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論文 46





 テクニカル・ダイビングにおける減圧ストラテジー   


                                久保 彰良   DIR-TECH Divers’ Institute 代表







はじめに

 最初に明確にしておかなければならないことがあります。私は、筋金入りのダイビング「オタク」で、とりわけダイビング
教育を天職と考えているダイビング・インストラクターですが、これには2つの意味があります。まず、残念ながら私は減
圧理論の権威でもなく潜水生理学の専門家でもありません。次に、私は水中で多くの時間を費やし、この10年間に計
画的な減圧を伴う混合ガス潜水を少なくとも400回以上行ってきたことです。言い換えると、私はダイビングについて何
を知っていて、何を知らないのか、水中でダイバーに何が出来て、何が出来ないのかを知っているつもりである、という
ことです。これから私が述べる内容について、この2つのことを心に留めてください。

 減圧理論の権威の一人であるドクター・ハミルトン(R. W. Hamilton)によれば、テクニカル・ダイビングとは、楽しみの
ためにそれを行う者にとってはレクリェーショナルなものではあるが、伝統的なレクリェーション・ダイビングの範囲を超
え、2種類以上の混合気体を呼吸し、計画的な減圧停止を伴う、自給気式潜水である、と定義しています。例えば水深
70mへの潜水をする場合、呼吸する気体に酸素、ヘリュウム、窒素の3種混合気体であるトライミックスを用い、減圧
時には深度に合わせて、呼吸気体にナイトロックスと酸素を使う、などのようにです。

 潜水が、レクリェーショナルであれテクニカルであれ、その壊滅的な危機は、呼吸ガス切れと重度の減圧症でしょう。
ここでは、テクニカル・ダイバーが減圧症を避けるために、実際の場面でどのようなストラテジーで減圧手順を運用して
いるかを紹介します。



コンセプト

 現実の減圧手順の運用は、減圧理論とダイバーの経験則の両面から選択して判断しなければなりません。まずダイ
バーについて考慮すること。年齢、体形、病歴、健康度合い、生活習慣など「生身」であることを無視出来ません。近
年、減圧表の選択肢として、デスクトップ・コンピューター上で動く演算プログラムがいくつか開発されていて、ダイバー
が自分の減圧を計算するのに使うことができます。多くはBuhlmanまたはVPMアルゴリズムに基づき、計画する潜水の
深度や時間、使用する呼吸気体などの所与条件を入力して個別の減圧スケジュールを作成し、傾向を見極めます。作
成した減圧表に加え、必要に応じてディープ・ストップを考慮し、減圧気体に切り替えた時に生じるオキシジェン・ウィンド
ウ効果を利用することも計画に加味します。



ディープ・ストップと減圧停止、オキシジェン・ウィンドウ効果

 最初にこのアイディアを提唱したリチャード・パイル氏(R. L. Pyle)の名前から、「パイル・ストップ」とも呼ばれます。
 ディープ・ストップの利点は、浮上速度を制御し、遅い半飽和組織内の気泡の形成と成長をコントロールできることで
す。ここでいう「ストップ」の概念は、よく制御された浮上速度を含んだ停止、すなわち「ラン・タイム」を使います。潜水の
最大深度エリアでは、遅い半飽和組織が滞底時間を制御するので、深すぎる深度での停止、あるいは遅すぎる浮上速
度や長すぎる停止を行うべきではありません。

 例として、ワクラ・スプリングス・プロジェクト(Woodville Karst Plain Project)のダイバーが実行しているディープ・ストッ
プの計算ガイドラインを示します。

 1.最初のディープ・ストップまでは毎分9mの浮上速度を維持する
 2.ラン・タイムを用いる
 3.最大周囲圧(ATA)の80%(≒75%深度)から始める
 4.必要に応じて以下の停止を追加する
 5.65%ATA(≒50%深度)
 6.45%ATA(≒35%深度)
 7.最初の停止から3m毎、または減圧表が示す最初の減圧停止深度まで、または減圧ガスに交換する深度まで
   行う

 計画的な減圧潜水では、浮上全体を通して、ダイバーはゆっくりとコントロールされた浮上に集中すべきです。
酸素濃度の高い混合呼吸気体で加速減圧が行えるなら、21mから9mまでの中深度と6mから水面までの浅い深度
の減圧停止では「ストップ・タイム」を用います。この2つの深度範囲の浮上と停止は通常「インターメディエイト・ストッ
プ」と「シャロー・ストップ」と呼びますが、それぞれの浮上速度は毎分3mと1mを用います。また減圧表が要求する最
後の減圧停止深度の6mから水面まで6分を使うので、この浮上を「シックス・アップ」と呼びます。

 このような浮上あるいは停止を行うには、ダイバーに徹底した浮力コントロール能力が求められ、環境に応じて、浮
上を制御するためにサーフェス・マーカー・ブィなどの水面浮標を水中から放出して使用することは言うまでもありませ
ん。

 加速減圧では、最初のガス交換深度で最大の酸素分圧となるので、体内に取り込まれる酸素の圧力勾配が最大と
なり「オキシジェン・ウィンドウ」が大きく開きます。したがって、この最初のガス交換深度では、減圧表が求める停止時
間にさらに1〜2分の停止を加えるのは良い習慣です。

 ここまでの減圧ストラテジーをまとめると、ディープ・ストップ・エリアでは「体内気泡をいかなる深度でも最小化させる」
というバブル・モデルの減圧処理の概念を利用し、インターメディエイト・ストップとシャロー・ストップのエリアではガス溶
解モデルの「成長した、させてしまった体内気泡を浅い深度の停止で最小化する」という減圧処理を行い、加えて、体内
気泡の処理効率を上げるためにガス交換深度で「オキシジェン・ウィンドウ効果」を利用する、と言えます。






テーブルを「デザイン」する

 ダイバーが完全に減圧症から逃れるには、一度水底に到達したら再び水面に戻らない、あるいは最初から潜水など
しない、と言うよりほかにありません。この現実的でない、またはダイバーであれば受け入れがたい格言のディレンマを
解決するために、これまで多くの科学者や医師、プログラマー達が仮説を立て、検証して減圧理論を打ち立て、様々な
減圧表を開発してきました。

 しかし現時点で、残念ながらあらゆるダイバーに受け入れられる完璧な減圧理論は存在せず、完全な減圧表もダイ
ブ・コンピューターも存在しません。もちろん多くの理論家や開発者の多大な労力と費やした時間、実証された長年の
安全記録によって、われわれダイバーは、相当レベルの信頼に足りうる減圧表を手に入れることも可能な時代になりま
した。それでもわれわれの身体条件は多様で、画一的なアルゴリズムですべて解決できるわけではありません。

 したがつて、減圧表をより保守的に利用するために、ダイバーが現実的に運用する「カスタム・メイドの減圧スケジュ
ール」の必要が生じます。すなわち「良い意味でテーブルをテーブル通りに使わない」ということになります。

その要点は;

 1.複雑にせず単純に
 2.理論と現実のそれぞれの要を押える
 3.明確な傾向があっても限界があることを理解する
 4.目的と必要性に見合うか判断し調整する
 5.自分自身の減圧の結果に責任を負う

 例えば、VPMアルゴリズムの減圧ソフトウェアを使って70m20分の減圧潜水計画を演算した場合、以下のような結
果が得られる場合;




修正*を加えた結果;




 この2つのテーブルを比較すると、または同様の潜水を重ねる経験を積むと、滞底時間と減圧時間の総和にひとつ
の傾向、この事例の場合、滞底時間と21mから6mまでの加速減圧時間の比が、1:2であることに気づきます。



レシオ・デコ-Ratio Deco(比例減圧)

 レシオ・デコは、この内容の中心課題ではありませんが、膨大な数の計画的な減圧経験を重ねたダイバーたちが、こ
れらの傾向に気づいた結果から得た、きわめて現実的な減圧表の運用方法と言ってよいでしょう。もちろんこれは減圧
理論ではなく、あくまで運用法の一つの事例として、ここで簡単に紹介するに留めます。

 レシオ・デコはその運用の柔軟性、つまり潜水実行中の計画変更への容易性から「フライング・デコ」または「バトルフ
ィールド・デコ」とも呼ばれます。あらゆる呼吸混合気体に対応するわけではなく、あらかじめ設定した混合比の標準混
合気体を使うことを前提とします。





まとめ

 いまだ人間の減圧について未知の領域は存在します。減圧表は理論と仮説に基づいて設計され、チャンバー・テスト
などで検証されてはいますが、すべてのダイバーの安全を保証するものではありません。今我々は、減圧について、よ
うやく充分に分かっているわけではないことが分かり始めた、あるいは減圧を計画する際に「深度と時間」以外の重要
な要素を見落としているのではないか、ということに気づき始めたと言えるのかもしれません。

 減圧症罹患のリスクを最小限にとどめてよりダイビングを安全に楽しむために、このダイビング「オタク」が現時点で
存在する減圧理論について理解し得た範囲と、これまでの減圧潜水の経験則に基づいて、以下の8つのガイドラインを
提唱します。このガイドラインから得られたヒントを、テクニカル・ダイビングの分野はもちろん、多くのレクリェーショナ
ル・ダイバーの皆さんにも役立てていただけるものと信じます。

 1.減圧の基礎理論と概念、減圧表を理解する

 2.事前に潜水計画を立てて、その範囲内で潜水を実行する

 3.個人差、環境、条件を考慮する

 4.浮力コントロールの技能を上げる

 5.減圧症は「病気」であることを認識する

 6.潜水の主体はダイバーであってダイブ・コンピューターではない

 7.良識を使い想像力を働かせる

 8.最新の理論と情報に接する機会を作る





[参考文献]


1.Hamilton, B. and G. Irvine. 1996. A hard look at decompression software, DeepTech No.4 
2.Sharkey, P. and R. L. Pyle. 1992. The Twilight Zone: The potential, problems and theory behind using mixed gas, 
  surface-based scuba for research diving between 200 and 500 feet. In Diving for Science…1992, proceedings of 
  the American Academy of Underwater Sciences, Costa Mesa, CA
3.M. Powell. 2008. Ratio Deco: Other decompression Models, Deco for Divers-A Diver's Guide to Decompression 
  Theory and Physiology
4.J. Jablonski., R. Lundgren. and D. Mackay. 2008. Strategies: Deeper into Technical Diving, Technical Diver-2 
  Workbook, Global Underwater Explorers, High Spring, FL







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