
シャルティなどのトレーニングを受けることが考えられる。
まとめ
以上に、AAUSの組織、各種のワークショップ、また、コンピュータ・ワークショップからの13項目の提言について述
べた。レジャー・ダイビングにそのまま適用することができない項目もあるが、ほとんどの提言は、レジャー・ダイビン
グでも考えるべきものであろう。
コンピュータの使用が、レジャー・ダイビングでのスタンダードとなっている現在(アンケートでは90%以上
のダイバーがコンピュータを使用してダイビングしている)、しっかりしたコンピュータの使用方法をさらに
普及・啓発する必要があると思われる。
また、今回行った、「コンピュータの安全に関するアンケート調査」の結果については、会場で集計速報を発表した
が、当日回収したアンケートも含めて、「潜水医学情報ネットワーク(MINDER)」ホームページに掲載する予定であるこ
とを付記する。
※NPO MINDER
事務局追記: 「コンピュータの安全に関するアンケート調査」の集計結果については、後日改めて
追加掲載を予定しています。開示に当たり、掲載が間に合わなかったことに対し、
お詫び申し上げます。 平成23年 7月10日 西村
参考文献
1. Lang & Egstrom, ed., Proceedings of Biomechanics of Safe
Ascents Workshop, AAUS, 1990. Lang & Lehner, ed.,
Proceedings of Reverse Dive Profiles Workshop, AAUS 2000.
Lang & Vann, ed., Proceedings of Repetitive Diving
Workshop, AAUS, 1992. Scientific Diving; A General Code of
Practice, second edition, Best Publishing-UNESCO
Publishing,1996.
2. Lang & Hamilton, ed.,Proceedings of Dive Computer
Workshop, AAUS, 1989.
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